労働政策研究報告書 No.173
フランスにおける解雇にかかる法システムの現状

平成27年5月29日

概要

研究の目的

我が国においては、不当な解雇は、いわゆる解雇権濫用法理により無効とされるという法理が伝統的に定着してきた(現:労働契約法16条)。他方で、2006年に運用が開始された労働審判制度、および2001年からの個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律にもとづくあっせん等の紛争解決制度の実務においては、多くの(解雇にかかる)紛争が、何らかの形で使用者から労働者に対して金銭を支払うという形式で処理をされていることが明らかとなっている 。そして、近年、裁判所における民事訴訟においても、不当な解雇について、労働者からの損害賠償請求を認める判決が散見されるようになっている。こうした状況下において、労働法学においても、解雇紛争について金銭の支払いという救済方法の可能性を検討する論考が少なからずみられるところである 。

このような問題を考察するにあたって、諸外国における状況について調査分析を行うことは、議論にあたっての基礎的な素材として一般に有用であると考えられる。フランスにおいては、法制度上、後述するように、我が国における取扱いとは異なり、濫用的解雇(不当解雇)については原則として不当解雇補償金(indemnite de rupture abusive) 等の賠償金の支払いにより救済を行うこととしている。その上で、一定の場合に、解雇無効、およびそれに伴う復職を認めることとしている。このように、不当な解雇に対する救済を、金銭の支払いという形で行うことを基本とするフランスの法システムのあり方、またその実務における状況を分析することは、比較法的観点からの基礎的研究として意義があろう。

そこで、本報告書では、フランスにおける解雇等の労働契約の解約にかかる制度を網羅的に整理し、その実務的運用を明らかにするとともに、近年のこの問題にかかる法政策の動向についても、その一端を明らかとすることを目的としたい。

研究の方法

日本で入手可能な文献による基礎調査並びに、現地(フランス)におけるヒアリング調査及び文献収集

主な事実発見

  1. フランスの解雇法制の第1の特徴として、禁止される解雇(licenciement prohibe)と、不当解雇(濫用的解雇:licenciement abusive)を区分している点が挙げられる。すなわち、保護されるべき労働者(被保護労働者)、あるいは個人の自由および労働者の基本権の侵害にかかる解雇については、これを禁止し、補償金の支払いという不当解雇に対する救済とは別に、復職の選択の可能性を制度上設けている。もっとも、こうした禁止される解雇についても、結局のところ補償金の支払いによる解決が選択されているケースが多いようである。その意味において、フランスにおける労働契約の終了(解雇)をめぐる紛争については、禁止される解雇および不当解雇という2つの類型を設け、救済についても区別するという法形式上の建前とは必ずしも合致せず、大半は補償金の支払いを中心とした、金銭の支払いによる解決がメインになっていることが窺える。
  2. フランスの解雇法制の第2の特徴として、解雇手続について一般的な規制を法定化していることを挙げられる。そして、このような手続きを法定化した趣旨は、第一に、熟慮期間を設定し、(使用者に)解雇が真に必要であるかどうかを考えさせる(解雇を思いとどまらせる)こと、および第二に、当該解雇をめぐって将来生じうる訴訟に備えるためのプロセスであるとされるもっとも、こうした趣旨については、実態としては、もっぱら後者の側面が機能しているのが実情であり、第一の、「熟慮期間」による紛争の未然予防という機能は、十分には機能していないのが実情のようである。すなわち、フランスにおける企業内の法定解雇手続は、実質的には、解雇の対象とされた労働者が、労働裁判所等で当該解雇について争うか否かを判断し、あるいはその準備を行うための手続きであって、他方において、労働裁判所における手続きをスムーズに進めるための、事実関係および争点についての確認および整理を行うためのプロセスとなっているのが実情ということができよう。もっとも、こうした法定の解雇手続が、紛争の予防という観点から、何らの機能も果たしていないというわけではなく、こうした制度が整えられていることによって、少なくとも機会主義的な解雇を予防するという間接的な機能が存在していることも、併せて指摘できる。

  3. フランスの解雇法制に関する第3特徴として、不当解雇(現実かつ重大な事由を欠く解雇)に対する制裁(効果)について、これを解雇の無効とせず、不当解雇補償金等の金銭の支払いを基本としている点が挙げられる。

    その解決の実態について、法律上は、原則として賃金6ヶ月分の相当額を最低ラインとして定めているが、実際の解決額は、さまざまな上乗せがなされることによって12ヶ月~18ヶ月分相当額となっている。その上乗せがなされる要素としては、当該労働者の年齢および勤続年数を中心とした、再就職までに要する期間をベースとして考えられ、これに、解雇に到る経緯、とりわけ、その過程における使用者の落ち度が考慮されている。

     また、この法律上の救済方法が金銭の支払いと定められていることが、かえって紛争の長期化をもたらしている可能性がある。すなわち、フランスにおいては解雇にかぎらず労働に係る紛争は、基本的に労働裁判所において解決が図られることになるが、義務的に前置されている調停手続では和解率が極めて低く、10%程度に留まっている。また審判まで進み、判決まで言い渡された場合であっても、これに対し控訴がなされ、さらに、最高裁にあたる破毀院まで進むケースもしばしば存在するなど、全体に紛争が長期化する傾向にある。

  4. フランスの経済的理由による解雇については、実体的要件については人的解雇と共通の要件を設定しつつ、手続的要件、とりわけ集団的経済的解雇について詳細な手続きを加重している点が、フランスにおける法制度上の特徴である。もっとも、労働裁判所における経済的解雇に関する事件数は、全体の事件数のわずか1.4%と非常に少ない。その理由は必ずしも明らかではないが、集団的手続が詳細に定められ、労使交渉のプロセスがきっちりととられている結果として、解雇がなされた後の紛争については抑制されているという可能性も指摘できよう。
  5. 2008年法によって法定化された労働契約の合意解約に関しては、前提として、失業手当の受給資格という極めて実務的な要請が、その重要な背景として存在している点を、まず指摘しておく必要がある。その点を踏まえた上で、全体としては、法定合意解約制度は成功との評価を得ている。他方で、とりわけ、使用者のイニシアチブによる合意解約の実現については、そのプロセスにおける労使の対等性の確保という点で、なおも課題が残されている。

政策への貢献

公表結果は厚生労働省資料として各種政府会議で活用される予定である。

本文

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研究の区分

課題研究「日本の雇用終了等の状況調査」

研究期間

平成26年度

執筆担当者

細川 良
労働政策研究・研修機構 研究員
古賀 修平
労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員(早稲田大学法学研究科博士後期課程)

関連の研究成果

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