ドイツ労働時間制度の緩やかな転換:固定制から選択制へ

ハルトムート・ザイフェルト
ハンスベックラー財団経済社会研究所(WSI)元所長

1 問題提起

ドイツの労働時間政策において、現在、緩やかなパラダイムシフトが進行している。長らく産業界では、固定された「標準労働時間制」が支配的だったが、個別の労働者が柔軟に労働時間を決定できる方式へと、徐々にシフトしつつある。様々な形態の「選択労働時間制」がますます重視されている。共通しているのは、労働者に選択権を与えるという原則である。労働者は個人の選択や生活状況に合わせて、短時間労働か長時間労働か、あるいは金銭的報酬を優先するかを決定することができる。これまで、労働者が労働時間について選択できるのは、フルタイムかパートタイムかのいずれかに限られており、しかも事業主からの提案がある場合に限られていた。しかし、現在では、法律、労働協約、または事業所協定により、所定の期間内で労働時間の長さを変更する選択権を個別に保証されるようになってきている。固定された標準時間制から労働者自身が労働時間を決定できる制度への移行が着実に進行しつつある。

一方で、法律、労働協約、事業所協定における規定の中で、選択労働時間制の導入が進んでいないのは、意外である。労働組合の労働時間政策では、長らく労働協約上の所定労働時間(Regelarbeitszeit)の短縮が主な焦点であったが、近年では、旧東ドイツ地域における所定労働時間を旧西ドイツ地域の水準に段階的に統一する以外には、さらなる労働時間短縮を求める動きはほとんど見られない(注1)。その代わりに、労働時間の選択肢を拡大する要求が、労働時間政策の新たなテーマとして注目されるようになっている。

以下では、ドイツにおける選択労働時間制のこれまでの普及状況について概観し、事業主側および労働者側の視点から、いくつかのメリット・デメリットを検討する。検討にあたっては、数は限られるものの、すでに明らかにされている実証的研究結果を参照する。ただし、選択労働時間制に関して、労働者が実際にどのような経験をしているのかについては、これまでほとんど明らかにされておらず、事業所側に関する情報はさらに限定的である。

本稿ではまず、選択労働時間制というアプローチの概念構造について簡潔に説明する。続いて、法律および労働協約における選択労働時間制の規定を取り上げ、その利用状況に関する初期的な調査結果を紹介する。その後、選択労働時間制のメリット・デメリットについて簡単に比較・検討し、最後に結論として本稿の要点をまとめる。

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2 概念構造

2.1 基本的な考え方とその経緯

選択労働時間制という考え方自体は、決して目新しいものではない。しかし、ドイツにおいてこの制度が法律や労働協約に実際に導入されるまでには、一定の時間を要した。制度の発端は、労働者側から提起された「労働時間に関する自己決定権の拡大」という要求にあり、こうした要求の多くは未だに実現されていない。

すでに1970年代半ばには、消費者主権に倣って「時間主権」、すなわち、時間に関する自律性の強化が求められていた。実際の労働時間と労働者が望む労働時間との間にギャップがあることが、幸福感の低下につながっているとされ、これが制度導入の背景の一つとなった。この主張の基礎には、それまで支配的であった画一的な労働時間制度を、労働者自身が柔軟に変更可能なものへと転換し、「人生および多様な生活領域における時間配分を、定量的・定性的により自由に決定する権利および能力」(Teriet 1976: 9)を提供しようとする考え方があった。言い換えれば、これは労働時間の長さ(定量面)と、労働時間の状況や配分(定性面)の両方を含め、生涯にわたる就労期間全体において、労働時間を柔軟に編成できる包括的な仕組みを意味している。

労働時間の長さを、労働者それぞれの希望やニーズに応じて選択可能にするという基本的な考え方は、新古典派の労働供給理論に基づいている。この理論の前提は、労働者が賃金率や就労時間と余暇時間とのバランスに関する自己の選好に基づき、労働時間の長さを自ら選択できるという点にある。しかし、実際の就労現場においては、労働時間の決定権は主に事業主側にあり、労働者が具体的な労働時間を自由に選択できる余地は長らくほとんど存在しなかった。労働時間に関する選択権が認められること自体、非常に例外的であった。仮に選択肢が存在するとしても、それは多くの場合、フルタイムかパートタイムのいずれか、あるいは退職するか否かといった限定的な選択にとどまっていた(Boeri/van Ours 2008)。

