基礎情報:フランス(2004年)

基礎データ

  • 国名:フランス共和国 (France Republic)
  • 人口:6,198万4千人 (2004年1月速報値)
  • 経済成長率:2.3% (2004年暫定値)
  • GDP:1兆4,048億ユーロ (2003年)
  • 一人あたりGDP:約25,197ユーロ (2003年)
  • 労働力人口:2,576万2,300人 (2003年)
  • 失業率:9.9% (2004年12月)
  • 就業者数:2,448万人 (2003年)

資料出所:フランス国立統計経済研究所、国際労働機関

Ⅰ. 2004年の動向

Ⅰ-1. 週35時間労働制の見直し

(1) 労働時間短縮政策の沿革

ミッテラン左派政権初期の1982年、フランスの法定労働時間は、週40時間から39時間に短縮された。その後、右派政権時の1996年に、いわゆる「ロビアン法」が制定され、雇用創出または維持に時短を利用したい企業に対して、社会保険料・雇用主負担の軽減を認めたものの、約29万人がその対象となるにとどまり、大きな効果はなかった。

1997年の総選挙で勝利したジョスパン左派政権は、選挙公約であった「法定労働時間35時間化」の第一歩となる「オブリ第1法」を1998年6月に制定。時短促進を図り、中・大企業に対し、2000年初頭からの週35時間労働制の導入を目指し(注1)、「ロビアン法」より適用基準を緩和した社会保険料・雇用主負担の軽減策を打ち出した。これは、賃金月額を引き下げずに時短を行うことに対する雇用主(使用者団体)の反発を抑える意味合いもあった。

さらに、この「オブリ第1法」を補完する形で、2000年1月に、いわゆる「オブリ第2法」が制定された。所定内労働時間を最高週35時間に定め、かつ雇用を増加させるか維持させる企業に対して、社会保険料の雇用主負担を軽減した。この法律により、法定労働時間は、週35時間(年換算1600時間(注2))と定められた(ただし、従業員20人以下の企業への適用は、2002年1月より)。

(2) 時間延長(時長)への布石

2002年の政権交代で登場した右派のラファラン政権は、規制緩和による経済活性化を掲げ、時短法の適用緩和を定める「フィヨン法」を制定。2003年1月17日に発効した同法は、超過勤務時間の年間上限を130時間から180時間に拡大するとともに、従業員20人以下の企業に対し、超過勤務手当の割増率を10%(注3)に据え置く措置を、2005年末まで延長した(注4)。

(3) 「連帯の日」の創設~ 時短の流れに逆流現象 ~

2003年8月初旬、フランスを熱波が襲い、14800人の死者を出したが、その大部分が高齢者であった。政府は、「連帯の日」を設け、賃金を据え置いたままで就労時間を1日分増加させ、その分の雇用主負担税の増収分(注5)を、高齢者や身体障害者に関する政策の財源に充てることを決定(2004年6月17日、国会で関連法が成立)。

この「連帯の日」(1日の追加就業日)は、労使交渉によって、毎年決定される。これらの交渉の際、労働者は、就業日を1日追加する代わりに、1年間に分散された7時間の労働時間の増加(例えば、1年の間に、1時間の労働時間延長を7日)を選ぶことも可能である。この結果、2005年から、就業日が1日増加することとなり、1600時間(年換算)であった法定年間労働時間が、実質的に、1607時間に引き上げられた。

(4) ボッシュ社における「時長」

自動車部品メーカー・ボッシュ社のリヨン郊外にあるヴェニシュー工場では、2004年7月19日、賃金の引き上げなしに労働時間を週1時間増やすことが決まった。チェコへの生産ラインの移転回避がその理由。週36時間労働制への移行などにより労務費の12%削減に協力する代わりに、生産ラインの移転を断念する労使協定が締結された。この協定によると、労働時間短縮時に増加した年間20日間の休日のうち、6日分を削減する。つまり、計算上、週1時間の労働時間増加となる。同時に、キリスト昇天祭および聖霊降臨の両祝日も就業日とすることも定められた。これを受け、会社側は、同工場に新たに1200万ユーロを投資。2008年にも解雇される恐れがあった300人(注6)の雇用が維持されることとなった。これは、民間企業の一工場における労使交渉での決定事項であるが、短い労働時間(週35時間労働制)が、雇用に悪影響を及ぼしている例として、35時間労働制の見直しに関する議論に弾みをつける結果となった。

(5) 35時間制見直しの議論

2002年の政権交代以降、失業率や財政赤字が悪化するなか、政府・与党内では、これらの原因を週35時間労働制に押し付ける傾向が顕著に現れた。労働時間を増加させ、国際競争力を高めたい経営者団体のフランス企業運動(MEDEF)の圧力もあり、2004年に入って、同制度の見直しの議論が活発化した。

以前から35時間労働制に批判的な言動を繰り返していたラファラン首相は、2004年5月26日、35時間労働制に関する法律を「悪法」と断じ、同法で恩恵を受けたのが、一部の個人に過ぎず、社会全体では、マイナス面が多かったとの認識を示した。その後、同首相は、週35時間労働制の見直しを、関係閣僚に指示。また、2004年春から秋にかけて経済・財政・産業大臣を務めたサルコジー氏は、「収入増を望むフルタイムの労働者が、現在の所定労働時間を引き上げ、労働時間を増やす」ことが可能な労働法制の整備を主張した。

このような政府の35時間労働制見直しの動きに対して、同制度を導入した現野党・社会党や労働組合は、強く反発。社会党のフランソワ・オランド第一書記は、政府の見直しの動きに対して、「35時間労働制の終焉」と断言し、時間外労働の多用を促し、そのため、雇用が減少する可能性があるとして、「経済的な危険を伴う」と主張した。また、同制度を導入した当時の雇用連帯相であるオブリ氏は、「週35時間労働制の廃止は、45万人の失業者を生む」と主張し、時短の維持を求めた。さらに、「企業は、労務管理の柔軟性が広がり、賃金労働者には、時間的なゆとりが生まれ、失業者は、再就職の道が開けた」とし、同制度の有効性を強調した。

