経営組織法改正、閣議決定

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

ドイツの記事一覧

  • 国別労働トピック:2001年5月

経営組織法の改正は、1972年に行われてから、その後の保守中道政権下でも、85年等に新たな改正が試みられ、結局廃案となって実現できなかったものであり、98年秋に成立した現シュレーダー連立政権(SPD主軸)のもとでも、企業を取り巻く環境の大きな変化を考慮して、実現すべき懸案事項の1つとして労使を巻き込んだ激しい議論が展開されてきた。その改正は、先に成立した税制改革法(本誌2001年1月号参照)と連邦議会を通過した年金改革法案(本誌2001年4月号参照)とならんで、最近のドイツにおける労使間の大きな論争となったものだが、リースター労相の改正案を土台として2月14日に妥協が成立し、改正法案が閣議決定された。

経営情報法は、第2次大戦後の1952年にワイマール時代の制度を改善して制定され、ドイツ企業に特有な従業員参加制度について規定するが、1951年のモンタン共同決定法等が、監査役会の構成等の企業レベルでの参加を規定するの対して、同法は事業所レベルでの従業員参加について規定することを中心内容としている。そして同法上、従業員数が一定数以上存在する事業所で、従業員参加を担う組織として予定されているが経営協議会 (事業所委員会、従業員代表会という訳もある)であり、ドイツでは労働組が産別労組として事業所(企業)外部の組織であるのに対して、この経営協議会は事業所内部の組織であり、法的には産別労組と区別されるものである。しかし、実際上は経営協議会委員は労組員を兼務していることが多く、同法上労組が経営協議会の活動に対して介入、監視しする等の密接な関連も規定されており、経営協議会は労組の出先機関のような特徴をもつという側面もある。したがって、一般的には、経営協議会の権限拡大に労働側が賛成するのに対して、使用者側はそれに反対するという構造になる。また、このような企業内部の従業員参加制度をもたない国(特に米国等)の企業にとっては、ドイツに現地法人を設立し、ドイツ企業と合併するに際して、経営協議会の存在がカルチャー・ショックのように受け取られる向きもりあり、これがドイツの投資環境や企業立地条件の足枷になっていると指摘する経営者も存在する。

今回リースター労相(SPD所属)が提案した経営組織法の改正案では、このような経営協議会の選挙手続きの簡略化と参加権の範囲の拡大が主に問題となり、経営協議会の設立を容易にし、権限を強化することになるので、労働側は大筋ではこれに賛成したが、使用者側はこれに断固反対し、厳しい対立を生じた。この対立に対して、ミュラー経済相(無所属)が使用者側の意を酌んだ妥協案を提起したが、リースター案とミュラー案のせめぎ合いが、それぞれの背後にある労働側と使用者側の対立も絡んで継続し、結局シュレーダー首相が、税制改革や年金改革の場合と同様、調整能力を駆使して仲介を図り、妥協が成立して閣議決定されることになった。以上この手続きと権限の2つの問題を中心にして、対立と妥協の経緯につき、その要点を記すことにする。

(一) 選挙手続き等について

従業員5人以上の事業所においては、経営協議会を設けることになっているが、経営協議会の設立、運営に関する費用(事業所の供与、委員の研修、専従者の賃金保障等)はすべて企業側の負担であり、また経営協議会委員の選挙で現業労働者(Arbeiter)と職員(Angestellte)を別の選挙で選出する等、手続き的な繁雑さもあり、実際上小規模の事業所では経営協議会を設けていないところが多い。

そこで設立を容易にするために、リースター案では、現業労働者と職員の分離選挙を一本化し、従業員50人以下の小規模事業所では、1回の選挙集会で秘密・直接投票によって経営協議会委員を選出し、参加できないものは書面で投票できるようにする等、選挙手続きの簡略化を図り、また事業所における少数派の意志で経営協議会を設立できるように手続き面の改正を図った。

これに対して使用者側は、これは中小企業にとって費用負担が増大することになるので受け入れ難いとし、また、事業所の従業員の多数の意志に反して少数派の意志で経営協議会の設立を認めると、経営協議会選挙が事業所内の民主的な多数決原理に反することになり、さらには事業所内の過激分子が多数の意志に反して経営に対して妨害を行うことに道を開くことにもなりかねないとして、リースター案に反対した。

また、一定規模の事業所の経営協議会委員の中には、専従として経営協議会の仕事に専念し、通常の労働を免除されるものがあり、この事業所規模は従来300人以上と規定されていたが、リースター案では規模を縮小して、これを200人以上に改正しようとした。これに対しても、使用者側は費用がかさむことからも強く反対した。

このような中で、ミュラー経済相が使用者側の意を酌んだ仲介案を提起し、経営協議会の選挙に参加する従業員の定足数を定め、事業所の総従業員の少なくとも30~35%以上が参加することを必要とすることを要件とする等、民主的選出手続きの要請を加味して、少数者により妨害等に歯止めをかける案をを提起した。