しかし、個々の労働者の決定の自由や、その能力に配慮した新古典派的な標準アプローチに対しては批判もある。すなわち、労働者の希望する労働時間が事業主の要求する労働時間と対立する場合、それが認められないという労働市場における非対称的な権力構造を、このアプローチは隠蔽しているという指摘である(Bäcker, Seifert 1982)。労働市場では、社会における力関係が極めて重要であるとされる(Offe, Hinrichs 1984: 64)。そのため、労働者が自ら労働時間を決定できる余地は、実際にはほとんど存在しない。高度に専門的で、かつ需要の高い資格を持つ労働者であれば、労働力の希少性ゆえに使用者に対して一定の交渉力を持ち得るが、そうした例外的なケースを除けば、大多数の労働者には、自身の希望する労働時間を確実に認めさせるだけの交渉力は備わっていない。特に、労働者の希望が事業主や他の労働者の希望と対立する場合には、その選択が実現される可能性はさらに低くなる。

非対称な権力構造の存在や、多くの労働者が一次的権力(Primärmacht)を持たないという現実への批判から、「選択労働時間制」の概念が提起された(Hinrichs, Wiesenthal 1984)。この概念は、労働時間に関する自己決定的なアプローチを促進するものであり、権力政策の観点から特に注目される。その根底には、労働者が自身の生活状況やその時々の必要性に応じて、所定労働時間を柔軟に変更できる選択権を、法律または労働協約によって保障すべきだという考え方がある。すなわち、国家による雇用関係への介入、あるいは労使協議を通じた労働協約という「二次的権力」を介在させることなくしては、労働者が欠いている一次的権力を補完し、個々人の選択権を実質的に保証することは困難である。

法律による選択労働時間制の保障に関する具体的な提案は、2015年にドイツ女性法曹協会(Deutscher Juristinnenbund)が議題として提出した。この提案が、2019年に施行された「架橋的パートタイム法(Brückenteilzeitgesetz)」の制定における基本的な契機となったことは間違いない。この提案の中核にあるのは、「事業に関する使用者側の正当な利益や、他の労働者の労働時間の状況や負担を軽視することなく、キャリアの自己決定の範囲内で、各自の労働時間の選択に基づいて、労働者の必要性と希望に対応することである」という考え方である(Deutscher Juristinnenbund 2015: 4)。このような要請に応えるために掲げられたのが、「規制された自己規制(regulierte Selbstregulierung)」という概念である。これは、事業主と労働者の双方の利益の調和を図るものである。つまり、各関係者―特に人事担当者、管理職、そして事業所の労働者代表が、法律の枠組みの中で、労働時間について自ら決定することを前提としている。これは、共同決定の参加者とその権利に配慮しつつ最終的に個別に行われる交渉プロセスなのである。

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2.2 選択時間制の種類

労働時間を個人の希望や要求に応じて変更できる選択権は、合意された所定労働時間の「配分」に関するものであり、その「長さ」を対象とするものではない。その端緒となったのは、1960年代半ばに導入されたフレックスタイム口座(Gleitzeitkontoである。以降、同制度は、多様な形態で普及していった。現在では労働者の約半数が、フレックスタイムの類型である「労働時間口座(Arbeitszeitkonto)」を利用している(Hartl et al. 2025)。つまり、日々の労働時間を早く/遅く開始したり、終了したり、一時的に労働時間を短縮または延長したり、一日または複数の日の労働時間を全日休みにする余地が与えられている。従来通りに固定して配分される所定労働時間(「9時から17時」)に比べて、労働者は、時間に関して所定の範囲で自律性を得ることができるが、事業主が一方的にそれぞれの事業所の必要性に応じて労働時間を固定できるとなれば、逆に他律的となりかねない。選択制にしたからといって、時間編成に関する自律性が労働者に自動的に保証される訳ではない。それぞれの労働協約の規制の内容が自律性の程度に本質的に影響を与える(Seifert, Thoemmes 2020)。ただし、個人の選択による時間編成のうち、この労働時間口座を利用した労働時間の配分について、本稿ではこれ以上取り上げない(詳細に関しては、Seifert 2019を参照)。

