主要国の外国人労働者受入れ動向: シンガポール

  1. 制度概要
  2. 制度改正・最近の動向等
  3. 流入・流出・在留状況
  4. 社会保障制度
  5. 労働市場に与える影響
  6. 社会統合

1.制度概要

(1)歴史的背景

19世紀初頭、マレー漁民百数十名が生活を営む小さな漁村が、イギリス植民地政策の中でアジアの要港へと劇的に姿を変えた。その発展を支えるために必須の存在であった移住者らが、現在のシンガポール人口の礎となっている。近代シンガポールの父と呼ばれるラッフルズは、1819年、この小さな漁村に新たな中継港を建設し、当初から自由港としてヒト・モノ・カネの出入りに規制を設けず、関税も課さない政策をとり、開港からわずか2年後の島人口は、マレー人4,724人、華人1,150人に増えていた。1830年には、華人人口がマレー人人口を凌駕し、同時期にインドおよび現在のインドネシア諸島からの移住者の流入も始まった。19世紀末にイギリスが大規模なゴムのプランテーション建設と錫鉱山開発のためにマラヤ(注1)に本格的に介入し、シンガポールがその中継・加工貿易港となると、シンガポールは飛躍的に発展し、同時に、大量移住の時代が幕を開けた。イギリスの移住者・外国人労働者奨励政策によって、多くの中国人は錫鉱山の労働者として、インド人労働者はゴム園労働者として、また、貿易や商業への従事者や、港湾・建設労働者、家事手伝いとして、シンガポールに居住する者が増大していく。1931年には、56万人の居住者のうち、75%を華人が占め、マレー人12%、インド人9%がこれに続き、今日の人口構成に近い民族比に達した(注2)

(2)外国人労働者受入れの変遷

こうして歴史的には非常に緩やかな移住者・外国人労働者管理であったが、自治から独立に向かう50~60年代に、政府は同国の社会経済的発展に貢献できる人間だけに移住を限定するという新しい方向に舵を取り始めた。1965年の独立時には、厳格化した市民権法と移住に関する法律が導入された。その後のシンガポールの移住・外国人労働者政策は、同国の経済的発展と密接にリンクしながら変遷してきた。シンガポール政府が生まれた当初は、中継貿易機能の低下、人口圧力の増大、イギリス軍基地の撤収などによって生まれた深刻な雇用問題への対応が最重要課題であったため、政府は輸出指向工業化政策を進め、豊富な労働力を基礎に労働集約型産業に特化し、著しい発展に導いた。このような新しい産業構造の下、低賃金で働く外国人労働者に対する需要が高まり、早速68年には期間契約の労働者の受入れを緩和した。しかしその後、実質賃金の上昇から、工業製品の国際的な比較優位が低下したことや、70年代の石油危機、80年代半ばの不況を通して、高付加価値産業への政策転換を迫られると、従来の労働集約型産業からの離陸を促すため、低賃金の外国人労働者の受入れ規制が強化されるようになった。現行制度でもある、低賃金労働者の抑制メカニズムとして機能する外国人雇用税や外国人雇用上限率は、それぞれ80年、87年に導入されている。一方で、専門家・高度技術者の流入に関しては、緩和ないし積極的受入れという方針にシフトした。

このような方針の変化はあるものの、従来から、製造、港湾、建設などで働く低技能労働者に対しては、期間限定的な滞在で、若く、独身であることが望まれ、家族を同伴せず、シンガポール市民との婚姻をしないという条件のもとに、労働許可が与えられてきた。逆に、高学歴保有者や富裕層に対しては、迅速に雇用パスが提供され、シンガポールへの永住が積極的に勧められてきた。60年代終わりからすでに、管理・技術職の高度技能外国人労働者の就労は自由に認められており、80年代には、弁護士や医者など専門職の外国人労働者の就労に対する認可も増加した。

