国際労働問題シンポジウム「グローバル経済化と国際労働移動―移民労働者のディーセント・ワーク」

カテゴリー:外国人労働者労働法・働くルール労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2004年11月

国際労働機関(ILO)駐日事務所と法政大学大原社会問題研究所は10月4日、ILO総会が6月に採択した「移民労働者の公正な処遇に向けた行動計画」(資料1)をテーマに、国際労働問題シンポジウムを開催した。第17回を迎えるこのシンポジウムは、ILO総会の議題のなかから、重要な問題を取り上げて議論するもの。今回は、ILO新行動計画及び日本の外国人労働者の処遇のあり方について、日本の政労使や学者が活発な意見を交わした。出席したのは、マノロ・アベラILOジュネーブ本部社会保護総局国際労働力移動部部長、堀内光子・ILO駐日代表、森實久美子・厚生労働省職業安定局外国人雇用対策課課長補佐、須賀恭孝・日本労働組合総連合会総合労働局長、阿部博司・日本経済団体連合会労働政策本部、森廣正・法政大学経済学部教授――の6氏。司会は、鈴木玲・法政大学大原社会問題研究所助教授が務めた。なお、本稿は、新行動計画の骨子と日本の外国人労働者受け入れに関する日本側参加者の発言を中心に国際研究部でまとめたもの。

移民労働者に関するILOの多国間フレームワーク

午前のセッションでは、まずキーノートスピーカーのアベラ氏が、21世紀の東アジア労働移動の最近の傾向と移民管理の現行のアプローチを概観。そのうえで、ILO行動計画が掲げる移民労働者に対する多国間フレームワークについて解説した。ILOは、加盟国の効果的な労働移動政策策定の支援をめざし、各国労働市場ニーズに基づいて、権利ベースの非拘束的な多国間フレームワークを開発する方向で合意している。同フレームワークに盛り込む主な項目として新行動計画が挙げているのは、1)正規の労働力移動ルートの拡大2)二国間・多国間協定による管理強化3)採用過程の監督4)非正規の労働移動、密入国、人身売買への取り組み5)人権保護(関連条約の批准)6)保護内容の拡充7)送金コストの削減8)移民の帰国、再統合、技術の移転促進9)技能・資格の相互認証10)特定の職種・部門に従事する移民労働者の男女別リスクへの対応11)社会保障の可搬性(ポータビリティ)――など多岐にわたる。アベラ氏は、行動計画の実施に移す上で検討すべきアジア特有の問題点として、「各国(一国)ベースの移民政策・管理が多く、二国間・多国間枠組みの策定が遅れている」ことや「ゲストワーカー制度や技能・実習制度といった短期受け入れ制度は、外国人の保護が不十分になりがち」であることを指摘した。

質疑では、全日本自治団体労働組合国際局長の井ノ口登氏が、現在フィリピン政府の要請に基づいて検討段階にある看護士の日本での受け入れについてコメント。「フィリピンで育成した看護士が日本へ流出することで、フィリピンの医療サービスの低下や初期医療への壊滅的打撃を与えかねない。フレームワークの策定も重要だが、ILOは現状や政策決定過程への助言を行うことも必要だ」などと述べ、実態に即したフレキシブルな対応を求めた。

外国人労働者受け入れをめぐり労使の見解分かれる

午後のシンポジウムでは、アベラ氏の基調講演を踏まえ、政労使及び森教授が、行動計画と日本の外国人労働者の受け入れや処遇についてそれぞれの見解を主張。外国人労働者の受け入れ条件緩和の是非について、労使の意見は対立した格好となった。

連合の須賀氏は、今回のILO行動計画の採択にあたり、労働側全体としては「移民を受け入れるべきであり、その上で保護の拡充をするのが労組の役割だ」との意見が大勢を占めていた中で、受け入れ拡大について慎重な姿勢を示す少数派であったことを前置きしたうえで、今後の国内の外国人労働者政策の柱を説明。1)就労の有無にかかわらず、外国人労働者の人権を尊重し、同等賃金、労働時間その他の労働条件や、労働安全衛生、労働保険の適用を確保する2)外国人単純労働者の在留資格、就労資格は緩和しない。日本の業務独占資格に関する国家間の相互認証はしない3)連合、地方連合会ならびに構成組織・単組は、NPOとの連携により積極的な外国人相談を実施する――の3項目を掲げた。連合が単純労働者の受け入れ拡大に消極的な理由については、「フリーターやニートの増大、高齢者問題、非典型雇用の増大、雇用の階層化――など、国内における雇用問題が深刻化しつつあるなか、単純労働者の受け入れは、外国人の底辺固定化を招く恐れがある」と解説。また、年末に控えた国際自由労連(ICFTU)世界大会についても言及し、移民労働者の不公正な労働条件、生活条件の改善を国際労働運動の基本に据え、外国人への均等待遇の実現にむけてILO97号条約(雇用のための移民)、143号条約(虐待を伴う移民及び移民労働者の機会・待遇の平等)の批准を求める運動を継続・強化する方針を改めて確認した。

これに対し日本経団連の阿部氏は、「全体的に移民受け入れのマイナス面が強調されすぎている」と述べ、日本経団連が4月に発表した「外国人受け入れ問題に関する提言」を紹介。同提言で日本経団連は、外国人労働者の受け入れ拡大を求める立場を明らかにし、その原則として、1)求められる職種・技能の要件や受け入れ人数、期間を明確にし、合理的な基準かつ客観的な判断で、質・量の両面で十分にコントロールされた秩序ある受入を行う2)労働条件や生活環境などの面で、人権や尊厳を尊重する3)外国人の受け入れが、受け入れ国・送り出し国双方、受入企業、外国人双方にとってメリットとなるものとする――の3本柱を掲げている。ただし、「国内法令の適用については、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法などの労働法令と社会保障法令とでは、外国人への適用に区別はやむを得ない」として、あくまでも基本的な労働条件保護の徹底を重視する考えを強調。約30万人にのぼる不法滞在者への対策についても触れ、「法務省の在留特別許可の条件緩和により、一定の要件のもとに合法化を認めるべきだ」として、合法化への積極的な姿勢を示した。このほか阿部氏は、ILOの行動計画の実施に当たっては、「移民関連業務での国際機関の重複がないよう注意を喚起したうえで、条約の批准よりも技術協力に力点をおくべきだ」と訴えた。

