労働政策研究報告書 No.195
中小企業における採用と定着

平成29年3月31日

概要

研究の目的

経済のグローバル化と競争激化が絶え間なく続く中で、今後のわが国経済を考える際、安定的な雇用をいかに維持・増加させるのかは最重要課題の一つである。従業員数の大半を雇用する中小企業が活性化するか否かはきわめて重要である。その効果的な支援を検討するために、人事管理を中心に中小企業の経営の現状を調査する。「中小企業における人事管理」の領域はきわめて広いが、本研究では、今後の労働市場の流動化も鑑み、中途採用を念頭におきながら、人材確保・採用管理を中心に実態を探る。

研究の方法

アンケート調査結果の分析

主な事実発見

  1. 調査対象期間(2011~13年)内の採用と退職の動きを人数からみると、図表1にみるように、新規採用者では4.92人を採用し、その中で2.25人が退職している。中途採用者では同様に12.92人が採用され、その中で11.01人が退職している。

    図表1 採用者・退職者数の平均人数(人)

    図表1画像

    中途採用比率が高いのは、より創業から短い企業、小規模である企業、業種別には「医療・福祉」を筆頭に、「金融業・保険業」、「運輸業・郵便業」などで高い傾向にある。「医療・福祉」や「運輸業・郵便業」では、退職率も高いという結果となっている。

  2. 採用と育成の方針に関しては、「育成コストがかかるため、即戦力人材を中途で採用する」という考え方や「即戦力採用で採用後の能力開発は個人責任」とのイメージが流布しているが、サンプル全体の約4分の1程度が中途採用者のポテンシャルを重視して採用していること、さらに5割強の企業が、採用後の能力開発責任は企業側にあると考えていることが明らかとなった(図表2参照)。

    図表2 中途採用方針・育成責任(%)

    図表2画像

     人事労務管理全体の方針をみると、「新卒採用に注力し、社員の能力開発の責任は企業側にある」とする企業(全体の約3割)は、「中途採用に注力し、社員の能力開発責任は個人の側にある」(同2割強)よりも、能力開発や福利厚生への取り組みなどでより積極的である。また従業員も、自分の勤務先が「新卒採用に注力し、社員の能力開発投資も長期的視野で行っている」と捉えるほうが会社との関係認識は良好であり積極的である。

  3. 管理職への中途採用に関しては、採用実績をみると、管理職層への中途採用を実施している企業は多くはなく、業種では建設業、情報通信業で、比較的新しい企業が多く、規模拡大を目指す、相対的に高い賃金水準を提供している企業である。

    管理職確保の方針として「内部育成:生え抜き登用」(約7割)が「外部から登用」(約3割弱)に比べて多数派であり、比較的小規模企業でもその比率が高い(図表3参照)。

    図表3 管理職確保方針:生え抜きか外部登用か

    図表3画像

    「内部育成」タイプでも、管理職の中途採用を実施している。そして、いわゆる「日本的雇用慣行」を重視する傾向がみられる。採用した人材には「判断力、リーダーシップ、特定の業務におけるスキル」を求め、公的機関より「友人・知人の紹介」などの採用ルートを重視する傾向がみられる。高い給与や役職など相対的に高い処遇を採用の条件とすることが比較的多い。課題は「求める能力の人材が確保できない」ことである。

  4. 転職者が円滑になじむための工夫に関しては、中途採用者が入社直後に「つまずいたこと・困ったこと」の有無で違いをみるとまず、図表4に見るように、転職先への長期勤続意思が異なっていた。

    何らかの困難が「あった」場合には転職先組織である自社に適応できるまでの期間が長くなることが考えられるため、企業側はそうしたことがないようにするためにマネジメント施策を施す必要がある。具体的な項目では、極端に大きな差ではないが、「受け入れに関するサポートを行うこと」や「中途採用者が職場見学する機会を設けること」、「入社後しばらくは人員に余裕がある職場に配属すること」などの施策が初期定着・適応をスムースにするためには重要である可能性が示唆される。