シンガポールが外国人労働力を必要とする理由は、限られた人口に対する高い雇用創出率と小さい労働力プールのギャップを埋めるためであり、これまでの高度経済成長を支えた外国人労働者の役割は広く認知されている。今日まで、外国人人口も増加の一途であった。しかし、世界的な金融危機の影響だけでなく、経済的な成熟期に入ったことで、これまでのような高い成長率の維持は難しいことが予想され、同時にシンガポール人の職を奪っているとして外国人労働者に対する市民の不満の声が大きくなっていることなどから、ここ数年、外国人労働者の流入が抑制されてきている。2009年に外国人労働者受入れ規制が強化されたことは、政府の白書等で繰り返し言及されており、国民へのアピールの意味合いも大きいのだろう。非常に早いスピードで高齢化社会へ向かっているシンガポールにとって、将来の経済成長および社会を支えるために一定割合での新規の外国人労働者を引き続き必要としていることは、首相や閣僚らの一致するところであるが、一方で政府は、生産性の引き上げを企業に求め、外国人雇用税を引き上げ、そして高度技能労働者と低技能労働者の両者に対する申請基準の底上げを行うなど、外国人雇用のハードルを年々高めている。数少ない規制緩和として、サービス産業と建設産業で働く低技能労働者に対し、最長雇用期間の延長、UnskilledからSkilledへの移行条件の緩和、仕事内容の制限の緩和(サービス業のみ)が行われたが、これも生産性の向上と技能労働者の雇用を促進する狙いによるものだ。

(3)外国人労働者受入れ制度の概要

a) 主な枠組み、パス、労働許可の基準等

上述したように、シンガポールは独立当初から、低技能労働者には労働許可を、高度技能労働者には雇用パスを与えてきた。90年代末まで、外国人労働者は、この二つのカテゴリーに分けられていたが、1998年より三層 (P、Q、R)とそのサブカテゴリー (P1、P2、Q1、Q2、R1、R2)に細分化された。2004年にはQ2パスの廃止とともに、Sパスが創設された。

現行の受入れ制度の概要は以下のようになっている。(詳細については、図表2、3、4を参照)。高度技能者を対象としたものには、雇用パス(Employment Pass、以下Eパス)とそのサブカテゴリーとして、月額給与その他の条件によってランク付けられるP1パス、P2パス、Q1パスがある。中度技能者向けにはSパス。そして、低技能労働者向けには、労働許可とそのサブカテゴリーとしてR1パス(Skilled/ Higher Skilled向け)とR2パス(Unskilled/Basic Skilled、家事労働者向け)がある。労働許可については、申請対象となる出身国が、マレーシア、北アジア諸国(香港、マカオ、韓国、台湾)、非伝統供給国(インド、スリランカ、タイ、バングラデシュ、ミャンマー、フィリピン)、中国――に限定されている。また、家事労働者の労働許可に対しては、別途出身国の制限がある。更に、この基本的な枠組みに加えて、次のような就労パスもしくは就労可能なパスがある(注3)

  • 個別雇用パス(Personalised Employment Pass)(補足:Eパスに自由度を加えたパスで、個人が一度取得すると、転職してもパスを新規に取得する必要がなく、また最長6カ月まで無職期間の滞在も許可される。
  • 起業家パス(Entre Pass)
  • 家族帯同パス(Dependant's Pass)
  • 長期滞在パス(Long Term Visit Pass)
  • 長期滞在パスプラス(Long-Term Visit Pass - Plus (LTVP+))
  • 多用途就労パス(Miscellaneous Work Pass)
  • ワークホリデー・パス(Work Holiday Pass)
  • 研修者雇用パス(Training Employment Pass)
  • 研修者労働許可(Training Work Permit)

なお、永住権をもつ外国人は就業が自由であり、就労パスの取得は不要である(注4)

b) 規制・制限について

外国人労働者を雇用する企業に対する規制(数量調整)は、(1)各パスの取得要件である月額給与・資格等の条件引き上げ、(2)Sパスと労働許可保有者に対する外国人雇用税・外国人雇用上限率の設定、(3)建設・プロセス産業の労働許可保有者に対する新規外国人採用枠の限定――を中心に実施されている。

