「ものづくり」における「やりとり」の行方

研究員  藤本 真

昨年から当機構で、「ものづくり」を担う人材の育成に関する調査・研究に携わっている。これまでも、金型や工作機械といった日本のものづくりの国際競争力を支える分野や、地方の中小製造業の経営・人事管理についての調査研究、あるいは 1990年代後半以降に急速に増加し、社会的にも注目を浴びるようになったものづくり現場での請負・派遣社員に関する調査・研究に参加してきた。高校進学後は物理や化学の授業を受けたことがなく、数学が苦手で大学入試でも文学部を選択したバリバリの「文科系」人間が、気がつくと 10年近く、「ものづくり」との縁を持ち続けている。

文科系人間であるので、ものづくりに関する調査・研究は、常に学習の過程である。調査・研究プロジェクトの前には、ものづくりの作業や設計、あるいは作られる機械についての「基礎の基礎」のような書籍を買い込み、少しでも今のものづくりの現場で展開されている仕事の模様を理解できないものかと目を通す。こうした予習の成果は確かにあるけれども、毎回毎回のプロジェクトや企業調査では、頭に「?」が続出する。日本のものづくりの世界は物凄い幅広さと奥行きをもっているのだといつも痛感させられる。

さて、昨年、私が担当した調査(JILPT調査シリーズNo.44 『ものづくり産業における人材の育成と確保-機械・金属関連産業の現状-』)によると、ものづくりを担う人材の育成に関して、ここ数年で変化が生じているらしい。ものづくりの中核を担うと見られる技能系正社員や技術系正社員には、高度に卓越した熟練技能や特定の技術に関する専門知識といった「一芸に秀でる」ことを求める事業所よりも、生産工程の効率化のための技能・知識をまずは求めるという事業所のほうが多くなっている。また、主要な訓練方法として、教育訓練機関やメーカーなど、社外の機関が催す研修機会の活用を挙げるところが増加している。こうした調査結果に基づいて、一知半解的なもの言いをすることほどものづくりの幅広さと奥行きを顧みない行為はないだろうが、あえて約言すると、コストや納期、品質に関する厳しい顧客のニーズに応えるために、多くの事業所が製造プロセス全体の生産性向上を図っており、こうした姿勢が技能者・技術者に求めるものにも反映されているとみられる。社外の教育訓練機関の活用も、技能者・技術者に求めるものが変化する中で、体系的な知識を業務から離れて修得する必要性が増したことにより進められているのではないか。

ただ、重視される技能や技術の内容に変化はあっても、あるいは社外の機会の活用が増えても、ものづくりの人材育成の基本的なスタイルはあまり変わらないのではないかと、聞き取り調査をしていると感じる。高度に卓越した熟練であっても、生産性向上のための知識や技能であっても、その養成には社員間または職場間での様々な「やりとり」が不可欠という点は変わらず、この「やりとり」をいかに促進するかに、人材育成に熱心な多くのものづくりの企業は腐心しているように見える。そもそも、ノウハウやアイディアを作られるものそのものや製造プロセスに目に見えて現れるように着実に形にできなければ何の意味もないというものづくり産業の特性を考えれば、生産性の向上や人材育成の実を上げるために多くの「やりとり」が必要になるのは至極当然だと思われる。

筋金入りの文科系人間がものづくりの調査・研究から離れられないのは、理系的知識や思考の塊であるものづくりの活動において、実は「やりとり」という人間相互の関係が重要なファクターとなっており、今後の帰趨を占ううえで看過できないものであることが、徐々に実感できるようになってきたからだろう。この「やりとり」の場が、ものづくり企業が経営環境に対応していく中でどのように変化し、そのことがいかなる帰結を招くのか。あるいは従業員の側からみて、この「やりとり」の場はどのように捉えられているのか。自分の成長や社会との結びつきとを実感できる場として捉えられているのだろうか―。これからしばらくはこんな「問い」を念頭に置きつつ、幅広く懐深いものづくりの世界からいろんなことを学んでいきたいと思っている。

(2008年 7月 9日掲載)