労働政策研究報告書 No.196
日本企業における人材育成・能力開発・キャリア管理

平成29年3月31日

概要

研究の目的

低成長経済、少子高齢化といった社会環境の変化に伴い企業組織の拡大が難しくなること、より高齢期になるまでの雇用継続や女性のキャリア形成機会の拡大に対する社会的な要請、経営活動の国際化を一層進展させる必要といった要因から、数多くの日本企業において従業員のキャリア形成・能力開発のあり方に関し、様々な取組みが模索されていると考えられる。こうした現状を念頭に置きつつ、本調査研究では、従業員の能力開発・キャリア管理に関して、企業がどのような取り組みを進め、その取り組みが企業経営のありかたや人事労務管理全体の方向性とどのような関連をもつのかについて、実態把握と分析を進めた。また企業での取り組みを踏まえた職場の実態と、その職場を管理する管理職の活動を捉えることで、労働者(従業員)の能力開発・キャリア形成を取り巻く環境について考察した。

研究の方法

従業員300人以上の企業・法人と、これら企業・法人に勤務する管理職・正社員に対するアンケート調査を実施し(平成28年1~3月)、その結果を分析。

主な事実発見

  1. 複線型キャリア管理の取り組みは、海外マーケットを重視しているという企業においては「現在注力」の比率が、国内マーケットを重視しているという企業に比べて約3倍高くなっている。海外マーケットを重視し、海外で事業を展開している企業では、進出先現地における事業管理や、国際的に展開された事業全体の管理の必要性から、管理職に求められる資質やスキルが高度化しているため、管理職や管理職候補については他の社員とは別に能力開発やキャリア形成を管理する動きが起こっているのではないかと推測できる。

    一方、社員の自律的キャリア形成促進については、高付加価値化による競争力強化を図る企業、事業のスピーディな展開を図る企業で、トップダウンの意思決定を重視する企業で、取り組みの傾向がより強い(図表1)。高付加価値化による競争力強化を目指す企業は、高付加価値化の源泉として人材を重視しており、自律的なキャリア形成の促進により、社員が主体的に能力開発を進め、能力を高めていくことを意図していると考えられる。また、事業展開にあたってスピードを重視している企業は、社員の自律的なキャリア形成を促すことにより、会社が必要とする人材を確保するスピードを、事業展開のスピードに沿うように上げていこうとする姿勢がうかがえる。

    図表1 経営方針と社員の自律的キャリア形成促進の取り組み

     図表1画像

  2. 能力開発に関する人事部門とライン管理職の連携についての人事部門による評価は二分している。そして、「連携できていない」と評価する企業ほど、管理職に対する能力開発に関する知識・ノウハウの提供、能力開発に対する関心の醸成や動機付け、全社的なニーズと連動した能力開発の推進を図ることを課題として認識している。一方、「連携できている」企業では、「会社としての育成・能力開発方針の作成・周知」「求める人材像に関する意識のすり合わせ」「セミナー・研修に関する情報の提供」「部下育成に関する管理職研修」といった取り組みを実施している割合が高い。

    能力開発に関する人事部門との連携については、管理職の評価も分かれている。「連携できている」とする管理職は、人事部門が能力開発の支援に関わる幅広い取り組みを実施していると認識し、部下の能力開発の現状を高く評価する傾向にある。

  3. 管理職調査によると、部下への育成・能力開発に対する支援ができているとする上司の割合は32.9%であり、多くの上司は、部下への能力開発支援をできているとはいえないと認識している。支援ができていないと感じる上司は、とくに「次に目指すべき仕事や役割を示している」、「身につけるべき知識や能力について説明している」といった行動をとる比率が、支援できている上司に比べて低く、育成を行う時間的余裕のなさと、育成のための知識・ノウハウの不足といった課題をより強く感じる傾向にある。