労働関係担当相のジェラール・ラルシェ氏は、ラファラン首相の指示を受け、2004年8月26日から9月7日までの間、労働組合ナショナル・センターのトップや経営者団体の幹部と、35時間労働制の緩和など雇用政策に関して、相次いで協議した。同大臣と会談した労働組合代表は、35時間労働制が、数十万人の雇用を生み出し、経済成長の足かせとはなっていないという立場から、同制度の見直しに反対する意向を表明した。また、経営者団体のフランス企業運動(MEDEF)のセリエール会長は、35時間労働制の見直しを改めて求めた。

その後、ラルシェ労働関係担当相は、10月から、35時間労働制の見直しなどに関する2度目の協議を、労働組合などと行なったが、議論は平行線のまま終わった。

(6) 35時間労働制見直し案の発表

ラファラン首相は2004年12月9日、2005年の施政方針(Contrat France 2005)を発表し、週35時間労働制度の改正案を示した。1)週35時間の法定労働時間は維持する、2)しかし、収入増加を望む労働者が労働時間を増やすことを可能にする、3)暫定措置として、大中企業よりも低率に定められた小企業の時間外労働割増賃金率の規定を3年間延長する――が骨子。

改正案は、法定労働時間を週35時間制に据え置くことを前提に、収入増を望む労働者が労働時間を延長することを可能にしている。その場合の時間外労働時間の長さ、割増賃金率などについては、経営者とその労働者個人の交渉によって決定する。ただし、超過勤務労働時間の上限は、法定の時間外労働時間の上限に設定しなければならない。法定の時間外労働時間の上限は、現在年間180時間。改正案では、これを220時間へ引き上げることも提案された。割増賃金率は、現行水準(10%または20%)以下を認めない。追加の就労時間に対する割増賃金は、現行水準(通常10%又は25%)以下のものは認めない。

この処置により、所定労働時間(週35時間:年間1600時間)と超過勤務時間(上限220時間)を合わせて、「労働協約上の労働時間」とすることが可能となった。最大で1人1820時間となり、週40時間労働に相当する。

時間貯蓄口座(compte epargne-temps)の利用促進も提案された。1)口座に貯蓄された時間に相当する金額を年末に現金化する、2)企業年金・従業員向け社内預金の原資への繰り入れ、3)有給休暇や職業訓練のために残しておく――などを可能にする。企業の選択肢を広げ、より多くの企業が利用することを目的とするものである。

小規模企業(従業員数20人以下)における時間外労働割増賃金率規定に関する例外措置についても言及し、小規模・零細企業の経営への配慮をみせた。時間外労働割増賃金率を10%に設定している暫定措置は、2005年末で廃止予定であったが、2008年末まで延長される(従業員数21人以上の中・大規模企業では、割増賃金率は25%)。

(7) 2005年に入っての動き

この改正法案は(注7)、2005年1月から国会での審議が開始。ラファラン首相は、この改正策により、企業の活性化と雇用の創出が実現し、他の政策による効果も含めて、2005年末には、10%の失業者減少が期待できると主張している。これに対し、2005年2月5日には、労働組合や野党・社会党の呼びかけにより、同法案に反対する全国規模での抗議運動が展開され、数十万人がデモに参加した。しかし、同法案は、2005年2月9日に、与党の賛成多数で、国民議会を通過。2005年3月1日から上院で審議され、3月22日に成立した。

Ⅰ-2. 社会党合法の成立

国会で審議の続いていた社会統合法(loi Borloo de cohesion sociale)が、2004年12月20日、与党の賛成多数で、可決・成立した。同法は、雇用や住宅など社会問題全般に関する改善を目的としたもので、ボルロー雇用・労働・社会統合相が中心となって準備を進めてきた。5年間で150億ユーロを投入し、社会的不均衡の是正を目指す。なお、就職差別をなくすことを目的に、従業員数250人以上の大企業に対して、名前や年齢、性別などを明記しない匿名履歴書による応募を義務付けるという条項は、最終的に削除された。「弱者救済」的な性格を有すとしながらも、「企業の自由活動を促進させる」という現政権の基本路線に沿ったものとなった。同法に盛り込まれた雇用に関する主要な項目は以下の通りである(注8)。

(1) 将来契約(Contrat d’avenir)の創設

将来契約とは、社会復帰最低手当(RMI)など福祉手当の受給者を対象に、地方自治体や非営利団体における一定期間の就労を促すもの。有期のパートタイム就労をしながら、職業訓練に参加し、将来の恒久的な就労につなげることを目的とした契約である。週の一部は、職業訓練(研修)に充てられ、労働時間分に対してSMIC(法定最低賃金)の給与が支払われる。

1. 対象
社会参入最低所得(RMI)、失業保障制度の特別連帯給付、単親手当のいずれかの手当を、政令で定められる期間(当初は6ヵ月の予定)を超えて受給している者。なお、社会参入最低所得(RMI)に関しては、受給権者も含む。
2. 契約締結可能な雇用主
地方自治体および公共団体、公的サービスの提供を委託されている民間企業、非営利目的の組織・団体(各種協会、共済法に基づいて設立された共済組合、企業委員会、労働組合等)など。
3. 契約期間
2年間の雇用契約だが、12カ月を限度に更新することが可能。ただし、50歳以上の場合は、36カ月を限度に更新することができる。
4. 就労時間及び職業訓練時間の規定
週当りの就労時間は、「26時間程度」と定められ、契約期間内で変動可能。例えば、「契約期間の前半は20時間、後半は32時間」というような就労時間を設定することもできる。職業訓練時間は、就業時間と合計して、法定労働時間を超えない範囲で設定できる。
5. 賃金および失業保障
契約締結によって採用された従業員には、「SMIC以上の報酬を支払う」という労働協約がない限り、就労時間に応じて、SMICの報酬が支払われる。職業訓練中の時間は、無報酬でもよい(注9)。また、他の賃金労働者と同様に、失業時の所得が保障されている。非営利民間団体で将来契約によって採用された従業員は、他の従業員と同様に、失業保険制度に加入する。公共部門の雇用主は、彼らを直接保障するか、失業保険制度に加入させなくてはならない。
6. 雇用主に対する優遇措置(注10)
雇用主には、1)社会保障制度の保険料雇用主負担の免除、2)採用手当の支給、3)逓減定額手当の支給――という優遇措置がとられる。
7. 契約締結労働者に関する定期審査
契約の適用者の状況について、6カ月毎に審査される。もし、手当を受給する条件を満たさなければ、政令であらかじめ定められる方法(現在は未定)で、他の契約に置き換えられこともあり得る。