時間口座に基づく選択権とは異なり、所定労働時間の長さの変更は状況に応じて可能となる。たとえば、両親時間(Elternzeit)、介護時間、あるいは家族介護時間に関する法的規定は、介護や養育の義務といった特定の客観的事由を要件としている。これらの規定は、この要件が満たされた場合に限り、労働時間の短縮あるいは段階的な中断を請求する権利を保障するとともに、当初の所定労働時間へ復帰する権利も併せて認めている。このような形態のものも、本稿では考慮しない。また、例えばドイツ鉄道(Deutsche Bahn)(2016)で導入されたような、特に高齢の労働者に対して労働時間短縮を認める特別規定についてもほとんど取り上げない。ドイツ鉄道では、59歳以上の労働者に労働時間を45リジェネレーションシフト(基準労働時間2,036時間の81パーセント)に削減することが認められている。この場合、使用者が報酬を一部補填し90%を支給する。同様の規定は、化学産業をはじめとするシフト勤務や夜勤の多い部門の労働協約にも見られる。本稿では示唆するに留めるが、多くの法律や労働協約の規定に、多様な選択的時間編成に関する規定が盛り込まれており、労働時間の長さや配分を個別に調整する仕組みが設けられている。以下の説明では、選択的時間編成の発展の一端を示すにとどまるが、客観的事由を伴わずに所定労働時間の長さを変更できる可能性に焦点を当てる。

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3 労働時間の長さの選択権

3.1 法律

選択的な労働時間の請求権を認めるきっかけを作ったのは立法者である。2001年に施行されたパートタイム・有期契約法(Teilzeit- und Befristungsgesetz)により、労働者はフルタイムからパートタイムへの転換を請求する権利を得た。ただし、この法律では一度短縮した労働時間を再び延長することは認められていないため、この権利は一方通行的なものであった。したがって、同法によって認められたのは、制限付きの選択権にすぎないといえる。

この規制上の欠陥を補ったのが、2019年に施行された架橋的パートタイム法(Brückenteilzeitgesetz)である。同法により、労働者には客観的事由(注2)を要件としない一般的な法的請求権が与えられ、フルタイムから有期(1年から5年の範囲)のパートタイムに切り替え、再び元のフルタイムへ復帰することが可能となった。選択権の請求には、次の要件を満たす必要がある(BMAS 2019)。

  • 企業の労働者が45人以上であること
  • 中規模企業の上限規定:労働者が46人から200人の企業においては、使用者が義務を負う範囲(Zumutbarkeitsgrenze)が定められている。すなわち、使用者は「15人に1人」の割合で架橋的パートタイムの請求権を認めればよい。
  • 使用者との雇用関係が6か月以上継続していること
  • 架橋的パートタイムの開始時点の少なくとも3か月前までに、労働者が書面で申請していること。
  • 架橋的パートタイムの期間は1年以上5年以下でなければならない。企業側が確実に計画できるよう、この期間は事前に特定する必要がある。また、合意された短縮期間中、労働者は労働時間の再変更を請求することはできない。
  • 使用者は、2001年から既に認められている無期のパートタイム請求権の場合と同様、業務上の理由などに基づき申請を拒否することができる。

この法律の導入に際しては、使用者団体から強い反対が示された。使用者団体は、この規定は労働者に期限付きでパートタイムを請求する権利を与えることで、双方向的であるはずの労働契約を、労働者側が一方的に契約関係を形成できる仕組みに変質させるものであるとして拒絶した(Gesamtmetall 2018)。さらに、使用者団体は、労働時間の短縮により商品やサービスの提供が制約を受けることを指摘した。その補填には、超過勤務、派遣労働、新規雇用といった追加的な労働投入が不可欠となり、その結果労働コストの上昇が避けられないと懸念した。加えて、組織運営費用の増大についても考慮すべき問題として挙げた。

労働組合側は、基本的に労働者が労働時間短縮の請求権とフルタイムへ復帰する権利を持つことに賛成した。組合はこれを、労働者が自らの希望や生活条件に応じて労働時間を調整できるようにするための重要な一歩と位置づけた。しかし一方で、業務上の理由がある場合に使用者が申請を拒否できる権利については反対した(DGB 2018)。さらに、労働者数45人までの企業では完全に任意とされ、46人から200人までの企業については請求権が限定的にしか認められないという規定を強く批判した(DGB 2018)。