(1)による規制として、Eパス、Sパスの取得条件である給与基準の引上げがある。図表1のように、ここ数年引上げが見られ、これにより外国人労働者の雇用を制限している。

図表1:Eパス、Sパスの取得に必要な月額給与基準
2010年 P1(S$7,000)、P2(S$3,500)、Q1(S$2,500)、Sパス(S$1,800)
2011年7月以降 P1(S$8,000)、P2(S$34,000)、Q1(S$2,800)、Sパス(S$2,000)
2012年1月以降 P1(変更なし)、P2(S$4,500)、Q1(S$3,000)、Sパス(変更なし)
2013年7月以降 P1(変更なし)、P2(変更なし)、Q1(変更なし)、Sパス(S$2,200)
2014年1月以降 P1(変更なし)、P2(変更なし)、Q1(S$3,300)、Sパス(変更なし)

資料出所:労働力省HPプレスリリース等から筆者作成

(2)による規制としては、外国人雇用税(Foreign Worker Levy、以下FWL)がある。これは、Sパスまたは労働許可をもつ外国人労働者を雇う企業が、その雇用に対して毎月支払わなければならない一人当たりの雇用税である(注5)。外国人雇用上限率(Dependency Ratio Ceiling、以下DRC)は、Sパスと労働許可を保有する外国人労働者を雇う企業に影響を与えるもので、産業別に定められた企業の全就業者に対する外国人労働者の割合の上限率である。FWLとのセットで機能する。DRCの範囲内でいくつかの課税層(Tier)に分けられており、その層別に支払うFWL額が異なる(外国人雇用率が少ない方が低い額) (注6)。労働許可の場合は産業別に細かくFWLやDRCが決められており、これに変更を加えながら労働市場を調整するという政策をとっている(注7)

2003年から2008年の外国人労働者自由化政策が進められた時期には、DRCが引上げられ、FWLは引下げられる方針がとられていたが、近年のFWLは常に上昇傾向にあり、DRCは下方に向かっている(注8)(図表2)。

図表2:近年のDRC推移
  2012年以前 2012年7月以降 2013年7月以降
Sパス 25% 20% 15%
製造 65% 60% 60%
サービス 50% 45% 40%

高度技能者の雇用に対してはFWLやDRCが適用されず、低技能労働者においてもUnskilled労働者よりはSkilled労働者の方がFWLが低いなど、より高い技能の労働者の雇用へ、また外国人労働者の技能訓練へと企業のインセンティブが向かうような仕組みになっている。ただし、後に述べるように、FWLの上昇(そしてその存在自体)は、雇用主が不法雇用をするインセンティブともなりうることに注意が必要である。

(3)による規制として、建設・プロセス産業関連のプロジェクトに対して、種類と規模に応じた新規外国人採用枠(Man-Year Entitlement、以下MYE )が定められている。これは、「非伝統供給国」(バングラディッシュ、インド、ミャンマー、フィリピン、スリランカ、タイ)と中国からの新規の労働者の雇用を制限するものである。新規外国人とは、シンガポールでの就業累計年数が2年を満たない労働者をさし、プロジェクトの直接契約者が1年で雇用できる新規の労働許可保有者数を定めている。請負企業については、同直接契約者から新規外国人雇用の割当てを得る必要がある。なお、就業累計年数が2年を超える労働者およびマレーシア出身者および北アジア諸国(台湾、香港、マカオ、韓国)出身者についてはMYEの適用外である。

図表3、4、5に、Eパス、Sパス、労働許可別の条件や基準等をまとめた(2014年7月現在)。

図表3:Eパスの基本的な条件
パスタイプ 区分/学歴 最低給与額/月 家族同伴
(配偶者パスもしくは長期滞在パス)
Eパス 高度技能者    
-P1 ・専門家、管理職
・世界的な大学ランキングリスト(Top500~800)内の大学卒以上のもの
S$8,000 -義父母の同伴は不可に変更。父母、配偶者、21歳未満の子のみ。
-P2パス S$4,500 -父母・義父母の帯同不可。配偶者と21歳未満の子のみ。
-Q1パス S$3,300 -S$4,000以上のQ1パス保有者のみ、配偶者と21歳未満の子の帯同可。

