最低賃金をめぐる動き
賃金に関する基本的事項は、労働法典第3編第2部に定められており、最低賃金制については、1989年に大きな改正が行われた。それは、地域間の生活費格差や、賃金面からの企業の地方誘致へのインセンティブ付与の必要性などを考慮しての改正であった。以後、それまでほぼ全国一律に決められていた最低賃金は、地方毎に決定されるようになった。国の15の地方三者賃金生産性委員会(Regional Tripartite Wage Board)は、国家賃金生産性委員会のガイドラインに従って、地域・州・産業ごとに最低賃金を設定する。その主な基準は、1)労働者とその家族の必要、2)支払能力、3)比較賃金及び収入、4)経済及び国家発展の必要性の4つであり、その基準に優劣はつけられていない。このような最低賃金制度の下、フィリピンの最低賃金は地域によって異なるが、最も高いマニラ首都圏では、1日当たり280ペソでASEAN加盟国の中で高水準に位置する。その一方で、国際競争力は年々低下している 。(注1)
こうしたなか、フィリピン政府は最低賃金法の適用から衣料品会社を除外する計画を検討している。衣料品業界では、フィリピンは東南アジア諸国中、最低賃金が最も高い国のひとつだという。政府と業界代表からなる諮問委員会では、米国やカナダ、ヨーロッパ諸国の輸入割当が05年に撤廃されても、「実績給を導入する」というこの計画により、利益は確保されるという見通しを示している。フィリピンが高品質の製品を生産しても、中国やベトナムは低賃金のため、より低コストで同品質のものを生産することが可能である。こうした状況にあって、最低賃金法の適用から除外することは、衣料品業界の競争力確保への実践的アプローチであるというのが諮問委員会の見方である。また繊維製品輸出委員会(GTEB)では、零細企業を最低賃金法の適用から除外する法律もあると指摘している。
その一方で、国内最大の労組である穏健派労働組合の「フィリピン労働組合会議(TUCP)」は、マニラ首都圏における1日当たりの最低賃金を75ペソ引き上げるよう、首都圏の三者賃金生産性委員会に要求した。生活必需品の価格が上昇しているというのが主な理由である。TUCPは、物価上昇への対応に34ペソ、さらに生活改善のために41ペソ必要であるとし、現在の280ペソから355ペソへの引き上げを要求している。一方、過激派労働組合連合の「5月1日運動(KMU)」の要求は、125ペソの引き上げである。対する経営者側は、「時期尚早」とし、「フィリピン雇用者連合(ECOP)」では「賃上げは国内企業の99.6%を占める小規模企業にマイナスの影響を与える」という理由から賃上げに反対している。アロヨ大統領は、労働組合の賃上げ要求を指示する考えを示しながらも、地方三者賃金生産性委員会が検討するという従来の方針を維持するとしている。
フィリピンの最低賃金については、貧困問題や地域格差という国内の問題のみならず、グローバル化が進展するなかでの国際競争力低下という問題も絡み、国全体の成長・発展に向けて依然として大きな課題のひとつといえる。
注
- フィリピンの賃金制度については、日本労働研究機構(1994)『フィリピンの労働事情』に詳しい。最低賃金の比較と国際競争力については、当機構の海外労働情報:国別トピック2004年1月「域内で依然として高水準の最低賃金、その一方で年々低下する国際競争力」を参照されたい。
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