労働政策研究報告書No.219
諸外国における雇用型テレワークに関する法制度等の調査研究
概要
研究の目的
コロナ禍における諸外国の雇用型テレワークに関する法制度及び実態的動向について調査研究を実施し、今後の日本において雇用型テレワークの政策的・法制度的検討を行う上で参考となりうる基礎的情報を収集し、整理・検討すること。
研究の方法
ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、EU/ILOを対象とした、文献等による情報の収集・整理・検討。
主な事実発見
第一章「ドイツ」:
ドイツにおいては、新型コロナウイルス感染症拡大以前から、テレワークの開始・終了、ホームオフィスの設置、賃金、労働時間、労働安全衛生、労災補償、データ保護、集団的労使関係といった、テレワークに関して生じる労務管理上の問題について幅広く、既存の労働関係法令の解釈又は立法政策上の問題として議論されてきた。そこでの特徴は、特にテレワークが労働者の自宅(ホームオフィス)において行われる場合には、ドイツにおいては基本法上、労働者には「住居の不可侵」が保障される一方、それによって、使用者は事業所での就労におけるのと同様のコントロールを労働者のホームオフィスに対して及ぼすことが困難であることから、かかる労・使の利益状況を考慮した解釈論や立法政策が展開されてきた点にある。従って、例えば、使用者は原則として労働者に対してホームオフィスでの就労を命じることはできないと解されつつ、労働安全衛生にかかる法規制については、労働者のホームオフィスに対する適用は、その一部のみに限定されている。
もっとも、このような状況は、コロナ禍においては一部変化しており、現在では感染症予防法の規定によって、労働者がその職務を在宅で行うことができる場合には、使用者はテレワークでの就労を申し出なければならないが、労働者も正当な理由がない限り、かかる申し出を受け入れるべきことが義務付けられ、この限りで労働者の「住居の不可侵」は従来よりも制約されている。また、ドイツでは、コロナ禍以前から、雇用社会のデジタル化等を背景に、(在宅でのテレワークを含む)モバイルワークをめぐる立法政策論が活発に展開されており、これまでに政府レベルでは、①モバイルワークの実施に関して使用者と協議を行いうる権利を労働者に付与すべきこと、②モバイルワークで就労する労働者の全労働時間の記録義務を使用者に課すべきこと、③在宅テレワークで就労する労働者に関して、労災保険制度による保護の範囲を拡張すべきこと、④モバイルワーク時における労働条件等について、事業所委員会へ共同決定権を付与すべきことが、それぞれ提案されてきた。そしてこのうち、③及び④については、2021年6月の事業所委員会現代化法によって、立法政策として既に現実のものとなっている。
第ニ章「フランス」:
テレワークの実施やテレワーク中の権利義務関係をめぐるフランスの法規範は、労働法典の規定及びテレワークに関する2つの全国職際協定によって形成されている。また、使用者がテレワークを実施するに当たっては、労働組合との間で企業協定を締結し、労働法典及び全国職際協定の規律を更に具体化するルールを設けることが推奨されており、新型コロナ禍において、テレワークに関する企業協定を締結する例が増加している。
フランスでは、テレワークは労働者及び使用者の双方にとって任意のものでなければならないとされており、感染症の蔓延等の特別な場合を除き、使用者には労働者に対しテレワークによる就労を一方的に命じる権限はない。労働者にもテレワークによる就労を使用者に請求する権利はないが、一定の要件をみたす労働者からのテレワークの申請を使用者が拒否する場合には、その理由を説明することが義務付けられている。また、使用者が憲章又は集団協定に基づいてテレワークを実施する場合には、テレワークへの移行条件やテレワークからの復帰条件、使用者が労働者に通常接触できる時間帯等の所定の事項を必ず記載しなければならない。現行法上は、使用者が憲章又は集団協定を策定せずにテレワークを個別に実施することも許容されているが、2020年の全国職際協定は、労働組合との間で集団協定を締結し、一般的な枠組みをあらかじめ定めた上でテレワークを実施することを強く推奨している。
テレワーク中の労働者には、事業所内で労務を遂行する労働者と同一の権利が保障されている。費用負担、労働時間、安全衛生・労災保険、監視・モニタリング及び集団的労使関係に関する一般的な規制はテレワークの場面でも適用されるが、それぞれの具体的な適用に当たって考慮されるべき事項等をめぐっては、全国職際協定が一定の指針を示している。また、テレワークを実施する使用者はテレワーカーとの関係において、テレワークのないポストへの配置・再配置の優先権を認め、かかるポストの空き状況について情報提供する義務や、労働者の就業の条件や負荷を議題とする面談を実施する義務等の特別な義務を負っている。
第三章「イギリス」:
