資料シリーズNo.308
欧米諸国における賃金制度とその運用―文献等調査結果―

2026年9月30日

概要

研究の目的

諸外国の賃金制度と賃金決定について明らかにされていることを整理し、今後の研究課題を明確にする。

研究の方法

文献調査

主な事実発見

1.各国の概要

①ドイツ

ドイツでは、最低賃金法、産業別労働協約、協約外部門における労使協議制が重層的に賃金を規律し、安定的な報酬支給を支えている。企業を超えた報酬情報についても、ドイツに特化したサラリーサーベイを通じて共有されている。1970年代以降は仕事基準の職務評価と役職グレードが普及し、1990年代後半からはグローバル標準の社員格付けや成果主義が浸透した。ただし、世界金融危機やコロナ禍を経て、その一辺倒からの修正もみられ、労使協議を通じた報酬水準の維持や支給ルールの調整が行われている。

②フランス

フランスでは、国、産業・業界、企業・事業所という複数のレベルが相互に影響しながら賃金を決定している。国レベルでは比較的高水準の最低賃金(SMIC)が重要な役割を果たし、低い組合組織率にもかかわらず、拡張適用制度によって産業別労使協約がほぼすべての民間労働者をカバーする。一方、協約が企業の賃金決定に及ぼす影響は産業によって異なる。近年では、カードルの再定義や、金属・鉄鋼産業における職務評価を基礎とした新たな職種・賃金制度の導入など、従来の賃金秩序を見直す動きが進んでいる。

③スウェーデン

スウェーデンでは、高い労働組合組織率と労働協約適用率を背景に、産業別交渉と企業レベルの賃金決定を組み合わせた仕組みが形成されている。産業別協約は職種・職務別の賃率を直接定めるのではなく、最低賃金や賃金決定の一般的ルールなどを規定する。近年は賃上げ率を定めない「数値なし協約」も拡大し、企業レベルへの分権化が進んでいる。企業では評価に基づく賃金決定がブルーカラー、ホワイトカラー双方に広がっているが、その運用には労働組合も関与しており、分権化と集団的労使関係が併存している。

④イギリス

イギリスでは、企業が職務分析と市場賃金情報を組み合わせて賃金を決定している。上級役職者や高度専門職では個人別の賃金決定もみられ、昇給には成果、ポテンシャル、コンピテンシー、スキルなどが考慮される。他方、賃金情報の不透明性や男女間賃金格差が政策課題となっており、最低賃金・生活賃金や情報開示を通じた規制が強化されている。組合組織率は低下しているものの、近年は法制度の改革を背景に労働組合の役割を再強化する動きもみられる。

⑤アメリカ

アメリカの報酬決定は、外部労働市場の市場賃金を重視する市場志向性を特徴とする。近年は職務評価による職務価値よりも市場価格を重視する傾向が強まり、給与レンジを市場水準と連動させ、昇給マトリクスやエクイティ調整によって市場との乖離を補正する仕組みが形成されている。一方、役割、職群、職務レベルなどの枠組みを用いて、市場価格を企業内部の人事・報酬制度へと翻訳している。近年のスキルベース化や給与透明化も、市場志向的な報酬システムを再編する新たな動きとして位置づけられる。

2.事実発見と今後の検討解題

①各章の内容から、欧米では「職務給」と単純化することは難しいことが示唆される。アメリカのホワイトカラーセクターで見られた制度設計における役割(Role)基準を導入する試みは、その最たる例であろう。イギリスにおいてもポテンシャルやスキルが賃金決定において考慮されている。また、ドイツの管理職層では、年功が賃金決定における重要な基準となっている。さらに、スウェーデンではブルーカラーにおいても能力給の導入が進んでいる。

②賃金制度の設計において各国間で共通する動きがあることも示唆された。ドイツやスウェーデンの章で見られたように、職務評価の方法として外部のグローバルコンサルティング会社の活用が挙げられていた。かつては国ごとに独自の評価基準で評価されていたものが、グローバル標準の基準を採用する動きが強まっている可能性がある。また、マーケットデータの活用についても、職種によって異なることがアメリカの章などからは示唆される。

③ドイツ、フランス、スウェーデンなど調整型市場経済に位置づけられるヨーロッパ諸国では、職種間で賃金決定において相違が確認された。ホワイトカラーの中でも管理職、大卒専門職、それ以外のホワイトカラーで異なっている可能性が高いことが各章の発見から示唆される。

③イギリスの章では、賃金決定に対して団体交渉が影響していることが指摘されていた。また、ドイツやスウェーデンの章では、賃金制度の設計や運用において労働組合などの労働者の集団的発言機構が関与している例も見られた。

④今後の検討課題として、次の4点が挙げられる。第1に、欧米諸国の賃金制度の実態とその変化の方向性を明らかにすることである。各国では、職務に加えて、役割、能力・スキル、成果、勤続など複数の要素が賃金決定に用いられており、グローバルコンサルティング会社による職務評価やマーケットデータの活用も広がっている。こうした制度や情報が、等級制度、給与レンジ、個人別賃金の決定にどのように反映されているのかを把握する必要がある。第2に、同一国内における職種・従業員層間の相違を明らかにすることである。ブルーカラーとホワイトカラーに加え、管理職、大卒専門職などによって、適用される賃金制度や市場賃金情報の利用方法が異なる可能性がある。第3に、賃金制度の設計・運用における集団的発言機構の役割とその影響を明らかにすることである。労働組合や従業員代表が制度設計、評価、個人別昇給などにどのように関与し、それが賃金決定や企業の人事管理にいかなる影響を及ぼしているのかについて、実査を通じて検討する必要がある。第4に、政策の影響である。最低賃金以外にも労働者個人の賃金水準に影響を与えることが予想される法政策は存在する。労働政策は欧米諸国の賃金決定にいかなる影響を与えているのか。また、当事者はそのような政策をどのように感じているのか。政策が現場に与える影響について、情報を収集する必要がある。

政策的インプリケーション

国ごとの相違に加えて、労使関係の特徴などの影響によって、同一国内においても、職種等に応じて賃金制度や賃金決定の実態は多様である。

政策への貢献

職務給やジョブ型人事管理に係る企画立案・指導等に活用予定

本文

研究の区分

プロジェクト研究「多様な働き方と処遇に関する研究」
サブテーマ「労働時間・賃金等人事管理に関する研究」

研究期間

令和7年度

執筆担当者

池添 弘邦
労働政策研究・研修機構 統括研究員
石塚 史樹
明治大学経営学部 教授
野原 博淳
フランス国立労働経済・社会学研究所 研究員
西村 純
中央大学商学部 准教授
中村 天江
連合総合生活開発研究所 主幹研究員
樋口 純平
同志社大学社会学部 准教授

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