(2) その他の雇用関連の法改正

「将来契約の創設」のほかに、雇用・労働に関する法規制の改正が定められた。例えば、1)雇用契約の際、移動時間を就業時間に含めない、2)雇用センター(Maison de l'emploi:直訳すると、『雇用会館または雇用の家』)を全国300箇所に創設する――等である。2)の「雇用センター」は、これまで求職者の再就職手続き業務を独占してきた職業安定所(ANPE)にかわって、失業給付に関する手続きや求職者登録などの窓口業務、失業者個々人に合わせた求職活動を提案する機関である。

Ⅰ-3. 失業状況と2005年の見通し

(1) 2004年の失業状況

雇用・社会統合省が、2005年1月28日に発表した2004年12月の雇用統計によると、2004年末の時点で、失業率(ILOの基準に基づく)は、9.9%であった(注11)。

失業者数について、2003年と比較すると、年齢別では、25歳以下の若年者は2.2%の増加であったのに対し、50歳以上の中高年は、2.3%減少。また、男女別では、女性が0.8%増加したのに対し、男性は1.0%減少であった。また、職業安定所に1年以上求職登録している長期失業者は、3.1%の増加。3年以上職に就いていない失業者も、2.5%増加している。

失業率(季節調整済み)は、2003年12月の9.9%から、2004年2月には9.8%へ下がったが、同年6月には再び9.9%に上昇し、翌7月に9.8%に戻った以外は、年末まで9.9%の水準であった。つまり、年間を通じて常に10%近い水準であったことがわかる。

(2) 政府の目標(公約)

ラファラン首相は、2004年11月10日、「2005年は、失業者数を1割減少させ、同年末までに失業率を8%台の水準にすることを約束する」と表明。その根拠として、1)製造業の生産高が1997年以来の高い伸び率を示している、2)2004年の経済成長率が、当初の予測の1.7%を超えている――を示すとともに、2005年は、更なる景気拡大が期待され、それが雇用の増加に繋がると、同首相は主張している。こうした政府の公約に対し、「楽観論」とする見方もある。

(3) フランス国立統計研究所(INSEE)による予測

INSEEは、2005年6月末までに、公共部門・民間部門合わせて、5万7000人の雇用純増と推測している。民間企業における雇用拡大のペースに関して、2004年第3四半期の製造業の生産高が非常に好調だったことを考慮しても、今後大きな変化はなく、2005年上半期は、2万5000人程度の増加にとどまるというのが、INSEEの予想である。また、公共部門においては、特殊雇用契約による大量採用は期待できないとしている。労働力人口については、僅かながら増加すると予想。これらを総合的にみて、INSEEは、2005年6月末の失業率を、現在の9.9%から僅かに低い9.7%と予測している。

(4) 最近の状況

ラファラン首相は、2005年1月14日、リベラシオン誌のインタビューに対して、「失業者を1割減少する」という公約には変化がないことを強調。さらに、2005年には、景気拡大で新たに15万人の雇用が生まれ、また、社会統合法により新設された「将来契約contrat d’avenir」(注13)は、18万5000人に職を与えることができると主張している。

ある世論調査によれば、こうした政府の「失業者1割減少」の公約について、国民の大多数が「実現は不可能」と考えている(2004年12月2付けのユーマニテ誌)。その背景には、厳しい経済見通しが存在する。

INSEEの発表によれば、2005年1月の失業率は10%と、約5年ぶりの2けた台となった。ラファラン首相は自信を示しているが、「失業者1割減少」という公約実現に向けて、厳しい1年となることが予想される。

Ⅱ. 分野別動向

Ⅱ-1. 賃金制度

フランスの賃金制度では、1)賃金決定において、労使交渉に基づく産業別労働協約の及ぼす影響が大きいが、その一方で、SMIC(法定最低賃金)(注14)の水準が高く、カバーする労働者の割合が大きいために、全体の賃金水準に大きな影響を及ぼしている、2)階層別の集団平等的な賃金制度から成果主義に基づく個別的な賃金決定への動きが生じている――という特徴がある。

賃金は、使用者と従業員の話し合いにより自由に決定されるのが原則である。法律上、業種レベルでの賃金交渉が年1回義務付けられ、各企業レベルにも、同様な賃金交渉義務が課せられている。賃金決定については、1)熟練あるは職務の難易度別に雇用者全てを格付けする「業種別職務等級表」(等級ごとに号俸が定められている)、2)各等級に照応している「賃金係数」がある、3)各業種による「熟練度別最低保証賃金」――の3つのポイントがある。

業種別職務等級表は、通常、生産・事務労働者に対応するものと、「カードル」と呼ばれる管理職層に対応するものが存在する。5年に一度見直しがなされ、各雇用者との個別労働契約書には、職務等級が明記されなければならない。ちなみに、生産労働者については、生産職務の難易度別に4レベル10等級に各職務が格付けされている。また、基本賃金月額は、基本的に、賃金係数に賃金単価を乗ずることによって算出できる。

