中国の経済統計はどのように行われているか

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

中国の記事一覧

  • 国別労働トピック:2002年10月

ピッツバーグ大学のロウスキー教授の中国の統計数字の信憑性を疑問視する論文がきっかけで、中国の統計数字は世界的な注目を浴びている。2002年4月に、中国国家統計局責任者は中国が2002年4月に国際通貨基金(IMF)の「一般データ公表システム」(GDDS)に加入したことを取り上げながら、ロウスキー論文に反論していた。国家統計局の責任者は、このGDDS加入をきっかけに、今後、GDP、財政、金融、価格、労働力などのデータは定期的に公表することが義務付けられ、データの透明度もより向上すると説明した。ただし、IMFには、SDDSとGDDSの2種類の基準があり、SDDSには、先進国の大部分が入っているのに対して、GDDS加入国はアルバニア、カメルーン、イエメンなどの発展途上国が多く、中国の統計に関しては、IMFではまだ発展途上国のレベルとしか認めていないことと理解することもできる。

国家統計局が独立して行っている統計調査

かつては、中国の統計はすべて地方行政からの報告に依存していた。まず、末端行政組織は、地方政府の統計部門にデータを報告し、最終的に全てのデータが各地方から国家統計局に報告されている。このような調査手法はたくさんの人手を必要とし、多くの中間組織を経過しているため、基礎データに誤差が生じるという問題が指摘されている。

統計データの精度向上のために、中国国家統計局は近年、独立して全国レベルのサンプル調査を行う手法に切り替えようとしている。中国の人気紙「南方週末」は2002年8月1日の紙上に、中国統計局国民経済核算司司長・許憲春氏へのインタビューを掲載する形で、国家統計局はどのようにして統計を行われているかを紹介した。国家統計局が現在、独立して行っている全国規模の調査は、主に国家統計局直属の三つの調査チームによって行われる。この三つのチームとは、農村社会経済調査チーム、都市社会経済調査チームと企業調査チームである。これらの調査チームは、サンプル調査方式を通じて、全国の食糧・綿花・家畜などの生産量、年間売上500万元以下の非国有企業、中小企業、個人経営体の生産高と増加幅、農村固定資産投資、都市と農村住民の所得と支出、商品とサービスの価格等々を算出している。

農村調査の場合、現在、中国の農村は2000の県からなっているが、農村調査チームはそのうちの857県をカバーしている。食糧生産量調査の場合、調査対象となる土地は、生産量や栽培品種によってランクづけられ、対象となる土地をランダムに抽出している。そして、国家統計局直属の県の農業調査チーム調査員は対象となる土地で調査を行い、生産量を算出する。工業調査の場合、まず統計の基礎データがしっかりしている地域、例えば、河南省の場合、完全な企業データが整備されているため、そこから直接抽出することができる。こうした企業リストやデータが整備されていない地域では、基本的にランダムサンプリングの手法を使い、村や居民委員会所属の零細企業の場合、抽出された対象企業に対して直接調査員を派遣し調査を実施する。

すべての国有企業および年間売上が500万元以上の非国有企業の生産、売上総額および財務状況は書類を通じて直接地方統計部門に報告されている。地方統計部門はこうした末端からの基礎データをまとめると同時に、企業からの一次データや書類をすべて国家統計局に渡している。国家統計局はさらにこうした一次データや書類に基づき統計を行っている。

小売卸売業・飲食業などサービス業の財務状況に対しても同じ方法が採用されている。つまり国家統計局は地方政府からの報告ではなく、直接企業からの一次データから統計を行っているのである。

企業から直接報告された一次データの信憑性を確保するために、地方統計局は国家統計局の命令に従い、企業から報告された一次データに対して審査を行い、問題が見つかった場合即座に修正を行う。また、国家統計局および各地統計局では企業データのサンプル調査によるチェック体制が確立されており、全国17万企業のうち、5000の大手企業では統計局への直接報告体制が確立されているため、これらのデータも重要な参考指標になっている。

大手企業は財務体制が比較的に整っているため、そうした企業から報告された一次データは比較的にしっかりしているが、中小企業から報告されたデータの精度は信頼性に欠ける。例えば、郷鎮企業(農村における地場産業)のデータに関して、1998年以前は、各企業の報告に依拠していたが、1995年の第三次全国工業調査の際に、郷鎮企業から報告された生産高は実質より40%も高いことが明確になった。国家統計局は1999年以降、郷鎮企業に関しては、ランダムサンプル調査手法を導入し、企業報告における水増しの削除を行っている。

