ミクロ的視点から見たアメリカの雇用対策

【海外有識者からの報告】
海外在住の有識者から提供された現地の状況についての報告です(なお、本報告は執筆日における当地の情報であり、必ずしも最新の情報を反映されたものではない)。

日本法アナリスト(Japanese Legal Analyst)

黒川 悠子

カジノが立ち並ぶラスベガスで有名なネバダ州は、山脈と砂漠に囲まれた州である。6月ともなると40度を超える日がざらにある。日本と違い湿度が低く空気が乾いているのでそれほど暑さを不快には感じないが、この時期になるとホテルやアパートのプールは涼を求める人でどこも賑わいを見せる。しかし、今年に関しては例年と様相がまったく違った。ロックダウン(都市封鎖)が宣言された後、ラスベガスの目抜き通り(ストリップ大通り)を車で走ってみた。贅を尽くした巨大カジノホテルが立ち並ぶこの通りは、普段なら昼夜を問わず観光客で賑わっており渋滞もひどい。しかし全カジノに強制閉鎖命令が下されて以降、カジノ周辺から人通りは途絶えた。この日も午後の通りは人影もまばらでひっそりとしていた。「オーシャンズ11」にも登場したベラージオホテルの噴水ショーも停止され、ただの静かな池と化している。知人の運転手は「ベガスで生まれ育って50年になるが、こんなに人気のないストリップ大通りは初めてだ。眠らない街ラスベガスが眠り続ける街になってしまった」と嘆いた。ゴーストタウンのようなラスベガスは、コロナに日常を奪われて機能停止したアメリカを象徴しているようだ。

本稿では、筆者の周辺から見たアメリカの雇用対策を紹介する。

州別に見た失業率の差異

アメリカは日本の25倍という広大な国土をもつだけに、州によって失業率も大きく異なる。筆者の暮らすネバダ州は、28.2%(4月)と全米で最も失業率が高い。全米の失業率が14.7%(同)であることを考えると、かなりの違いがある。アメリカの雇用情勢はその州における産業の特性によって左右される要素が強い。例えばネバダ州は、カジノのあるラスベガスを中心とした観光業への依存度が高い。3月18日、ネバダ州知事により全カジノに強制閉鎖命令が下され、即日全カジノホテル従業員のほとんどが解雇された。ホテルのイベント出演者も直ちに職を失うなど、その影響が失業率を跳ね上げたものと推察される。

全米で次に失業率が高いのはミシガン州の22.7%(同)。同州においては自動車産業がメインの産業であり、自動車工場に勤務する労働者は外出が禁止されると在宅勤務できない労働者が多い。これが失業率の上昇に繋がったものと考えられる。

失業率ワースト3位は、ハワイ州の22.3%(同)である。これも明らかにコロナ禍による観光産業へのダメージが影響したものであろう。実際、ハワイ州で観光業に従事している日本人に聞いたところ、「ハワイの観光関連企業におけるレイオフ(一時解雇)はかなりの数にのぼると思う。ワイキキにも観光客はほとんど見られず、今はホームレスのたまり場となり、治安が悪くて誰も近づけない状態」という。

これに対し、コネチカット、ミネソタ、ネブラスカ州など農業や牧畜がメインの産業である州は失業率も低い。もともと6フィート(約1.8メートル)のソーシャルディスタンスを考慮する必要のない広大な農地で働く労働者がほとんどであり、また、農業や牧畜産業で産出される生鮮食料品の需要はコロナ危機下でも衰えることはない。このように、コロナが与える雇用情勢への影響は州によってかなりの開きがある。

職種別に見た失業率の差異

職種別で失業率を見ると()、やはりサービス業の失業率の高さが群を抜いている。レストラン、カフェ等の飲食業、カジノやテーマパーク等を含むエンターテイメント業・観光業などのサービス職種がコロナの影響を最もダイレクトに受けたといえる。

