フォルクスワーゲン社とIGメタル、労働時間延長で合意
フォルクスワーゲン(VW)社とIGメタル(ドイツ金属産業労組)は9月29日、労働協約改定交渉で、旧西ドイツ地域6工場を対象に賃金の引き上げなしに、標準となる週労働時間を現行の28.8時間から33時間に延長することで合意した。組合側は2011年までの雇用保障と引き替えに労働時間の延長について譲歩する結果となった。
労働時間の延長
世界の自動車メーカーはグローバル化に伴う競争の激化や原材料価格の高騰などによる厳しい状況下での競争を強いられている。こうした中VW社(注1)は、かつて2004年秋の労使交渉で、11年までの7年間に約3万人の人員削減によって30%のコスト削減を図る提案を行った。この交渉で組合側は最終的に、国内従業員10万3000人の11年末までの雇用保障と引き替えに、高い賃上げ要求を断念した経緯がある。
今回の労働協約改定交渉の発端となった06年2月、VW社は、主力のVWブランドの生産性と効率を向上させるため、2万人の人員削減が必要であると発表した。6月半ばに開始された交渉で会社側は、10万3000人の雇用を11年末まで保障するとした04年合意の維持が困難である旨を表明。その上で旧西ドイツ地域6工場において賃金の引き上げを伴わない労働時間延長策として、標準となる週労働時間(以下「標準週労働時間」という)を現行の28.8時間から35時間に変更する案を提示した。これに対しIGメタルは、再建計画が不明確であるとしてこの提案を拒否しながらも労使協議は継続する姿勢を示していた。
9月半ばに再開された労使交渉の結果、9月29日に新労働協約が合意をみた。主な内容は以下のとおり(詳しくは表1、表2を参照)。新労働協約の有効期限は06年11月1日から11年末まで。
- 生産労働者の標準週労働時間を現行の28.8時間から33時間に延長する。
- 実際の労働時間は、週25~33時間の労働時間帯の範囲内で変動させることができる。
- 実労働時間の長短にかかわらず、賃金は現行の標準週労働時間28.8時間の水準に据え置く。
- 旧西ドイツ地域6工場における組合員の雇用を11年まで保障する。
- VW社は一律1000ユーロの解決一時金を支払う。
- VW社は企業年金基金に労働者1人当たり6279ユーロを1回限り拠出する。
労働時間の延長 | これまでの週28.8時間の標準労働時間を生産労働者の場合は週33時間、事務系労働者は週34時間に延長する。実際の労働時間は、生産労働者が週25~33時間、事務系の労働者が週26~34時間の労働時間帯の範囲内で変動させることができる。実労働時間の長短にかかわらず、賃金は現行の週28.8時間の水準に据え置かれる。労働時間の延長は最長週35時間まで認められるが、標準労働時間を超える延長分については、時間外労働手当が支払われる。 |
生産量と雇用の保障 | ドイツ北部のウォルフスブルク市にある本社工場で「ゴルフ」の次世代車種等を年間46万台生産することやその他5工場での今後の投資と生産計画に関する労使合意が成立し、旧西ドイツ地域6工場での2011年末までの雇用保障が継続される。また、VW社は、毎年1250人の見習生や研修生を受け入れることを約束した。 |
賃金等 | 04年12月31日以前に採用された労働者は、賃上げの代わりに1000ユーロの解決一時金を受け取る(支給は06年11月)。またVW社は、労働時間延長の代償の一部として、老齢保障のために企業年金基金に労働者1人当たり6279ユーロを1回限り拠出する。 企業業績が現在よりも顕著に向上した場合、労働者は利益分配ボーナスを受け取ることができる。 |
生産労働者 | 1週当たりの標準労働時間 | 33時間 |
実労働時間 | 26~34時間の労働時間帯の範囲内で変動可能 | |
賃金 | 週28.8時間の水準に据え置き | |
時間外労働 | 週35時間まで可能。標準労働時間を超える分は時間外労働手当を支給。 | |
事務系労働者 | 1週当たりの標準労働時間 | 34時間 |
実労働時間 | 26~34時間の労働時間帯の範囲内で変動可能 | |
賃金 | 週28.8時間の水準に据え置き | |
時間外労働 | 週35時間まで可能。標準労働時間を超える分は時間外労働手当を支給。 |
労使の評価
VW社の人事部長は、「我々が到達した歴史的合意は、VW社の事業再構築における重要な前進である。今回の合意はVW社の競争力向上のための労使共同の決意と特徴づけられる」と述べた。IGメタルの交渉責任者は、「今後の具体的な投資と生産計画の誓約および柔軟な労働時間制の導入により11年までの雇用が保障される。しかし、やはりこれは利点と欠点の妥協である」と語った。
