1995年 学界展望
労働調査研究の現在─ホワイトカラーの人事管理、女性労働、国際化
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ホワイトカラーの人事管理

論文紹介

橋元

ホワイトカラーは、高学歴化、経済のソフト化、サービス化の進展のなかで非常に増加し、また企業の経営戦略のうえでもその位置づけが重要となってきた。こうした状況を反映し、近年、ホワイトカラーの研究もかなり多くなっている。加えてバブル経済が崩壊し、景気後退局面で中高年ホワイトカラーが雇用調整の主たる対象となったこともあり、ホワイトカラー問題は日本的雇用慣行の帰趨と関連して議論が活発化したものの、これらに実証的なものは少なく、ここでは取り上げない。実証的調査研究に絞ってみると、この間、とくにキャリアをめぐる問題についての研究が蓄積されつつあり、この点に着目してホワイトカラーのキャリアとそれにかかわる人事管理問題を中心に、近年の動向をサーベイしていきたい。ホワイトカラーのキャリア問題については、周知のように、ジェネラリストとみる従来の通説的な理解に対して、小池氏をはじめとする研究が着々と重ねられ、「専門性のなかでの幅の広さ」というところにホワイトカラーのキャリア形成の特徴があるとする見解が示されている。ヒアリング調査や事例調査を中心とするこのような研究に加えて、この間、大量データに基づく調査研究が始まってきており、ホワイトカラーの本格的なキャリア研究が事例調査ばかりでなく、アンケート調査を含めた大量データの解析による研究という方向で本格化してきた。その成果を簡単に紹介しつつ、キャリア研究に新たにどういう論点が加わってきているのか、そして、キャリア形成をめぐる論点にかかわって昇進など人事管理の問題点がどのように明らかにされてきているのかを検討したい。

異動にみるキャリアの幅

産業労働調査所の報告によれば、首都圏に住む1部、2部上場企業の団塊世代の部課長の異動経験は、4分の1が異動なしまたは1回の異動、39%が2,3回、4,5回が24%であった(仕事・職務群を14分野、勤務場所を7カ所、全部で98に区分)。仕事だけで8分野に大ぐくりした異動では、1分野のみという人が33%、2分野が36%であった。電機労連の組合員調査では、いっそう異動範囲は狭い。40歳未満の事務・技術労働者(年齢中央値29.8歳)を対象にした調査であるが、男性では10部門のうち1部門しか経験していない人が77%(35~39歳でも62%)を占め、事務系で70%、技術系で78%とやや差はあるがともに部門間異動は少ない。電機産業では、課長になってからの異動が多いという。また、この調査は技術系では製造技術、事務系では管理・企画での異動が相対的には多いとし、技術系・事務系それぞれのなかでも差異のあることを示している。

鈴木論文は、大企業18社628人の調査結果である。15業務部門のなかで「精通し、自信のある専門分野」にみるキャリア形成は、多様な職務経験を経て30歳代後半に専門分野が固まってくるのが一般的であり、幅広い異動を経て30歳代後半に一定の専門性を持つものとしており、とくに電機労連調査とはかなり異なった結果を示している。専門特化の度合いは事務・技術の2区分では技術系のほうが強いが、事務系のなかでも営業系はかなり専門特化度が強く、また技術系のなかでも差がみられるという。

これらの個人調査結果は、ホワイトカラーのキャリア形成の専門性につながる異動の幅の狭さを示すものばかりではない。一般に部門を超えて幅広く異動しているとする見方はもはや妥当しないことが明らかとなったと言えようが、部門を超える異動も少なくないこと、事務系・技術系で差があるばかりでなく、事務系のなかでもまた技術系のなかでも部門によって異動の幅に差があることが示されている。こうした結果は、産業による違いであるのか、企業規模によるものであるのか業務部門や職務群によるものであるのか、いまだ十分検討がなされているとは言いがたい。また、得られたデータが示すキャリア形成の時期が持つ意味の検討はなく、その特徴は従来も現在も同じであることを意味するのか曖昧となっており、変化の有無を意識した分析が求められよう。こうした調査研究が進むことによって、どのような専門性がどのようなホワイトカラーにみられるのかが明らかになろう。このかぎりでは、専門性のなかでの幅広さと結論づけるには、いまだ部分的なデータにとどまっている。

