インフォーマル経済におけるディーセントワーク
(インフォーマル経済委員会議事録)

カテゴリー:労働法・働くルール労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2003年10月

すべての経済活動のうち、インフォーマルな分野、インフォーマル経済がどのくらいの規模を占め、そこで働いている労働者がどのくらいいるのかというのは、その重要性の割には、今もってその正確な把握を困難にしている多くの要素を含む問題である。困難さの第1は、その定義の難しさにある。定義については後に詳しく触れることとして、まずインフォーマル経済についてのILOにおけるこれまでの取り上げ方を概観してみよう。

ILOがインフォーマル部門について最初に取り上げたのは、1991年の第78回総会であった。この時は、「ILOはインフォーマル部門を雇用および所得の供給源としてこれを推進すべきか、それともインフォーマル部門のそのような現実の機能をそぐことになっても規制や保護を推し進めるべきか、というジレンマ」という観点からの議論であった。総会の結論として強調されたのは、インフォーマル部門を発生させる根本的理由に眼を向けるべきであるとのことであった。このジレンマは今日相変わらず存在している。その一方でインフォーマル経済は産業化の進んだ国々を含めて世界中で急速に増加しており、もはや単なる一時的現象ではなくなってしまっている。

2002年の第90回総会では、本件報告“Decent Work and Informal Economy”を取り扱ったインフォーマル経済委員会において、「数々の規制がインフォーマル経済を増加させている。インフォーマル経済をなくすには、まず児童労働をなくし、行き届いたガバナンスの確立が必要である。またインフォーマル経済は起業家精神の源であり、そのダイナミズムを生かすべきで、まずは規制緩和や信用供与システムの充実に取り組むべきである」とする使用者側に対し、労働側は「インフォーマル経済で働かざるをえない人々および企業に対しフォーマル経済に移行させるための積極的な対策、教育訓練、金融支援、フォーマル経済での雇用創出等と併せて、団結権、団体交渉権などの基本的権利を重視する施策をとるべきである。その意味でILOの果たすべき役割は重要である」として、両者の間に微妙であるが深刻な違いが当初から存在したのである。委員会は6月3日を皮切りに8日まで11回の会合を重ね、この間140もの報告に関する修正案を討議するという超ハードなスケジュールをこなした。ここで取り上げたものは、この件に関する議事録で、労使の基本的対立点、政策の当事者である各国政府の見解などが浮き彫りにされているものである。

なお、採択を見た36項目の結論部分も掲載されている。この議事録は、2003年3月のILO理事会において、了承された。

以下理解のための予備知識として、インフォーマル経済の地域別の現状について前掲の報告を基に若干触れてみることとする。ただし、いずれも限られたしかも地域的にアンバランスなデータを基礎にしているため、現実の一部しか描ききれていない恐れがあることを前提としなければならない。

アフリカ地域では、過去10年間において、非農業的雇用の80%、都市部における雇用の60%、新規雇用の90%以上がインフォーマル部門での労働であった。ことにサハラ地域では、インフォーマル経済は非農業における雇用の4分の3を構成しており、過去10年間で3分の2の増加を見ている。同地域では非農業雇用のうち、女性では92%、男性では71%がインフォーマル部門である。しかもそのうち雇用され賃金を払われているのは5%にすぎず、残る95%は自営業ないし自己採算労働者(own-account worker)である。

ラテンアメリカ地域では、都市地域全体におけるインフォーマル部門の雇用は、1990年の52%から97年には58%に増加している。インフォーマル経済の拡大の原因は、人口構造の変化による労働力の増加、特に女性の労働力率の増加、フォーマル部門での雇用の縮減等である。内容的には、中小零細企業をはじめとして自営業、家内労働がこれに続く。さらにラテンアメリカで無視できないのが急速な都市化による都市への移民である。移住の理由はより高い賃金だけでなく医療や教育へのアクセスの便利さということにもある。これらの移民は多くの場合インフォーマル部門の雇用に就くのである。

中央および東ヨーロッパ並びに独立国共同体(CIS)地域のような過渡的経済では、インフォーマル経済は様々な形態をとる。極零細の農・商業, 無登録労働、無許可営業、越境交易、違法活動等である。このような状態を来した根本の原因は、国営企業の閉鎖や私営化、社会保障制度の縮減ないし破産、国民大多数の所得の減少などを来した経済社会改革にほかならなかった。例えばルーマニアにおいては、ある調査では、失業者の46%がなんらかのインフォーマル活動に従事しており、うち28%は2つ以上の職業に就いているとしている(注1)。ロシア連邦では、インフォーマル経済に従事する者の数の推計は、調査により大きなばらつきがある。ある調査では、全雇用者の5%がその主な活動をインフォーマル部門で行っており、10%が恒常的に、3分の1以上が時々、2つ目の仕事に従事している(注2)。

