労働政策研究報告書 No.189
子育て世帯のディストレス

平成29年12月28日

お詫びと訂正

本報告書につきましては、当初(平成29年3月27日/序章・第1~7章)掲載した第2章について、分析に不十分な内容があったため、当該章を削除の上、第3章以降を繰り上げて再掲載(序章・第1~6章)しております。

平成29年6月9日以前にダウンロードされた方は下記の最新版を再度ダウンロードして下さい。ご迷惑をおかけしますことをお詫び申し上げます。

概要

研究の目的

深刻な少子化の進展に伴い、子育て問題に対する国民の関心も高まっている。出産費用のほぼ全額助成、乳幼児医療費の無料化、育児休業制度の充実等、子育て世帯に対する社会的支援も着実に強まる方向に進んでいる。しかしながら、今どきの子育てが昔に比べて「楽になった」、「ゆとりが持てるようになった」といったポジティブな評価は、母親からほとんど上がってこない。むしろ、過去にも増して、子どもの貧困、児童虐待、児童の孤食、女性の就業と家事育児の二重苦など、子育てを巡る社会問題が頻繁に取り上げられるようになった。

JILPTでは、プロジェクト研究「子育て中の女性の就業に関する調査研究」の一環として、2011年から2015年までの5年間に日本全国の子育て世帯に対する一連のアンケート調査を行った。本資料シリーズは、その再分析の結果を中心に、母親の就業パターンが、母親自身および子どものウェルビーイングにどのような影響を及ぼしているのか等について、総合的に分析したものである。本報告書は、そのアンケート調査の結果に基づき、日本の子育て世帯が直面するさまざまなディストレスの現状を明らかにする。とくに、子育て世帯が直面する所得の減少によるディストレス、母親の就業継続を巡るディストレス、子育てのディストレスについて、その現状と課題を示し、子育て世帯への支援策を考えることとしている。

本報告書は、大きく3つのパートに分けられる。パート1(第1章)は、子育て世帯の経済的貧困ディストレスについての研究成果である。パート2(第2~4章)は、母親の就業ディストレスにフォーカスした議論である。パート3(第5~6章)は、子育てを巡るディストレスについての分析である。

研究の方法

以下のアンケート調査の個票データに対する二次分析。

主な事実発見

経済的ディストレスに注目した阿部論文(第1章)は、経済的貧困は離婚を誘発し、離婚はさらなる貧困を呼ぶという負のスパイラルの存在に注目した研究である。貧困と離婚の相関関係が、1時点データの分析のみで確認されているものの、経済的豊かさの喪失は、子育て世帯の家庭崩壊につながりかねないと、警鐘を鳴らしている。

子育て期の女性就業が一般化する中、内藤論文(第2章)、Raymo論文(第3章)と坂口論文(第4章)は、女性就業を巡るディストレスを分析している。そのうち、内藤論文(第2章)は、妊娠出産前後も働き続ける女性は、自分の母親(子どもの祖母)も子育て期に働いている確率が高いことを示している。Raymo論文(第3章)では、(子どもの)祖父母との「同居」のみならず、祖父母との「近居」も女性就業を押し上げていることが示されている。坂口論文(第4章)では、学歴の高い女性や専門資格を保有している女性は、出産前後の就業パスが傾向として「労働力群」に分類されやすいことが示唆されている。

3論文(2~4章)はともに、女性が妊娠出産前後に働き続けることの困難さに着目して、その解決の糸口を探った分析である。結論をシンプルにまとめると、女性が働き続けるためには、保育所や子育て支援制度の充実だけでは足りない。祖母の世代から受け継がれている従来型の就業慣習や、祖父母による家事、子育て援助の有無、女性自身の人的資本量(学歴や資格等)も、女性の就業継続にとって重要なファクターである。

女性就業の増加と子育て世帯の所得環境が厳しさを増している中、子どもの身に起きているさまざまな問題とその要因を分析しているのは、大石論文(第5章)と周論文(第6章)である。そのうち、大石論文(第5章)は、母親の夜間就業が子どもの学業成績に与える影響ついて注目し、横断面データの分析では負の影響が確認されているものの(図表1)、3時点のパネルデータ推計ではその影響は顕著ではないことが分かった。周論文(第6章)は、近年相談件数が急増している児童虐待問題を取り上げ、母親のうつ傾向など病理的要因のほか、貧困などの経済環境も大きく関わっていることを示した(図表2)。

図表1 1期ラグを考慮したロジット・モデルによる推定結果

図表1画像

注:(1)数値は限界効果。推定の際は抽出率によるウエイト付けをしている。*p < 0.1, ** p<0.05, *** p<0.01
(2)上記の変数のほかに母の年齢、母の学歴、祖父の学歴、世帯所得(四分位)、貯蓄状況、はく奪経験、母の不幸なライフ・イベント数、子ども自身の過去の不登校体験を説明変数に含めている。

図表2 いずれかの「児童虐待」(CM1,CM2またはCM3)経験の推定結果(Probitモデル)

図表2画像

注:(1)復元倍率(母集団数/有効回答数)で重み付けした推定値である。
(2)*P値<0.1、**P値<0.05、***P値< 0.01

両論文(第5~6章)は、いずれも「不確実性の時代」下での子育てディストレスに注目した研究である。「24/7経済」(1日24時間、週7日の生産活動)が拡大する中で、母親の非典型時間帯労働が子どもの教育成果に負の影響を与えることが、海外の実証研究によって示されている。分析用データと成果指標の改善が課題として残っているが、第5章ではこうした海外の研究とはやや異なる結論を得ている。一方、第6章の分析結果は、児童虐待は(母親の)病理的要因のみならず、経済・社会環境要因も関わっているという欧米の調査・研究の結果と一致している。子育て世帯における実質総所得の減少や貧困率の高止まりといった環境要因の変化は、児童虐待の増加につながるリスクを孕んでいることが、第6章の分析によって確認されている。

政策的インプリケーション

子育て世帯のディストレスの解消に向けて、本報告書の分析によりいくつかの方向性が見えてきた。第1に、子育て世帯の税と社会保険料負担を抑えながらも、低所得世帯への生活再建支援を強化することで、その経済的ディストレスを緩和することが最重要課題である。生活再建支援の具体策としては、良質な職業訓練、学校卒業後のリカレント教育、再就職を目指す主婦のためのインターン制度の充実など、子育て世帯の「稼ぎ力」を高める施策が考えられる。第2に、母親の就業ディストレスと子育てディストレスを軽減することが急務である。具体的には、祖父母との「同居」や「近居」を阻む要因の除去 、子育て期の職業中断という従来型の就業慣習を断ち切るための情報や両立レクチャーの提供、学校放課後の子どもに対する教育支援活動など取組みの充実が望まれる。最後に、男女の働き方の改革が必要不可欠である。男性は第1次(Primary)労働市場で家庭を顧みず働き、家事・育児を全て女性に押付け、女性は第2次(Secondary)労働市場でパートとして低賃金で働くという現状を打破することは、子育て世帯のディストレスの軽減につながるであろう。

政策への貢献

本研究成果は、女性の活用と子育て支援の基礎資料としての活用が期待される。

本文

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研究の区分

研究期間

平成28年度

研究担当者

周 燕飛
労働政策研究・研修機構 主任研究員
阿部 彩
首都大学東京都市教養学部教授
内藤 朋枝
労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員
James Raymo
ウィスコンシン大学マディソン校社会学部教授
坂口 尚文
公益財団法人家計経済研究所次席研究員
大石 亜希子
千葉大学法政経学部教授

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