労働時間の延長で労組側が大幅に譲歩した今回の合意について、「IGメタルの偉大な勝利」と見る専門家もいる。これは現在約70%の稼働率しかない旧西ドイツ地域の6工場の大部分について、投資家の多くが売却を望んでいたにもかかわらず、VW社が労使交渉の過程で6工場すべてに対する今後の投資・生産計画に関する保障を与えたためである。会社側は労働時間の延長と引き替えに、11年まで工場移転や人員整理という選択肢を失ってしまった。VW社が労働時間延長の利益を享受するためには、VWブランドの業績を上げ、工場をフル稼働させる必要があると見られている。
労働時間短縮から延長への逆行
IGメタルの労働時間短縮の取り組みは、週労働時間を38.5時間に短縮した85年の産業別労働協約から始まった。これに続いて89年に37時間制、93年に36時間制へ移行し、95年には世界に先駆けて35時間制を実現させた(表3)。その目的は東西ドイツ統一後に深刻化した失業問題への対処策としてワークシェアリング(労働時間の短縮による雇用の分かち合い)を導入することであった。経営側は同時に、労働時間短縮によって生じる不利益を回避するため、労働時間の弾力化を推進した。
こうした状況の中で労働時間短縮と弾力化を組み合わせた先進的モデルを開発したのがVW社といわれる。自動車産業における世界的な生産過剰が問題がとなっていた93年当時、国内に約3万人の余剰人員を抱えていたVW社は、経営再建策の一環として、全従業員を対象に労働時間と賃金を20%削減する替わりに、協約期間中の雇用を保障する提案を行った。この提案に対してIGメタルは93年10月、週4日労働制の導入とともに標準労働時間を36時間から28.8時間に短縮することに合意し、94年1月から新方式が開始された。このワークシェアリングにより従業員の年収は平均11~12%減少したが、賃上げ部分、ボーナス、有給手当などの原資をまわすことにより、月例給の水準は維持された(注2)。その後、95年、97年、99年に労働協約の部分的な修正が行われたが、労使は原則的に93年協約で合意された週28.8時間制を維持してきた。
ドイツにおける労働時間短縮に関する取り組みは、労働時間規制の弾力化をもたらした。前述のIGメタルの85年の協約以降に締結された労働時間短縮に関する労働協約のほとんどすべてに労働時間の弾力化を可能とする規定が盛り込まれた。94年の化学産業の労使交渉では、労働協約で規定する週37.5時間の標準労働時間について、経営が困難な事業所においては労使の合意を前提に35~40時間の範囲内で所定労働時間の増減を認める「労働時間回廊」(注3)が導入された。こうした労働時間の弾力化は、やがて賃金についても事業所ごとに産業別労働協約からの逸脱を認める方向へと進んでいく。96年春の繊維産業の労使交渉がその典型で、産別レベルでは1.5%の賃上げで合意したものの経営が困難な企業に限って雇用保障と引き替えに賃上げの全部または一部を適用除外できるとする協約が締結された。こうした一連の流れは産業別協約を唯一絶対の規範とする伝統的ドイツ労使関係システムの変容として注目を集めた。
旧西ドイツ地域 | |
---|---|
週労働時間 | 導入時期 |
48時間 | 1956年まで |
45時間 | 1956年10月1日 |
44時間 | 1959年1月1日 |
42.5時間 | 1962年1月1日 |
41.25時間 | 1964年1月1日 |
40時間 | 1967年1月1日 |
38.5時間 | 1985年4月1日 |
37.5時間 | 1988年4月1日 |
37時間 | 1989年4月1日 |
36時間 | 1993年4月1日 |
(VW社:28.8時間) | 1994年1月1日 |
35時間 | 1995年10月1日 |
出所:欧州労使関係観測所オンライン(EIRO)
雇用確保と労働条件の切り下げ
2004年の賃上げ交渉でIGメタルが4%の賃上げを要求したのに対し、経営側は賃金の引き上げなしに労働時間を週40時間に延長するよう逆提案を行った。結果的には、(1)一定の条件下にある企業・事業所に限り労働者数の50%以内で週40時間の適用を認める(延長分は追加賃金を支給)(2)2004年2.2%、2005年2.7%の段階的賃上げを実施する――という内容で労使合意が成立した。ここで定める一定の条件は、(1)高賃金労働者の割合が従業員の50%以上を占めること(2)イノベーションが可能であるにもかかわらず熟練者が不足していること(3)雇用を縮小させないこと――などが骨子で、条件付労働時間の延長と呼ばれている。IGメタルは、労働時間の延長を競争力のある企業・職場に限定することによって雇用維持を確保する姿勢を示した。
