政府、解約告知保護法の見直しに着手

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年5月

ハルツ委員会答申を実施する法律が成立してから(本誌2003年3月号参照)、クレーメント経済労働相(社会民主党SPD)は労働市場改革の次のステップに意欲を示し、就任当初から言及していた閉店法改正とともに、以前から経済界の強い見直しの要望が出ていた解約告知(解雇)保護法の見直しに着手する意向を示した。しかし、前コール保守中道政権での改正時から労使の厳しい対立の火種となってきたこの問題に労組が再び激しく反発し、この問題を議題の一つとしてシュレーダー首相(SPD)が予定していた第2次政権下の新たな「雇用のための同盟」の開催が一時頓挫することにもなった。だが、クレーメント経済労働相はあくまで見直しの決意を固めており、最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)もこの見直しを歓迎し、連邦参議院で独自の対案を用意する意向を示しており、解約告知保護法の見直しの是非は、今後の労働市場改革の焦点の一つとして浮上してきた。

以下、コール政権からシュレーダー政権にかけての解約告知保護法改正の変遷、今回提言されたクレーメント経済労働相の構想、この問題にたいする各界の反応と波紋について記する。

(1) 解約告知保護法改正の変遷

解約告知保護法(Kundigungsschutzgesetz)は、6カ月以上雇用されている労働者の雇用契約の解約告知は社会的正当性がない場合は無効と規定しているが、一定規模以下の小企業(事業所)の労働者にはこの保護は適用されない。この規模は従来5人以下と規定されていたが(従って5人以下の企業では保護の適用なしに解雇できる)、このため小企業は解約告知の制限を恐れて5人を超えて雇用しない傾向があった。そこでコール政権末期の1996年9月、小企業における雇用拡大を狙って、解約告知保護が適用されない企業(事業所)規模を10人以下に拡大して、法律を改正した。

また同法は、差し迫った経営上の必要性がない場合には、解約告知には社会的正当性がなくて無効だが、必要性がある場合でも、当該労働者を解約告知の対象とする「社会的選択」が合理的でなければ、解約告知は無効であると規定していた。しかしこの点についても、改正法は合理性認定の要件を具体化して、それを「事業所内の年齢構成」、「勤続年数」、「労働者の扶養義務」の3要件として、解約告知の見通しをつけやすくした。

しかし、この法改正は、同時になされた疾病時の賃金継続支払法の改正(労働者の疾病時の使用者の賃金支払義務を、当該労働者の従前賃金の100%から80%に引き下げた)とともに、労働者の権利の改悪として労組の強い反発を生み、政労使が協同して大量失業に取り組むためにこの時期にコール政権で計画されていた「雇用のための同盟」の開催は、これによって流産することになった。

その後、1998年9月の連邦議会選挙で政権を奪取したシュレーダー政権は、選挙公約に従って、まずこの解約告知保護法(疾病時の賃金継続支払法とともに)を元の形に復帰させること(「社会的選択」も含めて)から着手し(再改正法は1999年1月1日施行)、この再改正を踏まえて「雇用のための同盟」の会談の開催にもこぎつけた。

しかし、その後経済界から、この再改正によって伝統の手工業を初めとして小企業での雇用の創出が妨げられていることを理由に、見直しが要望され、野党CDU・CSUも政府に見直しを要請してきた。

(2) クレーメント経済労働相の構想

その後、第1次シュレーダー政権末期の労働市場の低迷の中で、特に中小企業における雇用創出の必要との関係で、経済界と野党から解約告知保護法見直しの要望がさらに強くなり、第2次シュレーダー政権で労働市場改革に強い意欲を示すクレーメント経済労働相が、ハルツ答申実施法に一区切りがついた段階で、今回の見直しに着手した。

同経済労働相は、現行規定では小企業が5人を超えて雇用しない傾向があることを理由に、労働者が解約告知保護の適用を受ける企業(事務所)規模を、従業員10人以上のものに拡大する考えを示している。ただ労働者の保護をも考慮して、6人から9人雇用する企業(事業所)については、5人を1人超える雇用ごとに、1人についてのみ解約告知保護を与える構想を示している。すなわち、解約告知保護の完全な適用を受ける10人以上の企業と、適用を受けない5人以下の企業の中間領域を示したのである。

また、現行規定の「社会的選択」の合理性との関係では、「社会的選択」で低い位置づけをされる若年労働者が解約告知の対象になってしまうことが経済界から批判されているが、このため同経済労働相は、「社会的選択」の要件を、「勤続年数」、「年令」、「労働者の扶養義務」に限定する5賢人会議の提言や、さらに当該企業の年齢構成全体を考慮に入れる案などに賛成する意向を示している。

さらに同経済労働相は、労働者が解約告知を受ける場合の企業との示談についても、中小企業を予測不能な労働裁判所での訴訟手続きの負担から解放するために、示談金の額を含めた立法的な解決を提言している。

(3) 各界の反応と波紋

クレーメント経済労働相の見直し提言に対して、最大野党CDU・CSUは基本的に賛成しているが、2月初めに重要連邦州ヘッセン州とニーダーザクセン州(シュレーダー首相が就任前に州首相を務めていた)の議会選挙で大勝し、連邦参議院での優位をさらに進展させた勢いに乗って、労働者の解約告知保護と示談の選択権を含めて、同院で独自の対案を提示する意向を示している。また、経済界は、解約告知保護を与えられる事業所規模を20人以上に拡大するよう要望してはいるが、フント使用者連盟(BDA)会長は、従来からの経済界の要望に同経済労働相が積極的に取り組むことを歓迎している。

これに対して労組は、同経済労働相の見直し提言を初めから厳しく批判しており、ゾマー労働総同盟(DGB)会長は、見直しはSPDの選挙公約違反だとし、これを議題に取り上げること自体を拒否している。

このような中で、シュレーダー首相は、低迷する労働市場の改善のために、従来から労働側が取り上げることを拒否してきた議題をタブー視することなく、解約告知保護法の見直しと本来労使の自治(協約自治)に委ねられる賃金政策を柱として、第2次政権初の「雇用のための同盟」の会談を2月の初めに予定していたが、労組の強い反対でこの会談は一時頓挫することを余儀なくされた。

このように労組の厳しい批判がある中で、重要法案成立のための野党との協同の必要性は上述の州議会選挙の結果ますます増大しており、このためクレーメント経済労働相は、積極的に野党との協力姿勢を打ち出し、経済界の意向をも取り入れた労働市場改革を推進する姿勢を鮮明にしている。ここから同経済労働相は、解約告知保護法の見直しに今後も取り組むことを言明しているが、これに対しては自党SPD内でも左派の抵抗があり、他方、SPDの伝統的支持基盤である労組の意向を無視することもできない。そこで同経済労働相は、SPD左派に対してはシュレーダー首相の支持を取り付けながら、労組との合意形成を経た改革の推進の必要を強調してもいる。このように難しい舵取を課されているクレーメント氏の主導する改革が、ハルツ答申実施法も含めて、今後どのように進展するか非常に注目される。

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