労働災害の現状と政府の対策

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  • 国別労働トピック:2004年3月

中国を代表する優良国有企業の中国石油天然ガス集団公司(CNPC)が、2003年末作業中のミスにより天然ガス噴出事故を起こした。直轄市の重慶市で発生し、200人以上の犠牲者を出したこの大事故は、中国政府が近年経済発展政策を優先させ労働安全政策を重要視しなかったことの結果だとみられている。

1.最近の主な労災事故

(1) 山西省呂梁地区孝義市駅馬郷の孟南庄炭鉱ガス田爆発事故

2003年3月22日、山西省呂梁地区孝義市駅馬郷孟南庄炭鉱のガス田で天然ガス爆発事故が発生し、72人の死傷者を出した。事故発生直前2時間の停電があり、坑道内の換気を行う送風装置が停止し、その結果温度とガス濃度が急上昇し爆発した。

この孟南庄炭鉱ガス田は、個人、企業数社、孟南庄村政府による合資事業だったが、天然ガスを採掘する高い技術力のある企業は参入しておらず、未熟な採掘技術と安全管理を無視した経営方針が影響し悲惨な事故に至った。また、経営者側は、開発の資金不足を理由に、労働者に対し3カ月間賃金を未払いにしており、労働者の労働意欲や注意力に悪影響が出ていた。

国家安全生産監督管理局の王顕政局長によると、省政府は、呂梁地区のガス田で小規模な事故が続いたため2003年3月11、12、18日と3回にわたり生産中止命令を出し、経営者と労働者に作業を中止するよう指導し作業所を閉鎖させるとともに作業用の機材を鎖でつなぎ強制的に生産を中止させていた。しかし、経営者の孟兆康らは、省や郷政府に無断で鎖を切ってガスの生産を続行していた。孟兆康は以前郷長(注1)をしており、郷政府の関係者とも親しい関係にあった。

山西省の中国共産党委員会は、事故が多発する小規模鉱山を閉山できないのは、こうした経営者があまりに私利私欲を追及するからだと批判したが、党と政府関係者との関係については言及しなかった。

また、地区の工会が、こうした炭鉱労働者が悲惨な環境で就労しているにもかかわらず、政府や経営者側に労働者を十分保護するよう強く訴えていなかったことも問題視された。

(2)重慶市の天然ガス噴出事故

2003年12月23日、直轄市の重慶市開県高橋鎮にある川東北ガス田で天然ガス噴出事故が発生した。事故発生当時、毒性の硫化水素を含んだ天然ガスが30メートルの高さまで噴出し、現場から5キロメートル以内の住民、約10万人が避難した。死者は233人、入院患者は1300人、中毒患者は約1万人に達した。天然ガス噴出事故で、これほど多くの周辺住民が中毒を起こすというのは、世界的にあまり例のないものだった。事故のあった16号井の生産量は1日400立方メートルで産出量が非常に豊富だった。会社側は、2004年中にこのガス田からパイプラインを使い年間30億立方メートルの天然ガスを中部の中核都市の湖北省武漢市に輸送することを目標に工事を急いでいた。このガス田の埋蔵量は500億から600億トンで、深さは4000メートルに達する。

中国の有力国有企業の中国石油天然ガス集団公司(CNPC)が経営するガス田で工事中の作業ミスにより発生した大規模な天然ガス噴出事故は、中国政府を震撼させた。胡錦涛国家主席は、直ちに労働者の救出、地域住民の避難など事故の処理に当たるよう指示し、華建敏国務院秘書長を派遣した。また、国家安全生産監督管理局の王顕政局長をトップに据えた、事故原因を解明し再発防止の対策を立てる専門家チームを設置させた。

CNPCは、12月26日、全国各地の天然ガス田に緊急通知を発令し安全検査や避難訓練を徹底して実施するよう緊急通知を出した。

2.労災の状況

(1)労災発生の状況

中国では、近年鉱山や工場での事故が相次いでおり、国務院の発表した資料によると、2003年1-10月期の鉱・工業における事故は、前年同期比5.3%増の1万2220件、死者は9.6%増の1万3283人だった。鉱・工業の死亡者の主な内訳を見てみると、採掘業が前年同期比1.9%の増加で7197人だった。また、製造業が21.0%増加の2548人、建築業が24.3%増加の2213人になっている。10人以上の死者を出した比較的大きな事故は、54件発生している。

炭鉱事故だけを見ると、毎年6000人から7000人近い犠牲者が出ている。ただし、多くの炭鉱事故は保安基準を順守しない違法経営の小規模炭鉱で発生しており、それだけに有力国有企業のCNPCが経営する川東北ガス田での事故は政府に大きな衝撃を与えた。

労働行政の専門家によると、ここ数年労働災害事故と職業病による損失はGDPの約2%に相当し、こうした事故は、適切な処置をとれば80%は避けられるとみている。

中国の炭鉱の安全度を国際的に比較してみると、採掘量100万トン当たりの労災死亡率は、米国が0.039人、南アフリカが0.13人、ポーランドが0.26人、インドが0.42人であるのに対し、中国は4.17人に達している。このことからも中国の安全管理の立ち遅れが窺える。

(2)管理体制と過去の指導状況

全国の77%の都市と67%の県において、安全監督管理機関が設立され安全生産監督管理体制は整備されつつある。また、国家煤砿安全監察局の関係部門は、問題が生じている炭鉱やガス田に対し行政処罰決定を1万1415回発令し、罰金は8000万元以上に達している。

