「質」を捉えるガイダンス・ツールの開発をめぐって

主任研究員 室山晴美

昨年の春に公表した「VRTカード」(VRT:Vocational Readiness Testの略)は、「職業レディネス・テスト」という中学生、高校生対象の紙筆検査をカード版にしたツールである。研究所では従来からハローワークや職業相談機関で活用できる心理検査の開発を行っており、「職業レディネス・テスト」もそれらの検査の1つである。心理検査は個人の特性を正確に測定できる点が大きな特徴であるが、その反面、実施や採点を厳密に行う必要があるため、職業紹介機関や相談機関での活用場面が限られる。そこで、厳密な採点をしなくても個人の特徴をある程度把握できるように考えて作られたのが「VRTカード」である。「VRTカード」の実施方法は、職務内容が書かれた54枚のカードを1枚ずつ読み、興味であれば「やりたい」、「どちらともいえない」、「やりたくない」という3つの山に分けるだけである。そして、それぞれの山に分類されたカードはどんなカードなのかを整理したり実施者と受検者で話し合ったりすることで個人の職業興味や職務遂行の自信度を理解するための助けとする。

正直なところ、これまでいくつかの心理検査の開発研究を行ってきた筆者にとっては、得られた数値に基づいて結果を解釈していく従来型の心理検査の方が開発しやすく、「VRTカード」の開発は難しい課題だった。カードに記載する項目の内容は既に存在している「職業レディネス・テスト」と同じなので新たに検討する必要はないが、実施方法の簡便さの他にカード版としての特徴、心理検査にはないカード版の「売り」は何かを確認しなくてはならない。その後開発を進める中で、その答えはハローワークという実際の職業相談の現場で「VRTカード」を活用して下さった相談担当者やキャリア教育の授業の一貫として導入して下さった高校や大学の先生からの声によって、また、筆者自らが実施者となって行った個人に対する試行実験の過程において見つけることができた。それは一言で言えば、興味検査としての活用の他に、実施者と受検者の間の相互理解やコミュニケーションを深めるツールとして役立てられる点である。

さて、VRTカードの開発に伴って国内外の論文を調べていたところ、欧米では、伝統的な心理検査に代表される量的なアセスメント・ツールと数値に依存しないカードタイプのような質的なガイダンス・ツールを対比させながら、それぞれの役割、長所、短所を論じているような論文がたくさん書かれている。90年代には、現代社会は社会生活や職業そのものの変化のスピードが速く、個人の価値観も大きく変化するため、個人の特性を既存の基準値と照らして捉える量的なアセスメントの手法よりは、個人を質的に捉える手法の方が適しているという論調が盛んであった。しかし、最近ではそれぞれの特徴に応じてツールを使い分けることの重要性が論じられているようだ。

現実の相談場面においては、適性を正確に捉えるための量的なアセスメントが必要な場合も当然あると思う。その一方で、受検者の考えや個性をより深く理解するためには質的に捉えるための方法も有効であろう。その点、「VRTカード」は「職業レディネス・テスト」を母体としていることから、量を捉えるアセスメント・ツールとしての機能も保持し、加えて質を捉える相談のためのツールとしての役割も果たすものである。現場での実践を考えると、非常に活用の範囲が広いツールであるといえよう。ただし「VRTカード」においては、実施方法は簡単だが、個別相談場面でクライエントの質的側面を捉えるためには、実施者の相談のスキルがペーパー版以上に要求されるように思う。その点だけよく理解してご活用いただきたい。

(2011年4月22日掲載)