少子化の日韓比較と労働

副主任研究員 呉 学殊

日本を追い抜く韓国の少子化傾向

去る6月1日、厚生労働省が発表した「 2005 年の人口動態統計」によると、一人の女性が生涯に産むと推定される子どもの数を表す合計特殊出生率は 1.25 となった。この低い出生率は、多くのマスコミで取り上げられ、「 1.25 ショック」、「 1.25 衝撃」とも記された。

一方、お隣の韓国では、日本より約ひと月前の5月8日、統計庁が「 2005 年出生統計暫定結果」を発表したが、そこには 2005 年の合計特殊出生率が 1.08 と記されていた。翌朝韓国の新聞には「 1.08 ショック」が大きく報道された。

下図は 1993 年からの日韓の出生率を表している。多くの社会指標で韓国は日本の後を追ってきた。しかし、最近はいくつかの社会指標で、韓国が日本を追い抜いていることが見うけられる。この出生率もその一つである。この問題の解決方法を考えるときに、日本と韓国は相手の国から少なからぬ示唆を得ることが出来ると思う。

合計特殊出生率の日韓比較

重い教育・養育費の負担

出生率の低下には、非婚、晩婚および高齢出産等出産前の要因が挙げられることが多いが、出産後の教育・育児負担等の要因も非常に大きいと思われる。 2005 年に行った韓国の調査であるが、未婚男女 2,670 名からの回答によると、「なぜ子どもを一人しか産まないのか」という問いに対して男性の場合、教育・養育費の負担 40.4 %、所得・雇用の不安定 25.7 %、余暇と自己実現 16.4 %、仕事と家庭の両立困難 5.5 %等の順で理由があげられている。一方、女性の場合は、教育・養育費の負担 46.8 %、仕事と家庭の両立困難 17.5 %、余暇と自己実現 12.2 %、所得・雇用の不安定 9.7 %の順であった(韓国『中央日報』 2006.5.09 ―インターネット版)。子どもを産みたくても出産後の教育・養育費の負担が怖くて産めないという現象を「出産ストライキ」と表す新聞記事もある。このような韓国の少子化の原因は程度の差はあるものの日本でも当てはまるだろう。

こうした少子化は雇用形態や働き方とも密接にかかわっているのではないか。何よりもニート、フリーター、非正規労働者の増加は日韓共通の現象であり、そういう人たちは、教育・養育費もさることながら、結婚費用が用意できない、あるいは、定職についていないため結婚相手が見つからず結婚も出来ないケースが多いだろう。教育・養育費の過重な負担は、親が子どもの教育に熱心であること、そのわりには、親が自分の子どもに勉強を教えることが出来ないので放課後の教育はもっぱら塾に頼っていることが大きい。親(特に父親)が自分の子どもを教えることが出来れば教育費は軽減される。しかし、子どもが寝る前に帰宅する父親の割合はどのくらいであるか。その悲観的な数値は韓国のほうがもっと悪い。実は、少子化は長時間労働と深く関連しあっている。それを無くさないかぎり効果的な少子化対策にはならないだろう。

この長時間労働のために、結婚相手を探し、交際し、恋愛する時間もないので結婚さえも難しい人は少なくないし、また、結婚後も深夜に帰宅する疲れ果てた夫は子どもを作る余力がないといったら言い過ぎになるだろうか。

少子化と労働は密接に関連

先進諸国の中で女性の年齢別労働力率がM字形をなしているのは日本と韓国だけである。日本の女性は、「出産を機に7割の女性が離職している(『日本経済新聞』 2006.6.02 )」からM字形は完全には是正されないし、韓国はそれ以上である。出産しても働き続ける労働の環境をどのように作ればいいのか。韓国では、その解決のために 2010 年までに約4兆円を投入するという(『日本経済新聞』 2006.6.8 )。その効果が期待されるところであるが、前述のアンケート調査結果から見ると、限定的なものになるだろう。

最近、日本では企業の社会的責任(CSR)に関心が集まっている。労働の質の改善にかかわる、長時間労働やサービス残業の是正、仕事と家庭の両立などがCSRの1つとして挙げられていることは大変意義のあることである。しかし、企業が自らどれほど労働の質の改善をはかるか疑問が残る。企業が本気でその改善をはかり成果を出すためには、労働側特に労働組合の取り組みが大変重要である。日本のある労働組合は、本腰を入れて会社を動かし労働の質を改善している。日韓の労働組合がならうべき運動である。

少子化が社会的問題であれば、その社会を構成する主体それぞれがその問題とどう関係しあっているのかを見定めて、最善の思考と行動をしなければならない。少子化と労働は密接に関連し日韓で共通しているところが多い。その改善策を目指して両国が切磋琢磨することが求められる。

( 2006年 6月 21日掲載)