海を渡った日本のデニッシュ

本コラムは、当機構の研究員等が普段の調査研究業務の中で考えていることを自由に書いたものです。
コラムの内容は執筆者個人の意見を表すものであり、当機構の見解を示すものではありません。

国際研究部長 天瀬 光二 

青山通り沿いの表参道のほど近くにアンデルセン(ANDERSEN)というパン屋がある。そこのブールというパンが好きだ。丸い形をしたハードタイプの素朴なパンだが、焼きたてを薄くスライスしてチーズを塗るだけで、ワインの極上のつまみになる。もっともこの店はデパートなどでもよく見かけるので、チェーン店なのであろう。店の名前からすると、デンマークかどこか北欧にあるパン屋の支店なのだろうと思っていた。しかし、事実は違った。

ある年、現地調査1)でデンマークを訪れる機会があった。調査を実施したのは12月。北欧の冬は日が短い。その日のヒアリングを終え、薄暗い舗道を足早に宿へ向かおうとしていたところ、コペンハーゲン中央駅近くに”ANDERSEN”という朱色の看板を見つけた。ウィンドウ際には美味しそうなパンが並んでいる。そういえば昼食をとり損ねたことを思い出し、歩を止めドアを開けた。暖かい店内にはパンの焼ける芳ばしい匂いとバターの甘い香りが漂っている。イートインスタイルのフロアはお喋りする人で賑わっていた。いわゆるデニッシュ2)を中心にパンの種類はさすがに多い。しかし東京の店で見かけるパンもあるので、やはりそうか、思ったとおりここは東京のアンデルセンと同列の店に違いない。コペンハーゲンにあり、この店構えからしてひょっとすると本店かもしれないぞと思いながら、デニッシュとカフェオーレで遅い昼食をとった。

「あの中央駅前にある”ANDERSEN”というパン屋は東京にもあるアンデルセンの本店ではないですか?」翌日、現地コーディネーターのT氏にこのことを聞いてみた。ところが彼の答えは意外なものだった。「それは逆ですよ。あれは日本のアンデルセンがコペンハーゲンに店を出したものです。現地っ子にもなかなかの人気ですよ。」しかも、東京の青山が本店ではなく、本店は広島にあるらしい。それにしてもデニッシュの本場に堂々とデニッシュの店を構えるとは、一体どういう店だろうと興味を持ち調べてみた。

そこにはこんなストーリーがあった。「創業者の高木俊介氏はコペンハーゲンのホテルで食べたデニッシュに魅せられ、当地の童話作家アンデルセンを屋号とした店を1967年に広島で開店した。以来デンマークをテーマとしたパン作りをしている。その後同社はデニッシュ作りの技術を磨き、2008年5月、コペンハーゲンのオスタブロにANDERSEN1号店をオープンした。デニッシュの技術を教わった恩返しに出店した同店で現地の雇用にも貢献しており、現在は店舗を拡大している。」3)

日本のものづくりは、創意工夫と何よりもその弛まぬ地道な努力によって、時として海外でも無類の強さを発揮する。本場デンマークで愛される「日本版デニッシュ」にも、そんな日本人の匠のスピリットが宿っているのであろう。コペンハーゲンで食べたデニッシュは、また格別な味わいであった。

  1. ^ この時の調査結果は、JILPT資料シリーズNo.114 『諸外国における高度人材を中心とした外国人労働者―デンマーク、フランス、ドイツ、イギリス、EU、アメリカ、韓国、シンガポール比較調査―』に収めてある。ぜひご覧いただきたい。
  2. ^ デニッシュとは、「デンマークの」という意味に由来するが、そのデンマークでは、ウィーンで発祥したと伝えられているため「ヴィナーボズ」(ウィーンのパン)と呼ばれているらしい。
  3. ^アンデルセングループHP新しいウィンドウ及びT氏の話より

(2015年2月20日掲載)