キャリアに対する本人の意識

これらの個人調査は、キャリアをめぐる違いにもかかわらず、キャリアについての本人の意識についてはかなり共通した結果を明らかにしている。それは、これまでの自分のキャリアに多くが満足していること、自分はジェネラリストであると6割以上が考えており(産業労働調査所報告)、自分のノウハウは社会でも通用すると多くが考えている(鈴木論文)ことである。また、企業内で「余人に代えがたいキャリア」(電機労連報告)を積み、昇進したいという強い志向性を持っている(鈴木論文)ばかりでなく、「幅広い視野と人的ネットワークづくり」(電機労連報告)や「企業を超えた職業人としての自立」(鈴木論文)を求めていることである。キャリア形成への意識は、企業内でのある程度専門的なキャリア志向と特定の専門分野さらには企業性に縛られることのないキャリア志向とが同居していることを示している。特定能力を発揮することで企業内での保障を得つつ、同時に専門特化しない幅広さを求めており、処遇の「保障は捨てがたいし、自由にも憧れる」(神谷論文、電機労連報告)というアンビバレントな気持ちの存在が広く明らかにされている。

今後のキャリア問題や人事管理を考えるうえで、考慮すべき重要な意識状況が明らかにされたが、このような意識がどのような構造のなかで生じているのか、とくに人事管理との関連はどうなっているのかは不明である。他方で、今後はキャリアを自由に選択できるようにする人事管理が重要であるとの提案がなされているがキャリアの幅を広げ、選択できるようにするということが、こうした意識とどこまで整合的であるのか、とくにアンビバレントな意識状況にどこまで対応しうるものであるのかについての検討は不十分である。今後、企業調査とも併せて分析しつつ、賃金と処遇、それらとキャリア形成との整合性を含めて検討していくことが必要であろう。

異動、昇進と人事管理

次に、異動や昇進といったキャリア問題を、人事管理としてみた場合、どのような特徴がみられるのか、企業調査によって明らかになっていることを検討する。

日本労働研究機構(4)は1000人以上の企業640社(調査時点は平成2年1月)、日本労働研究機構(5)は300人以上の企業1010社(4年9月)の調査である。前者では、配置転換の目的は対象年齢によって差があり、若年ほど育成のための配置転換であり、かつ配置転換は若年ほど積極的にやろうとしていることが示されている。言われてみれば当たり前のことであるが、人事管理のスタンスとしてはこれが一般的であり、異動は育成ばかりでなくいろいろな目的で実施されている。後者は、その若年時の最初の異動が入社後3~5年で行われ、事務系では「仕事の変更を伴う部門間異動」が36%、技術系では「仕事の変更を伴う部門内異動」が26%で最も多く、入社後10年間ぐらいまでの方針としては事務系が「初任配属部門内のキャリア形成」が35%、「初任配属部門を基本にほかの部門も経験させる」が29%、「できるだけ多くの部門を経験させる」が27%で1技術系はそれぞれ47%、33%、9%としており、両者の間に異動の範囲について差があることを明らかにしている。そして、両報告書とも人事管理としての現実の配置転換は、「異動の力学」が大きく影響し、人事部門が考えているとおりにできるわけではないことを指摘している。さらに、昇進させるときに配置転換の経験の有無についてはほとんど考慮しておらず、9割の企業が能力・業績それ自体を問題にしており、異動の幅と昇進は直接関連しないという(日本労働研究機構(4))。