業種レベルの交渉では、職務等級に対応した年間最低保証賃金額が決められ、契約書に明記される。1980年代の後半には、職務等級の最下位レベルに位置する労働者の最低保証賃金のうちSMICを下回る業種が、全体の70%にも及び、政治問題となった。全国労使交渉委員会が労使交渉の監督を強化することによって、1992年には38%にまで低下したものの、90年代後半期の不況と賃金停滞により、現在でも約半数に及ぶ業種(建設、清掃業、ホテル、レストラン等)で、熟練度最下位レベルに位置する労働者の最低保証賃金がSMICを下回っているといわれる。

最低保証賃金がSMICを下回っている場合は、基本的に、次期協約改定時にSMICを上回るように最低賃金の修正が行われる。しかし、SMICの水準が高く、熟練度最下位レベルの最低保証賃金がSMICを下回る状況が続いているというのが現状である。なお、協約上の最低賃金を物価やSMICの上昇に連動させることは禁止されている。

賃金交渉については、近年、企業ないし事業所レベルでの交渉が主流になりつつある。雇用者側は、企業ごとの業績や特殊な状況を賃金交渉に反映させるため、より柔軟性の高い企業・事業所レベルでの団体交渉を選考しているといわれる。その結果、企業単位での労働協約の数も大幅に増えている。

とはいえ、300に及ぶ業種レベルでの伝統的な賃金交渉は、現在でも大きな影響力を保持している。その背景には、フランスが採用している「労働協約拡張適用方式」が存在する。これは、「所定の用件を満たす労働協約の条項が、労働省令によって一定の地域内の同一業種企業全てに拡張適用されうる」というもの。労使の一方の申請により、ある一定の協約が全国労使交渉委員会に諮問され、その協約交渉プロセスの適格性や労働協約条項の適法性が審査される。適法性が証明されれば、労使一方(二つ以上のナショナルセンター)の書面による反対がない限り、原則的にその労働協約は自動的に拡張されることになる。この方式によって、業種ごとの熟練度別最低賃金水準が均一化する傾向にある。

さらに、フランスの賃金決定方式の全体的な傾向として、成果主議に基づく個別的な賃金決定への動きが指摘されている。これまでは、全従業員に一律の改定を行う「全般的昇給」のみという決定方式が主流であった。近年、査定(個別化)の普及に伴い、「全般的昇給」と個々人で改定額が異なる「個別的昇給」を組み合わせる方式へ移行しており、賃金協定も、両昇給率を併記することが多い。例えば、ルノーでは、1980年代初頭からの経営危機とその後の経営再建の課程で、それまで技能格付けと勤続に基づく集団的な給与決定制度をとっていた中間職種(「一般事務職」「テクニシャン」「職長」)と生産労働者に対して、個別的給与決定システムが導入・強化された。

こうした動きの背景には、オールー労働法(1982年)で義務づけられた毎年の企業内賃金交渉への対応の必要性、激化する競争のなかでの総額労務費管理の要請、従業員のインセンティブ強化の必要性などが存在するとされる。

2005年には、時短政策の導入のために算出方法が複雑化し6種類も存在していたSMICが、最も高い額に一本化される予定である(フィヨン法に基づく)。これに伴う低賃金労働にかかる労働コストの高騰に対応するため、SMICの1.5~1.7倍を上限とする低賃金労働者にかかる社会保障費の減免を行うこととされている。

Ⅱ-2. 学校制度と職業教育

(1) 学校制度

義務教育の年限は、6歳から16歳までの10年間である。6歳から11歳までの5年間はエコールと呼ばれる初等教育を受け、その後の4年間中等教育に進む。中等教育には前期(11歳から15歳までの4年間)と後期(15歳から18歳までの3年間)がある。前期課程はコレージュといわれ、ここでの4年間の観察や進路指導の結果に基づき、後期課程への振り分けが行われる。生徒は、リセ(高校)または職業教育リセで後期中等教育を受け、その後、進学を希望する者は高等教育に進む。高等教育は、国立大学・私立大学・グランゼコール(高等専門学校)・リセ付設のグランゼコール準備級等により行われる。これらの高等教育機関への入学には、中等教育修了と高等教育入学資格を併せて認定する国家資格(バカロレア)取得試験に合格していることが条件となる。なお、EUによる欧州統合が進展するなか、高等教育におけるフランス独自の学年制は段階的に廃止されている。新しい学年制は、「学士3年+修士2年+博士3年」というヨーロッパ基準の制度で、「3-5-8」制と呼ばれる(従来は「3-4-8」制)。2002年度から実験的に導入されているが、国内の全大学が3-5-8制に移行するのは2006年度の予定とされる。

(2) 職業教育

中等教育の後期課程は、普通教育および技術教育を行うリセ(3年制)と、職業教育を行う職業リセ(2~4年制)で行われる。職業リセでは、主に就職希望者を対象に、職業資格の取得を目的とする教育が行われ、2年制の課程修了時に受ける国家試験に合格すれば、「職業適格証(CAP)」と「職業教育免状(BEP)」を取得できる。職業バカロレア取得を目指す場合は、さらに2年制の課程に進学する。

1980年代以降の若者の高失業率が慢性的に続くなか、フランスでは「職業教育の強化」が教育政策の重要な柱のひとつに位置づけられてきた。特にクレッソン内閣において、若者の就職を促進するための職業教育の充実、とりわけ産学連携が推し進められた。

この産学連携において、政府は、特に中等教育の後期課程における「交互教育(alternnace:教育機関における倫理教育と、企業の実習を組み合わせた制度)」の充実を図った。学校での教育と職場での訓練を交互に行うことにより、実際の現場で必要な能力を身につけさせ、若年者の能力の向上と就職を促進することが狙いである。企業での実習期間は、職業リセのCAP取得課程(2年間)で年間7週間、職業バカロレア取得課程(CAP後2年間)で年間9週間とされる。職業教育課程における企業での研修期間については、1989年に制定された教育基本法(通称:ジョスパン法)によりすでに義務づけられていたが、通達(1997年5月9日付け)により、具体的実施方法が定められた。企業側の協力もあり、「交互教育」による企業での実習を受ける生徒数は増加している。