    図表4 つまずきの有無別・長期勤続意思

    図表4画像

    また、困難が「ない」場合、中途採用者が自身のスキル・知識の重要性を感じることが促進される可能性も示唆されること、採用者が自らを重要と思える職場の雰囲気を感じることで困難が低減される効果も期待できることなどから、こうした点に注力する必要があろう。

  5. 転職者の転職類型と転職後の能力開発に関しては、調査対象者を前職との仕事の異同と、業種の異同に関する回答から転職類型を設定し検討した。具体的には、「同業種・同様の仕事」から転職:一致型(対象の26.5%。以下同様)、「異業種・同様の仕事」から転職:仕事継続型(24.5%)、「同業種・異なる仕事」から転職:業種継続型(2.3%)、「異業種・異なる仕事」から転職:乖離型(36.6%)である(図表5参照)。

    図表5 転職類型

    図表5画像

    転職理由として「一致型」では、「今までの経験が活かせる」や「自分の能力を発揮できる」が多く、「乖離型」では、労働条件を理由に挙げる場合が多かった。異業種からの転職ではハローワーク・ルートが多い一方で、同業種間の移動では「同じ業界で働いていた人の紹介」が多い。

    異業種からの転職では「インターネットなどで情報を収集」が高い一方で、「仕事継続型」では、「転職に関する民間サービスの利用」率が高い。異業種からの転職のほうが難易度が高い。

    能力発揮では、以前の勤務先で身につけた能力が今活かすことができているかは、同様の仕事に就いている場合において、肯定的回答比率が高い(図表6参照)。

    図表6 1つ前の勤務先で身につけたスキルの今の企業での活用度

    図表6画像

  6. 転職者のうち、特定の層、すなわち、現在管理的業務を担当しており、かつ、今の勤務先に勤務して3年以内の者(「即戦力管理業務担当者」)の特徴を検討すると、彼らは現在管理的業務を担当している者の中で約4割弱を占めていた。それ以外の中途採用者と際だった差異は多くはないものの、業種をみると、製造業、卸売・小売業、建設業などで多く見られること、特に飲食・サービス業で差異が見られた。勤務先選択では、自らのスキルを活かすことができ、経営者の理念に共鳴するという意味で働きやすい職場を選んでいる。自身のキャリアを成り行きに任せると考えている者は少ない。中途採用者の中では、明確なキャリア意識を持ち、自身の職業生活を送っていて、より、働きがいを重視する層である。

政策的インプリケーション

  • 企業に対しては、初期定着の段階で転職者が「つまずかない」体制を整えることをサポートするため、基本的なマネジメント施策が有用であることをあらためて周知することで、採用におけるミスマッチを低減させる工夫を検討することが重要である。
  • 転職者に対しては、転職パターンとその後の状況・傾向性に関する情報提供が重要である。転職後の能力発揮を考えれば、転職前後で同様の仕事を継続していることが重要である。「異なる」仕事に就くなら、企業側の転職者の能力発揮に対する姿勢が重要となる。

    比率として多くはないが、管理職として中途採用されることは、転職を通じて処遇の向上を図る機会を増やすことにつながる可能性があることも有益な情報となろう。

  • 転職後に十分な能力発揮ができるには、転職前後で同様の仕事という継続性が重要である。そうした継続性が保たれるようなマッチング体制の構築と拡大が重要な課題であり、それに関わる官民の新たな連携のあり方や、求人企業・求職者に関する情報の管理と活用のあり方などについての検討が重要である。

政策への貢献

今後の労働市場の流動化を鑑み、厳しい競争環境の下、業績の向上と共に働きがいある職場を築こうとする中小企業を、雇用・労働、人事管理の側面から支援する方策について検討するための基礎資料を提供する。

本文

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研究の区分

研究期間

平成27年4月~平成28年3月

執筆担当者(所属は2017年3月1日現在)

佐藤 厚
法政大学キャリアデザイン学部教授
佐野 嘉秀
法政大学経営学部教授
田中 秀樹
青森公立大学専任講師
中村 良二
労働政策研究・研修機構主任研究員
西村 純
労働政策研究・研修機構研究員
藤本 真
労働政策研究・研修機構主任研究員

関連の研究成果

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