企業の人事管理の実態と方針としての異動や昇進は、言うまでもなく、キャリア形成を図ることのみが追求された結果ではない。環境に対応しつつ人事施策がとられ、社内事情等に影響されながら、企業が必要とする人材の確保・配置を図った結果である。川喜多論文も、上場企業498社のデータ(調査時点:平成3年7~8月)から、今までは異動のルールはなくて個別に対応していたのが実際で、今後ルール化しようとしていることを明らかにしている。そうであるとすれば、異動がどこまでキャリア形成たりうるのかという問題を考える必要があり、1領域中心の異動層がある程度存在しているにしても、仕事も部門も異なる部門に異動する2~4割の存在(日本労働研究機構(5))を含めた異動状況の示す特徴が明らかにされる必要があろう。小池論文は、アメリカのホワイトカラーの実態を描きながら、日本との差異が小さいことを示しつつ、日本のより遅い昇進と幅広い1領域型の利点をより立ち入って考察している(中村論文も同様)。異動の実態を丹念に調査しキャリア形成の特徴を解明することは重要ではあるが、他方でその異動・昇進がどのような人事管理の展開として行われ、キャリア形成を特徴づけることになっているのかを明らかにする調査研究が求められよう。これはホワイトカラーの人事管理の特質ばかりでなく、キャリアに対するホワイトカラーの意識の構造をさらに解明していくうえでも重要である。

異動・昇進をめぐる人事管理の近年の変化としては、同一年次の者がほぼ同時に昇進し個人間に差をつけない期間が短くなっていること(5年程度とする企業が63%。1987年の労働省調査では10年ぐらいが最も多かった)、役職昇進の年次間の逆転がかなり広がっている一方、昇進格差の拡大を専門職制度や資格制度の導入・活用で対処していること(以上、日本労働研究機構(4))、また専門を深めるよりもキャリアをより広げようとする動きにあること(中村論文:100人以上187社の調査、時点2年10月)が指摘されている。さらには、何歳ぐらいまで昇進に差をつけない管理をしているのかは企業によってかなり異なっており、人事労務管理部門が「ホワイトカラーにとって働きやすい、キャリア管理も充実している」と自己採点をしている企業ほど、異動する従業員の割合が高く、実力で差をつけたり早くから差をつける傾向が強い(川喜多論文)という。

専門性のなかで幅広いキャリア形成をしながら10年ないし十数年のところで昇進格差が生じていくというモデルに集約しえぬ動向が示されており、遅い昇進も変化のなかにある。昇進格差のありようとそれへの対応も企業によって多様であることがわかる。近年の動向をさらに精査するとともに、なぜこうした事態が生じているのか、人事管理との関連、管理施策を規定する要因等との関連を明らかにする調査研究が必要となっている。

昇進と職務異動の構造

日本労働研究機構(1994)は、大変注目される調査である。日本の代表的重工業企業(従業員3万5000人)の男性事務・技術正社員7937人の昭和62年までの人事データを分析し、ホワイトカラーの異動・昇進の実態を明らかにしている。事例の特徴をどのようにとらえ、そのバイアスをどのように理解するかという問題が残されているが、代表的な日本の大企業のデータを利用してキャリアをめぐる構造を全体として明らかにしたという点で、きわめて重要な調査研究である。

この文献は、昇進競争が一律年功型、昇進スピード競争型、トーナメント競争型の3種のルールによる構造をなしていることを明らかにしている。職務異動については、技術系は若年時に職務内異動を多く経験し勤続が長くなるにつれて職種間異動が増える、事務系はキャリア段階による変化はあまりなく職務内も職務間も同程度に異動する、管理職(部長)は一般にジェネラリストとは言えず、特定職務を中心にキャリアを積んできた人も多種の職務を経験してきた人もいる、といった傾向がみられるものの、全体としてキャリアを通じた職務の関連性はさまざまで異動構造はファジーであるという。職務異動は、増員・欠員補充の組織要請や昇進構造を維持する処遇面での配慮など「日本的雇用ルール」に強く関係しているからである。段階的選抜システムと職務異動の不明確さは、1975年以降、環境変化に対応する人事施策によって組織と人員の多様な調整を図ってきた結果であり、「終身雇用と年功制の維持」、「長期的な視野に立った人材育成を可能にしてきた」が、「より多くの人材を育成する反面、中高年層の無駄遣いに帰結する」という大きな問題点を持つとしている。そして、今後、係長時代(30歳代)に専門職を含めた多彩なキャリアを選択できるようにする必要性を指摘している。

この研究は、異動・昇進の実態全体からキャリアの特徴を明らかにし、人事管理施策の展開による異動・昇進の構造を示した。事例の特徴を十分考慮して理解することが必要であるが、異なるタイプの企業についてもこのような研究が蓄積されていくことによって、キャリアと人事管理の研究は大きく前進していこう。

