人材育成の難しさ

JILPT研究員 平山 正己

あこがれ

幼少の頃、長大な製造ラインから無尽蔵とも思える数の製品が生み出される映像をテレビで見た時、アメリカの真の姿に驚愕し、モノの豊かさにあこがれた。その後、思春期の多感な時期に日本の製造技術のすばらしさをテレビや写真で見た時、高度成長期の日本企業とその技術力にあこがれと誇らしさを感じた。

高度成長期には、特定の製品を大量生産するためにあらゆる仕組みが取捨選択され、最適なものだけが高度に洗練されていったように思われる。働く人々もきわめて狭い範囲の繰返し作業に熟練するよう求められ、限られた専門性の習熟に終始した。ところが、現在では情報通信・流通に関する技術革新、国際化、規制緩和などによって、製品・サービスの供給側と需要側とに存在した様々な障壁が取り除かれ、供給側となる企業等は競争力や業績の向上のために、コスト削減、品質管理の徹底、付加価値の創造、新製品・新サービスの創造といった取組を継続していかなければならない状況となってきている。そこで、企業が新しい環境に適応し発展していくために、複雑に進化し続ける産業と経営を支える人材を育成、採用するための新たな仕組みが求められるようになってきている。

新たな人材育成の仕組み

新たな潮流として、欧米のグローバル企業では「コーポレート・ユニバーシティ」という人材育成の仕組みが導入されている。その概念は様々であり、同じ企業においても常に変化し進化し続けているが、その中で筆者が注目しているのは、既存の人事管理における教育訓練ではなく、企業の経営戦略の一環として行われる教育訓練の形態をとった事業であり機能の部分である。具体的には、中核的な人材を選抜・育成するための、経営トップ主導による教育訓練体制である。

高度に分化した既存の企業内教育訓練(階層別研修、職能別研修、課題別研修等)とは一線を画した新たな時代に適応していく人材育成の仕組みであると考えられる。

人間性の伝承

コーポレート・ユニバーシティのように、真に求められる実践的な能力とその発現に向けた人材育成の試みが徐々にではあるがはっきりとした形態をとってきている。知識やスキルを習得し能力を発現していくことがますます要求されようとしているが、人にやさしいものづくりには、それにも増して携わる人間の内面にある情熱、価値観、倫理観といった人間性に附随する領域が大きく関わっていると考えられる。

確かに、その領域は客観的な育成、評価が難しく個人差が大きいので厄介な課題ではある。しかし、このような変革の時代だからこそ、その領域を育み豊かにする仕組みを構築していく必要があるのではないか。e‐ラーニングや研修では決して伝えることができない、直接人から人への伝承のみが有効となる領域については、企業を含めた地域社会全体で継続して伝承できる仕組みを早急に構築し、機能させていかなければならない時期にきているのではないだろうか。