次いで失業率が高いのは、「生産・運輸・運搬」の中の、「運輸・運搬」の18.3%。これには、航空会社の乗務員、タクシー運転手、バス運転手、トラック運転手、電車乗務員等が含まれる。コロナ感染を避ける人々が移動を控えた結果であろう。実際筆者も、3月下旬にアメリカ国内便を利用したところ、通常は混雑している空港内に人影もまばらで、大手エアラインの通常の機体に搭乗客はたった5人であり、客室乗務員の人数の方が多かった。他方、マネジメント関連職種は6.6%と失業率の低さが目立ち、「天然資源、建設、保守」の中の「農林漁業」の8.3%が続いている。これは、コロナ自粛期間でも食料需要が衰えないことと、そもそもコロナが感染し易い密集した就労環境ではないことが理由と考えられる。

図:職種別失業率 (5月)
画像:図

出所:アメリカ労働統計局

各種補償について

さて、では現在のコロナ禍の状況下で失業者等に対してはどのような補償が為されているのか。各種補償をスキーム別に見てみたい。

(1)失業補償

失業補償は「自己都合ではなく、又は労働者には非のない退職であり、従前の雇用において失業保険申請条件を満たす給与を受けており、就労の意思があり、積極的に求職活動をしている」という条件を満たした場合にのみ受給資格が発生する。受給期間は最大12週から26週というように、州によって大きく異なる。支給額はどの州も申請者の収入に基づき算出されるが、支給額(週当たり)の範囲は各州の物価を反映してそれぞれ異なり、例えば、ニューヨーク州では104~504ドル、カリフォルニア州40~450ドル、ネバダ州16~407ドルとかなりの幅がある。筆者の経験によると、カリフォルニア州ロサンゼルスだと、ワンルームを借りるために家賃2000ドル出しても部屋はなかなか見つからないが、ネバダ州ラスベガスだと、900ドル以下で借りられるワンルームがいくらでもある。今回のコロナ禍により、失業補償の受給期間、対象等が拡張された。すなわち、今次コロナウイルス感染拡大に伴う事業停止および解雇においては、通常1週間設けられている待機期間が免除されることとなった。また、失業保険の受給期間を最長13週延長するパンデミック緊急失業補償(Pandemic Emergency Unemployment Compensation-PEUC)プログラムを導入した。

(2)パンデミック失業支援

パンデミック失業支援(Pandemic Unemployment Assistance–PUA)は、失業補償の受給資格から漏れた失業者、事業主、自営業者、独立請負業者、パンデミックの直接的な影響により仕事を失った又は著しく減少した労働者に対し給付を行う制度である。カリフォルニア州だと、2020年2月から12月26日の期間、39週を上限に受給できる。この受給申請を行うサイトを見ると、性別、国籍等と並んで、在留資格の有無という項目があった。つまり適法な滞在か又は不法滞在かという問いである。この場合、もしこれが在留資格無という選択肢を選んだらどうなるのだろうか。適法な滞在者と同様の給付が受けられるのか、又は移民局に通報されるような不利益はないのだろうかという疑問が生じる。この点については、筆者が生活保護事務所を訪問した際、事務所内に「不法滞在であっても移民局に通報しないのでご安心下さい」という案内があったことを参考に記しておく。

(3)連邦パンデミック失業補償

連邦パンデミック失業補償(Federal Pandemic Unemployment Compensation-FPUC)は、州の失業給付とは別に連邦政府が支給する。毎週600ドルで7月30日まで、最高4カ月まで受給できる。フリーランスや個人請負業者なども対象となる。申請手続きは不要で、州の失業保険給付に自動的に加算して支給される。ただしこの補償については、失業者は、通常の失業保険給付に1カ月約2400ドルプラスした額を受給できることとなり、一部に賃金を受給が上回る逆転現象が生じ求職または職場復帰の意欲を低下させること、また医療、食料品、交通機関等のエッセンシャルワーカーに対する危険手当や特別手当等の支給はされておらず不公平感がぬぐえないこと、さらには連邦の財政負担を著しく増加させることなどから批判がある。

(4)現金給付(Economic Impact Payments)

大人1人1200ドル、子供1人500ドルにつき支給される一時金。失業者を含むがこれに限らず職を有している者や退職者にも支給される。高額所得者に対しては収入額によって減額もしくは支給されないこともありうる。アメリカ国籍保有者またはアメリカ居住者が対象であり、非居住者は対象外となる。

