「契約社員」をどう定義するか

研究員 高橋 康二

研究活動の基本は、研究対象を定義することである。しかし、これが意外とむずかしい。筆者が現在かかわっている「契約社員」の研究においても、このことはあてはまる。

言葉を入り口として

最近、「契約社員」という言葉をよく耳にするようになった。『朝日新聞』の記事データベースによれば、同紙において「契約社員」という言葉が使われた回数は、1984年には1回であったが、1990年には13回、2000年には119回、2008年には299回と、急速に増加している。他紙のデータベースを用いても、その趨勢は同様に読み取れる。

総務省統計局が5年おきに実施している「就業構造基本調査」においても、2002年調査から「契約社員」という言葉が調査票に盛り込まれるようになった。「契約社員」が独立したカテゴリーとなった2007年調査によれば、「契約社員」と呼ばれている人は全国に225万人おり、「派遣社員」の161万人を上回っている。また、その内訳をみると、20代~30代が49.7%を占めている点で「パート」と大きく異なり、男性が51.6%を占めている点で「派遣社員」とも異なる。「契約社員」と呼ばれている人が、量的な意味において無視できない存在となっているだけでなく、質的な意味においても他の「非正規」の雇用形態と異なる性質を持っていることがわかる。

定義の必要性

ところで、「就業構造基本調査」からわかるのは、「契約社員」と呼ばれている人の数や属性である。しかし、企業によって、どのような働き方をしている人が「契約社員」と呼ばれるかは異なるだろうし、同じような働き方をしている人であっても「契約社員」と呼ばれる場合と呼ばれない場合があるだろう。呼称にもとづく調査には、どうしてもあいまいさがともなう。そこで多くの調査では、「契約社員」という言葉を定義して用いている。

「専門的職種」かつ「有期契約」

これまでの調査で比較的多く用いられているのは、「専門的職種に従事する有期契約の労働者」という趣旨の定義である。主なものとして、厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査(1999年、2003年、2007年)」の「特定職種に従事し専門的能力の発揮を目的として雇用期間を定めて契約する者」、総務省統計局「労働力調査(2001年8月以降)」の「専門的職種に従事させることを目的に契約に基づき雇用され、雇用期間の定めのある人」などがあげられる。

実務雑誌『労政時報』の1988年の特集記事においても、「契約社員は、パート、アルバイトと違って、主として基幹的職種が対象になり、専門能力を保有する即戦力の人材」であると紹介されている(第2867号25頁)。ここからも、「契約社員」が専門的職種に従事する労働者であるという認識が、以前は一般的であったことがうかがえる。

「フルタイム」かつ「有期契約」

しかし、ヒアリング調査を進めていくと、今日の企業において「契約社員」と呼ばれているのは、必ずしも専門的職種に従事する労働者ばかりではないことを実感する。仕事内容が正社員とほとんど変わらない労働者、もっぱら正社員のサポートを担う労働者が「契約社員」と呼ばれていることが、しばしばある。それらに共通するのは、フルタイムで働く有期契約の労働者という点である。

このような実感を抱いている人は少なくないだろう。東京都産業労働局では、数年おきに「契約社員に関する実態調査」を実施しているが、2003年までは「専門的職種について、契約・登録に基づき雇われている者」という定義を用いていたのに対し、2007年には「1日の所定労働時間及び1週の所定労働日数が正社員とほぼ同じで、期間の定めのある契約に基づき直接雇用されている者」へと定義を変更している。その背景には、「専門的業務に留まらず、他の業務での活用など、契約社員のあり方そのものが変化しているように見える」との認識がある。このように、最近では「フルタイムで働く有期契約の労働者」という趣旨の定義が用いられ始めている。

定義を変えることでみえてくるもの

もちろん、定義を変える際にはいくつかの課題が立ちはだかる。まず、先行研究との整合性が問われよう。また、新しい定義によって「契約社員」と呼ばれている人が過不足なしに捉えられているとも限らない。定義を変えることには一定のリスクがともなう。

しかし、定義を変えることでみえてくるものもある。たとえば、「専門的職種に従事する有期契約の労働者」という趣旨の定義を用いる2007年の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」によれば、「契約社員」が現在の就業形態を選んだ理由の第1位は、「専門的な資格・技能を活かせるから」となる。これに対し、「フルタイムで働く有期契約の労働者」という趣旨の定義を用いる2007年の「契約社員に関する実態調査」によれば、第1位は「正社員として働ける適当な企業がなかったから」となる。

先に「契約社員」と呼ばれている人の内訳をみた際、若年者が多いことに触れた。一般に、若年者の多くは技能形成の途上にあり、その技能がすぐさま即戦力として企業で活かせるとは考えにくい。「契約社員」と呼ばれている若年者のなかには、即戦力として活躍することとは別の理由から現在の就業形態を選んだ人が少なくないと考えられる。そこで思い浮かぶのは、正社員として働ける条件を持っていながら、正社員の雇用機会に恵まれず、やむを得ず現在の就業形態で働いている若年者の姿である。

「契約社員」を「フルタイムで働く有期契約の労働者」と定義すると、それらの労働者をうまく捉えることができる。すなわち、「契約社員」と呼ばれている人のなかでも、特に労働政策の面で問題を抱えている人に光をあてることができるのである。

(2009年9月4日掲載)