初期の調査結果では、労働者は法律に基づく選択権の利用に対して、むしろ消極的であることが示された。法律により労働者45人未満の事業所は適用除外とされているため、請求権を持つ労働者は全体の約3分の2にとどまる。代表的な企業アンケート調査によると、2022年半ば時点で、社会保険加入義務のある全労働者のうち、架橋的パートタイムを利用していたのは全事業所の1.9%における0.5%の労働者に過ぎなかった(Hohendanner, Wanger 2023)。一方、2023年9月から2024年2月にかけて実施された別の非代表的なアンケート調査では、全事業所の13.6%において50%以上の労働者が架橋的パートタイムを利用しているという結果が得られている(Kümmerling, Rinke 2025)。また、架橋的パートタイムの請求が行われる確率は、女性労働者の割合が高いほど上昇する傾向がある。実際に、男性よりも女性の方が一時的に労働時間を短縮する決定を下すケースが多い。さらに、規模が大きく、労働協約に拘束され、事業所委員会を有する事業所ほど、架橋的パートタイムの利用率が高いことも報告されている(Hohendanner, Wanger 2023)。なお、労働者が法律によって与えられた選択権をどの程度認知しているのかについては、依然として明らかではない。

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3.2 事業所協定、および労働協約

その後、さまざまな事業所協定や労働協約において、個別の労働時間選択権に関する規定が設けられるようになった。労働協約に基づく場合には、労働者45人未満の事業所も対象になるため、これらの規定は法律を補完する役割を果たしている。しかし、それでも法律の抜け穴を完全に塞ぐことはできない。その理由は二つある。第一に、労働協約は労働者全体の約半数にしか適用されていないこと。第二に、労働時間の選択制に関する規定が、すべての労働協約に含まれているわけではないことである。なお、事業所協定の件数に関する統計が存在しないため、その適用範囲は現時点では明らかでない。

これまでに事業所や労働協約において合意された時間選択制のモデルには、二つの類型が存在する(Seifert 2019)。第一のモデルは、労働協約に基づき、自由時間を増やすか、金銭的報酬を増やすかを選択できる仕組みである。この場合、労働者は所得水準を維持したまま、わずかな労働時間短縮と引き換えに、追加的な収入の可能性を放棄し、時間的余裕を得る。第二のモデルは、架橋的パートタイム法と同様に、一定期間における所定労働時間を短縮できる仕組みである。この場合、労働時間の短縮に比例して所得も減少するため、消費水準や消費構成が低下する可能性がある。要するに、第一のモデルでは所得水準が変わらず消費態度を維持できるのに対し、第二のモデルでは所得減少を伴うため、消費行動に影響を及ぼすことが予想される。

選択労働時間制を早期に導入した企業の一つが、大手機械メーカーのトルンプ(Trumpf 2025)である。2011年以降、事業所協定では、労働者に労働時間の自己決定に関する請求権を与えている。労働者は、1年間または2年間、週の労働時間を15時間から40時間の範囲で選択することができる。労働者は経営陣との取り決めにより、選択する労働時間を確定しなければならない。合意された期間が終了した後、労働者は契約上の基本労働時間に戻るか、あるいは再び短縮するかを選択することができる。もっとも、制限的な条項として、申請が承認されるか否かは、事業所の利益に基づいて判断されると規定されている。また、基本労働時間は35時間から40時間の範囲内で、個別に合意することが可能である。

いくらか遅れて2016年以降、ドイツ鉄道(Deutsche Bahn)、ドイツ・ポスト(Deutsche Post AG)、化学産業(chemische Industrie Ost)、金属・電気産業などにおいて、さまざまな労働協約が締結されている。これらの労働協約には、新たな労働時間編成方針として、労働者の時間と金銭の選択権を付与する仕組みが導入された。この枠組みの下では、事業所が労働者の選択決定に介入する権利を持たず、労働者には時間に関する自律性が文書で保証されている。したがって、労働者は、労働時間の長さを個人の希望に応じて変更し、ライフステージに応じて変化する「時間・金銭の選択」に適合させるための法的請求権を獲得した。もっとも、労働協約上の所定労働時間は、依然として所得、負担、社会保障などを規定する主要な基準として維持されている。以下では、こうした多様な労働協約の合意例を示す。