(5)住宅ローン及び家賃支払い猶予措置

これも失業に限らないが、住宅ローンや家賃の支払い期間が猶予される。アメリカでは、簡易な手続きで家賃を滞納した店子をすぐに強制退去させることができるなど、通常日本よりはるかに家主の保護に厚い。しかし、コロナが理由で失職した者は、その旨を家主に申し出ることにより、手続きが開始されることを免れ得る。しかしこれはあくまで猶予であって、免除ではない。コロナ危機後は溜まった家賃をどう支払うのかという懸念は残る。

(6)企業への融資

単なる企業への融資であれば、融資だけもらって雇用者を解雇することができるので何ら労働者対策としての効果は見込めない。しかし、新型コロナウイルス感染症救済法として2020年3月27日に成立した「Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security (CARES) Act」では、中小企業を対象にした融資プログラムが制定され、「ペイチェック・プロテクション・プログラム(PPP:Paycheck Protection Program)」と呼ばれる従業員の雇用や給与額を維持することを目的としたプログラムが導入された。最大1000万ドル(または正社員合計給与の月額平均の2.5カ月分)までの借り入れが可能となる。また、融資額の75%以上を給与支払いに当てることを前提に、2020年2月15日から6月30日までの従業員の給与や賃料などの支払いのために充てた一部または全額の返済が免除となる。これにより、融資の返済の免除を目的として、従業員を解雇せずその給与の支払いを続けるという選択をする企業により、間接的に労働者の雇用が維持されるという効果が見込まれる(その後、給与支払い額に充てる割合を60%に引き上げ、利用期限を12月31日まで延長するなどの措置を盛り込んだ「PPP柔軟化法」が6月5日に発効した)。

おわりに

このように施策メニューを並べてみると、アメリカのコロナ禍における雇用対策は、速やかかつ多方面から相当に手厚い対策が施されているような趣がある。事実、日本の報道振りを見ると、アメリカの雇用対策はスピーディで、しかも施策の規模が大きいというポジティヴな評価をしばしば目にする。しかし、本稿を書くに当たり筆者がオンラインでヒアリングした5州(カリフォルニア州、ネバダ州、マサチューセッツ州、テキサス州、ハワイ州)の米国人約35人(注1)のほとんどが口にしたのは、「給付が十分かって?これでは家族を養えない。(政府の施策は)単なるバンドエイドでしかない」という不満であった。一時凌ぎという意味で使われるこの「バンドエイド」という言葉は政府の施策を批判するワードとして、近頃よく耳にする。他方、これらの給付を米国人ネイティヴと同様に受給できている在米日本人の間では、「従前の賃金より確かに少ないが緊急時にこれだけ貰えて有難い」と好意的に受け止める向きが多い気がする。これらは国民性の違いであろうか。

先月、ミネソタ州ミネアポリスで白人警官に膝で首を押さえつけられ亡くなった黒人ジョージ・フロイドの事件は全米に衝撃を与えた。この事件は日本でも報道されている通り、人種差別に反対する大規模な抗議運動に発展し、当初は一部で警官との衝突や略奪などもあったが、現在は少し鎮静化しただろうか。しかし、筆者の住む居住区の近辺でも依然抗議活動は続いている。こうしたことを目の当たりにするに付け、様々な人種で構成されるアメリカ社会の構造的な深くて暗い闇を思う。コロナの災いがこの闇を増幅させないことを願うばかりだ。

(寄稿日:2020年6月10日)

プロフィール

写真:黒川 悠子氏

黒川 悠子(くろかわ ゆうこ)

中央大学法学部卒業、明治大学法科大学院卒業。JD(法務博士・専門職)取得。南カリフォルニア大学(USC)ロースクール卒業(Master of Laws取得)。日本及びアメリカにおいて、プライベートカンパニーのリーガルマネジャー、コンプライアンスオフィサー及び日本法アナリストとして法務業務に従事。

参考資料

参考レート

関連情報