キャッシュ・バランス・プラン政治問題化、規制強化へ

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年12月

キャッシュ・バランス・プランとは

キャッシュ・バランス・プランは伝統的な確定給付型年金と401Kプランを始めとする確定拠出型年金両者の性質を併せ持つ折衷型企業年金で1980年代半ばに考案され、1990年代半ばに本格的な普及をみた。キャッシュ・バランス・プランでは確定給付型年金のように企業が運用に責任を持つが、各従業員に対し仮想口座が設けられ確定拠出型年金のように積み立てた年金資産を他社に持ち運ぶことが可能となっている。さらに転職機会の多い有能な若年労働者にとって同プランが魅力的な理由として、年間給与の一定割合が年金資産積み立てに使われるという事情がある。これに対し元来、長期勤続者優遇策として定着した確定給付型年金では、受給金額の積み増しが勤続期間最後の5年から10年に行われる。

企業から見るとキャッシュ・バランス・プランには3つの利点がある。第一に若年あるいは比較的勤続の短い労働者に有利な年金で、年功序列型から雇用流動型に転換した諸産業で有能な人材を集めやすく、第二に確定給付型年金からキャッシュ・バランス・プランへの転換で年輩労働者への給付を減らし、企業年金債務を減らすことができる。そして第三に伝統的な確定給付型年金に類似した面があるため、従業員も確定給付型年金からの転換を受け入れやすい。これら3点に注目した人事コンサルタント会社は、各企業に同プランへ転換することによるコスト削減と従業員の年齢構成を若返らせるリストラ策の一環として同プランを売り込んでいた。各企業独自の年金額の計算法は複雑で素人には理解し難いため、確定給付型年金から同プランに転換する年輩従業員は、知らぬ間に極端な場合50%の年金給付を失うこともある。もっとも、全ての従業員に確定給付型年金に留まるか、あるいは同プランに類似した折衷型企業年金であるペンション・イクィティ・プランに転換するかという選択肢を与え、確定給付型年金からの転換で従業員が不利益を蒙らないようにし、転換を全く問題なく進めた電力供給会社ノザーン・ステーツ・パワー社の例もある。しかし過去10年間にキャッシュ・バランス・プランの様なプランを設けた300社強の企業で、選択権を多くの従業員に与えることは稀であった。

今後注目される年齢差別の切り口

1999年5月に確定給付型から折衷型企業年金キャッシュ・バランス・プランへの転換方針を社員に発表したIBMでは当初、退職まで5年以内の従業員に確定給付型年金に留まる選択権を認めたが、その他の多くの年輩従業員がこの転換が大幅な給付削減となることに気づき、インターネットのヤフー・ホームページ上で同プランへの不満や意見を交換する場を設け多くの従業員が参加した。また国会議員に働きかけ、数人の議員がIBM経営陣に書簡を送り同プランを再考するよう求めた。1999年9月、IRS(内国歳入庁)は今後数カ月かかるとみられる実態調査で複雑な問題の解決策が見出されるまでは、優遇税制が適用される同プランの新たな認可をしないと表明した。さらに上院の保険・教育・労働および年金委員会は IRS、IBMの同プラン担当者などを招いて公聴会を開いたが、この公聴会直前の1999年9月17日、多くの従業員から激しい抗議を受けた同社は、勤続10年以上の40歳以上の従業員は確定給付型年金に留まることができるとし、選択権を大幅に拡大した。しかし、この選択権緩和は同社に不信感を持った従業員の感情を鎮めるには焼け石に水で、むしろAT&T従業員がキャッシュ・バランス・プランへの転換を不服として1998年に起こした集団訴訟で従業員側に有利な材料として使われる可能性も出てきた。

サンダース下院議員(独立系)らは同プランの導入時に45日前から各従業員の給付額について情報公開すること A使用者が従業員の年金を転換する権利を大幅に制限することなどを含む規制法案を提出した。これに先立ち上院でもハーキン(民主)、ケネディ(民主)議員らが企業年金転換時の従業員の年金給付減額を禁じる法案を提出している。雇用機会均等委員会(EEOC)もキャッシュ・バランス・プランが1967年制定の雇用における年齢差別法に抵触するか調査を開始した。各企業のプランの違いを反映し、年齢差別に当るかどうかの判断や措置は企業ごとに異なる見込みである。

IBM従業員の中には同プランが年齢差別に当るとしてIBMを提訴する動きがあり、キャッシュ・バランス・プランを既に導入した300社余りもIBMでの動きに注目し、従業員の提訴を警戒している。IBM従業員の間には同プランについて同社と効果的に交渉できるのは労組であるという認識が生まれており、各地の同社事業所で CWA(全米通信労組)が活発な組織化活動を展開している。

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