3.労災事故多発の背景

労災事故多発の背景には、経済発展を優先し、安全対策が後手に回っている中国の産業政策がある。具体的には、次のような要因によると考えられる。

  1. 設備の老朽化と低品質の設備・機材の購入

    設備が古くて老朽化していることが事故の主要な原因の1つになっている。また、悪徳経営者は、投資を早期に回収し利益を上げることのみ重視し、経費を削減するために高品質で安全性能の高い設備や機材の購入を避ける傾向にある。

  2. 技術訓練不足

    改革開放政策開始後、炭鉱開発は、国有企業以外の参入が許可され地方の中小企業も参入を開始した。こうした企業は、技術力が低く、管理者も労働者も採掘作業に関する知識や技術が未熟である。

  3. 超過勤務

    中国の労働法では、労働者に1カ月36時間を超える勤務を課すことを禁じている。しかし、生産量の増加や工期の短縮を急ぐあまり法律を順守せず、その結果、疲労が重なり作業中に集中力が欠けたり、睡魔に襲われ事故に至ることが多い。

4.政府の労災防止対策

政府の近年の労災防止対策は以下のとおりである。

  1. 国務院安全生産委員会

    2001年4月、国務院は、国務院安全生産委員会を発足させ、副総理の呉邦国を主任に任命した。この委員会の主要任務は、生産現場における安全状況を把握し、各部と各省に関係部門を組織し、国務院の安全政策の実施を貫徹すること、発生した重大問題を分析し調整・解決することにある。

  2. 問題のある炭鉱の整理・閉鎖命令

    2002年5月21日、国家炭鉱安全監察局は、「炭鉱の安全を促進するために整理を実施する計画」を発表した。この計画の目的は、炭鉱・ガス田の安全度を高めるために、技術や設備の古い炭鉱、環境汚染が発生している炭鉱、安全・生産に関し国が定めた諸条件を満たしていない炭鉱を閉鎖させることである。

  3. 「中華人民共和国安全生産法」の発令

    国務院は、2002年11月1日、中華人民共和国安全生産法を施行開始した。この時期、生産現場における労働災害の要因として、「非公有制の中小企業の労働安全に対する対策がなされていない」、「労働者の安全に対する意識が低い」ことが問題となっており、法律による厳しい行政措置を行うこととした。

  4. 全国安全生産工作会議の開催

    2004年1月17日、すべての省、自治区、直轄市の安全生産監督管理局長を召集した全国安全生産工作会議が初めて開催された。国務院安全生産委員会の黄菊委員長は、この席で、国務院の「安全生産任務を一層強化することに関する決定」を各地域で貫徹するよう指導した。この会議の主な内容は次のとおりである。

    1. 現状に対する認識

      この会議で、黄菊委員長は、改革開放政策開始後、自営業者、私企業などの非公有制経済が発展し、中小企業が増加し経済に活力を与えたが、他方労働安全管理に関する教育や監督・管理は不十分だったと認め、「中国は、生産水準が低く、各地方の発展は不均衡で、安全に関する基礎は弱いうえ、労働者を保護する意識や管理能力は低く、労働安全任務を向上させるのは困難な任務である。労働者の素質は低く、安全管理に対する意識は薄弱であり、特に都市の建設現場で就労する出稼ぎ労働者の事故は多発している」と現状を概括している。

    2. 指導事項この会議において、次のような指導内容が出された。
      • 全国の安全生産監督管理体制を改善するために、国家安全生産監督管理局は各省に対する指導を強化する。
      • 地の安全生産監督管理局は、各地域の単位や労働者が安全生産法を順守するよう指導するとともに、その地域に適した、規則や制度を作成するよう努力する。
      • 事故が多発している鉱山、炭鉱、ガス田、道路、水上交通、危険化学製品、民生用爆破機材などに関して安全生産管理任務を強化するよう指導する。
      • 安全に関する検査・査察を強化する。特に、鉱工業の採掘現場や危険の高い化学製品の生産現場に対する立ち入り検査を強化する。
      • 安全整備に関する投資を促進する。
    3. 海外の労働安全政策の研究

国務院は、近年40億元の国債を発行し、重点炭鉱・ガス田の安全設備・技術の改善の改善を実施し、さらに安全管理研修センターを建設運営してきたが、この会議で、今後はさらに国際交流事業を通じて海外の先進地域の安全管理監督指導・研修方法、安全行政関連法規の整備などを研究することを強調している。

先進国は、すでにこうした労災事故が多発した時期を終え、安全管理監督政策が整備された状態になっており、中国は、すでに20以上の国と労働安全に関する国際交流合作事業を進めてきたが、今後も先進国の成功の経験と制度や法律を研究し政策立案の参考資料とするよう計画している。そうすることにより後発国の有利性を発揮し、短期間に今の状態を改善することを狙っている。

5.労働災害保険条例の掛金率を発表

労働者の労働災害による経済的損失を補償するものとして、労災保険制度は重要である。労働社会保障部は、2003年に労働災害保険条例の準備を大幅に進め、2003年10月29日、労働社会保障部、財政部、衛生部、国家安全生産監督管理局は、2004年1月1日施行の労働災害保険条例の保険料率を発表した(注2)。この通達によると、各産業を過去の労働災害保険の使用率、労災事故の発生率、職業病の発生率などにより3段階に分け、保険料率を賃金総額の0.5%前後、1%前後、2%前後になるよう規定している。

労働社会保障部は、各省、自治区、直轄市政府に対し、各地方の実情に基づき保険料率を確定し、各企業を3つのいずれかに分類し保険料を徴収し、毎年の労災保険財政が収支均衡になるよう運営するよう指導している。

ただし、国有企業、公務員の場合、賃金と各種手当の大まかな比率は1:1であるため、こうした社会保障制度の保険料負担は、手当より賃金を重視した給与体系の外資系企業には不利になっており、不満が出ることが予想される。

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