このような「交互教育」は、高等教育レベルにも導入されている。大学第1・2期課程の教育規定を定めた国民教育省令(1997年4月)では、「職業体験制度」の確立が明らかにされた。この制度は、企業での実習を経験させることにより、卒業した後に即戦力として働けるような人材を養成し、就職率を上げることを目指すものである。なお、高等教育における実習期間は、第2期課程において、4カ月半~5カ月となっている。

こうした職業教育を受けることにより、各種の資格を取得することができる。フランスでは、労働協約や企業協定を通じて資格取得者には一定の賃金水準が保障されており、学校制度に応じた段階的な資格の体系が整備されている。これらの資格を労働協約等で用いられる職業能力段階と比較したものが表1である。最低CAP、BEPを取得しなければ職に就くことはできないとされる。このように資格制度が高度に発達したフランスでは、資格に応じて、就業可能な職業の範囲が明瞭に区分されている。こうしたことから、資格を持たない人に対する対策が大きな課題となっており、学業不振によりリセを中退した無資格の若者(18~22歳)を対象とした職業教育学校(「セカンド・チャンス・スクール」)も設置されている。

(3) 最近の動向

学校教育を中心とした職業教育が行われてきたフランスでは、従来大学入学を目指すリセと職業教育機関とがそれぞれの教育・訓練を行ってきた。しかし近年は、より多くの者が大学入学資格を取得できるように、教育資格と職業資格の共通化を図る施策を進めている。また、資格社会のフランスにおいて、職業資格の無い者が職に就くということはたいへん困難なことであった。このため、全ての生徒が何らかの資格を取得できるようにする政策を進めている。具体的には、留年率が高く学業不振が深刻な問題となっているコレージュにおける教育課程の多様化や、職業リセの職業準備学級への進級の拡大、個人の適性にあった教育の提供等が挙げられる。また、コレージュや職業リセは、商工会議所や地方自治体、民間団体と共同して職業情報の提供に努めるとともに、「交互教育」の体系的整備を進め、関係各機関のネットワークの構築に力を入れている。

大学における技術・職業教育の充実も進められている。グランゼコールに比肩する水準の専門教育を実現し、大学と企業との関係を強化して大学生の就職促進を図るという目的で、大学付設職業教育センター(IUP)が、全国の主要大学に1991年度から設置されている。同センターでは、企業の要求に即した人材の育成を目指し、工学、商学、一般行政、財務管理、情報・コミュニケーションの5専攻が設置され、いずれも全教育期間の3分の1を企業実習にあてている。修了者は「高度技術者マスター」の免状が授与される。これは大学4年修了で取得できる免状(メトリーズ)と同格であり、より実務の修得を重視した免状である。また、中級技術者養成を目的とした2年制の大学付設課程であるIUT(技術短期大学部)やSTS(中級技術者養成課程)に、第3学年の課程が新設され、従来よりも高い水準の資格を授与することが可能となった。

1970年代後半から陥った経済不況、慢性的に続く若年者の高失業率、そして欧州統合の進展などを背景に、フランスは「国際化・情報化に対応した人材育成」と「産学連携による職業教育の振興」を目指してきた。この方向性については、政権が交代しても一貫して維持されている。特に、産学連携の強化による人材育成については、EUも強い支援をしており、その成果や今後の動向が注目される。

Ⅱ-3. 労働力移動

Ⅱ-3-1. 移民政策

(1) 移民受け入れの歴史

既に19世紀後半から出生率が低下し始め、第一世界大戦以降、人口が著しく減少したフランスでは、大量の移民を受け入れていた。特に第二次世界大戦後の「栄光の30年」と呼ばれた経済成長期(1945~75年)には、安価な労働力が必要とされ、スペインやポルトガル、マグレブ(特にアルジェリア)から大量の移民が集まった。彼らの多くは炭坑や自動車工場の労働者として働き、フランスの経済成長を支えてきた。

しかし、オイルショック後の1974年、当時のジスカール・デスタン政権は突然、国境の閉鎖と、就労を目的とする移民の受け入れ停止を決定する。その背景には、オイルショックによる経済不況だけでなく、低賃金で過酷な労働条件の職種が外国人労働者の職場として固定化したり、劣悪な環境の住宅や居住地域が形成されたり、さらには自らの権利に目覚めた外国人労働者たちによるストライキ等の労働争議が発生し始めるなど、新たに生まれた社会・経済・政治的問題が存在するとされる。

不況下で移民労働力への需要が減少すると、移民政策は「労働力導入」を目的としたものではなくなった。移民は国にとって必要な「労働者」ではなく、社会のなかの「異質」な要素として認識されるようになっていったのである。こうしたなか政府は、1976年「帰国奨励政策」を開始する。これは志願者全員に1万フラン(約20万円)の奨励金を支給し、移民たちに本国への帰国を促すものであったが、効果はみられなかった。また、新規の外国人労働者の受け入れを停止した一方で、彼等の家族の合流は認めていたため、定住化した移民の家族呼び寄せとその二世の誕生によって、外国人労働者の数に変化はないが、移民の数は増加し続けることになった。

(2) 移民政策の推移

こうして1974年に就労を目的とする移民受入れ停止が決定されて以来、フランスは「移民流入の抑制」と「正規滞在移民のフランス社会への統合」を柱とした移民政策をすすめていくことになる。それは主に、移民法と国籍法の改正によって行われた。1981年、ミッテラン大統領が勝利し、左翼政権が誕生すると、移民の入国を法律で取り締まる一方で、すでに入国している移民について一層の権利が保障された。しかしその後、議会で右派が過半数を占めると、外国人の権利を縮小する法案が可決される。1993年の改定移民法(通称パスクワ法)、国籍法修正案(メニュリー法)により、フランスへの入国も、滞在した場合の保護も大幅に制限された。この法律のもと、フランスで生まれた外国人の子供は、16歳から21歳の間に、「自らの意志で」フランス国籍を申請することが義務づけられ、「本人の意志によってフランス人となることを選択した者にしか国籍を認めない」という方針が強化された。また、1997年の移民法(ドゥブレ法)は、移民の滞在許可証の更新を認めないという更に厳しい内容となった。

