連邦議会、ハルツ委員会答申の実施法案を可決

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年2月

労働市場改革案としてのハルツ委員会答申(本誌2002年11月号参照)を実施する法案(失業関連給付の整理・統合等一部を除く)がクレーメント経済労働相(社会民主党SPD)によって提出され、連邦議会で2002年11月15日に可決された。法案は第1法案と第2法案に分かれ、前者は、最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が多数派である州代表で構成される連邦参議院の同意を必要としないので、法律として成立し、2003年1月1日に施行されるが、後者は、同院の同意を必要とするので、野党が政権を担う一部の州が今後同院の議決で賛成に回った場合に法律として成立し、施行されることになる。

8月のハルツ委員会答申後、9月に歴史的大接戦を経て辛うじて政権を維持したシュレーダー首相は(本誌2002年12月号参照)、有力政治家クレーメント氏を新設の経済労働相に抜擢し、ハルツ案を一つ一つ実施していく決意を示したが(本誌2003年1月号参照)、その後予想どおり労組の強い抵抗があり、政府案の最終策定は難行した。特に公共職業安定所に人的サービス機関(PSA)を設置して失業者を雇用し、労働者として派遣するハルツ案の目玉については、派遣労働者の賃金水準について賃金協約規制を強く主張する労組の強い抵抗に遭い、政府案、したがって連邦議会で可決された法案も、当初のハルツ案から後退することを余儀なくされた。

以下、ハルツ案を実施する法(案)の内容につき、その主な部分の概略とこれに対する反応を記することにする。

(1)法(案)の内容

(a) 第1法

  1. ジョブ・センター:ドイツ全土に181ある自治体レベルの公共職業安定所を、あらゆる労働市場関連のサービス業務を各地方レベルで提供する中心となるジョブ・センターに改編する。
  2. 職業紹介の迅速化:解約告知を受けた失業者は、遅滞無く職安(改編されてジョブ・センター)に届け出なければならない。届け出を遅滞したものは、失業手当を、その者の有する請求額に応じて、日額7~50ユーロ減額される。また支給期間も最高30日まで短縮されうる。独身失業者は、新たな就職について、移転等場所的条件についての要求が強化される。この処置によって平均失業期間は1週間短縮され、10億ユーロの節約が可能になる。
  3. 派遣労働:すべての職安に人的サービス機関(PSA)を設置し(運営は職安自身又は契約によって民間会社)、PSAは失業者を派遣労働者として派遣することによって職業仲介を行う。派遣労働者の賃金水準については、PSAの設置を契機として、従来の労働者派遣法(Arbeitnehmeruberlassungsgesetz)による規制を一部改正するかわりに、PSAと管轄労組との賃金協約で一律に規制し、すべての派遣労働について(民間会社によるかPSAによるかを問わず)、派遣労働者と派遣先の被雇用者の同一賃金を原則とする(移行期間としての2004年末までは、現在の派遣労働者の賃金は有効)。ただ最初の6週間は、派遣労働者が受給していた失業手当と同額の賃金が支払われる。これは派遣労働に関するEUの指針に従うものではあるが、これによって従来の民間の派遣会社の場合と比べて派遣労働者の賃金水準は高くなる。しかし、場合によっては(非熟練労働者等の場合)、労組はPSAとの賃金協約でこれよりも低い水準の賃金設定を行うこともできる。また労働者派遣法で、同一の派遣先に再度派遣し得ない、派遣元は派遣期間と同一期間だけに制限した派遣労働者の雇用をなし得ない等と規定していた従来の規制は廃止される。政府は来年度はPSAを通して5万人の失業者が新たに就職すると予測している。
  4. 高齢者賃金保証:55才以上の失業者が新たな職に就くと、職安の補助金を通して賃金保証を得られる。保証される補助金は、新たに就いた職種の賃金と失業前の職種の賃金の差額の半分で、保証期間は就職しなかった場合に失業手当の支給を受ける期間である。この処置は2005年末までとする。これによって、高齢失業者が以前よりも低い賃金の職種に就くことが奨励されるが、財政上、保証される補助金額は支給されるはずの失業手当とほぼ同額になると見積もられている。さらに、高齢者の雇用を容易にするために、制限のない期限付き雇用(有期雇用)を認める年令を、従来の58才以上から50才以上に引き下げる。

