紛争調停とスキル

研究所長 下矢 雅美

最近、研究会に出席して大変参考になることがあった。

その研究会はある団体の方から話を聞くものだったが、同席された研究者の方が時折、小声とはいえよく通る声で、「うーん・・・なるほど、なるほど」などと相槌をうつのだった。そのタイミングがうまい上、人柄にマッチしていて、とても真似できないなと思いながらも舌を巻く思いがした。横にいる者がそんな感じがするのであるから、相槌をうたれた側、発表する側とすれば気持ちよく話を続けることができたに違いない。

こんなことがことさら気になったのも、これとはまた別の研究を通じて、コミュニケーションスキルなどのスキルの問題について考える機会を持ったことなどによるのだろう。[1]スキルと言っても幅が広いが、ここでいうのは労働紛争の解決スキル、調停スキルの話である。

労働争議の調停とスキル

労働紛争の調停スキルなどというと、真っ先に思い浮ぶのは労働委員会のことだろう。

そこでは不当労働行為の審査と労働争議のあっせん、調停の大きく二つの業務が行われているが、任意の手続きであるあっせん、調停のみならず、強制力のある審査事件についても和解によって解決されることが多くなっている。このため、労働委員会にとってどのようにして当事者間に合意を作り上げていくか、和解やあっせん、調停をどのように進めるかといったことは重要な問題といえる。ところが、審査結果などに関する法的な研究に比べると、こうしたことを扱った文献はごくわずかなものとなっている。まだしも、和解の技術論に関する文献はみられるものの、あっせん、調停に関しその進め方などを扱った研究は驚くほど少ない。

しかし、目を少し転じると、若干違った様子が見えてくる。交渉学などの話はさておき実務的な話に限ってみても、アメリカではADR(裁判外紛争解決)による紛争の予防、解決が広く普及しており、その関係者に対して紛争の管理、交渉の進め方などに関するトレーニングが積極的に提供されているという。また、日本でも、商事仲裁関係の団体などによって、実務家向けに海外のトレーニングプログラムに習ったロールプレイ等の教材の開発やトレーニングが行われている。[2]

コミュニケーションスキルなどの重要性

確かに、労働委員会のあっせん、調停は、間接的とはいえ審査等の法的権限を背景としており、いわゆる評価型あるいは妥協要請型の調停に類するものとなっている。このため、先ほどの教材の場合のようなラウンドテーブルなどの方式を取りながら、当事者間の話し合いを管理することを重視する促進型調停に比べると、交渉の進め方や必要とされる知識、経験のあり方などはかなり違っており、こうした動きをそのまま敷衍して考えることはできない。

とはいうものの、個別労働関係紛争解決促進法の施行を契機に、労働局などを含めてみると、このところ急速に個別労働紛争が増大している。そして、その中には、金銭等による補償以上に'言い分を主張したい''謝ってもらいたい'といったものがあると云う。こうした話を聞くと、話し合いの管理のあり方やスキルがより重要となってくる場合もあるのではないかと思えてくる。

また、企業内で問題が紛争化することを防止する場合や解決に当たっては、紛争調停機関の場合以上にコミュニケーションスキルなどの果たす役割は大きいだろう。

企業では管理職研修などとしてコミュニケーションスキルの研修が取り入れられるようになってきている。こうした動きとともに、労働紛争の予防、解決という面からも、コミュニケーションスキルなどについても、もっと関心が持たれて良いのではないかと思っている。

( 2008年 1月 11日掲載)


[脚注]

  1. ^ 1年目の研究成果は、JILPT「企業内紛争処理システムの整備支援に関する調査研究」中間報告書としてまとめられている。
  2. ^ (社)日本商事仲裁協会、(社)日本仲裁人協会「調停人養成教材」