◎ 賃上げか、自由時間を増やすか

  • 最初にこの仕組みを導入したのは、2016年に(数回の警告ストを経て)締結され、2018年にも再締結された鉄道部門の労働協約である。この協約では、2.6%の賃上げ、6日の追加休暇、または週労働時間の1時間短縮のいずれかを労働者が選択できるようになった。見本とされたのは、オーストリアの複数の労働協約における自由時間選択の仕組みである(Gerold 2017)。
  • 続いて、ドイツ・ポストにおいては、3%または2.1%の二段階賃上げ、または年間60時間または42時間の労働時間免除が選択肢として導入された。
  • 金属加工産業では、2018年の労働協約において(ストライキを経て)、労働者に「短縮フルタイム」として週35時間から28時間への短縮請求権を法的に保障することが合意された。さらに、育児・介護・シフト勤務を行う者については「協約追加手当(T-ZUG)」を労働時間に変換し、最大年8日の追加休暇を選択することが認められた(IG Metall 2025)。
  • 化学産業では、2019年に、すべての労働者に対し協約月額報酬の23%相当の「個別追加手当(Zukunftsbetrag)」を支給し、それを5日間の追加休暇へと転換できる制度が導入された(IGBCE 2019)。
  • また、北ドイツ金属産業においては、2024年の一般労働協約で革新的な制度が導入された。具体的には、夜勤の割増手当を金銭による報酬か、相当する休暇かを選択できる仕組みが定められた。割増率は時刻に応じて時給の25~35%とされている。なお、超過労働の報酬についても、多くの労働協約で同様の原則が採用されている。

◎ 一定期間、所定労働時間を短縮する選択権

この方式には、以下の労働協約がある。

  • 化学産業(Chemische Industrie Ost, 2018):「ポツダム・モデル」と呼ばれ、週32~40時間の範囲で一定期間(個別設定)労働時間を短縮できる仕組みを導入。
  • 金属産業(2018年協約):6~24か月の期間、週32~40時間の範囲で労働時間を短縮できる仕組みを導入。期間終了後は通常のフルタイムに自動的に復帰するが、労働者は追加申請により短縮労働を継続できる。使用者は、すでに全労働者の18%が短縮フルタイムまたはパートタイムで就労している場合など、合理的理由がある場合に限り申請を拒否できる。

この二つのモデルを比較すると、労働時間を変更できる幅は大きく異なる。第一のモデル(賃上げか休暇かの選択)は、労働時間の短縮が数日または年間労働時間の約4~5%にとどまるのに対し、第二のモデルでは最大20%の短縮が可能である。さらに、架橋的パートタイム法では下限を設けず、より大幅な変更を認めている。

一方で、労働時間を「拡大」できる労働協約も存在する。たとえば、2026年初頭からは、連邦および地方自治体の公務員について、使用者が同意する場合に限り、週労働時間を39時間から42時間に引き上げることが可能となる(öffentlicher Dienst 2025)。ここでは「二重の任意性(doppelte Freiwilligkeit)」の原則が適用され、労働者も使用者も一方的に労働時間拡大を強制できない。なお、超過分については、賃金等級に応じて10~25%の割増手当が支給される。

労働者の選択傾向として、これまでの経験では、多くの労働者が時間の選択肢を肯定的に受け止めている。非代表的なサンプルによるアンケート調査によれば、選択権を持つ労働者のうち、59%が労働時間短縮を選択し、34%が金銭を選択、6%が両者の組み合わせを好む傾向が示されている(Ruf et al. 2024)。

また、ドイツ・ポストでは、2023年に労働者の87%が自由時間(労働時間免除)の増加を選択した(ver.di 2025)。金属産業でも、IGメタルの報告によれば、多くの労働者が賃金増加よりも労働時間短縮を選択する傾向を示した。ドイツ鉄道の事例では、39%が休暇追加、31%が賃金増加、28%が両方の組み合わせを選んでいる。

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4 メリットとデメリット

選択労働時間制を評価するにあたっては、経験的証拠が依然として不十分である。そのため、ここで検討できるのは、制度が労働者および事業主にとってどのようなメリットやデメリットをもたらし得るか、という点に限られる。まず、任意性の原則が適用されているとはいえ、選択労働時間制が多くの労働者の希望に必ずしも沿っていないことは明らかである。実際、多くの労働者は、所得減少を受け入れてでも労働時間を一時的または恒久的に短縮したいと考えているが、これまでは十分に実現されてこなかった(Seifert et al. 2016; BAuA 2018)。選択労働時間制は、こうした希望に一定の余地を与え、労働者が時間と金銭のバランスや家庭・生活環境の変化に合わせて労働時間を調整することを可能にする。また、ドイツ・ポストにおける労働時間免除のように、特定の職種(例:配達担当者)の健康を守る手段にもなり得る。これは、疾病リスクを低減し、欠勤期間を短縮することで、事業主にとっても利益をもたらす。