資料出所:労働力省HP(外国人労働力/パス&ビザ)より筆者作成

Eパスには、学歴や資格、給与などの最低ラインが定められており、まずはこれをクリアしていなければ申請ができない上に、実際の承認可否は、申請者についてより複合的な判断が行われるため、基本的には最低基準を大きく上回っている必要がある。

図表4:Sパスの基本的な条件
パスタイプ 区分/学歴 最低
給与額
DRC課税層 FWL
(S$)
家族同伴
(配偶者パスもしくは長期滞在パス)
Sパス 中度技能者        
  ・専門学校、短期大学卒以上のもの S$2,200 10%未満 315 S$4,000以上のSパス保有者のみ、配偶者と21歳以上の子の帯同可。
*ポイント制の適用 ・技術資格   10~20% (サービス業のみ10~15%) 550  
  ・就業経験年数        

資料出所:同上

Sパスや労働許可の場合は、図表4、5にあるとおり、各産業別に定められた資格や試験通過が必要となる。求められる条件やFWL、DCR、付随する権利(家族同伴)などは常時変更がかけられ、近年これらの条件はより一層企業及び外国人労働者にとって就労パスの取得、更新を困難にしている。こうした施策は、ローカルの雇用を促進させるという政府の意思を表すものであり、そのような不満が市民の間に多くあることも同時に示唆している。

また労働許可について、EパスやSパスと異なる点として、最長雇用期間と最高雇用年齢が定められていることが指摘できる(図表5)。最長雇用期間は、R1パスで18年または22年、R2パスで10年である。ただし家事労働者に対する労働許可では、この最長雇用期間が免除される。またR1・R2パス共通で、労働許可申請時の年齢が18歳以上50歳未満 (マレーシア出身者のみ58歳)であり、就労可能な年齢は60歳までと定められている。家事労働者については、23歳以上と就業開始年齢が引き上げられているが、就労可能な年齢は同じく60歳までである。

図表5:労働許可の基本的な条件
パスタイプ 最長雇用期間(※1) 産業セクター DRC課税層 FWL(S$) 備考
労動許可
-R1パス (Skilled)
22年(建設、プロセス産業、海洋) 製造 25%以下 Skilled 250
Unskilled 370
使用者の義務
*保証金(S$5000)の納付
*医療保険の加入
*住居の提供
労働者の条件
*雇用最高年齢60歳
*申請時は18歳以上、50歳未満(マレーシア出身者のみ58歳未満)
※建設とプロセス産業は1ローカル・フルタイム労働者(※2)に対して7人の外国人労働者の雇用制限がある。海洋は、同1対5.
25%超-50% Skilled 350
Unskilled 470
50%超-60% Skilled 550
Unskilled 650
-R2パス (Unskilled) 18年 サービス 10%以下 Skilled 300
Unskilled 420
10%超-25% Skilled 400 Unskilled 550
25%超-40% Skilled 600
Unskilled 700
10年 建設※ MYE適用内 Higher Skilled 300
Basic Skilled 550
MYE適用外 Higher Skilled 700
Basic Skilled 950
プロセス産業※ MYE適用内 Skilled 300
Unskilled 450
MYE適用外 Skilled 600
Unskilled 750
海洋※ (MYE適用なし) Skilled 300
Unskilled 400
(家事労働)
-R2パス
なし (DRC、MYE適用なし)
通常
減額措置
265
120
労働者の条件
*8年の義務教育修了者
*23歳以上60歳未満