人事管理の諸問題

最後に、キャリア問題以外について、若干紹介する。

ホワイトカラー労働条件問題研究会(1993)は、ホワイトカラーの今後の労働法制・施策を探ることを念頭に、その人事管理、賃金制度、労働時間、生産性等について検討している。ジェネラリストという観点から、ホワイトカラーの高齢化に伴う問題封鎖された内部労働市場要因から生じる労働条件の問題状況を整理している。高田論文は、最近、能力主義と個人主義の人事管理が登場しつつあるとし、個人のキャリア選択の余地が狭く会社人間をつくる日本企業の人事管理に個人の自由の進展可能性を指摘する。前述したように、ホワイトカラーはアンビバレントな思いのなかで「自由」をみており、人事管理として多様な選択が可能となる能力主義、個人主義がホワイトカラーの求める「自由」にどこまで沿うものであり、またそのニーズに対応するためにどのような問題があるのか、先進事例からの論点提示にとどまらず、人事考課や業務実態などの本格的な調査が必要である。

賃金問題では、近年、年俸制の導入がかなり話題になったが、事例紹介が多い。年俸制の実施によって具体的にどのような問題が起こっているのか、調査は今後本格化するものと思われる。出向等については、好景気下でも相当数の出向が存続していたことなどの状況についての調査が行われたが、その後の不況によって出向をめぐる動向は大きく変化していよう。

討論

職務区分の平準化

八幡

ホワイトカラーのキャリアについて、この間各種調査が出ていますが、サーベイして調査上の問題として感じたことを指摘したいと思います。

一つは、キャリア・データを比較するときに、何を比較しているのかが曖昧なケースが多いことです。つまり、職務区分をどのように平準化して比較するのかという問題に行き着くのですが、たとえば、事務系、技術系と専門分野を分けても、職務範囲や権限を平準化して比較しないとキャリア・アップする異動なのか、単に仕事の幅が広がっただけなのか判断は難しい。管理職処遇の課長といっても、製造部門のようにたくさんの部下を抱えるライン課長もいれば、企画部門のようにごく少数の部下しかいない場合もあるし、スタッフ管理職の人もいる。そういう人を課長ということで同じ職位グループとして扱うことが妥当かどうかということです。

また、職務の変化を計量化するのも、非常に難しい。たとえば、営業部門といっても、営業企画から第一線のセールスまで職能の異なる人材が集まっている。営業活動自体も、販売促進やプロジェクト企画に重点を置く総合商社的な営業活動から店頭販売や訪問販売に近いものまであるわけで、これをどう整理するのか。

さらに、業種特性による違いについての議論があまりないが、第3次産業、とくに金融。保険業のキャリア形成の考え方と製造業のそれとでは随分違う。特定企業に限定すればそういう議論は起こらないが、そういう問題が調査上の問題としてかなりある。

それから、橋元さんもご指摘のように、人事制度とキャリアとの関連性、とくに賃金とか処遇との対応を明らかにする必要がある。私もそれには賛成です。今の職能資格制度による状況では職位よりも、むしろ賃金のほうがインデックスとして有効だと思います。ただし、物価上昇分を実質化するような操作が必要ですが、賃金水準で相対的にどういう位置で処遇されていた人なのか、データを得るのが大変だと思うが、そういう視点からキャリアをみていったらどうなのでしょう。

それから、非常に気にかかるのは歴史的な背景です。経済変動によって企業の人事労務管理制度は変わるし、さらに新規事業部門ができたり、多角化で既存部門を分離したりといった組織変更も頻繁にある。また、組織の編成原理が時代とともに変わってくる。昭和40年代に職能資格制度が導入される過程では、「動態的な組織をどうつくるか」という議論もかなりあった。フラット組織を狙いとして、課制廃止とか、プロジェクト・チーム方式の公式化とかの議論です。そういうときのキャリアをどうみるのか。この議論が抜けると、日本企業のホワイトカラーのキャリアはみえてこない。なかでもエンジニアのキャリア形成では、どのようなプロジェクトに参加してきたかとか、生産子会社の生産立ち上げのために応援に出た経験があるかといったことのほうが、他部門への異動よりも大きな意味を持っている。

