労働者の権利を知ることの必要性

JILPT研究員 原 ひろみ

「労働組合を作ること」、「子どもが1歳になるまで育児休業を取得できること」、「残業した場合には賃金の割増を要求できること」など、 働く上でのさまざまな労働者の権利が法律で定められている。本コラムでは、これら権利を理解している労働者が多くはないという調査結果を紹介する。そして、調査結果に基づいて、権利理解の必要性および理解を高めるために考えられる取り組みについて議論する。

労働者は、働く上での権利を知っているのか?

2003年4月、労働者個人を対象に、 6つの働く上での権利を取り上げ、その理解状況についての調査が行われた[1]。その結果、雇用者のみに着目しても、 6つの法定権利すべてを理解している人の割合は 3.4 % と、 25人中 1人弱にすぎないことが明らかにされた。他方、一つも法定権利として理解していない人は 13.9 % 、約7人に 1人であった。また、 1つの権利を理解していれば 1点とし、 6点満点でスコアリングをしてみると、雇用者全体の平均は 2. 51点で、 6 つの法定権利のうち半分も理解されておらず、権利の理解の程度が高くないことをうかがわせる結果であった。

権利の理解は職業生活に必要か?

90年代以降、多様な就業形態や個別契約に基づく働き方の拡大、組合組織率のさらなる低下、新しい労働法制の施行など、労働者の職業生活に影響を及ぼす環境変化が起こっている。このような変化を背景に、労働者自身が労働法制を正確に理解し、自分自身で自己の労働者としての権利を守っていく必要性が高まっていると考えられる。

例えば、育児・介護休業法は、育児休業取得を親である労働者の権利として認めているが、中小企業では就業規則に育児休業の規程を持たないものが少なくない。そうした企業に雇用されている労働者の中には、 自分は 育児休業を取得できないと誤解している者もいる。しかし、労働者が育児・介護休業法を正しく理解していれば、就業規則に規程がなくとも 法律上は 育児休業の権利を行使できる。このように労働者一人一人が労働法制を正しく理解していれば、勤め先の人事労務管理が不適切であっても、自己の権利を守ることが可能となるだろう 。

教育を通じて権利理解の向上を

労働者がより良い職業生活を営むためには、労働者の権利についての知識が不可欠だと考えられる。それにも関わらず、自己の職業生活に深く関わる権利について理解している雇用者の割合は低い。労働者の権利理解を高めることの必要性を考えると、労働組合はその役割を期待できる選択肢の一つであると思われる。労働組合は、労働条件の維持・向上を通じて労働者の職業生活を守るための組織と位置づけられる。それゆえ、組合活動の一環として、労働者が自己の権利を守れるように、権利教育に対してより積極的に取り組むことが考えられるのではないだろうか。詳細は省略するが、上述した調査を用いた計量分析から、労働組合の有る企業に勤めている人が組合の無い企業に勤めている人とくらべて、権利をよりよく理解しているわけではないことも明らかにされており、現状では労働組合が権利教育に成功していない可能性が高いと考えられる。

さらに、権利教育は労働者に対して労働組合が行うものだけでなく、義務教育を通じて広く勤労者全体に対して行われるべきであろう[2]。労働者が働くことの権利を侵害されたことを分かるためには、また権利を侵害されたときの対応の仕方にまで関心が及ぶようになるためには、働くことの権利を知っていることが必要であろう。そのためには、国民のほぼ全員をカバーできる義務教育段階での権利教育が不可欠だと考えられる。


[脚注]

  1. ^ 調査・分析結果の詳細については、連合総合生活開発研究所 (2003) 『労働組合に関する意識調査報告書』にまとめられている。
  2. ^ 玄田・苅谷対談 (Business Labor Trend, 2003 年 11 月号 ) でも同様の議論がなされている。また、『ジュリスト』に掲載された論文で簡潔に紹介されているが、法教育研究会(法務省)の全般的な取り組みも興味深い ( 丸山嘉代 「法教育研究会の活動状況について」 , No. 1266, 2004 年 ) 。