ジャカルタ州の最賃引き上げ取下げ問題

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年3月

本誌1月号でお伝えしたように、2002年1月1日よりジャカルタ州は州別最低賃金を前年比38.7%と大幅に引き上げた。この引き上げは政府・使用者・労働者の各代表からなる三者委員会で2001年10月31日に決定した事項であったが、経営者連盟の猛反対で引き上げ実施一時延期となる事態に陥った。

最賃引き上げの背景

2001年10月31日、政労使の三者賃金委員会は、ジャカルタ州の月額最低賃金を、2002年1月1日より前年比38.7%アップの59万1266ルピアに引き上げることを明らかにした。

賃金の上昇率は、当初の段階では、組合側が20%以上または福利厚生費を含めて64万ルピア、使用者側が15%または49万ルピアと主張していた。しかし、両者の主張が妥協に達しなかったため、賃金委員会のメンバーである研究者が、ジャカルタ州の平均月給である59万ルピアに最賃を引き上げること、つまり38.7%の引き上げを提示したところ、政府側も同意。経営者側が強固に反対したものの、最終的に委員会内の多数決で大幅引き上げが決まった。

この決定は、政府側の労働・移住省ヤコブ大臣が最大労組のFSBSI議長を兼任していることからもわかるように、最近の労働政策が労働組合寄りになっている一例であろう。今回の賃上げ上昇率の高さは、近年の最低賃金の推移を見ても際立っている(表参照)。

経営者団体の強い反対と引き上げの延期決定

しかしこのような決定がなされた後、11月に入ってから、インドネシア使用者連盟(Apindo)がスティヨソ・ジャカルタ州知事に対して、「我々は最低賃金の引き上げを認めていないし、賃金委員会でもApindoと商工会議所(Kadin)は最賃引き上げに合意するサインをしていないので、この決定は無効である」と国家行政裁判所に訴えた。その結果、裁判所は12月13日、2002年度州別最低賃金に関する2001年州知事令第3052号について延期の判決を下した。

政府と使用者側の協議で訴えを取り下げ

しかし、ジャカルタ州側と労働・移住省は、不満を訴えるApindoや経営者らに、「新たな最低賃金が支払えない企業は、各地方政府と労働・移住省宛てに引き上げ延期の申請を提出し、同省の会計監査を受けて、支払いが困難であることが認められれば延期が可能である」と説明し、話し合いを続けた。その後ようやく、12月21日に開かれた協議の場においてApindoが訴えを取り下げることに同意し、両者の和解が成立した。政府側は、最低賃金の引き上げが困難な企業は1月21日までに知事宛てに延期申請をすることで妥協した。

ヤコブ労働・移住相は、「Apindoが新しい州別最低賃金の廃止を強硬に求めているのは、インドネシア製靴経営者協会の拒否にもとづく判決を根拠にしている。ジャカルタにある2万5000社のうち、同協会のメンバーであるのは700社に過ぎない。全国では10万社のうちの6000社がメンバーであり、それらの企業の従業員は1万5000人から2万人である。従って同協会及びApindoの意見が、使用者全体を反映したものではない」と反論している。

経営側、再度の新最賃支払い拒否

ところが、2002年の年明け1月3日になって、再びApindoは最低賃金の支払いを拒否する声明を発表した。ジマントApindo副会長は、「今回の最賃引き上げは高すぎる。このような高い賃金水準では、会社の効率性や合理性が失われ、最終的には解雇もありうる」とし、電気・電話・燃料費なども2002年1月から値上げが決定しているため、労働コストの増加がさらに経営者に困難を強いることを主張した。

これに対し、ヤコブ労相は、「新最低賃金は政労使の賃金委員会を経て決定した正当なもの」として、再改定は行わない意向を示した。

またスティヨソ州知事も、Apindoが何故今になってまた最賃の決定問題に反対しているのか疑問に思っていると述べ、州知事令の決定は遵守するとコメントしている。

これらの混乱に対して、労組最大手の全インドネシア労働組合連合(FSPSI)は1月5日、組合員らに対して「最低賃金の支払いがなければ生産性を低下させるように」との指示を出して、経営者側に抗議の姿勢を見せた。

最終的な決着

最終的に、国家行政裁判所は1月9日、先に出した最低賃金に関する州知事令の延期を取り消し、経営者に新最低賃金を従業員に支払うことを命じた。カダール裁判長は、「現在の労働情勢が不安定なため延期命令を取り消したが、今回の決定は暫定的なもので、今後さらに正式な決定を下す予定。改めて政労使の再協議が必要であろう」と述べており、組合側からの圧力などは一切ないと否定している。

ヤコブ労相も、経営者がこの決定を尊重してほしいと述べ、最賃の支払いが困難な企業に関しては申請を行うようにと語った。

Apindoら経営者側も、一応は決定に従うのがベストと判断したようであるが、引き上げ額の大きさが今後の経営に響くことは十分ありえると警告を発している。

日系企業の反応は

日系企業の経営者団体である、ジャカルタ・ジャパンクラブ中小企業連合会(SME連合会)は1月10日、ジャカルタ州知事と周辺の各県知事、そしてヤコブ労相宛てに最賃見直しの要望書を提出したということだ。要望書には、インフレ率や経済成長率からみても引き上げ率があまりに高すぎる。外資の新規投資の低下、リストラの増加、引き上げの根拠が不明瞭などの点を明記し、長期的視点からの見直しを強く望んでいることを盛り込んだ模様。

問題の多い州別最低賃金

2001年1月から始まった地方分権政策の一環として、2002年の最低賃金は各州の三者賃金委員会で独自に決定することが可能になった。しかし、実際はジャカルタ州の例を見れば明らかなように、その決定プロセスが難航し、混乱を招いている。

1月上旬までに州レベルで最低賃金が決定しているのは30州のうち16州、県では269県のうち5県、市では67市のうち6市のみとなっている。また、西ジャワ州のボゴール市(2002年最低賃金57万6500ルピア、前年比55%増)、東ジャワ州グレシク県(45万3200ルピア)などでも労使間での対立・混乱が見られるということだ。

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