それから組織運営にかかわることですが、日経連の職務分析センターの調査(「人事・賃金制度と職務分析に関する実態調査」1988年)によると、職能資格制度を厳格に運用している企業は2~3割にとどまる。職務遂行能力や業績を厳格に評価して運用すると職能資格制度のもとでも賃金格差は非常に大きくなるし、相当早いうちに個人間の賃金にも開きが出てくるので、そのような企業では当然、キャリアにも差がついてくる。労使関係とか、職場秩序とか、あるいは会社自体の歴史などの理由から厳格な運用ができなかった企業では、課長相当職まではスピードに若干の差はあっても、ほぼ昇進させてきたのが実態だと思います。

川喜多論文でも強調しているように、「企業によってそんなのは違うじゃないか」という論拠になってくる。職能資格制度の運用方法によって、個人間でかなりの格差が累積するとの、賃金プロファイルによる分析結果も出ています。ホワイトカラーのキャリアに注目するとき、職能資格給がどう運用されてきたのか、セットで議論しないと、展望につながらない。

キャリア管理における人事部門からのコントロールの強さは、強くないという議論もあるし、強いという議論もあるが、私は後者を支持します。日本企業の人事部門は、人事考課でも全体をプールして調整を加えたり、昇格・昇進適齢年次者を選んで年次による昇格・昇進を考えたりしており、とりわけホワイトカラーは本社管理で人事部門が調整するのが一般的ですから、その辺はアメリカとかヨーロッパの企業とだいぶ違うと思います。人事部門のコントロールの強さについて、ヒアリングで断片的に聞いたことはありますが、本格的な調査はまだ出ていないと思います。キャリア形成を考えるにしても、これは企業戦略によって随分変わるわけですが、どういう人を育てたいのかによってプログラムは違ってくる。CDP(Career Development Program)が議論されたときにはそういうことが前面で議論されたわけですが、どうもそういうのを全部捨象して、後追い的に結果としてこう企業内で異動してきましたというのをみてキャリア管理の議論をするのは、論点が弱い感じがします。

職務によるキャリアの差

橋元

事務職と技術職の間にかなりキャリアに差があるのではないかということについては、今はどの調査でも大体意識してやるようになっていると思います。そして、かなり差があるというケースもあれば、ほとんど差がないというケースもあって、そう単純にはいかないのかもしれません。傾向としては、異動範囲は技術系のほうが狭く、事務系のほうがやや広くなっています。ただ、事務系も従来ジェネラリストというふうに認識されていたほど、異動範囲は広くないとする認識は広がってきました。ただ、八幡さんも指摘されたように、たとえば運輸業とか金融業においてはかなり異動の範囲は広いということが、(5)日本労働研究機構(1993)でも一応指摘されてはいます。しかし、あまりそういう業種の違いというのが明確に分析されてはいません。データとしては差のあるものが順次出てきておりますので、私も八幡さんが言われたように、業種による差異をきちんと明らかにしていくということは必要だと強く思います。

また、そもそも職務をどうくくるのかというところをもう少しきちんとやったほうがいいというお話がありました。それはおそらくアンケート調査という方式になるとかなり制約を受けるということはあると思うのですが、ただ、この間は比較的そういうことをそれなりに意識して14とか15とかというぐらいまで一応ブレークダウンした形で聞くということでは、従来の職種によるアンケート調査よりレべルがかなり上がって、精度が上がってきたということは言えるのではないでしょうか。アンケート調査という手法からいくと、それ以上の具体化は難しいと思います。それをカバーするには、事例調査の積み重ねが必要であり、アンケート調査でも集計・分析で工夫していく必要があるという気がします。

さらに歴史的な変動の問題をどう考えるかということですけれども、アンケート調査で時系列的にデータを追いかけていくということは非常に難しいわけです。これも、事例によって研究していくしかないだろうと思います。そういう点を考えたときに、今田氏たちがやられた調査(日本労働研究機構、1994)は非常に画期的なものだと思います。この調査では時系列的にも追いかけていて、1975年の前後で異動の違いがあるかどうかということをチェックしています。そして、基本的には違いはなかったということが出ており、だからその事例は問題があるんだという見方もあるでしょうけれども、異動によるキャリア状況そのものには変化はなかったとしています。

