ワーク・ライフ・バランスに想うこと

研究員 池添 弘邦

筆者には二人の子供がいる。一人は小学生、一人は保育園児である。上の子もそうだったが、下の子も筆者が毎朝保育園に送り届け、たまにお迎えもしている。なので、他の園児のママさんパパさん達には顔見知りや知人が多い。

知人のあるママさんは、フルタイム正社員としてお勤めである。子供さんの送迎は、裁量労働制が適用されている筆者と比べて朝早く夜遅い。仕事の都合によっては、子供さんの送迎をパパさんと融通している。ところが、仕事が忙しく、融通も上手くいかないとき、ママさんは苦労しているように見える。というのも、お勤めの会社には、子が一定年齢に達するまでの短時間勤務制度があるらしいが、保育園に預けている子供さんがその年齢に達したため、制度の適用から外れてしまったのである。結果、少なくとも労働時間に関しては、育児責任のない同僚らと同じように働かざるを得ない。ママさんは、始業・終業時間と通勤時間を考慮して行動し、朝は開園間もない時間に預け、夜は保育終了時間ギリギリに引き取っている。日々是綱渡り、といった様相である。時々、朝の送りや夜のお迎えでそのママさんに会うことがあるが、顔は笑っていても相当にお疲れの様子が伺える。きっと、仕事も家のこともいっぱいいっぱいなのだろう。お疲れ様です、と最敬礼したくなる。

お勤めの会社は、ワーク・ライフ・バランス(以下、WLB)を推進しているらしい。企業全体のポリシーとしてWLBを掲げ、個別の制度を設け、具体的な取り組みを行っているのだろう。しかし、その会社の一社員であるママさんの置かれている状況を見るとどうだろう。本当かな?という靄がかかる。

ところで、筆者は昨年、在宅勤務制度等テレワークの企業ヒアリング調査を行った。いずれの企業も先進的事例と評価されていることもあって、多くの会社がWLBを標榜し実践している。でも、話を聞いてみると、ことWLBとしての在宅勤務に関しては、多くの会社で、女性社員、あるいはその上司からの強力なニーズに突き動かされて制度として取り入れ、運用していたのである。例えば次のような例がある。妊娠・育児期の女性社員が、これ以上働き(通勤し)続けるのは困難なので退職を決意したとか、短時間勤務制度を利用しているが自身のキャリアに影響が出ないか心配し、また、働く時間が短い分周囲に迷惑をかけているんじゃないかといった不安がある、ということを上司に相談したところ、上司が人事部に、有能な人材に辞められたり仕事に影響が出たりするのは困るので何か手を打てないかと相談し、ならば社員のニーズに応じて自宅で仕事をできるようにしよう、ということで検討され、運用が始められた。つまり、社員個々人のニーズをすくい上げる、仕事はしたいが家族(子供)のことがあるのでそちらにも時間を割きたいと困っている社員を助ける、ということを契機にWLBとしての在宅勤務を制度として導入したり、運用したりしているのである。

先のママさんが勤める会社のWLB施策の中に在宅勤務があるのか定かでない。しかし、短時間勤務制度の適用から外れた現在、ママさんの会社には彼女の苦労を和らげることができる施策はなさそうである。一方でママさんは、一所懸命やって何とかなっているから問題ないとして、会社に相談していないのかもしれない。それでも筆者は、WLBを掲げる会社に言いたいことが一つある。社員のニーズを把握して、すくい上げて下さい、そしてニーズに適う環境を整えてあげて下さい。立派な神輿を担いでも、祭る御神体がないのでは本当のご利益などないでしょう。むしろ、足元が滑って神輿を落としてしまうことになるかもしれません。

* テレワーク=情報通信機器を活用して、通常就労することとされている職場以外の場所で就労する勤務形態の総称。外勤者が携帯電話とモバイルPCを携行して取引先などで就労するいわゆる「モバイルワーク」、同様に、外勤者が所属している職場とは異なる職場等で就労するいわゆる「サテライトオフィス」、そして、会社貸与又は自己所有のPCを利用して自宅に居ながら就労する「在宅勤務」がある。さらに、先の三形態のような正社員(会社と労働契約を締結している従業員)とは異なり、請負契約により、情報通信機器を利用して在宅ワークやSOHOを行っている者の就労形態も、テレワークの範疇に含まれる。

(2009年4月24日掲載)