労働党下のブラジルに対する懸念

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年1月

労働党の大統領候補ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバが大統領選挙で当選する可能性が大きくなった。

9月19日、20日に行われた、世論調査機関のひとつダタフォーリャの調査によると、ルーラの支持率は44%、これに対して、政府与党である社会民社党のジョゼ・セーラは、19%、前リオ・デ・ジャネイロ州知事アントニオ・ガロチーニョの支持率は、15%、一時、28%まで伸びたシロ・ゴメスの支持率は、13%まで下がって、誤差を考慮すると、アントニオ・ガロチーニョとほぼ同率となった。

これによりルーラは、第1回の投票で、50%以上の支持を集めて、決戦投票を待たずに大統領に当選する可能性があり、決戦投票にもつれ込んでも、ルーラ対セーラなら56%対35%、ルーラ対ガロチーニョなら55%対36%、シロ・ゴーメスなら56%対33%で、いずれの場合も、ルーラの勝ちが予想される。

そこへ、ブラジルの政界、経済界にもっと大きなショックを与えたのは、保守的ながら、もっとも歴史が古く、信頼性も高い世論調査機関IBOPEが、9月21日、24日に行った調査により、ルーラ支持(41%)、ジョゼ・セーラ(18%)、アントニオ・ガロチーニョ(15%)、シロ・ゴメス(12%)という結果を発表したことである。これによって、現在でも、ルーラは、有効投票の48%を獲得し、あと2%を獲得すれば、決戦投票を待たずに大統領に当選する可能性が濃くなった。

市場は、即座に敏感に反応して、レアルの対ドル相場は、一挙に5.73%下がり、R$3.78となり、株式市場の相場は、1.24%下げた。

8月までは、まだ、シロ・ゴメスの人気が高く、一時は、28%の支持を集めて、ルーラに追いつくほどの勢いを見せたが、無料テレビ広告が開始されると、強力な支持政党を有しないシロの支持率が下落し、さらに、相次ぐ失言(黒人差別、女性問題、下層労働者蔑視など)がたたって、4位に転落した。

8月までは、第1回投票でルーラが勝っても、決戦投票では、いずれの世論調査でも、シロの勝利が予想されていたので、ルーラの大統領選勝利はまだ危ぶまれていたが、シロの没落で、ルーラ勝利の懸念又は希望がつよくなると、果たして、ルーラと労働党は、現実的かつ有効な政策を用意しているかということと、国際金融界の反響はどうなるかと言う心配が論じられるようになった。

元サン・パウロ州工業連盟(FIESP)会長であったマリオ・アマートは、1989年の大統領選挙において、初めて立候補した労働党のルーラについて、「もし、ルーラが勝利したら、80万のブラジル企業経営者は、ブラジルを後にするであろう」と発言して、問題となったが、現在、83歳になったアマートは、「事態はもっと悪くなっている。きょう日、金は10秒で、フランスなり、スイスなり外国へ行ってしまうからだ。話はルーラだけではない。野党の候補者が当選すれば、金が国外に行ってしまう危険は、現実のものとなるだろう。資本の世界は道義も何もないからだ」と言っている。これを最極端な意見として、大方のエコノミスト、政治評論家が危惧するルーラ当選の問題点は、次の通り。

  • 市場の信頼性の獲得:労働党ルーラ勝利が確定した時から、外国資金の逃避が始まるだろう。ルーラは確かに穏健化と、労働党もかつての革命政党ではなく、地方自治体では、体制の一部をになっているが、問題は、ルーラの当選を火種としてもてあそぼうとする外国資本の投機である。労働党は、政権の初期に、この危機を乗り切り、市場の信頼性を確立できるかどうか。
  • 国内政治:ルーラの政治的基盤は、低所得者層、失業者、公務員などで、これらに対して、ルーラは、飢餓の撲滅、公的医療保健部門、社会福祉部門の充実、雇用の拡大(公約は800万人)、農牧業に対する融資の強化、アルコール計画の再建、国軍の予算増加(最近、軍は予算の不足から徴募した新兵の訓練ができず帰郷させ、燃料の不足から9月7日の独立記念日のパレードの規模も縮小しているほどである)などを約束しているが、現在の硬直した予算でそれが可能か。もし、これが不可能であれば、政治的な混乱が避けられない。
  • 現政権は、軍事政権の巨大プロジェクト(例えばアマゾン開発、核技術開発など)から絶縁し、そののちのサルネイ政権のような経済の現実を無視した価格賃金の凍結などを見限り、地味ながら経済のグローバリゼーションに対応できる体制を整えた、この体制の下では、選択の余地はあまりない。この少ない選択肢の中で、ルーラがどれほど成果を上げ得るか。
    しかし、これらの問題点があるにしても、有識者は、ルーラ政権がよい政権になる可能性は、おおいにあり得ると言い、それもすべてはルーラと労働党の穏健化、現実化が本物であるかどうかにかかっていると言う点で一致している。 ルーラは、早くも上記の批判をかわして、現与党の民主社会党に政権参加を呼びかけている。