それから、この調査は特定企業のデータによる分析ですから、職務の変化というものを当然考慮に入れた職務区分が行われており、そういう意味からもこれはかなり精度が高いということになります。事例が重工業の日本の代表的な企業であるということから、従来型の日本的雇用慣行というものがキャリアとの関係でどうなっているのかということで、大変優れた指摘をされているとは思いますが、たとえば金融業と比較するとどうなるかと考えれば、相当違う面もあると思います。そういう意味でアンケート調査で出てきた違いのある職種および業種でこうしたデータ分析が積み重なっていけば、日本のキャリアと人事管理の調査は画期的に進むと思います。

福原

こういう調査をするときに労働問題研究者であればその専門の立場から調査を当然やっているわけですね。そうすると、企業というのは一定の職位あるいは職務の区分とか、そういうものが必ず固定的に存在しているという前提に立ってみている場合がかなり一般的だと思うのです。しかしながら、企業組織論あるいは組織イノベーションなどの視点をもう少し取り入れた形での調査というのが必要ではないかと思います。

それは、たとえば企業組織、基本的にはヒエラルキー的な組織をべースとして存在しているわけですけれども、今日やはり経済の変動が非常に激しいなかで、実際フラット化している企業組織もありますし、それだけではなくていわゆる企業有機体というか、そういう概念でそのときどきの市場動向に合わせた形で企業の人事構成なども変化させていくというような発想がかなりあると思います。

したがって、キャリアを積みそれをふまえて管理職に昇進していくというとらえ方だけで考えられないようなキャリア形成や人の異動も多分にあると思います。そのあたりの問題に対応できる調査の方法を考えることが、多分今後問われてくると思いますね。

組織ニーズとキャリア形成ニーズのマッチング

橋元

私も強調しましたけれども、人事管理という観点で調査をしていくとそちらのほうがはっきりみえてくるのですね。そうしますと、たとえば川喜多論文もそうでしたし、今田氏の調査でもそうですけれども、要するにそれほど整合性のあるキャリア形成をしているわけではないということが一方で出てくるわけです。

たしかに、ある一定の専門性のなかでの幅広い異動がある部分は存在している。しかし、ではそれがルールとしてやられているのかというと、それは結果としてそうなっている部分もあれば、結果としてもそうならないケースも少なくないということが出てくる。両方が出てくるわけです。今田氏によれば、そうした状況は、結局、組織を維持していく論理といいましょうか、昇進をそれなりに図ることによってやる気を持続させて組織を維持していくことから生じています。3層構造のなかで競争しますが、みんなが昇進し、さらには一部が昇進していきますが、昇進にあたってはその人のキャリア形成から必要になったポストにつくのではなくて、空いているポストとか、組織が拡大したことによって出てくるポストとかについていくことになる。

管理職になって異動がより多くなり、なおかつそれは必ずしも従来のキャリア形成と直接結びつかないようなランダムな異動になってしまうことも多い。それは組織と人員の調整メカニズムが機能してきたことに対応した結果であり、そのことがたしかに高いパフォーマンスを組織に与えることになる。しかし、個人のキャリア形成という観点でいくと必ずしも系統性があるわけではない。そのため、それ以上の昇進が難しいと分かり、組織においてそれが明らかにされたときには、すでに課長層・次長層であるので、その後のキャリア形成は非常に困難になってしまうということを指摘しています。

ですから、組織にとってこういう選抜方式のなかで異動が行われ、昇進をしていくということでパフォーマンスが高くなり、組織が維持・拡大されていくという問題と個人にとってキャリア形成がなされ、その個人のキャリア形成が組織のパフォーマンスとして高くなっていくということとは異なる問題であることを明らかにしているわけです。