イギリスでは、新型コロナウイルスの流行前から、専門性の高い産業や高い情報通信技術を有しているものと推定される産業において、テレワークが比較的高い割合で実施されていた。新型コロナウイルスの流行下においては、より高い資格や経験を必要とする職業であるほどテレワークの実施割合が高くなっていた。他方、対面でなければ仕事の大半が成り立たないような産業や職種においては、新型コロナウイルスの流行前であっても流行下であっても、テレワークの実施割合は低いものとなっている。結局、産業の特性や職業の性質により、テレワークの可否が左右される傾向にある。
イギリスには、フレキシブルな働き方を要請する権利が存在し、テレワークを希望する被用者は同権利の行使により雇用条件変更(通常勤務からテレワーク勤務への変更)が可能である。使用者側において当該要請を拒否する場合に一定の事由(①追加費用の負担、②顧客の需要に対応する能力への悪影響、③現在の従業員の間で業務を再編成できないこと、④従業員の追加採用ができないこと、⑤品質への悪影響、⑥業績への悪影響、⑦被用者が働こうとする期間における仕事が少ないこと、⑧組織の改変を計画していること、⑨その他所管大臣が規則で定める理由のいずれか)に該当している必要があるという点は、イギリス法における特徴の一つである。
第四章「アメリカ」:
アメリカでは、COVID-19の拡大前からテレワークが活用されてきたが、COVID-19の拡大によって、テレワークは更に活用されていた。しかし、テレワークを規制する法制度は見られず、したがって実務上は、既存法令の枠内で対処されている。他方、公務部門(連邦政府職員)では、過去20年超にわたり法令に基づきテレワークが推進されてきた。
公正労働基準法は労働の許容を雇用に含むとしているため、使用者はテレワーカーの実労働時間を把握することを要する。職業安全衛生法上の「雇用の場所」には自宅も含まれうるため、使用者は自宅での就労環境についても危険がないようにするのがリスク回避としてベターとされる。労災補償法(州制定法)は、災害が雇用から生じ、かつ、雇用の過程において生じた場合は補償の対象としているため、テレワーカーの自宅における行動の公私の区別が問題となる。差別禁止事由に該当する属性の者に対し他の属性の者と異なってテレワークを命じないこと(あるいは命じること)は差別に該当しうる。障害者差別ではテレワークの合理的配慮該当性が問題とされる。なお、正規・非正規差別規制はない。連邦政府職員のテレワークは、Telework Enhancement Act of 2010により推進されている。Office of Personnel Management がGuide to Telework in the Federal Government(2011.4)を作成し管理運営している。
第五章「EU/ILO」:
ILOによればテレワークは3段階で進化してきている。第1世代はホームオフィス、第2世代はモバイルオフィス、第3世代はバーチャルオフィスであり、これは「いつでもどこでも働く」段階である。
コロナ禍でEUでもテレワークが急速に拡大したが、学歴、職種等による階層格差が大きい。
EUではテレワークを対象とする拘束力ある法令はないが、2002年にEUレベル労使団体間で締結されたテレワーク協約があり、テレワークの自発性、雇用条件、データ保護、プライバシー等々について規定している。本協約のEU法上の法的性格については問題がある。本協約は加盟国レベルでは、国内労働協約への一般的拘束力の付与、一般的拘束力のない国内協約、協約未満の労使文書、国レベルの立法等、さまざまな形で実施されている。なお2020年にはEUレベル労使団体によりデジタル化自律協約が締結された。
テレワークに関連を有するEU法令としては、安全衛生指令、労働時間指令、ワークライフバランス指令、透明で予見可能な労働条件指令がある。このうち労働時間指令に関しては、近年EU司法裁判所によって、一定の自宅待機時間も労働時間に該当するという2018年のMatzak判決、使用者は労働者ごとに毎日実労働時間を記録しなければならないという2019年のCCOO判決等、テレワークに影響の大きい判決が下されている。
最近の動向としては、欧州議会の2021年決議が、「つながらない権利」をEU指令として制定することを求めており、欧州労連も同様の立場に立っている。現在「つながらない権利」を規定する加盟国は、フランス、イタリア、ベルギー、スペインはじめ数カ国に上る。
政策的インプリケーション
上記各国の動向にかかる情報は、今後も継続すると思われる感染症対策下での働き方に関する政策的実務的検討に資すると思われる。
政策への貢献
厚労省検討会への情報提供等。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「働き方改革の中の労働者と企業の行動戦略に関する研究」
サブテーマ「労働時間・賃金等の人事管理に関する調査研究」
研究期間
令和2~3年度
執筆担当者
- 池添 弘邦
- 労働政策研究・研修機構 副統括研究員
- 山本 陽大
- 労働政策研究・研修機構 副主任研究員
- 河野 奈月
- 明治学院大学法学部 准教授
- 滝原 啓允
- 労働政策研究・研修機構 研究員
- 濱口 桂一郎
- 労働政策研究・研修機構 研究所長