“人の受け入れ”の視点で国際的に容認される移民の受け入れを

森・法政大学教授は、国際的な視野から日本における移民の受け入れのあり方について解説した。国連人種差別撤廃条約の批准を契機に、外国人の入居拒否などをめぐる裁判例が増加し、差別の是正が進んだことを例にあげ、「条約の批准という手続きが国内問題の改善のツールとなりうる」と主張。未批准である移民労働者に関するILO97号条約、143号条約の早期批准を求めた。森教授はまた、米国務省が発表した04年版「人身売買報告書」が、日本を先進国で唯一の「監視対象国」(制裁対象の一歩手前)に分類したことに言及。不法滞在者の待遇について、国際的な批判が高まっていることに警鐘を鳴らした。

現在、政府は同報告書に対応するかたちで、人身売買防止策を協議する関係省庁連絡会議を設置し、人身売買罪を設ける方向で、法改正を検討している。だが、従来から不法就労者の取り締まり・摘発を強化してきたにもかかわらず、外国人労働者の3分の1を不法就労者が占める日本の現状に際立った変化はみられていない。人身売買といった極端なケースのみならず、オーバーステイなどで不法滞在する外国人が、3K労働、低賃金、未払い賃金、労災への不対応、突然解雇、社会保険未加入などの問題に晒されているケースは後を絶たない。

こうした現状について森教授は、「摘発のみの強化で合法化の道を閉ざすのは矛盾がある」と述べ、その条件として、1)妥当な収入の確保2)社会への溶け込み努力3)違反・犯罪歴なし――を提示した。また、これまでの合法的外国人労働者の雇用チャネルとしては、直接雇用が中心であったのに対し、最近では4割以上の受け入れ企業が、受け入れに伴う生活、言語面での管理や援助を人材派遣などの間接雇用のチャネルにシフトしていることに言及。保護の低下を招かぬよう、「現場の労働者や企業側との連携で、地域社会など多方面での援助の重要性が増している」と訴えた。

こうした外国人労働者受け入れ体制強化への取り組みの一環として森教授は、全国自治体、組合、女性団体、宗教団体、地域、NGO、職業安定所の外国人相談コーナー、国際交流協会等のイニシアチブによる、外国人労働者受け入れ体制強化の有用性に着目。「教育、住宅、言語、政治参加、地域交流など多岐にわたる分野で連携が可能だ」などと述べた。その好事例として森教授は、日系ブラジル人を中心とする外国人が人口の14%(約6000万人)を占める群馬県大泉町のケースを紹介した。同町では、受け入れ企業が役場の積極的な関与を得て、教育、住居などを含む受け入れ体制の整備を進めている。森教授は、「日本の移民政策の策定には、“人の受け入れ”という視点、社会生活面すべてに及ぶという認識が必要だ」と改めて強調。二国間協定、研修・技能実習制度を含め、開発途上国への支援のあり方に関する見直しを求めた。

改善求められる外国人研修・技能実習制度

質疑では、フロアからの、「日本の外国人研修・技能実習制度は、人手不足業種が研修科目の対象となっており、外国人労働者の底辺での固定化を招いている」との指摘に対し、労使がそれぞれ見解を述べた。まず、連合の須賀氏が「確かに本来の制度趣旨どおりに運用されていない現状は否めない。地方連合会の労働相談窓口を通じて、未払い、労災の適用受けられないなどの報告が多数ある」と発言。早急な見直しの必要を政府に求めるとともに、NPOとの連携で是正に向けた努力をする連合方針を説明した。

一方阿部氏は、日本経団連の掲げる研修・技能実習制度の具体的な改善策として、1)受け入れ機関の不正行為に対する処分内容の強化(新規受け入れの停止期間を現行の3年から5年に延長)2)不適格な研修・技能実習の実態がある場合は早期帰国制度の導入――の2項目をあげた。アベラ氏は、「日本で得た技術が帰国後生かせるよう、商工会議所などを通じ、研修・技能実習制度と技術移転とのリンケージを確保する方向が望ましい」と制度の改善についてコメント。また、研修・技能実習生の処遇について、「制度の背景には、移民の長期滞在化を防ぐ趣旨がある。制度自体にも権利の制限があるうえに、実態面でも人権侵害を招きやすい」と述べたうえで、処遇の改善や差別の防止には、「国内政策はもとより、自治体・地域レベル、企業レベルのイニシアチブが効果的だ」と訴えた。

変容する母国への意識:ニューエージの移民管理

アベラ氏は、21世紀のニューエコノミーの進展による知的産業の競争の激化が、高技能労働者の移動を加速化していることにも言及し、「移民政策の策定にあたっては、こうした労働者も念頭に入れる必要がある」などと述べた。アベラ氏は、グローバル化に伴って労働者の価値観が多様化する今、「母国への忠誠、異国への抵抗、あるいは国民性に対する価値観が変容しつつあるニューエージ(新時代)を迎え、従来の国籍概念に対する重みが希薄になっている」と分析。新時代の移民管理には、国ベースのみならず、個々人の権利ベースのアプローチが重要となるとの視点だ。

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