現在も各地域の報告に依存しているデータは、主に、農村以外の固定資産投資、大規模な卸売小売業飲食業における売上、一部の建築業界の生産高および増加幅である。統計データ以外に、GDPの計算には、他にも二種類の資料が参考となっている。1つは、行政管理資料、具体的には財政決算資料、工業商業管理資料などが含まれている。もう1つは、会計決算資料、具体的には銀行、保険、航空運輸、鉄道運輸、郵便、電信などの5大業種が含まれている。

水増しデータの処理方法

海外では、中国の地方行政における統計の水増し問題がしばしば指摘されている。例えば、蒼々社の『中国第十次5ヵ年計画――中国経済をどう読むか』(田中修著、2001年)には、1998年の中国が公表した実質GDP成長率が7.8%であるにもかかわらず、各地域が発表したGDP成長率はいずれもそれを上回っているという指摘がある。中国では、各省が公表するGDP総計がいつも国家統計局が発表する全国GDPを上回っている。その1つの理由は、地方の行政指導者、とりわけ市場経済の経験が少ない内陸部の行政指導者は、かつての指令経済の体質から完全に脱しておらず、中央の経済目標をノルマと考え、たとえ達成できなくても数字の操作で無理に「達成させる」ことが指摘されている。中には、自分の業績の評価のための虚偽の報告をつくり出す者もいる。国家統計局はどのようにしてこうした「水増し」の部分を控除しているのか。許氏へのインタビューによると、近年では、具体的には4つの方法が採用されている。(1)、前述のランダムサンプル調査手法の導入。(2)、末端からのデータを直接、国家統計局に報告させ、中間ルートをなるべく少なくすること。(3)、法・制度を確立し、虚偽データの作成者を摘発し処罰すること。(4)、データ品質の評価制度の導入-である。評価制度を具体的にいうと、国家統計局が各省統計局のデータの質を評価し、省レベルの統計局は地域の統計局のデータを評価するというシステムである。この評価システムが導入後、虚偽データを報告した地方官僚の職務解任などの行政処分も行われた。

国家統計局によると、今後、ランダムサンプリング調査の範囲はサービス業まで拡大することが予定されている。2004年にはサービス業における全国規模の調査を予定しているが、その後に、広告、コンサルティング、不動産管理、弁護士や会計士事務所などのサービス産業におけるランダムサンプリング調査が確立されることとなる。

資本逃避と権力の市場化

国家統計局の説明を読む限り、中国の政府統計部門も、先進国の統計手法を導入しながら、統計データの精度向上に真剣に取り組んでいると受け止められる。しかし、統計データの問題は、統計手法の改善だけでは解決できない社会問題を含んでいることも注目すべきである。海外の研究者が中国の統計データの問題を指摘する以前に、中国国内の研究者はすでにこの問題に注目している。たとえば、シカゴ大学滞在中の中国人研究者何清漣氏は、中国の経済成長を見るときには、中国への大規模な外資流入をみると同時に、その背後に隠れている海外への資本逃避の問題を無視できないと主張している。何氏が例にあげたOECDのレポートによれば、1989年から1995年の間の、中国での長期にわたる資本流出はトータルで1000億ドルを超える可能性がある。そのうちの500億ドルは政府の許可を得ていない、いわば闇のルートからの流出である。1994年までに、中国は海外で1万社以上の企業を設立し、そのうちのほとんどは香港、オーストラリア、カナダとアメリカに集中している。香港を例にすると、中国からの闇ルートの資本流入は、香港経済の重要な財源となっており、1995年までに、中国企業或いは個人が香港に投入した資本は300億から400億ドルの規模である。また、近年では、カナダやアメリカなどにおける中国人の不動産購入、或いは資本移民が急速に増えていることも、資本逃避を象徴する出来事である。

2001年1月には、中国の最高人民検察院と公安部が共同で汚職賄賂摘発を行った。そのニュースを発信した1月18日新華社によると、不完全統計ながら、2001年時点で、4000人以上の賄賂汚職容疑者が50億元をもったまま海外に逃亡中である。こうした汚職賄賂による資本流出が最も多発しているのは国有企業である。2001年に、北京市が摘発した120名以上の海外逃亡中の賄賂汚職容疑者のうち、70%が国有企業の経営者もしく財務責任者である。アメリカの中国語新聞「世界日報」によると、米国移住の元中国官僚は一回払いで数百万ドルの不動産を購入し、ロサンゼルスなどの大都会で豪華三昧の生活を送っているようだ。

何氏は統計数字の曖昧さは水増し問題に加え、市場経済への転換途中における権力の市場化と、それがもたらす政府機能麻痺の弊害であると指摘している。特に地方の官僚は権力を、私腹を肥やすための道具と見なしているために、中央政府の政策が末端まで徹底できず、法律や制度が存在していながらほとんど機能しない社会現象が生じている。それが、地方や末端における政府機能の麻痺だと何氏が警告している。

2002年10月 中国の記事一覧

関連情報