このIGメタルの交渉後、ドイツ最大の電気メーカーであるシーメンス社が国内2工場のハンガリーへの移転計画を発表した。約2000人の雇用削減を意味するこの移転案に労組は強く反発した。同社は最終的に2工場を2年間移転しないとの条件と引き替えに、労組側に労働条件の引き下げを容認させた。具体的には賃上げを伴わない週35時間から40時間への労働時間の延長と、休暇手当の見直しの受入れで04年6月に合意が成立した。この労働時間延長で2工場をハンガリーに移転した場合に等しい30%のコスト削減が可能になったといわれる。
シーメンスの合意に続いてダイムラー・クライスラー社もドイツ南部の工場での年間5億ユーロのコスト削減と、それが実現できない場合には高級車「Cクラス」の生産を低コストの北部ブレーメンもしくは南アフリカに移転する計画を発表した。厳しい労使対立の末、労組側は、移転案の撤回と2012年までの雇用保障を条件に、2.79%の賃金引き下げと週35時間から39時間への労働時間延長、さらには研究開発部門での週40時間制の導入(開始はいずれも2007年から)を受け入れた。
こうした主軸産業での労働時間の延長は、民間部門のみならず公共部門にも及んでいる。2005年2月には連邦政府で働く労働者の週労働時間が38.5時間から39時間に延長された。2006年の州政府連合体と公共サービス労組(ヴェルディ)との交渉では、長期間に及ぶストライキを経て最終的に、旧西ドイツ地域の州政府で働く労働者の週平均労働時間が、最短の38.7時間から最長の39.73時間の範囲で州ごとに延長された。
注
- VW社は、現在世界第5位の自動車メーカーでメキシコ、ブラジル、中国など19カ国に生産拠点を持ち、フォルクスワーゲン(VW)、アウディの2大ブランドのほか、傘下の6ブランドで世界展開している。ナチス政権時代に国策会社として設立された経緯もあって1960年までは国営企業であった。このため現在も筆頭株主がニーダーザクセン州であるなど、一般企業とは異なる側面を持つ。VW社の労働条件は、金属産業労働協約ではなく50年以上にわたって「社内労働協約」が適用されてきたのもその一例。この社内協約はIGメタルが会社と交渉して定めるものの適用は同社だけで、その水準は産別全体の労働協約を上回っていた。
- 実際の勤務形態は各工場、職場によって様々であり、何らかの形式の週4日制(例えば1日7.2時間)が適用されたのは全体の60%、週5日制(例えば1日5.76時間)が30%、残りの10%がその他の勤務形態であった。週4日制においても時間外手当の支払いなしに週労働時間を28.8時間から35時間まで延長することが可能とされた。この方式の導入で当初会社側が想定した3万人の人員削減分に相当するコストダウンが実現したといわれる。
- 労働時間回廊とは、週の標準労働時間を平均値として労働協約で取り決めるが、実際の労働時間は協約で定めた一定の時間帯の範囲内で幅を認めるとする制度である。ただし一定期間内に労働時間の平均値を標準労働時間に調整しなければならない。実際の労働時間と標準労働時間との差は、銀行口座のように個人別の労働時間口座に記録・管理され、調整のためのデータとなる。
参考
- 松村文人「危機にさらされる週35時間制―EU拡大背景に脅し、「工場移転」か「時間延長か」―」『月刊労働組合2005年1月号』
- 高橋友雄「最近のドイツ金属産業における雇用保障と労働条件をめぐる労使対立」『大原社会問題研究所雑誌2005年2月』
- 都倉祐二「2004年ドイツ賃金協約交渉の概要と今後の問題-週40時間に後退か―」『世界の労働2004年6月』
- 宮前忠夫「新賃金体系への移行準備と労働時間大幅弾力化―ドイツ・IGメタルの04協約闘争(解説と協約全文)」『労働法律旬報2004年6月』
- 毛塚勝利「ドイツ二元的労使関係の揺らぎと軋み」『海外労働時報2002年6月号』
- 調査研究報告書No.149『欧州のワークシェアリング』日本労働研究機構(2002年3月)
- ヴォルフガング・ドロー(所伸之訳)「ドイツにおける雇用危機脱出の方策としての労働時間弾力化」『中央大学企業研究所年報第20号』(1999年7月)
- 宮前忠夫「ドイツにおける労働時間の弾力化の現状―労働時間口座とその狙いを中心に―」『労働法律旬報』(1998年12月)
- 日本労働研究機構『ドイツ企業の賃金と人材育成』(1998年3月)
参考レート
- 1ユーロ (EUR) =153.83円(※みずほ銀行ウェブサイト2006年12月4日現在)
関連情報
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