左翼政権復活後の1998年に改定された移民法(シュヴェーヌマン法)は、滞在期間や就労実績、子供のフランスでの教育期間等の条件つきで、サン-パピエ(正式な滞在許可証を持たない外国人)を合法化するものであったが、以後条件が追加され制限の厳しいものとなっている。国籍法に関しては、ギグー法(98年9月1日施行)により、「外国人を親としてフランスで生まれた子供は、成人すると意志表示をしなくてもフランス国籍を有する」とした。以来、フランスで生まれた外国人の子供は、18歳になれば「自動的に」フランス人になることになった。しかし、メニュリー法同様、志願者は5年間フランスに滞在していることを証明できなければならないという条件付きである。

(3) 労働市場テストの導入

原則的に就労を目的とする移民の入国を認めていないフランスだが、労働市場テストを導入し、外国人労働者受け入れの必要性が認められた場合に限り、県庁は臨時滞在許可証(有効期間1年)を発給している。この制度は、国内の求人動向を踏まえて、特定の業種や地域に限定するなどして外国人労働者を受け入れる方法で、ドイツやイギリスでも導入されている。フランスでは、県の労働雇用職業訓練局が、職種、地域雇用情勢、30日間の募集の結果等に基づき、外国人労働者受け入れの必要性を審査する。しかし、失業率が高い現状では、新規に許可されることはほとんどない。ただし、大学の教員、公的研究機関の研究委員等の高資格労働者に関しては、雇用情勢に関係なく、フランスに対する経済的・文化的貢献度によって判断される。

(4) 最近の動向

1997年後半からの景気の回復を背景とする雇用環境の改善や、テクノロジーの進化、少子高齢化、そしてEU拡大等、フランスを取り巻く経済・社会状況は大きく変化している。こうした変化を背景に、新たな観点から移民問題が取り上げられ始めている。例えば、98年にはIT技術者の受け入れ促進のため、「コンピュータ関連技術者への滞在許可証発給を容易にすることを目的とする」通達が出された。この通達により、情報処理学科を卒業した留学生のうち、修士レベルに相当する「情報処理エンジニア」の資格を有し、かつ年収18万フラン以上を得られる者については、帰国せずに、留学生資格の臨時滞在許可証から労働許可付きの臨時滞在許可証への資格変更が可能となった。こうした外国人の高資格労働者は、フランスの経済発展に貢献するとして積極的に受け入れるべきという意見も高まっている。その一方で、未熟練労働者の受け入れ抑制の必要が強調され、移民政策は2分化する傾向にある。

Ⅱ-3-2. EU新規加盟国の労働者受け入れ

2004年5月1日のEU拡大を受けてフランス政府は、新規加盟国からの人的移動の自由を段階的に認める方針を発表した。同方針によると、5月1日以降、新規加盟国のうち自営業者や研究者などは、就業の自由が認められているのに対して、賃金労働者としての就労を希望する者は、原則的に、EU域外出身者と同じ規定を適用され、フランスでの労働が制限される。しかし、2年後の2006年には、この就業制限に関する見直しが行われ、賃金労働者の就労についても部分的に解禁される可能性がある。フランス政府は人的移動の自由について、5年後の2009年までの完全実施を目指しているが、国内の労働市場の状況、特に失業率の動向が大きな鍵となる。こうした中、社会問題省は、新規加盟国の労働者受け入れに関する移行措置についての手引き『L’EUROPE S’ELARGIT : comment la France accueillera les ressortissants des nouveaux Etats membres ?』(『ヨーロッパ、拡大す ~ フランスは、どのように新規加盟国の国民を迎えるか ~』)を発表した。同手引きでは、新規加盟国からの労働者について、1)賃金労働者(原則)、2)賃金労働者(例外)(注15)、3)自営業者(非賃金労働者。主に個人事業主や自由業者)、4)研究者、5)医療関係者(医師や看護師・介護士を含む)、6)求職者、7)学生――というカテゴリー別に、それぞれの移行措置を示している。詳細については、労働政策研修・研究機構HP、国際制度比較(2004年7月)「EU拡大と域内労働力移動:フランス」を参照されたい。

(1) 就労規制の設定理由

フランス政府は、国内労働市場を保護するため、新規加盟国からの労働者受け入れに関して、移行期間を設けている。その背景には、フランスの厳しい雇用情勢と特殊な人口動態がある。フランスの失業率は、依然として高く、求職者は200万人以上といわれる。このため、現在実施されている雇用対策の効果を高めるためにも、新規加盟国からの労働者の受け入れは、労働市場の変化を見極めながら、段階的に行わざるを得ない。また、出生率は他のEU諸国に比べ高い水準を維持しており(2000年現在、1.88)、このことは、今後、労働市場に多くの若年者が供給されることを意味する。さらに、就業率の低い高齢者も、労働力の供給源となり得る潜在的な労働力として存在している。

こうした状況に加え、EU拡大後の労働者の移動が極めて不透明であるということも、労働者の受入れに規制を設ける要因となっている。労働者の移動については、様々な研究をもとに予測されているが、フランスへの労働者流入を推定することはかなり困難である。しかし、新規加盟国の国民の間で、生活・所得水準の高い他国への移住の強い憧れが、依然として存在することは事実である。

このような理由から、フランスは、新規加盟国からの労働者の受け入れを暫定的に制限することを決定した。

(2) 移行期間

新規加盟国からの賃金労働者に対しては、EU拡大日(2004年5月1日)から2年間、原則的に、従来通りの規制を適用する。ただし、自営業者に対しては、同日以降、その入国および事業開始の自由が認められている。この期間の終了時に、移行措置に関する評価や、雇用環境、その後の見通しなどの調査が、全国規模で行われる予定である。