八幡

でも、それは一面的すぎる。現実には、たとえば開発担当のエンジニアが購買部門に異動するようなケースでは、本人は希望もしていないし、原価管理などは全然興味がなくても、購買部門に移ったことによって、経験のないチャレンジングな課題を無理やり与えられるわけです。それで、能力も開発され、何年か経ってみたら、専門技術も分かるし、購買管理もできる購買のプロフェッショナルな人材に育っていた。本人の希望は開発畑でずっと活躍したいと思っていて、望んでいなかった人事異動であったとしても、そんなケースは多い。定年後の再就職の場面では、そんな優秀な購買屋さんだったら引っ張りだこになる。そのような組織のパフォーマンスを優先した異動であっても本人のキャリア形成にはつながりうる。

だから、「個人がすべて自分で選択していかないとだめなんだ」という前提に立てば、組織効率と個人のキャリア形成のゴールは一致しない可能性が高い。しかし、それを自己申告制度などを駆使して、どう統合してゆくかが人事労務管理の課題でもある。確かに世の中の動きは、個人のニーズを重視する傾向が強まっているが、組織ニーズとキャリア形成ニーズとのマッチングをどう図るかが重要なのだと思います。

橋元

個人が望むキャリア形成を図るべきとのみ言っているわけではありません。組織にとっても従来のそういうやり方では中高年のキャリアの扱いに対応できなくなってきていることを指摘しています。ですから、組織もそれへの対応を早期にすることが必要になっており、選抜なり、キャリアを選べる時期をもっと早くしていこうという動きが当然出てきているわけです。そうした状況に、能動的に対応しようということになると思います。

複線型人事管理は存在するか

福原

多分そこで複線型人事管理が一つの焦点になってくると思うのですが、モデルとしての複線型人事管理というものは存在しうるのですか。業種によってキャリア形成の仕方は違うという問題はありますし、企業がどういう経営戦略を持つかによってもかなり違うという問題があるわけでしょう。確かにそういう変化に対応し、あるいは中高年の過剰という状況をうまく企業としてクリアしていく、しかも個人のニーズに合わせたキャリア形成というものによって、一般論としての複線型人事管理が提起されています。確かに研究者としては、一つのモデルとしてこういうものがあるというのは提起できるにしても、具体的に企業レベルでそれが実施される段階でこれが同じような形で適用されていくというのはありうるのですか。

橋元

専門職制度の内実を築き上げていくということの重要性は、何年前から強調されているのでしょうか。相当長い期間にわたって強調されていますが、本格的にそれに着手して、モデルになりうるような複線型をつくり、しかも従業員がそれを積極的に受け入れていく状況になっているケースは非常に少ない。相変わらず不足するポストへの対応としての専門職制度的運用という傾向が強い。そういうなかで複線型がいいのか、それとも最初はみんな専門職として処遇し、そこから分かれていくというスタイルがいいのではないか、といったことが議論されており、模索をへて、今後、新制度が次々と打ち出されてくるでしょう。

福原

最初は専門職?

橋元

全員が専門職になり、そこからマネージャーとなる人も出てくるという形ですね。場合によれば、また戻ってきて専門職ということもありうる。また、ラインは部長のみにして、従来の課長相当職は専門職のプロジェクト・リーダーとして機能させるという動きもみられます。また、これらが組み合わされているケースもあります。現在、こうした動きも含め、新しい人事システムをつくり出していこうという動きがあります。しかし、その辺の調査はほとんど進んでいないのが実情です。従業員の意識は、やはりより上位のラインの管理職へという志向が6~7割と多数を占めています。若年になればもう少し専門職という志向性が出てきますけれども、従業員の意識はそう大きく変わってはいないように思います。

キャリア形成の問題と絡めて考えれば、専門職制度などばかりでなく、キャリアの選択につながる制度、たとえば自己申告制度などの実態調査もまだ非常に少ないですね。制度の事例が紹介されるレベルにとどまっていて、その実態についてはほとんど明らかになっていないと思います。今後はそれらの調査も進められる必要があるでしょう。

キャリア・ルート設定の問題

八幡

キャリア形成の問題を議論するときに、キャリア・ルートの設定が、鉄鋼・造船など重工長大型の成熟した産業で、余剰人員を抱えている場合と、半導体とか、情報機器関連の産業のように、成長中で空席ポストの多い企業では、かなり質的に異なっていることを認識すべきです。何度も不況を経験したり、構造不況業種に指定されたような業種の企業では、高度成長期に大量採用したが、ここ何年も採用を抑えてきた企業が多いので、半導体・情報機器関連とか、スーパーマーケットやソフトウェア会社などのように、人員を急増させている業界とではキャリア形成も質的にかなり違ってくる。