    部下である従業員のうち、上司による育成・能力開発に対する支援に満足しているという回答者は約半数である。満足している従業員とそうでない従業員とでは、上司から受けた能力開発支援の内容についての認識の差が大きく、たとえば「仕事のやり方について助言してくれる」では、満足しているとはいえない部下の回答率が35.8%、「仕事に必要な知識を提供してくれる」の回答率は23.6%となっており、いずれも満足している部下の回答率より、約35ポイントも低い(図表2)。

    図表2 上司の指導や支援についての満足度別:部下が上司から受けた能力開発支援の内容
    (複数回答、単位:%)

     図表2画像

  4. 企業のホワイトカラー職種を、仕事の内容に基づき「事務系の職種」、「営業・販売系の職種」、「企画・開発系の職種」に分類すると、「事務系の職種」では、仕事に関連する専門的知識を得るなどのOff-JTが有用な能力開発機会となっている。また、上司からの指導・助言なども能力向上に有用と考えられる。また、「営業・販売系の職種」では、Off-JTのほか、「応援などで担当外の仕事を経験する」などの仕事の経験が、有用な能力開発機会となっている。その意味で、労働時間が長いほど能力開発が阻害されるという関係性はみられない。

    「企画・開発系の職種」では、会社が指示するOff-JTを受講するだけでは能力開発として十分でない。それは、専門的知識や新しいアイディアが求められる、仕事内容の変化が激しいといった、この職種の性格が背景にあろう。能力向上のためには、本やマニュアルから学習する、社外の友人から情報を得るなど、就業時間外に自ら積極的に活動することが求められる。その点、上司から勤務時間面の配慮がある場合、能力開発が円滑に進みやすい。

政策的インプリケーション

本調査研究の分析結果からは、以下のような政策的インプリケーションが得られると考えられる。

  1. 職場の管理職の育成・能力開発面での役割強化や、管理職と企業(人事部門)との連携強化に向けた政策的支援策を構想していくことが必要であろう。具体的には、育成・能力開発に関わる管理職向けの教育研修プログラムに対する金銭的・人的支援や、職場での育成・能力開発に関わる情報収集や評価のために企業が行う体制整備に対する支援(ノウハウの提供や、試行的プログラム実施のための金銭的支援など)などが考えられる。
  2. 管理職自身が部下の育成・能力開発により時間を割きたいと考えているにも関わらず、それができていない現状から、管理職を有効にサポートできる「キャリア・コンサルタント」のより一層の活用が求められ、それに向けては、①企業内キャリア・コンサルタントの増加に向けた、養成プログラムの開発・実施、②企業内キャリア・コンサルタントと管理職との連携に関する好事例の収集・分析とその普及、といった政策的支援が考えられる。
  3. 今後より重要性が増すとみられる、働く人々が各自の専門性を高めていくような能力開発の推進にあたっては、働く人々が自らの能力開発に自主的に取り組むことができる環境の整備が必要であることから、この環境整備に企業がより取り組みやすくなるように、また職場において整備された制度などがより活発に運用されるように、能力開発のための様々な労働時間上の措置(残業免除、能力開発休暇など)の必要性を訴えたり、強制力を高めたりすることが求められよう。

政策への貢献

日本企業における人材育成・能力開発の現状について情報を提供するとともに、能力開発支援政策を企画・実施する段階で留意すべき点について提言し、政策の定着や効果的な運営に貢献する。

本文

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研究の区分

プロジェクト研究「経済・社会の変化に応じた職業能力開発システムのあり方についての調査研究」
サブテーマ「企業における能力開発・キャリア形成の在り方に関する調査研究」

研究期間

平成24年4月~平成29年3月

研究担当者

藤本 真
労働政策研究・研修機構 人材育成研究部門 主任研究員
佐野 嘉秀
法政大学経営学部教授
山口 塁
労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員
法政大学大学院社会学研究科博士後期課程
高見 具広
労働政策研究・研修機構 経済社会と労働部門 研究員

データ・アーカイブ

本調査のデータが収録されています(アーカイブNo.113)。

関連の研究成果

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