あの人は「労働者」?

副主任研究員 池添 弘邦

私服を着て、自分の自転車で、その前後のかごに大量の荷物を積み、街中を走る人を時々見かける。かごの中身を見るに、冊子タイプの配達物らしい。どうやら配達という“仕事”をしているようだ。しかし、日常生活と変わらない様子で配達しているので、配達会社の従業員のようには見えない。だが、自営業として配達をしているようにも見えない。このような人は法的な意味での「労働者」といえるだろうか。

「労働者」とはどういう人か

労働基準法を初めとする労働関係法は適用対象を「労働者」としており、「労働者」でなければ、例えば、賃金の支払規制(労働基準法 24 条。賃金の直接払い全額払い等)や最長労働時間規制(同法 32 条。 1 週間 40 時間 1日 8 時間)などの適用はない。他にも、最低賃金法や労災保険法も適用対象を「労働者」としている。つまり、「労働者」でないことは、労働関係法の適用対象外で、法による保護がないことを意味する。

では、「労働者」とはどういう人か。労働基準法では、「労働者」を、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」( 9 条)と定義している。重要な条件は「使用される」ことと「賃金を支払われる」ことである。「使用される」とは、会社や上司の指揮監督の下での労働のことをいい、「賃金を支払われる」とは、受け取る報酬が提供された労務に対するものであることをいう。これら二つの条件は合わせて、「使用従属性」と呼ばれる。具体的な判断基準・要素は次のようになっている。

1.「使用従属性」に関する判断基準、 (1) 「指揮監督下の労働」に関する判断基準、イ.仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、ロ.業務遂行上の指揮監督の有無、ハ.拘束性の有無、ニ.代替性の有無、 (2) 報酬の労務対償性、

2.「労働者性」の判断を補強する要素、 (1) 事業者性の有無、イ.機械、器具の負担関係、ロ.報酬の額、 (2) 専属性の程度、イ.他社業務への従事の制度上の制約又は事実上の困難、ロ.固定給部分があり、額が生計を維持しうる程度で報酬に生活保障的要素が強い。

(労働基準法研究会第1部会(座長:萩沢清彦成蹊大学教授)報告(労働契約関係)「労働基準法の「労働者」の判断基準について」(昭和 60 年 12 月 19日)、労働省労働基準局監督課編『今後の労働契約法制のあり方について』(日本労働研究機構、 1993 年) 50 頁以下)

つまりこれは、1の判断基準を中心に考え、必要に応じて2に掲げた要素も加味して、「労働者」かどうかを総合的に判断するものである。

配達人は「労働者」か

では、冒頭の配達人は「労働者」であろうか。配達業務の内容や方法、具体的な労働条件はまったく分からないので、推測でしかないのだが、仮に、配達する日や時間帯は配達人の自由裁量で決めることができ、またそのため、配達会社からの仕事の申し出を断ることができる。外での仕事だから時間的場所的に拘束されていない。受けた仕事が急な用事のためにできないときには他の誰かに配達をさせることができる。報酬は配達物一つ当たり幾らという出来高歩合制である。加えて、配達に必要な自転車は自分のもので、出来高歩合給なので報酬に固定給部分はない。これらのような事情があるならばおそらく、冒頭の配達人は「労働者」(配達会社の従業員)ではないということになりそうである。しかし、それでよいのだろうか。

「使用従属性」はないとしても、一定程度の保護は必要

筆者は、先の配達人には「使用従属性」がないとしても、労働関係法による一定程度の保護、例えば事故に遭った際の補償が与えられるべきではないかと考えている。なぜなら、配達会社は配達を主たる重要な業務として行っているのであり、その一部を行っている冒頭の配達人は配達会社の従業員ではないとしても業務の重要な担い手であって、事業の一部として扱われていると考えられること、加えて、配達会社は配達することに経済的価値を見出して配達人に配達業務をさせているのであるから、その分、配達業務の過程から配達人に生じた事故というリスク(それに対する補償のための拠出金)を引き受けるべきではないかと考えるからである。

一口に労働関係法といっても、個々の法律ごと、条文(規制の具体的内容)ごとに趣旨や目的は異なるだろう。したがって、それに見合った適用範囲としての「労働者」が考えられねばならないのではないだろうか。もっとも、具体的な法政策の方法は様々あろうが。

(*このコラムに配達会社の配達人に対する取扱いを非難する意図はまったくない。念のため。)

( 2006年 7月 19日掲載)