この調査の結果によっては、制限措置の3年間の延長が決定される可能性がある。また、労働力不足の深刻な産業などについては、新規加盟国からの賃金労働者の受け入れの解禁や、全国規模での移行措置の適用の停止などの措置が採られることもあり得る。いずれにせよ、労働市場の状況、特に失業率の動向により、2年後の措置の詳細は決定されることになる(ただし、雇用環境が悪化した場合でも、新規加盟国出身者の就労規制を強化する法整備がなされることはない)。なお、5年の移行期間後、ドイツやオーストリアが既に表明しているような期間の延長(2年間)については、現在のところ検討されていない。

Ⅱ-4. 高齢者雇用

Ⅱ-4-1. 中高年(50歳以上)の就労状況

1970年代まで、フランスの中高年の労働力率は、他のEU15カ国の平均に比べて高かった。しかし、1980年代以降、60歳以上の労働力率は極めて低い水準となっている。これは、1983年に実施された「公的年金の支給開始年齢引き下げ(65歳から60歳に引き下げ)」の影響が大きいとされる。

中高年の労働力率を55~59歳、60~64歳、65歳以上という区切りでみてみると、以下のような特色がみられる。まず、55~59歳の労働力率は、1970年以降、一貫してEU15カ国の平均を上回っていたが、2003年にはそれをわずかに下回った。また、60~64歳の労働力率は、1970年代以男女とも低下を続けている。EU諸国では、1990年代後半以降、上昇傾向を示しているのと対照的だ。さらに、1970年代まではEU平均より高かった65歳以上の労働力率は、1980年にそれを下回った後、その差は拡大する一方である。2003年には、日本の20.16%より遥かに低いEU平均の3.67%を更に下回る、僅か1.12%であった。

Ⅱ-4-2. 中高年に関する雇用政策

フランスでは、中高年を労働市場で活用する政策はあまり見られない。逆に、中高年を労働市場から退出させる政策が、長年続いている。特に、オイルショック後(1970年代半ば以降)の失業率の増加に直面して、若年層の雇用機会拡大を目的に、中高年労働者の早期引退政策が強化された。その最たる例が、1983年の公的年金支給開始年齢の引き下げである。その他にも、早期・段階的引退時の所得保障制度(プレ年金(注16))が多く存在する。このような政策が採用され続けている背景には、就労意欲があまり高くなく、余暇を重視するフランスの国民性にもひとつの原因があるといえる。

(1) 公的年金制度Retraite

1983年、ミッテラン社会党政権は、公的年金の支給開始年齢を、65歳から60歳へ引き下げた。その目的は、高齢労働者に年金を与えて退職させることで生じる雇用機会を、より失業率の高い若年層に割り当てるというものであった。

現在でも、年金給付開始年齢は、一般的に60歳である。しかし、自由業者が65歳、国鉄職員が50歳または55歳など、制度によっては給付開始年齢が異なる。特に、社会貢献度が高く、かつ重労働と見なされている職種に従事している公務員(軍や警察など)は、支給開始年齢が低い傾向にある。

フランスでは、ある一定の条件の下で、就労しながら公的年金を受給することが認められている。例えば、厚生年金に相当する「一般制度」の場合、支給開始年齢の60歳に達した後、同じ雇用主の下で就労する場合、年金を受給することは不可能となっている。しかし、雇用主が変わり、かつそこでの賃金が、以前の雇用主の下での定年時賃金を超えない場合、年金受給(満額)が可能である。また、SMIC(最低賃金)の4倍を超えない副業的な職種(例えばビルの管理人など)に就く場合も、年金受給(満額)が可能となっている。

ただし、就労しながら年金を受給する者は、年金受給者全体の約3%に過ぎない(1995年:「家計調査」)。これは、フランスにおける高齢者の就労意欲が低いことが、一番の原因とされる。

(2) プレ年金Preretrait

フランスには、早期・段階的引退した場合に支給される様々な所得保障制度(以下「プレ年金」)がある。これは、主に老齢年金支給開始前の55~59歳を対象とした早期あるいは段階的退職を目的とした制度で、早期退職時または就業時間削減時から年金支給開始時までの所得保障を行うものである。このプレ年金を利用して従業員を解雇する企業は、ある一定割合の代替従業員(特に若年者)の雇用を義務付けられていることもある。つまりこの制度は、中高年の労働者を早期に労働市場から引退させ、若年者の雇用機会を増やすことを目的としているといえる。プレ年金には、労働市場から全面的に撤退した場合に支給されるものと、部分的に撤退(労働時間の削減)の際に支払われるものがある(注17)。

1983年に公的年金支給開始年齢が60歳へ引き下げられたことにあわせて、これらのプレ年金の対象も、「55歳以上の労働者」に引き下げられた。1982年と83年には、それぞれ20万人近くが早期・段階的退職制度を新たに利用。83年の全適用者数は、70万人に上った。その後も、プレ年金を利用した早期引退政策は変わらず、2002年には、5万6600人が新たにプレ年金を利用し、全適用者数は、18万1500人であった。

Ⅱ-4-3 早期退職政策の影響

フランスでここ数十年続いている早期退職政策の結果、中高年の労働力率は低下し続けている。公的年金受給者はもちろん、プレ年金を利用して完全早期退職の適用を受ける者も、もはや失業者とは見なされず、非労働力となるからである。

一方、フランスの失業率は、公的年金支給開始年齢引き下げ後も上昇し続け1984年には初めて10%を超えた。それ以降も失業率は10%前後で推移し、失業問題は解消されていない。早期退職政策の当初の目的―中高年を労働市場から退出させて、若年者の雇用拡大を図る―は達成されたとは言い難い。だが、公的年金の支給開始年齢引き下げやプレ年金に対する国民の反応は、肯定的だ。フランスでは、労働者自身が進んで早期退職する場合も多く、会社側が早期退職を促すことの多い日本とは、状況が大きく異なる。公的年金支給開始年齢が60歳というのは、ヨーロッパ内でも低い設定であるにもかかわらず、支給開始年齢の更なる引き下げを求めるデモも行なわれている。余暇を重視し、就労意欲があまり高くないという国民性を背景に、フランスにおける「早期退職文化」は根強く存在している。