※1 マレーシアおよび北アジア諸国出身者(台湾、香港、マカオ、韓国)は、60歳までの雇用が可能であり、表の最長雇用期間は適用されない。

※2 ローカル・フルタイム労働者とみなされるための最低給与は、2013年7月よりS$850からS$1,000に引き上げられた。

資料出所:同上

さらに労働許可(家事労働者含む)で就労する外国人を雇用するものには、労働者の雇用開始・終了に伴い、以下の二つの責任が課されている。

i. 保証金(Security Bond)の支払い

労働者の入国前に、各人5000シンガポールドルを労働力省に預託しなければならない(注9)。保証金は、労働者の入国前に支払われている必要がある。保証金の全部もしくは一部の没収は、保証金条項(注10)または労働許可条項に反する行為が行われた場合に実施される。よくある没収のケースとして、賃金支払いの延滞と労働者の帰国の未履行である。なお、労働者が逃亡した場合に、雇用主が居場所を特定するための相応の努力が認められれば、保証金の半分(S$2500)を回復することができる。

ii. 労働者の帰国とその費用の負担

契約終了に際しては、労働者に合理的な通知を行い、また労働許可を取り消す前に賃金やその他補償の支払いを完了させていなければならない。帰国の全費用は、雇用主が負担する。労働者の出国が確認された時点で、保証金の責任が解除される。

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2.制度改正・最近の動向等

2014年1月より、ガイドラインとしての最低給与額について、新規就業者もしくは就業して間もない若年就業者については図表1の基準に基づくが、就業年数を重ねている場合はそれに相応したより高い給与を得ている必要があるとの変更が加えられた(Sパスについては2013年7月から適用済み)。学歴の基準(出身大学レベル)も上昇している。さらに同年8月より、企業がEパス保有者を雇用したい場合、シンガポール労働力開発庁のジョブ・バンク(オンラインの求人募集サイト)にて、同ポストを2週間以上公募しなければならない(注11)。この条件を満たないEパス申請は、却下される。

また、労働許可に関する近年の主な変更は次の通り。

  • 2012年7月より、「非伝統国」と中国出身者のR2パス保持者を対象とした最長雇用期間が6年から10年に延長された。
  • 2013年7月には、サービス・セクターを対象に、Job Flexibility SchemeMarket-Based Skills Frameworkが導入された。Job Flexibility Schemeは、サービス・セクターの労働許可保有者に、同じ企業内で異なる業務が遂行できるという柔軟性を与えるプログラムである。Market-Based Skills Frameworkは、それまではR2(Unskilled)からR1(Skilled)へのステータス変更の条件は資格取得(試験の通過)であったが、これに加えて、月収S$1,600以上でシンガポールで最低4年以上の就業経験をもつR2パス保有者には、R1ステータスを付与するというものである。労働力の制約の中で最大限に生産性を上げるのがこれら変更の目的とされている。また、UnskilledのFWLの上昇とSkilledのFWL据え置きという対策を同時に実行することで、企業にSkilled労働者を増やすインセンティブを与える意図がある。
  • 翌年には、建設産業等他の産業にも同様の変更が行われた。
  • 2014年5月以降、建設、海運、プロセス産業の3セクターにおいて、「非伝統国」と中国出身のR1保持者の最長雇用期間が18年から22年に延長された。
  • 同年8月以降、建設業において、R2パス保有者のR1パスへのアップグレード条件に、月収S$1,600以上で6年以上の就業経験があるものとの条件が加わり、R2からR1へのアップグレード条件が緩和された。
  • 2016年7月以降、R2パスの外国人雇用枠内で雇用されたR2労働者のFWLが、S$600からS$700に増加されることが発表され、より技能をもつ労働者を雇うことが企業の課題となった。

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3.流入・流出・在留状況

(1)外国人労働者の在留数、新規承認数

シンガポールにおける外国人人口(永住権保有者を除)は、産業化が進んだ80年代、特に建国以来のマイナス成長(1985年)から回復した80年代終わりから90年代中庸にかけて最初の拡大期がみられる。全人口に占める外国人の割合は、1987年の8%から10年後には18%に増加した。その後2004年までの増加率はマイナスもしくは低く、人口比19%前後で維持されていたが、00年代後半に再び急激な伸びがあった。2013年現在、全人口に占める外国人の割合は29%に達し、永住権を保有する外国人も含めれば、人口の約4割を外国人が占めていることになる。図表6は、1980年以降の人口の推移とその内訳である。

