職業としての医師――医療現場の一側面

調査員 奥田 栄二

profession(職業)という言葉には独特の響きがある。西洋では、弁護士と医師と牧師が三大professionとして知られる。数々の難事件解決に尽力された故・中坊公平・弁護士は、かつて、この三つの職業が「ビジネスオンリーであってはいけない、つまりプロフェッション (特別な職業)でなければならない」とされることの意味について考えたそうだ。なぜ、ビジネスオンリーではいけないのか? 中坊氏の考察によれば、これら三つの職業は、「人の不幸」が「飯のタネ」になっているからだ、という。つまり、医師は人の病気、弁護士は人のトラブル、牧師は人の死――である。最大の不幸に関係している職業だからこそ、「人の不幸をカネに換えるようなことはしていけない、おカネもうけのために仕事をしてはいけない」 1)というのである。

確かに、弁護士、医師、牧師を例に思い起こすと、これらの職業には、高度の専門的知識のみならず、高度の倫理性、奉仕の精神を感じざるを得ない。これは、医師・患者関係を思い浮かべればより鮮明となる。なぜなら、前提条件として、患者は医学的知識に乏しいからである。知識の不足ゆえ、患者は医師に身を委ねる。つまり、患者は医師に信頼を寄せざるをえない存在なのである。そして、それゆえに、医師は、患者の利益を最優先するという義務に服する。このような信頼関係が成り立っているからこそ、医師には特別な義務・責任、それに見合う社会的な地位(報酬)が与えられているともいえる 2)

しかし、疑問も湧く。そもそも当の医師は、自身の職業をどうとらえているのであろうか。例えば、近年、勤務医の就労実態は、とくに救命救急や長時間労働・当直が常態とされる大学病院等において、その深刻さが問題視されている。労働時間に比して高給とは言いがたい研修医や医員・助教クラス、家庭責任を負いがちな女性医師等から見て、この厳しい職場環境はどう映るのであろうか。

当機構は、2012年、「勤務医の就労実態と意識に関する調査」を実施している 3)。本調査の設問では、端的に、「A:医師には、特別の使命があるのだから厳しい勤務環境にあるのはやむをえない」(「特別の使命優先派」と略)と「B:医師不足という現状においても、勤務環境は工夫次第で改善しうるし、改善すべき」(「勤務環境改善派」と略)――の両極のいずれに近いかを尋ねている。それによれば、「特別の使命優先派」(「Aに近い」5.1%+「どちらかといえばAに近い」29.6%)は34.7%、「勤務環境改善派」(「Bに近い」31.0%+「どちらかといえばBに近い」34.3%)は65.3%だった。6割は勤務環境を改善すべき、という。これを年齢別にみると、「勤務環境改善派」は年齢が若くなるほど高まる。また、役職が低い者ほど同様に高い。さらに、男女別にみると、女性の77.7%が勤務環境の改善を訴えている。この回答結果は、厳しい勤務環境を使命感のみで乗り切ることの難しさを物語っているように見える。

他方、調査では、「医療現場の現状」について、自由記述でも尋ねた。結果、多種多様な意見が寄せられた。回答のなかには、日本の医療制度がコストパフォーマンスに優れ、比較的安価に多数の患者を診ることで世界一の平均寿命を達成したことを評価する意見がみられる一方で、医療技術の進歩を背景とした、高齢化による医療需要増加への対応に警鐘を鳴らす見解も見られた。なかでも以下が印象的である。

  • 「高齢化社会および核家族化がすすみ、行き場のない介護を必要とする患者が増加し、医療現場の環境を悪化させている」(男性、30歳代)
  • 「患者の期待度が大きすぎる。医療にも限界があること、生命力に限りがあることを知ってもらいたい。患者と医療者の信頼関係を取り戻したい。同意書が厚くなり、説明に要する時間とエネルギーが多すぎる」(女性、50歳代)

これらの意見は、医療技術の進歩と高齢化を背景に、医師・患者関係が変化しつつある現状を警告しているようにも見える。

ただし、その一方で、以下のような意見も根強かった。

  • 「医療人として『労働基準法』はあまり意味がないものと考えて仕事をしています。自分の仕事に誇りを持ちつつも、患者さんや家族の方からも教えられることが決して少なくないものと謙虚に感じながら日々の診療に従事しています」(男性、40歳代)

調査を担当して実感したことは、医師はまさにprofessionと呼ぶにふさわしい職業だということである。しかし、その反面、医師が職業人であると同時に、我々同様、私生活を有していることにも理解を示すべきだと思う。その意味で、勤務環境の改善は喫緊の課題といえる。言うまでもなく、病気は人にとって「最大の不幸」である。そして、患者にとって死は他人事ではすまされない切実な問題である。大事なことは、医師・患者ともに「痛み」を感じる人間だ、ということであろう。無論、患者・家族が医療に希望を見い出すことは無理からぬことである。しかし、医療が不確実性を伴うこともまた真実である。医療の限界を踏まえ、患者・家族の側にも、過剰な期待に陥らないための教育・啓発が必要なのかもしれない。近年、言われる「健康寿命」が良き契機なればと思うことがある。難題ではあるが、これらの解決を臨床現場の医療従事者にのみ課すことのないことを望みたい。

  1. 中坊公平『日本人の法と正義――私の弁護士体験から』(日本放送出版会、2001年)より。なお、professionの語源のprofessは神に宣誓するという意味。もともと宗教的・倫理的な意味が込められているようである。
  2. 医師・患者関係については、樋口範雄『医療と法を考える――救急車と正義』(有斐閣、2007年)参照。
  3. 調査シリーズNo102『勤務医の就労実態と意識に関する調査』(JILPT,2012年)

(2014年6月13日掲載)