公務員の恩給の問題点

ブラジルの社会保険において、退職した公務員の年金受給額が著しく特権的な取扱を受けていることを、元パラナ州の社会保険局長レナート・フォラドールが、その著作「社会保険問題-一つの提案」と題する著作で追求している。

その主な指摘は下記の通り。

  • 1億7000万のブラジル人は、連邦行政、立法、司法府の公務員、州市の公務員300万人の恩給に、486億レアルを支払っている。この額は、2000年において、連邦予算の教育、保健衛生、保安に支払う総額400億レアルをはるかにしのいでいる。
  • 300万人の公務員の恩給は、年間平均1万4590.95レアルであるが、国家社会保険院が民間部門1950万人の年金受給者に支払う額は、年間平均656.41レアルである。しかも、公務員が、社会保険の負担金を支払うようになったのは、ようやく1991年からで、それより前は、全く支払っていなかった。
  • 連邦公務員が社会保険会計にしらう負担金は、年間37億レアル、これに対して、政府の補助金は、244億レアル、州公務員が社会保険会計に支払う負担金は、37億レアルで、これに対して、政府の補助金は、210億レアル、市公務員が社会保険会計に支払う負担金は、5億億レアルで、これに対して、政府の補助金は、5億レアルである。
  • 公務員の年金受給資格は男53歳、女48歳で生じ、その額は、現職最後の額の100%であり、同級の現職の者と同じ率で調整されるが、民間部門の年金受給者の受給資格は、男60歳、女55歳で、その受給額は、上限が1.561.56レアルである。公務員で最も優遇されてるのは、司法府の職員で、月間平均6000レアルを受給している。世界各国の年金受給資格年齢は、イギリスが最低60歳で、年金額は、現職時の42%、65歳で50%、フランスは、最低年金受給資格年齢が60歳で、年金額は現職時の70%、65歳で75%、ドイツは、最低年金受給資格年齢が63歳で、年金額は現職時の65%、70歳で70%、オランダは最低年金受給資格年齢が65歳で、年金額は現職時の65%、70歳ではじめて70%である。
  • 最近3年間、国会の社会保険の改革で、公務員の年金は、事実上、手がつけられていない。ちなみに、法律を作る国会議員は公務員であり、解釈する司法官も公務員であって、いずれ、その恩恵を受ける者だからである。(しかし、著者は、為政者は、早晩、この問題のラジカルな解決に乗り出さないわけにはいかないだろうと言っている。この傾向が続けば、政府は、公務員に支払う金を税金であつめるだけの機関となるだろうからであると言う。しかし、大統領選挙の候補者は、この問題を取り上げていない。ただ、労働党のルーラの経済問題補佐ギード・マンテガは、「問題は微妙であるから、選挙後に細部にわたって検討する」と言っている。ルーラの所属政党労働党の最も強力な支持勢力が公務員の組合であるから当然であろう。)

ブラジルの飢餓改善は遅々

国際連合は6カ月の調査ののち、ブラジルの児童の栄養失調の現状について、報告書を作成した。この正式発表は、選挙への影響を考慮して、来年3月まで延期されるが、新聞報道によると、そのその内容はおよそ次の通り。

  • ブラジル政府によると、2200万人のブラジル人が飢餓状態である。この数値は80年代始めの2300万人からあまり変わっていない。現在、栄養失調に起因する疾病のため、出生後1年以内に、1日当たり、280人の児童が死亡している。
  • ブラジルは、地球上最大の農産物輸出国のひとつで、飢餓は食糧不足ではない。食料にアクセスできるかどうかの問題である。
  • ブラジルは、1億7000万の国民に一日当たり2900カロリーを支給できる充分な余裕があるが、1600万人が1日当たり250カロリーで甘んじており、国連が勧告する1900カロリーからはほど遠い状態にある。その障害の第1は低水準の最低賃金である。もうひとつは、腐敗の横行とこれが処罰されないことである。第3は、90年代に取られた経済のネオリベラリズム政策である。この政策は経済発展を促進したが、社会的疎外を助長した。
  • IMFは、社会部門の支出を含む公共支出の削減を依然として要求しているが、これは警告に値する。

以上のように述べて、26項目の勧告を行っている。その主要なものは下記の通りである。

  • マクロ経済政策と社会政策の調整
  • 小規模農業の推進
  • 農地改革の促進
  • 社会部門予算の増大
  • 裁判所における食料への権利の活性化
  • 最低賃金の引上

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