Ⅱ-5.社会保障

Ⅱ-5-1. 健康保険の改正

フランスの健康保険制度の赤字は、2001年に21億ユーロ、2002年に61億ユーロ、2003年に119億ユーロと拡大を続けていた。2004年も132億ユーロ(約2兆円)の赤字が見込まれ、2001年からの4年間で333億ユーロ(約4.5兆円)に上ると予想された。

このことから、ドゥスト=ブラジー保健相は、2004年5月18日、大幅な制度改正案を発表した。増税や被保険者(患者)負担の増加、不正防止のための写真付保険証の交付、カルテの電子化および共有化、保険支払対象医薬品の見直しなどが主な内容である。同年6月16日、健康保険制度改正法案は閣議決定され、同年7月30日に成立した。ドゥスト=ブラジー厚生相は、この改正により、健康保険制度の赤字が徐々に減少し、2005年度は80億ユーロ、07年にはゼロとなり、同制度の赤字脱却が実現するとの見通しを示した。これらの健康保険制度の改正の大部分は、2005年1月1日から実施に移されている。

Ⅱ-5-2. 改正内容

主な改正点としては、以下の1から4の国民・患者負担の直接的増加と、5から8の過剰診療防止策からなる。

1. 増税
健康保険制度の財源となる一般福祉税の課税対象を、賃金労働者の場合、報酬の95%から97%に引き上げる(注18)。また、課税最低限以上の年金受給者に対しては、同税の税率を、現行の6.2%から0.4ポイント引き上げ、6.6%とする。また、年間売上高76万ユーロ以上の企業に課している企業福祉連帯税("C3S")の税率を、0.13%から0.16%に引き上げる。
2. 診察ごとに徴収される1ユーロの自己負担金の新設
患者は、現行の診察料(原則として、一般医の場合20ユーロ、専門医の場合25ユーロの定額)に加えて、診察1回につき、1ユーロを追加徴収される。この1ユーロは、医師や医療機関の収入にはならず、健康保険制度の直接収入となる。また、この1ユーロに関しては、(公的な健康保険制度でカバーされない医療費を保障している)共済や任意保険による支払いを禁じ、純粋に患者自身の負担となる。これは、検査のみの場合や、救急における診察の際も徴収される。ただし、この徴収は、年間50ユーロ(すなわち50回の診察)を限度とする。また、子供(16歳以下)や妊婦、低所得者向け健康保険制度適用者は、この1ユーロの負担が免除される。
3. 入院費の引き上げ
入院費が、現行の1日当たり13ユーロから14ユーロに引き上げられる。これに関しては、共済や任意保険で、カバーすることが認められる。
4. 割増料金の設定
定額の診察料は、据え置かれるが、一般医が乳児を診察する場合や、専門医が複数回の通院を必要とする患者を診察する場合は、割増料金が加算されるようになる。
5. 主治医制度の新設
専門医の受診には、主治医を通すことが、今年(2005年)7月1日から義務付けられる。この主治医制度は、加重診療などによる医療費増加の抑制策の一環である。対象になるのは、16歳以上の健康保険制度加入者で、2005年1月から6月に、主治医の登録を行う。主治医は、一般医、専門医を問わないが、7月1日までに登録を行わなかった場合、診察料の自己負担率が上がるほか、主治医を経ない診察に対しては、超過料金が課される。ただし、旅行中の場合や、専門科のうち、救急科、産婦人科、小児科、眼科は、例外として除外される。
6. 電子共有カルテの導入
16歳以上の健康保険制度被保険者の患者を診察する場合、個人カルテの作成が義務付けられる。このカルテは、電子化されており、インターネットで患者および医療関係者がアクセスすることができる。このことにより、検査や治療の重複を防ぐことができたり、患者自身の情報量が増えることで、治療効果が上がると期待されている。これは、2007年1月1日から、実施に移される。
7. 写真及び生体情報付保険証の発行
フランスでは、現在、被保険者一人ひとりにカード型の保険証が交付されているが、それに証明写真と指紋などによる生体認証システムを加えることとなった。これは、他人による不正使用を防ぐことを目的にしている。2006年の保険証更新時から、順次実施する予定である。
8. 薬剤費の削減
効果に乏しいと考えられる薬剤は、保険適用外とする。また、既存薬剤と同じ成分の安価な「コピー薬」の使用を促進させる。
9. その他
社会保障債務返済税を当初予定の2014年を越えて延長し、負債の全額返済まで継続することが決まった。また、(医療費の自己負担の一部を肩代わりする)共済保険への加入を、低所得者に促進するため、税制上の優遇措置を講じる。

今後の見通し

今回の改正は、国民・患者負担の増加だけではなく、過剰診療の抑制策を盛り込んでいる。1)の増税や2)の1ユーロ追加徴収は、健康保険制度の財政改善に直接つながる。また、8)のコピー薬品の使用なども、医療費削減に貢献すると考えられる。

しかしながら、3)で引き上げられる入院費は、全額が医療機関の収入となっており、この入院費引き上げが、直接的に健康保険制度の財政改善につながるわけではない。また、4)に関しても、当該の医師・医療機関の収入増加に過ぎない。さらに、5)の主治医制度に関しては、国民の95%が主治医として一般医を登録すると見られることから、今までは専門医へ直接向かっていた患者が、最初に主治医(一般医)の診察を受ける際の医療費分が、増加する恐れがある。

このようなことから、今回の改正では、ドゥスト=ブラジー厚生相が予想するようなペースでの赤字解消は難しいとの声も少なくない。

注:

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※2002年以前は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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例) 出典:労働政策研究・研修機構「基礎情報:フランス」

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