(b) 第2法案

  1. 橋渡し金(Bruckengeld):55才以上の失業者は、職安の職業紹介を辞することができるが、この場合は従来の失業手当の半額を橋渡し金として支給される。期間は、最初に年金支給を受けられる時までとし、最高で5年間である。この処置は2004年末までとする。また、この処置を受けるものは、雇用統計上失業者に算入されない。
  2. 私会社(Ich-AG):失業者が起業家として自営業を営む場合、収入が2万5000ユーロを超えない範囲で、最高3年間起業のための補助金を職安から支給される。支給額は、月額で1年目が600ユーロ、2年目が360ユーロ、3年目が240ユーロであり、公的疾病保険・年金保険加入の権利も与えられる。また、手工業における起業の要件も緩和され、マイスター試験に合格していなくても、それに相当する知識と技量を証明すればよい。
  3. ミニ・ジョッブ(Mini-Jobs):個人世帯に提供されるサービス業務は、月額500ユーロまでの範囲で助成を受け、その内容は、社会保険料を一括して10%に軽減され、課税面でも定率税10%、最高でも年額360ユーロが課せられるに過ぎないことである。業務内容は料理、掃除、高齢者介護のほか、育児手伝い、職人仕事も含まれることになった。この処置は従来この分野で蔓延していた闇労働に対処するもので、政府は、年間10万人のミニ・ジョッバーが従来よりも社会金庫に5000万ユーロ多くもたらすと見積もっている。

(2) 法(案)に対する反応

概略以上のような内容の法(案)に対しては、その審議段階でも可決された後も、労働側の抵抗でハルツ案の目玉であるPSAと失業者の派遣に関する規定が後退したことに対して特に批判が強いので、以下この点について記する。

まずハルツ委員会答申が出るまでも、派遣労働者の賃金水準についての協約規制を主張する労組の抵抗があり、ハルツ案では、失業者がPSAを通して派遣された場合に、最初の試用期間は失業手当と同額の賃金とし、その後はPSAと管轄労組の賃金協約で規制されるということになったのだが、今回可決された法案では、最初の6週間後は、派遣労働者と派遣先の正規の被雇用者の賃金を原則として同一賃金にするとされた。

この点についての野党・経済界・学界等の批判の中で、特に民間派遣会社は、従来派遣労働者の賃金は派遣先の被雇用者より約30%程度低いことが通常なので、これでは特に非熟練労働者を仲介することができなくなり、派遣労働者の雇用の3分の2が失われてしまい、ハルツ案の意図が生かされないと厳しい批判を展開したが、ゲルスター連邦雇用庁理事長(SPD)も、失業者の賃金水準を派遣先の熟練労働者と同等にするなら仲介は不可能になると批判していた。これに対してクレーメント経済労働相は、PSAと労組の賃金協約で派遣労働者の賃金を派遣先の被雇用者よりも低めに設定する余地があり、労組がこれに協力を表明しているから、何とか対処できると述べていた。

しかし、法案可決後も経済界からの批判は強く、11月19日のドイツ使用者大会でフント使用者連盟(BDA)会長は、来賓のクレーメント経済労働相の前で、同一賃金の原則は特に工業部門の派遣事業に取っては止めの一撃で、もしこの部門で2004年末に今日よりも派遣労働者の数が増えているなら同経済労働相に公式に謝罪するとまで述べている。

さらに11月末のシュピーゲル誌とのインタビューで、提案者のハルツ氏自身が200万人の雇用を創出する計画はもはや実現し得ないと、連邦政府に距離を置く発言を行っている。同氏は、PSAによる失業者の派遣を例に挙げ、派遣労働者は派遣先の被雇用者よりかなり低い賃金で雇用されねばならないのに、労組が賃金協約による同一賃金を押し通したことで、派遣労働は大きな範囲で機能しなくなったと述べている。

ハルツ氏自身の批判を受けて、連邦政府スポークスマンは11月25日、今後とも同氏と不断に協議して、労働市場改革構想を可能な限り実行していくと述べている。他方、ゾマー労働総同盟(DGB)会長は、労組が改革内容を希薄にしたのではなく、派遣先での同一賃金の原則は全く自明な事柄だと述べているが、さらにその後DGBは、PSAとの賃金協約交渉では、長期失業者や仲介困難な失業者に対しては、派遣先の賃金水準を下回る賃金設定の用意があることを表明している。

8月のハルツ委員会答申後、連邦議会選挙の大接戦での勝利を経て、シュレーダー政権はようやくハルツ案の実施法案可決にこぎつけたが、野党・経済界・学界等の厳しい批判があるうえに、現在同政権の増税路線が選挙公約違反だとして野党の厳しい追及を受けており、同政権に対する支持が急落している。このような厳しい状況の中で、可決された法案がどのような成果を生むか、今後とも注目される。

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