中小企業を対象とする社会保険料の企業負担免除を発表
―中小企業における雇用促進で、「著しい格差」の解消を目指す
2006年8月31日、フランス政府は新たな雇用プランを発表。ド・ヴィルパン首相が掲げる「雇用のための闘い」は、第3ステージをむかえた。今回のプランの目標は、「著しい格差」(注1)の解消。その柱として政府は、中小企業を対象に低賃金労働者の社会保険料の雇用主負担全廃の方針を打ち出した。労組側は「低賃金労働者の数が増大し、大企業と中小企業との格差がさらに拡大する」など反発を強めると同時に、与党UMP(国民運動連合)内からも、度重なる雇用主負担の軽減措置による財政難を危惧する声があがっている。
政府は今回の雇用プランの柱として、中小・零細企業で働く低賃金労働者の社会保険料のうち、企業負担分を免除する方針を示した。具体的には、従業員数20人未満の企業でSMICレベルの賃金で働く労働者にかかる社会保険料(注2)の企業負担を全て廃止する。中小・零細企業における雇用促進が狙いで、2007年7月1日から開始する予定。
この免除措置に対して労組は、「雇用に対していかなる効果ももたない」と反発。CGT(労働総同盟)は「この新たな措置が実施されれば、SMIC水準で働く者の数を増大させるだけ」とし、CFDT(フランス民主労働同盟)も「この免除措置によって、中小・零細企業と大企業との間の『不平等』がさらに増大する」と強く非難した。
現在、フランスにおける従業員数20人未満の企業は230万社。フランスの企業数全体の96%を占め、580万人を雇用している。今回の免除措置は、年換算で総額6億ユーロに相当するとされ、国はこの額を企業にかわって負担することになる。
1990年代以降、フランスは「時短と雇用と社会保障保険料の軽減を組み合わせた仕組み」(注3)で、ワークシェアリングの推進による雇用創出を図ってきた。その背景には、「保険料の企業負担分が重い」というフランスの社会保障制度が存在する(注4)。社会保障費の収入の過半が保険料で賄われ、かつ、その保険料の半分近くが事業主の負担となっている。このことが、企業の新規雇用意欲を阻害していると指摘されてきた。そこで政府は、パートタイム労働誘導促進策(注5)や週35時間制導入促進策等(注6)として、断続的に雇用主負担の軽減措置をとってきた。その結果、国家予算は非常に厳しい状況にあるというのが現実だ。
こうした状況を背景に、今回の免税措置については、与党UMP内からも「現在でも歳出が歳入を16%も上回るなど、国家予算が危機的状況にある。財政の立て直しこそが最優先課題。こうした状況にもかかわらず新たな免税措置を導入するのならば、国が負担するのではなく、企業負担を前提として調整すべき」という声があがっている。
フランスの失業率は、15カ月連続で低下している(注7)。政府の掲げる最終目標は、「2007年末までに失業率を8%未満にまで引き下げる」こと。この目標達成に向けて、失業解消がなかなか進まない層に対するテコ入れが求められている。政府は、「雇用の回復から取り残された者」――(1)低学歴・資格を持たない若年者(2)資格は持っているがZUS(脆弱都市とされる問題の生じやすい地域)(注8)に居住している若年者(3)長期失業者――の全てを再び雇用へ向かわせるひとつの手段として、中小・零細企業における雇用促進に強い期待を寄せている。
しかし、今回の免税措置の導入は、労組が主張するように「SMICレベルの雇用の促進」に繋がる可能性も否めない。これまでの雇用主負担の軽減措置についても、パートタイムという「不安定な雇用」や労働条件が厳しい雇用、低賃金雇用を増やしたに過ぎず、長期的な視野にたった失業対策が欠落しているとする意見もある。
政府は、「機会の平等を中心に据えた雇用政策」(注9)で「著しい格差」の解消を目指すが、その道程は険しいものとなりそうだ。
注
- ボルロー雇用相は、今回の雇用プランの策定の背景について「地域間でひどい不公平がある。失業率が8%の地区もあれば、通りを挟んだ反対側の地区では25%、さらに若者に限れば40%などということもある」とコメントしている。
- 医療保険、家族手当、労災保険、老齢保険の四分野。
- 鈴木宏昌「フランスのワークシェアリング」日本労働研究機構調査研究報告書No.149『欧州のワークシェアリング-フランス、ドイツ、オランダ-』(2002年)p35