図表6:シンガポールの人口推移と内訳 (千人)
  1980年 1990 2000 2010 2012 2013
全人口 2,413.9 3,047.1 4,027.9 5,076.7 5,312.4 5,399.2
シンガポール市民 2,194.3 2,623.7 2,985.9 3,230.7 3,285.1 3,313.5
永住権保有者 87.8 112.1 287.5 541.0 533.1 531.2
外国人(永住権なし) 131.8 311.2 754.5 1,305.0 1,494.2 1,554.4

資料出所:統計局

次に、図表7は、外国人労働力人口と外国人労働力が全労働力に占める比率の推移を示したものである(永住者を除)。外国人労働力の推移を見てみると、1991年の30万人から10年後の2011年にはほぼ4倍に増え、現在(2013年)は130万人、全労働力人口に占める割合は38%に達している。00年代初期のITバブル、米国テロ、SARSの影響から回復した00年代後半には一時期外国人労働力の急激な増加が起こったが、金融危機の影響と2011年の総選挙を前に、2009年からは緩やかな増加へ切り替わった。

図表7:外国人労働力人口および外国人労働力率

図表7:外国人労働力人口及び外国人労働力率

資料出所:労働力省労働力調査データより筆者作成

今日のシンガポール人口540万人のうち、永住者53万人、永住者を除く外国人人口は155万人である。同外国人人口の前年6月時の内訳は、帯同家族15%、学生6%を除き、全体の約8割が、Eパス、Sパス、労働許可枠に分類される就労者が占めている。図表8は、パスタイプ別の外国人労働者数の過去7年の推移である。高度技能労働者のEパス保有者は、2011年までの数年間、毎年3万人前後の幅で伸びていたが、11年7月にさらに給与基準が引き上げられ、12年1月から学歴要件も上がったことで、初めてマイナスに転じた。逆に、2004年に導入された中度技能労働者のSパス保有者は、12年にも増加を続けており、この要因の一部はEパス保有者がSパスへレベルダウンしたケースがあったということである。このような事情から、現在Sパス保有者はEパス保有者に近い規模になっている。EパスとSパス保有者の総数は、2007年には外国人労働者全体の17%に満たなかったが、2012年には25%を占めるまでに成長した。これに対し、その残りを占める低賃金労働者である労働許可枠の外国人労働者は、現在100万人近く存在する。労働許可枠全体の増加に寄与しているのは、建設分野における労働者の拡大で、12年には前年比2.9万人増、13年には2.6万人増となっている(注12)。もうひとつの大きなグループを形成している家事労働者の傾向に大きな変化はなく、現在、毎年5千人前後の増加で推移し、2013年現在、21.5万人が登録されている。

図表8:パスタイプ別外国人労働者数の推移 (単位:千人)
パスタイプ 2007年 2008 2009 2010 2011 2012 2013
全体 900.8 1,057.7 1,053.5 1,113.2 1,197.9 1,268.3 1,321.6
Eパス 99.2 113.4 114.3 143.3 175.4 173.8 175.1
Sパス 44.5 74.3 82.8 98.7 113.9 142.4 160.9
労動
許可
合計 757.1 870.0 856.3 871.2 908.6 952.1 985.6
(家事) 183.2 191.4 196.0 201.4 206.3 209.6 214.5
(建設) 180.0 229.9 245.7 248.1 264.5 293.4 319.1
(他) 393.9 448.7 414.6 421.7 437.8 449.1 452.0

資料出所:労働力省、統計局

(2)外国人家事労働者

アジアでは、シンガポールだけでなく、韓国、香港、台湾、マレーシアなどの経済が発展してきた国において、海外から女性を家事やケアの労働者として受入れ、家庭内で就労させるという政策が実施されている。アジアのこれらの国では、政府が国民に対して実施する高齢者、障害者、育児関連の福祉政策は限定的であるが、それを補うため海外から家事やケアの労働者を雇用しやすくすることで、自国の女性の家事・介護・育児の負担を軽減し、女性の就労率や出生率を上げようとすることが政策の趨勢となっているようだ。

