ブッシュ政権初期の労働関連政策

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年11月

ブッシュ政権誕生から約半年が過ぎたが、労働関連の規制における方向転換は、はっきりしている。まず、繰り返し作業による筋骨格系統の損傷については、クリントン政権が進めた人間工学基準を廃止に追い込み、現在、産業界で用いられている先進的な事例、「ベスト・プラクティス」を発表するなどの新たな試みを検討している。

また、「労働安全衛生局(OSHA)が小さな違反にも厳しく、地域ごとに別の基準で安全衛生を監督している」とする産業界の批判に応え、クリス・スピア副労働長官は、使用者に第三者機関の安全衛生専門家のアドバイスを受けるように促すことを検討している。もし実現すれば、アドバイスに従っていさえすれば、使用者は民事上の責任を免れることになる。

不当労働行為があった場合、NLRBが連邦裁判所に差し止め命令を請求することがあるが、ブッシュ大統領に任命された全国労働関係局(NLRB)アーサー・ローゼンフェルド事務総長は、この請求を控えようと計画している。産業界は、クリントン政権時にNLRBがこの権限を濫用したと批判していた。

賃金保険に関心

WTO(世界貿易機関)への抗議に見られるように経済のグローバル化に対する労働者の反発は根強い。自由貿易による雇用喪失を避けるため、議会では、鉄鋼輸入量に上限を設けることが検討されている。国際経済研究所のゲーリー・ハフバウアー氏によると、この輸入制限は推計で9700職を守るが、自動車価格の高騰などによる消費者の負担増は、1人の雇用維持につき年間36万ドルという驚くべき金額となる。

ブッシュ政権は、「賃金保険」というアイデアが、労働者側にも受け入れられ、自由貿易促進にも役立つ可能性もあると考え、関心を寄せている。ビジネス・ウィーク、ウォールストリート・ジャーナル、ワシントン・ポストなどの主要経済紙(誌)執筆者も賃金保険に賛同している。 

賃金保険は次のような考え方に基づく。貿易障壁を設けるよりも、自由貿易のために失業する労働者への補償を行う方が費用がかからず効率的である。貿易や技術進歩によって職を失う労働者は、しばしば転職先で賃金が下がる。カリフォルニア州立大学サンタ・クルーズ校のロリ・クレッツァー准教授によると、輸入製品との競争にさらされた産業で失業した製造業労働者は、平均で13%賃金水準が低下する。一方、約3分の1の労働者は、より賃金の高い職に移っており、このような労働者を手助けする必要はない。しかし約4分の1の労働者は、転職後30%以上賃金が低下する。国全体が、自由貿易の利益を享受するので、他の国民は、深刻な影響を受ける労働者を補償する経済的余裕があるはずである。

上院財政委員会で議会証言を行ったクレッツァー准教授によると1993年から1999年までの期間に非耐久財製造業で働いていた労働者のうち、最も深刻な影響を受けた労働者は、高校中退、離職時にフルタイムで働いていた、10年以上勤続、45歳以上の既婚、人種的少数派の労働者である。このタイプの労働者が再雇用される確率は54%だが、もし年齢が25歳から44歳であれば、その確率は66%に上がる。また、同産業から離職した高校中退者が再雇用される確率は65%であるのに対し、大卒者の場合78.5%と高くなる。再雇用される産業も重要である。製造業から離職した労働者が再び製造業の職に就いた場合、賃金低下は少なく失業期間も短いが、小売業に転職した場合、賃金低下が最も大きい。

クレッツァー准教授とブルッキングス研究所のロバート・リタン氏が提唱している賃金保険は、最初の一時解雇後の2年間、年1万ドルを上限として、転職前賃金と転職後賃金の半分を前職在職期間2年以上の労働者に支払う。この補償は、労働者が新たな仕事に就いてから支払いが始まる。これに対し、30年の歴史がある貿易調整援助(TAA)は基本的に失業者ないし職業訓練中の労働者に対する失業保険給付の上積みになっており、失業期間を長期化させる効果を持つ。両氏は、賃金保険により、失業期間短縮に加え、他産業への転職の促進などが期待できると主張する。また1999年(失業率4.2%)に賃金保険を実施したとすると、その費用は26億ドルで、失業保険にかかる費用、年200億ドルに比べ費用もかなり低い。

賃金保険にも様々な案があり、民主党ジェフ・ビンガマン上院議員は、50歳以上で年収5万ドル未満の労働者だけを対象に賃金保険を提唱している。ブッシュ政権が最も関心を示している案は、外国製品との競争にさらされやすい鉄鋼、アパレル、繊維産業などの全ての労働者に賃金保険を試験的に適用するという案で必要な予算規模も小さいものである。

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