戦前の東大工学部卒銀時計組の人たちには、欧米企業のファースト・トラックと同じように、就職して最初から工場長といったキャリア・パスもあった。今でも一部の外資系企業では、そのようなキャリア組を育てている。それに対して、高度成長期以降に大卒を大量採用し、事業規模も拡大してきたが、安定成長期に成長が停滞し始めたため、採用抑制を続けて、その結果が大量採用時の人たちのダンゴをつくってしまった企業とでは、ホワイトカラーのキャリア問題といっても質的に違うと思います。

人がいなくて、課長が部長や次長の仕事を兼任しているような企業では、昇進していく人の異動の範囲も広いし、短期間で昇進してゆく。構造不況で成長が止まり管理職ポストに空席がない企業では、その下の優秀な人が管理職適齢期になると、ポストが空かないので当面はスタッフ管理職として処遇するといったことが行われてきました。

さきほど橋元さんが強調されていたように、キャリアの組み方は人事管理との絡みで随分違ってくる。ところが、高度成長期に入社した当時の大卒者と、最近採用された人とでは昇進の天井も違うのだが、特定企業だけに注目して分析していると、その辺がみえてこない。つまり、長期でみていくと今度は経済変動とか、企業の成長の要因が強く作用して、キャリア形成の姿がみえにくくなるといった側面がある。したがって、キャリア・データを時代背景まで捨象して基準化し分析することには、かなり抵抗があります。

文献リスト

  1. 産業労働調査所「団塊世代の部長および課長のキャリア形成と仕事に関する調査─ホワイトカラー1600人のワーキング・スタイル」『賃金実務』674号、1992年。
  2. 電機労連企画調査部「事務・技術労働者の移動とキャリア形成に関するアンケート結果報告」『調査時報』電機労連、258号、1992年。
  3. 佐野陽子ほか『多層化するホワイトカラーのキャリア』高年齢者雇用開発協会、1993年。
    1. 川喜多喬「ホワイトカラーのキャリア管理の現状と課題」佐野ほか前掲書。
    2. 鈴木不二一「社内キャリアと職業生活」佐野ほか前掲書。
  4. 日本労働研究機構『大企業ホワイトカラーの異動と昇進』(調査研究報告書No.37)1993年。
  5. 日本労働研究機構『大卒社員の初期キャリア管理に関する調査研究報告書』(調査研究報告書No.44)1993年。
  6. 小池和男『アメリカのホワイトカラー─日米どちらがより「実力主義」か』東洋経済新報社、1993年。
    1. 中村恵「ホワイトカラーの労務管理と職種概念」橘木俊詔編『査定・昇進・賃金決定』有斐閣、1992年。
    2. 「ホワイトカラーのキャリア形成と生産性」『関西経協』47巻9号、1993年。
  7. 日本労働研究機構『組織内キャリアの分析』(調査研究報告書No.58)、1994年。
    1. 労働問題リサーチセンターホワイトカラー労働条件問題研究会『ホワイトカラーの労働条件をめぐる諸問題』1993年。
    2. 笹島芳雄「ホワイトカラー労働研究会報告にみるホワイトカラー労働問題の焦点─賃金制度、労働時間、生産性問題を中心に」『労働法学研究会報』44巻35号、1993年。
  8. 高田一夫「ホワイトカラーの人事管理の変貌」『大原社会問題研究所雑誌』422号、1994年。
  9. 居樹伸雄「新処遇システムの特色と課題─年俸制と実力処遇の試み」『労働と経済』940号、1991年。
    1. 永野仁「企業リストラ時代のグループ経営の進展と人事戦略─出向・転籍の傾向と課題を中心に」『労働法学研究会報』44巻8号、1993年。
    2. 「現下の企業グループ内人材移動」明治大学『政経論叢』61巻5・6号、1993年。
  10. 原田行男「グループ経営と出向制度に関する現状と課題─実態調査からの知見」『Business Research』818号、1992年。
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