求人企業と求職者をつなぐ「言葉」の曖昧さ

研究員 岩脇 千裕

はじめに

求人企業と求職者との間にはなぜミスマッチが生じるのだろうか。求人企業の「言葉」の定義と求職者の「言葉」の定義との間にズレがあることが、その原因の一つとして考えられる。本稿では、大学新卒者採用における「即戦力」という言葉の使われ方を例に、この問題について考察したい。

新卒採用における「即戦力」とは何か

90 年代半ば以降、日本企業は、終身雇用・年功序列・新卒一括採用制に代表される伝統的な雇用慣行から、非正規雇用・中途採用の増大と成果主義とに代表される新しい雇用管理への移行を目指してきた。新卒についても採用を抑制する企業が増え、卒業後も非正規の職に就く者や無業となる者が増えた。正規雇用の場合も採用方針は大量採用から少数厳選へ転じ、要求水準は上昇した。近年、新卒求人倍率は急上昇しているが、要求水準を満たす学生を採用できなければ予定人数を下回っても採用を打ち切る場合も少なくない。採用後もじっくり育てるというより、即活躍してくれる「即戦力」を求めるようになったといわれる。

この「即戦力」という言葉から、どのような人物が思い浮かぶだろうか。広辞苑第5版には「準備の期間を経ず、すぐに戦えるだけの力があること。また、その人」とある。これに倣えば、「即戦力」たりうるには、特定の職務を遂行するための能力をあらかじめ備えていなくてはならない。しかし新卒のほとんどは就業経験を持たない。彼らが全く教育訓練を受けずに職務に就くことは不可能だ。よって新卒に求める「即戦力」とは、「教育訓練に時間がかからない人」=「教育投資を最小限に抑えられる人」を指すと考えるのが適当だろう。では企業は、新卒にどのような能力が備わっていれば、教育に手間がかからないと考えるのだろうか。

依然根強い基礎能力重視型採用

日本的雇用慣行を支えてきた新卒一括採用制では、企業は将来の必要人員を想定して新卒を一括採用し、基礎訓練の後に能力・適性に応じて配属した。そのため採用時には、あらゆる職務に必要な基礎能力が評価され、特定職務に独自の能力は採用後に育成されてきた。他方、90 年代半ば以降の職種別採用の増加は、企業が新卒に特定職務に独自の能力を求めるようになったためとも考えられる。以上より「教育投資を最小限に抑える」方法には二つの方向性が考えられる。一つは、基礎能力の要求水準を上昇させることである。もう一つは、基礎能力に加え、特定職務に独自の能力も要求することである。

筆者は過去に、人文・社会科学専攻の大学新卒者を総合職として採用する際にどのような能力を重視するのか、そのうち 90 年代以降により重視するようになった能力は何か、数十の企業の採用担当者にヒアリング調査を行った経験がある。その結果、特定職務に独自の能力を必須とする企業は稀であり、多くの企業が以前にもまして、あらゆる職務に共通する基礎能力を重視するようになったことが明らかになった。専門職への就職者や中途採用者に対する「即戦力」と、事務職・営業職候補としての学生に対する「即戦力」とは異なる意味をもつ。前者が特定職務に必要な能力を含むのに対し、後者は基礎能力の高さを意味する。求人企業と求職側をつなぐ「言葉」の定義の透明化と共有がいかに大切か思い知らされる。

求人企業と求職者の相互理解のために

このような例は他にも考えられる。例えば「積極的な人を求める」という場合、求人企業が思い描く「積極性」と求職者が思い描く「積極性」との間にはズレがあるだろう。ましてや就業経験のない学生が、企業が当たり前のこととして想定することを想像できないことはよくあることだ。ヒアリング調査で出会った採用担当者の中には、そうした学生を「常識・想像力がない」と切り捨ててしまう人もいれば、歩み寄り情報を開示し話し合うことで、学生自身さえも気づかなかった強みを見つけ出した人もいた。どちらがよりミスマッチを防ぐことができるかは言うまでもない。企業は、自らが必要とする人材を獲得するためにも、求職者に対し、求める能力要件を分かりやすく開示・説明する必要があるだろう。

( 2006年 9 月 22日掲載)