労働問題研究者の資質

JILPT副主任研究員 小倉 一哉

“ cool head but warm heart ”

かの著名な経済学者、 J.M. ケインズの師であり、近代経済学の祖と言われるアルフレッド・マーシャル( 1842-1924 )は、ロンドンの貧民街を歩き、その悲惨な状況に触れ、そのような貧困にいる人々のためにこそ、経済学を深めようと決意したと言われる。そしてそのことを、 43 歳でケンブリッジ大学の政治経済学教授に就任する際の演説で述べた。「冷静な頭脳と温かい心( cool head but warm heart )を持ち、周囲の社会的苦難と格闘するためにすすんで持てる最良の力を傾けようとする・(中略)・そのような人材の数が増えるよう最善を尽くしたい」と。

以来、マーシャルのこの名言「 cool head but warm heart 」は、経済学を修める者すべてに求められる資質として定着している。またこの名言は、経済学の範囲を超えて、人間社会に関わる様々な学問領域でたびたび引用されるようになった。インターネットで調べると、ある大学の経済学部長の演説だけでなく、理工系の大学の学長までもこの言葉を引用している。

マーシャルがケンブリッジ大学の学生だった時の最初の専攻は数学で、しかも優秀な成績(2位)で卒業したそうだ。その彼が、経済学の教授として就任する際に、 cool head but warm heart と述べたのである。彼に関する解説書などを見ると、どうやらマーシャルはもともと数学が好きではなかったようだ。数学の後は道徳哲学、心理学を経由して、最終的に経済学を志した。そのような彼の判断に対して、上に述べたような当時の社会事情が影響していたことは間違いないだろう。

正しい組み合わせは1つだけ

社会科学を専攻している者は、時に「冷静な頭脳」を忘れ、 heart だけで議論しているような場面に遭遇したことがあるのではないだろうか。またその反対に、もっぱら自然科学的な分析手法だけに傾注し、「温かい心」を忘れているか、そもそも持ってなさそうな人も少なくない(自然科学者でも warm heart の持ち主はたくさんいる)。 head と heart のそれぞれに cool と warm のどちらかがくっつく組み合わせは全部で4通りになる( cool-cool 、 cool-warm 、 warm-cool 、 warm-warm )。

しかし、 head は cool でなければならず、 heart は warm でなければならないので、正しい組み合わせは1つしかない。社会科学、特に労働問題のような研究領域では、「温かい心」を忘れた研究成果は非常に冷たい印象を与える。しかし「冷静な頭脳」がなければ、本人の意図とは関係なく、政治的に偏向していると勘違いされることもある。

問題山積の日本の労働問題

日本の労働問題は、他の先進国とはやや趣が異なる。多くの欧州諸国よりも失業率は低い。労働者の職業人生も長い。しかし、問題も山積である。仕事と家庭生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関してはほとんどの先進国よりも対応が遅れており、そのことは未婚者の増加や出生率の低下とも無関係ではない。長時間労働の問題は、恒常的な時間外労働だけでなく、不払い労働(いわゆるサービス残業)の問題、年休未消化などがあり、一向に改善されていない。平均的に見れば先進国中世界一の長時間労働大国であり、今や「 KAROSHI 」は「 KARAOKE 」並みに世界中で有名な日本語である。

非正社員の増加も、「短時間正社員」の増加にはほど遠く、依然として正社員との身分格差が大きい。フリーターやニートの問題も、将来の日本の労働者の質を考えると大問題だ。そして人材育成の視点を欠いた成果主義の広範な普及は、企業経営もキャリア形成もより近視眼的な方向に向かわせる。このように、日本の労働問題はたくさんある。そして根深い。これらの労働問題は、「温かい心」と「冷静な頭脳」の両方を持った者だけが研究する資格を有する。

労働問題の研究者が決して忘れてはならないこと

さらに研究の成果は、教育にも活用されなければならない。未来永劫、労働問題は無くならない。しかもますます複雑化、多様化して行くであろう。しかし大学で労働問題をきちんと教えることは少ない。多くの学生が労働者として社会に出、そしていずれは大なり小なり労働問題に巻き込まれるのに、である。

専門職大学院の設立や独立行政法人化など大改革が進行中だが、「高度な研究」や「優れた人材の輩出」だけが大学の役割なのか。社会に出てぶち当たった問題にどう対処して行くべきなのか、勝ち組にならなくても、「負けないための智慧」を授けることも重要な役割のはず。それには一流も二流も関係ない。労働問題の教育とは、そういうことではないのか。

大学だけに限らないが、文系・理系を問わず、すべての学生の必修科目として、なぜ働かなければならないのか、どうやって働いたらいいのか、働いていて壁にぶつかったときにはどうしたらよいのか、というようなことを早い段階から、しかも継続的に考える機会を与えるべきだ。そのためにも、労働問題の研究に携わる者は、 cool head but warm heart を決して忘れてはならないのである。