アジア地域では、インフォーマル経済は、非農業雇用の45~85%、都市における雇用の40~60%を占めている。東アジアの一部、日本、韓国、シンガポール、香港、中国では、産業化の進展のなかでフォーマル部門での雇用創出の結果、インフォーマル経済は縮小している。アパレル、玩具、エレクトロニクスなどの安価で多量の労働力を必要とする産業は今やこれらの国から南東アジア、さらには南アジアの地域にアウトソーシングされていきつつある。タイについてのある調査では、バンコク地域で1988年から94年の間、インフォーマル経済の規模が60%から57%に低下したが、1997年の金融危機の影響で99年には逆に60%に戻っている(注3)。インドネシアのジョグジャカルタにおける調査では、役所の手続きや商慣行による制約からフォーマル経済が市場の変化や需要の増大に素早く対応できないため、不況の時よりはむしろ好況の時にインフォーマル経済はより急速に成長する(ILO、“The role of informal sector through the stages of development and cycles of economic growth”、2001年 )。中国の場合、統制経済下ではすべての雇用は国家によって補償されているためインフォーマル経済は存在しないものと見なされていた。しかし、1990年代の経済改革、特に国営企業の構造改革により、余剰労働力が大量に発生しこれが失業者として都市部に流入する事態になったため、政府はインフォーマル経済を既成の法制ではカバーされない小規模な経済活動としてこれを積極的に推進する政策をとることにした。中国労働総工会の調査では、10市1地方において新たに就業した者の65.7%は、レイオフ以前より高い収入を得ている。統計によれば、1996年から99年の間に国営企業の雇用は28%減少し、都市部の私企業では雇用が70%、また特に自営部門の雇用は41%増加している(注4)。

北米、ヨーロッパなどの先進国地域においてもいろいろな形態のインフォーマル経済が存在する。1998年の欧州委員会による非登録部門(合法ではあるが当局に登録されていない活動)についての調査では、ヨーロピアンユニオン全体で、GDPの7~16%、登録された雇用の7~19%を占めている。非登録部門を生む原因としては、高額な税金および社会保障拠出、法制度の改善の遅れ、登録の煩わしさ、数多くの中小零細企業の存在、競争に勝ち抜くために登録部門でも非登録労働者を雇用するニーズの存在等を列挙している。そのサイズについては、GDPの5%程度であるスカンジナビア諸国、オーストリア、オランダ、アイルランドなどと、20%を超えるイタリア、ギリシャなどとの間で大きな開きがある(注5)。米国では既製服、エレクトロニクスなどの業種でラテンアメリカやアジアからの特に女性がスウェットショップで働く形態が見られる(注6)。アジアの先進国、例えば日本では、1995年の国勢調査では、6400万人の就業者中8%は自営業、7%は家族従業者、1%は家内工業である。

以上見たとおり、今日インフォーマル経済を抜きにして世界の経済を語ることは実質的にあまり意味がないといわざるをえない。ところが多くの場合、その実態把握の困難さから経済政策、ことに雇用政策においてインフォーマル経済はひとまず脇に置かれてしまいがちである。これに対しILOはディーセントワークを進めるうえでインフォーマル経済の持つ大きな役割にあらためて注目し、ディーセントワークを目標にするという新しい条件の下で、これを政策立案段階から意識し、さらに貧困の排除および雇用創出の積極的手段として活用していく方向に大きく舵を切ったことになるといえよう。

なお、以下に掲げたのは、今回の議論の対象であるインフォーマル経済がどの範囲のものを含むかを分かりやすくする目的で準備されたものである。数字を付した部分全体が対象ということになる。

インフォーマル決済に含まれるもののマトリックス表示
生産単位の種類 雇用における地位の違い
自己採算労働者 使用者 家族従業者 雇用者 生産者の協同組合
インフォーマル フォーマル インフォーマル フォーマル インフォーマル インフォーマル フォーマル インフォーマル フォーマル
フォーマル部門の企業         1 2      
インフォーマル部分の企業 3   4   5 6 7 8  
世帯主 9         10      
  • の欄は定義により存在しない。
  • ■の欄は存在するがインフォーマル経済の議論の対象になっていない。
  • 1、5:雇用契約、仕事についての法制、社会保障制度が全く及ばない家族従業者。
  • 2、6、10:フォーマル、インフォーマル双方の企業で働く者及び賃金をもらう家族従業者。
  • 3、4:自己採算労働者。
  • 7、:インフォーマルな企業(例えば規模の基準を満たさないため登録できない場合)でフォーマルな仕事に従事している者。
  • 8、:インフォーマルな生産者の共同組合員。
  • 9、:世帯主の要に供する者の生産者。

資料:ILO,「Decent Work and Informal Economy」、2002年

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