もっとも、制度の利用や請求に経済状況がどの程度影響するかは不明である。経済的に不安定な時期には、労働者は所得の放棄や労働時間短縮に慎重になると予想される。また、失業のリスクが高まれば、将来受け取る失業手当の減少も懸念される。さらに、時間選択権の行使がキャリアにどのような影響を与えるかについても十分に解明されていない。労働時間短縮の決定は、ともすれば「仕事への積極性の欠如」と解釈されかねない。

事業主にとっては、選択労働時間制は人事管理上のコストを上昇させる要因ともなり得る。労働時間が個別化・細分化されれば全体像の把握が困難になり、労働需要と労働者の希望が乖離した場合には時間的な対立が生じる。景気の拡大期に事業所が追加の労働力を必要とする一方で、労働者が労働時間短縮を望む場合などは典型である。このような場合、超過労働の増加や新規採用が不可欠となり、労働コストの上昇を招く。さらに、労働時間のばらつきはシフト編成を困難にする可能性もある。

その一方で、労働者の満足度が高まり、欠勤が減少し、生産性が向上すれば、事業主は利益を得られる。柔軟な労働時間制度は、専門技能人材の確保における競争力を高める要素ともなり、労働市場におけるインセンティブとして機能する(Randstad 2025)。

以上を踏まえると、選択労働時間制には二面性があるといえる。すなわち、柔軟な制度はプラスの側面を持つ一方で、労働コストや組織運営上の負担といったマイナスの効果をも伴うのである。

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5 結論

選択労働時間制への門戸はすでに開かれている。労働時間と所得を生活状況や生活条件に合わせたいと望む労働者が増加していることを背景に、労働組合は選択労働時間制を段階的に拡大する方向へと進んでいる。雇用制度の構造変化により、専門性が高く、労働組織における自由度の大きい働き方が増えることが期待されており、これもまた選択労働時間制の導入を後押ししている。労働者に仕事の段取りを自己決定できる余地を認めることは、労働時間編成における裁量の拡大を意味する。さらに近年は、女性の就労率が上昇し、パートタイム労働者の平均労働時間も徐々に増加している。このような動向は、ライフコースに応じて変更可能な長時間労働を望む声を強める可能性がある。

他方で、架橋的パートタイム法が小規模事業所の労働者を適用対象から除外していることは、制度の限界として看過できない。労働協約によっても、この欠陥を部分的にしか補うことはできないため、請求権の適用範囲を拡大することは立法者の責務である。さらに、労働協約における規定の普及を進めるためには、選択労働時間制が事業主と労働者双方にメリットとデメリットをもたらすことを、実証的に明らかにすることが有益だろう。制度の受容性を高めるには、事業主が多様な経済状況の下で時間選択権の拡大にどのように対応し、時間的対立をどのように解決し得るのかを示す知見も求められる。

ただし、請求権の適用をすべての労働者に拡大するのであれば、現行制度で選択可能性が限られているケースに着目する必要がある。具体的には、短時間労働の延長を希望する労働者、ミニジョブから長時間パートへの移行を望む労働者、さらにはフルタイムへの転換を志向する労働者である。広範な選択労働時間法の構想においては、こうした労働者に選択肢を与えることが求められている(Deutscher Juristinnenbund 2015)。

プロフィール

写真:ハルトムート・ザイフェルト氏

ハルトムート・ザイフェルト (Dr. Hartmut Seifert)
ハンスベックラー財団経済社会研究所(WSI)元所長/JILPT海外情報収集協力員

ベルリン自由大学卒業(政治経済学博士)。1974年から連邦職業教育訓練研究機構(BIBB)研究員、1975年からハンスベックラー財団経済社会研究所(WSI)主任研究員、1995年から2009年まで同研究所の所長を務める。2010年に当機構の招聘研究員として1カ月半日本に滞在。専門は経済、雇用・労働問題。特に非正規雇用に関する専門家として多くの研究成果を発表。主な研究業績として「非正規雇用とフレキシキュリティ」(2005)、「フレキシキュリティ-理論と実証的証拠との間に」(2008)など多数。

参考文献

関連情報

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