その後の論争で、以下のような妥協が成立した。

  1. 経営協議会の選挙は、現業労働者と職員の分離選挙とせず、共通の選挙に一本化するが、経営協議会委員は、従来どおり原則として候補者リストに推薦された者から選ばれる
  2. 従業員50人以下の小規模事業所では、選挙は1週間の間隔をおいた2回の選挙集会で行われ、2回目の集会の秘密・直接投票で、得票順に経営協議会委員が選出され、集会不参加者は書面により投票の機会を与えられる。ミュラー案で提起された選挙集会の定足数の要件は不要とする。少数派の横暴に対する使用者側の懸念に答えて、選挙集会を2回とし、その代わり定足数を不要として妥協を図った。
  3. 経営協議会委員の中の専従者を置ける事業所の規模を縮小化し、従来の従業員300人以上から200人以上に変更する。

(二)経営協議会委員の参加権の拡大について

労働条件規制等に参加する権利は、経営協議会が従業員参加制度であることから、実際上経営組織法制定以来最も議論された問題でもあるが、この参加権(Beteiligungsrecht) には、大別して関与権(Mitwirkungsrecht)と共同決定権(Mitbestimmungsrecht)の2つがある。前者は企業の意志決定自体は左右できないが、それに関与できるもので、情報を受ける権利、事情を聴取する権利等があり、後者は企業の意志決定自体を左右する権利で、異議申立権、同意権等があり、企業に対する影響力では後者が前者より強い。そして、参加権を行使する対象領域としては、大別して社会的事項、作業に関する事項、人事的事項、経済的事項があるが、経営にかかわる経済的事項、作業に関する事項、人事的事項、経済的事項があるが、経営にかかわる経済的事項に関しては弱い関与権が中心になり、社会的事項に関しては強い共同決定権の範囲が広くなっている。

今回のリースター案で最も争われたのは、作業に関する事項についての共同決定権の強化である。経営組織法91条は、職場、作業工程、作業環境の変更に対して経営協議会の意義申立権を認めているが、この権利の行使には、この変更が「確実な労働科学的知識に明らかに反し、従業員に特別な仕方で負担を課する場合」という限定条件が付されいる。リースター案はこの限定要件を取り払って、異議申立権を強化しようとするものである。

これに対して、使用者側は、作業工程等の変更は、企業が新しい機械や生産方法の導入を行うときに伴うもので、これに対して無条件に異議申立を認めると、企業の投資計画の決定を妨げ、遅滞させる等、経営の本質的部分にかかわる弊害となり、到底認められないとした。使用者側には、憲法裁判所への訴えを示唆するものであった。

この使用者側の強硬な反対をミュラー案は考慮し、これに対して結局リースター労相が妥協して、経営組織法91条の改正は見送られることになった。この他、経営協議会には、以下のように様々な分野で新たな権限拡大が認められた。

  1. 従業員の雇用確保や資格付与について関与権を認められ、雇用の助成について手動権を認められ、これらとの関連で、労働時間の柔軟な形成、超過労働の削減、パートタイム労働と高齢者パートタイムの助成、作業組織の新たな形態等について取るべき処置を提案できる。
  2. 事業所の職業教育措置の導入について共同決定権を認められる。
  3. 事業所内の女性従業員の助成のために諸種の処置を取ることを協議できる。
  4. 使用者は環境保護に関する重要問題について、経営協議会と協議し、事業所内の環境保護の問題について従業員に知らせなければならない。さらにこの他、事業所内の外国人排斥活動に対処するため、使用者が従業員総会で人事・社会制度について報告する場合、事業所内の外国人従業員の統合状況を取り上げなければならない。

また、従業員参加制度をもたない諸国、特に米国の使用者団体等は、経営組織法の改正による経営協議会の権限拡大に不満を表明している。米国商工会議所のゲルト・シュレーダー労働社会委員会委員長は、今回の改正は外国企業がドイツに投資する際の障害になるとし、ドイツ政府は税制改革によって諸外国に送った積極的なシグナルを台なしにしてしまうと述べている。同氏はまた、ドイツは先にパートタイム労働と期限付き雇用の改正で (本誌2000年12月号参照)、規制緩和に逆行する措置を取ったが、今回の経営組織法の改正も、EU諸国が市場の調和に向かっている動きに逆行すると述べている。

これに対してリースター労相は、経営協議会の存在が投資をめぐる国際競争でドイツを不利にしてはおらず、企業の構造改革という困難な事柄がドイツでは労使の強調のもとに行われているのは、従業員参加制度が存在するからだとしている。同労相はまた、従業員参加による共同決定の問題が、欧州レベルでも欧州株式会社との関連で発展してきていると述べている。

関連情報