- フランスの社会保障制度の特徴、財源構成、保険料負担費等については、「企業が負担する社会保障コストの国際比較」Business Labor Trend2006年10月号(JILPT)を参照されたい。
- 1992年12月31日の法律により、雇用創出を目的として、期間の定めのあるパートタイム雇用が新たに行われた場合、またはフルタイムからパートタイム労働への転換に伴い新たにパートタイム従業員を追加して雇用した場合、社会保障の使用者負担分の保険料の一部を免除する制度が導入された。さらに、一定の要件下では、パートタイム労働を雇用する方がフルタイム労働者を雇用するよりも使用者の社会保障負担が軽減するという積極的なパートタイム労働誘導促進政策もなされた。その後、週35時間労働制度の導入により、こうしたパートタイム雇用に対する優遇促進措置は、2003年で終了している。
- 1996年に、雇用創出または維持を目的とした労働時間の短縮を希望する企業に対して、社会保険料・雇用主負担の軽減を認めた(ロビアン法)ものの、約29万人がその対象となるにとどまり、大きな効果はなかった。その後、「オブリ第1法」(1998年6月制定)により時短促進を図り、中・大企業に対して、2000年初頭からの週35時間労働制の導入を目指し、ロビアン法より適用基準を緩和した社会保険料・雇用主負担の軽減策を打ち出した(これは、賃金月額を引き下げずに時短を行うことに対する企業側の反発を抑える意味合いもあった)。さらに、オブリ第1法を補完する形で2000年1月に制定された「オブリ第2法」で、所定内労働時間を最高週35時間に定め、かつ雇用を増加させるか維持させる企業に対して、社会保険料の雇用主負担を軽減した。この法律により、法定労働時間は、週35時間(年換算1600時間)と定められた(ただし、従業員20人以下の企業への適用は、2002年1月より)。なお、労働時間短縮政策の沿革については、当機構ウェブサイト「労働時間と働き方:フランス」2005年5月を参照されたい。
- 2005年6月には10%を超えていた失業率は、順調に低下を続け2006年7月には8.9%にまで改善した。9%を割ったのは、実に4年3カ月ぶりのことである。
- ZUS = Zone urbaine sensible。1996年11月14日の法律によって設定された都市政策の重点的対象となる地区。2005年秋に発生した移民の若者らによる暴動で、ZUS地域の抱える問題がさらに表面化したといえる。
- 今回の雇用プランで示された免税措置以外の主な政策は以下の通りである。
- 企業側の需要にマッチした技術・資格の修得を目的とした職業訓練プログラムの創設(期間は3カ月で、終了後は期間の定めのない雇用《CDI》が約束される)
- 県知事を中心に「雇用連帯グループ」を組織化し、ZUS地域が抱える住環境に関連する差別問題等の解決に従事する
- 長期失業者の再就職を促進するため、将来契約にかかる費用を全て国が負担する。
なお、将来契約とは2005年1月18日の法律によって導入された、最低統合所得(RMI)、特別連帯給付(ASS)、単親手当(API)、成人身障者手当(AAH)の受給者を対象とする再就職支援のための契約である。 - 失業者の企業を容易にするため、企業への援助やサービスへのアクセスを単純化する
- 識字教育や基礎知識習得の推進
- 学業から就業生活へのスムーズな移行を目的とした「公的職業指導サービス」の実施
- 購買力向上を目的として、雇用手当(PPE)を2007年にSMIC水準で940ユーロに(現在は540ユーロ)引き上げる。
なお、雇用手当とは、最低賃金労働者の税負担軽減を目的として、2001年に導入された。社会保険料として源泉徴収される一般社会保障拠出金(CSG)の一部を還付金(又は税額控除)の形で支給する給付金の一種である。 - 従業員の通勤にかかる負担の軽減を目的とした交通チケット(国と雇用主が負担)の導入
参考レート
- 1ユーロ(EUR) =150.01円(※みずほ銀行ウェブサイト
2006年10月3日現在)
関連情報
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