オフショアリングをめぐる議論が活発化

カテゴリー:雇用・失業問題労使関係

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  • 国別労働トピック:2004年6月

アメリカ労働省が6月4日に発表した5月の失業率は、先月と変わらず5.6%であった。また非農業部門の新規就業者数は、24万8000人で、ほぼ市場予想に沿った数値となった。一方、4月の非農業部門の新規就業者数は、28万8000人から34万6000人に大幅上方修正され、3月も同様に33万7000人から35万3000人に上方修正されており、雇用回復の兆しがみえつつある。しかし失業率は、昨年12月以降ほぼ横ばいが続いており「雇用が本格的に回復している」とはいえない。その原因が、オフショアリング(雇用の海外移転)にあると考える国民は多い。

オフショアリングの推進と規制の動き

現在アメリカでは、インドを中心にオフショアリングが急速に拡大している。オフショアリングの移転先として最も多いのはインドで90%である。その他に中国やフィリピン、ロシア、中国、メキシコ、ブラジル、ハンガリーなどへの移転も増加している。オフショアリングは、1980~90年代は製造業やコールセンターなどのサービス業を中心とした低賃金の単純労働が中心であった。しかし最近では更にソフトウエア開発や医療など、高度・専門的かつ技術的なホワイトカラー職へも拡大している。今年に入り、IT企業大手のIBMやオラクル、ヒューレットパッカードなどが、相次いでインド等への大規模なオフショアリング計画を発表している。

また民間ばかりでなく、州政府などの公的機関でも人事関連業務や給与計算などをインドの企業などに委託してコストを削減しようとする動きがある。ペンシルバニア州では、毎月約1万件以上の問い合せが寄せられる食料交換券の配布(フードスタンプ)に関する電話対応業務を、インドやメキシコへオフショアリングをした結果、年当たり約100万ドル(注1)のコスト削減を達成した。

しかしその一方で、州によっては、州内の雇用喪失を懸念した州議会がオフショアリング規制法案を提出するという、相反する動きもみられる。インディアナ州やニュージャージー州では、州政府関連の業務委託をアメリカ国内企業に限定する法案が提出されている。こうしたオフショアリング規制の動きは、連邦レベルにも拡大しており、上院が今年1月に可決した包括歳出法案の中には、連邦レベルの政府調達に関して国外への業務委託を制限する項目が含まれている。また今年3月4日には、オフショアリングを行っている企業(防衛とエネルギー関係を除く)と政府機関との契約を制限する法案が、上院議会で可決されている。

オフショアリングをめぐる議論が活発化

このようにアメリカでは、オフショアリング推進と規制の動きが同時進行する中、政府や議会を含めた関係組織が相次いで賛成・反対の報告書や要望を発表し、議論が活発化している。

アメリカ労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)は、オフショアリングの推進は国内の雇用喪失につながる上、海外労働者との雇用賃金格差により企業が得た利益が、国内の労働者や失業者に還元されることは無いとして反対を表明している。また、AFL-CIOは、製造分野の主なオフショアリング先である中国について、「中国政府は中国人労働者の権利を不当に侵害し、低賃金による搾取を黙認しており、これが結果としてアメリカの国内雇用流出を加速させている」として、3月16日にアメリカ通商代表部(USTR)へ請願書を提出している(しかしUSTRは、4月28日に今回のAFL-CIOの提訴を受理しないことを決定済みである)。この他、民主党の次期大統領候補のジョン・ケリー上院議員も、オフショアリング推進の動きを強く非難した上で、国内の雇用流出を防止するためにオフショアリングを行っている企業への増税を実施し、オフショアリングをやめて国内に雇用を戻した企業への減税を実施する政策を提案している。

これに対してブッシュ大統領は、「オフショアリングは、中長期的にアメリカ経済にプラスに働く」として、大規模な規制の導入については慎重な姿勢を示している。また、アメリカ商工会議所や経済協力開発機構(OECD)も、「オフショアリングは長期的にみてアメリカ経済にとってプラスであり、第三国や世界の経済の成長にも貢献することになる。そのため保護主義的な規制は、逆に海外からの直接投資の低下を招き、結果的にアメリカの雇用にもマイナスに働く恐れがある」とする趣旨の報告書を公表している。

この問題に関し、2002年にサービス部門のオフショアリングをめぐる詳細な調査報告書を発表し、政治的な論争を巻き起こしたフォレスター社は、5月17日に新たな予測報告書を発表した。それによると、IT企業を中心としたオフショアリングによるサービス部門の雇用流出数は、2003年の31万5000人から、2004年には58万8000人へほぼ倍増が見込まれおり、2015年までに約340万人以上の雇用が流出するであろうと予測している。この動きは、2年前の同社の予想よりも速い速度ですすんでいる。オフショアリングの影響を受ける分野として、従来の製造業やサービス業に加えて、今後はIT関連、税務、金融、医療、研究開発(R&D)、法律など多岐にわたる職業が含まれるだろうと予測している。

オフショアリングだけが国内雇用喪失の元凶でない

しかし一方で、「これまでの過去3年間にわたる雇用なき経済回復(ジョブレス・リカバリー)の主な原因は、生産性の飛躍的な向上にあり、オフショアリングによるものでない」という見解は、労働市場関係者の間では主流となりつつある(海外労働情報2004年2月号)。スノー財務長官やアメリカ連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ理事も「オフショアリングは、これまでの雇用情勢の低迷の要因のひとつではあるが、元凶とは言えない」とする趣旨の発言を行っている。経済学者達は、企業がIT化の進展によるコスト削減や生産性の向上を図った結果、過去3年間で270万人の雇用が削減されたが、2003年にオフショアリングにより失った雇用は31万人のみである。仮にもしこれが国内雇用の停滞に影響しているとしても、これまでの雇用なき経済回復の中心的説明にはならず、それよりも米国企業の生産性が景気後退時と比較して年率5パーセントで上昇したことの方が、雇用への影響は大きいとしている。

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