年金制度をめぐり英で初の労働争議

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年9月

企業年金の見直しに反対して鉄鋼労働者が6月末から断続的に争議を実施している。年金をめぐる労働争議は英国では初めて。多くの企業が企業年金の見直しを進めていることに労組は危機感を募らせてきただけに、今回の争議をきっかけに追随する動きが出てくる可能性もある。

争議を起こしたのは、英国最大の鉄鋼グループの一つ、カパロ社のスカンソープ工場(イングランド東部)とトレデガー工場(ウェールズ南部)の鉄鋼労組連合(ISTC)に加入する労働者約200人。使用者が企業年金(職域年金)を現行の確定給付型から確定拠出型へ切り替えようとしていることに反発して、6月28日にスカンソープ工場で、7月2日にトレデガー工場で、それぞれ時間外労働拒否闘争(overtime ban)を実施し、さらに7月10日にトレデガー工場で遵法闘争(work-to-rule)を実施した。 17日には24時間ストライキを実施する予定で、以後、問題が解決されるまで毎週水曜日に24時間ストを実施していく。

他の先進国と同じくイギリスでも、企業が将来の給付額を約束する「確定給付型」を廃止して、企業の掛け金(拠出額)負担が決まっていて給付額は資産の運用成績によって変わる「確定拠出型」に切り替える企業が増えている。株式市場の低迷によって運用利回りが低下し企業の負担が増えているためだ。確定給付型では、年金資産の運用利回りが給付を維持するために必要な利回り(予定利率)に届かないと、企業が掛け金を追加負担して穴埋めしなくてはならない。

ただ、確定給付型から確定拠出型へ切り替える場合でも、大半の企業は適用対象を新規採用者に限っている。今回カパロ社で年金制度の切り替えをめぐる労使対立が労働争議まで発展したのは、適用対象に新規採用者だけでなく既存の従業員まで含めたためだ。

同社が廃止しようとしている確定給付年金は、イギリスで最も一般的な企業年金である「ファイナル・サラリー年金」。給付額は、最終給与と勤続年数に基づいて決まり、勤続年数が40年であれば最終給与の約3分の2が保証される。イギリスでは最も充実した企業年金であり、それだけに利回り低下による差損分を補填しなければならない近年にあっては、企業経営の足を引っ張っていた。

これに替えてカパロ社が導入しようとしている確定拠出年金は、「ステークホルダー年金」と呼ばれる新型個人年金(詳しくは後述の「イギリスの年金制度」を参照)。確定拠出型である以上、一定の拠出額を加入者個人が自らの責任で運用し、その運用成績次第で将来の年金給付額が決まる。運用で生じた損失は、これまでのように企業によって補填されず、加入者個人が負担することになる。しかも企業が掛け金の一部を負担する義務はない。

英国最大の民間労組アミカスのロジャー・ライオンズ書記長は今回の争議に関連して、労組にとって現在、年金問題は賃上げよりも重要だと述べており、またアミカスの最近の調査では、ファイナル・サラリー年金を守るためのストライキは広く支持されている。

イギリスの年金制度

低い公的年金依存

イギリスの年金制度の特徴の一つに、公的年金への依存度が極めて低い点がある。高齢化が進むにつれ、先進国では公的年金負担が高まっていくが、イギリスではむしろ低下していく。たとえばGDPに占める公的年金支出の割合を日本と比較すると、1995年に日本は11%、イギリスは4.5%であったが、OECDの予測では、2050年に日本は15%まで上昇するのに対して、イギリスは4.1%にむしろ低下する。

公的年金の給付水準がもともと低かったこともあるが、80年代にサッチャー政権の年金改革で公的年金を私的年金で代替する措置が採られてきたからだ。さらに97年に政権についた労働党も、基本的にこの方針を継承して、「脱公的年金」をさらに進める方向で年金改革をおこなってきた。

労働党政権成立以前の年金制度

1997年に労働党政権が成立するまでの年金制度の仕組みを見ると、まず公的年金については日本と同様に「基礎年金」と「報酬比例年金」(1975年導入、日本の厚生年金に相当)の二階建てからなる。義務教育終了年齢を超えるすべての有業者(所得のない又は一定以下の者を除く)は「基礎年金」に加入する義務があり、さらに企業などに勤務する被用者は「報酬比例年金」に加入する義務がある。

ただし、一定の要件を満たした私的年金(企業年金、個人年金)に加入する被用者は報酬比例年金への加入が免除される(適用除外制度)。この点が日本の年金制度との大きな違いである。1975年に報酬比例年金が導入された頃にはすでに企業年金(最も一般的なのが上述の「ファイナル・サラリー年金」)が普及していたことが背景にあり、さらに80年代後半にサッチャー政権の年金改革で個人年金による適用除外も認められ、しかもその場合に、政府は保険料を補助することで個人年金への移行を促した。

その結果、各制度への加入割合(96年)は、報酬比例年金34%、企業年金40%、個人年金26%となり、公的年金への依存度が高まらない構造ができあがった。その一方で、公的・私的それぞれの年金制度の問題点も明らかになった。

まず(1)公的年金(基礎年金と報酬比例年金)については、給付水準が低いために、公的年金にしか加入していない人々の老後の生活難は不可避であること、(2)私的年金(企業年金と個人年金)については、経済性、安全性、柔軟性などの点で難点があるため、私的年金の加入者はこれ以上増えず、私的年金は年金制度の主軸にはなりえない可能性があること、である。

労働党政権の年金改革

労働党の年金政策は、1998年のグリーンペーパー「新たな福祉契約:年金のパートナーシップ」に示された。公的年金は低所得者層だけに限って、それ以外は私的年金に加入すべきとの基本方針のもと、具体的には上述の2つの問題点の解決を図ることを年金改革の柱とした。

  1. 国家第二年金の創設

    まず(1)については、基礎年金にしか加入していない人々など低所得者層を支援するために、「最低所得保障」を設置して、給付水準を従来の「所得補助」(日本の生活保護に相当)よりも高くした(99年10月実施)。また、報酬比例年金に加入していても現役時代に低所得であったため給付額が少ない人々を支援するため、報酬比例年金よりも給付額を高めた「国家第二年金」を創設し、報酬比例年金に置き換える(02年4月実施)。報酬比例年金に加入していた中所得者層については、私的年金への移行を促すため、国家第二年金の給付水準を逆に低くした。

  2. ステークホルダー年金の創設

    (2)については、中所得者層が私的年金へ移行しやすいように、政府によって規制が設けられている新型の私的年金、「ステークホルダー年金」を創設した(01年4月実施)。拠出額や手数料に上限があり(経済性)、資産管理委託者=トラスティを設置して運用会社を監視し(安全性)、他の年金スキームに移転しても中途解約金がない(柔軟性)などの点で、従来の企業年金や個人年金の難点を克服している。もっとも、確定拠出型であるため、加入者本人の運用成績がそのまま老後の給付額に跳ね返る。

ステークホルダー年金は、個人資格で加入できるため個人年金であるが、これまで被用者向けの企業年金を設定していなかったり、設定していても加入できない被用者が残っている使用者は、被用者に複数のステークホルダー年金商品の情報を提供し、被用者が加入を希望した場合、掛け金を天引徴収して保険会社に支払わなければならないという規定があり、したがって企業を通じても加入できる。ただし、使用者は掛け金の一部を負担する義務はない。

労働党政権の年金改革

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