シンガポールでは、1987年に外国人家事労働者プログラム(Foreign Maid Scheme)が導入された。当時の住み込み外国人家事労働者の数は、5千人であったのが、1987年に2万人、1990年代末には10万人を突破し2005年には16万人に達し、現在 (2013年)では、公式に21万4500人が登録されている。2005年には7世帯に1世帯が外国人家事労働者を雇っていたのに対し、現在は5世帯に1世帯が雇っているという計算になる。80年代、中流階層の共働き夫婦は、住み込みではなく通いで掃除、洗濯等をする外国人を個人的なつてで週に1~2回雇うことがより一般的であった。それが、80年代後半以降、とくに90年代から海外からの住み込み家事労働者が増え始めた。その多くはフィリピン出身であったが、後にインドネシアからの女性も増えた。家事労働者として就業するものの外国人比率は、2011年で94.1%に達する。低賃金、厳しい労働条件、そして政策が加わり、このセクターは、外国人労働者に占められている。

外国人家事労働者に関する現在の雇用制度の概要は次のとおり。

まず、就労者の条件として、出身国、年齢、教育レベル等が定められており、加えて、出身国における2-3カ月の研修とシンガポール入国後の定住プログラムへの参加が義務づけられている。現在承認されている出身国は、バングラディッシュ、香港、インドネシア、マカオ、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、韓国、スリランカ、台湾、タイの計11カ国であり、承認国は拡張されてきた。今日まで、インドネシアとフィリピン両国からの家事労働者がシンガポール家事労働者のほぼ全体を占めているが、年々給与レベルが上昇しているため、より低賃金で、条件の厳しくない他国の家事労働者を求める人々もあり、家事労働者の出身国は多様化している(注13)。年齢は、労働許可申請時に23歳以上、50歳未満であること、学歴は最低8年の教育を受けていることが求められる。他にも、家事労働者は、実態だけでなく、制度上も「原則女性」とされているため、これに派生する義務として6カ月毎の定期健康診断が必須である。入国時には他の労働許可保有者と同様に、感染症に関する健康診断が行われるが、家事労働者のみ、その後6カ月毎に感染症および妊娠検査が義務付けられている。家事労働者含め労働許可保有者の妊娠は、労働許可の条件から逸脱したとみられ、現実的には、国内での堕胎か出産のための帰国の選択しか残されていない(注14)

他方、雇用主になるための条件は、21歳以上で、最低収入基準を満たす必要がある。ただし婚姻者は、配偶者と収入の合算が可能であり、他にも配偶者以外の家族との収入合算プログラム、もしくは一人暮らしで無収入の60歳以上の高齢者を対象としたスポンサーシップ・プログラム(子・孫が実際の雇用主となる)もある。具体的な収入基準値には言及されておらず、申請後、労働力省の判断にゆだねられる。また、雇用主が雇うことのできる家事労働者は原則一人であるが、18歳未満の子が二人以上または60歳以上の親 (もしくは義父母)と同居していることを条件に、二人目の家事労働者を雇用することが可能である。

家事労働や子供の養育だけでなく、高齢化社会を迎えつつあるシンガポールでは、家庭内における高齢者の介護のためにも、外国人家事労働者の需要は増加していくことが予想される。シンガポールでは、全世帯の8割以上が住む公団住宅の割り当てで親との同居が奨励されており、高齢者の面倒は国や病院ではなく、子供が見ることを前提としてきた。また1994年には、経済的に自立困難な両親を支援しない子供に対して国が介入して解決に導くことができるという、両親保護法(Maintenance of Parents Act)が成立している。そうした方針の一環であろうか、「原則女性」とされる家事労働者について、近年、男性の家事労働者(実際は介護ニーズとし)が例外的に認められてきた。ストレーツ・タイムズ紙によれば、2013年5月時点で、33名の男性家事労働者がシンガポールで働いており、寝たきりなどの高齢の親(特に男性)を抱える家族からの需要が多いとのことである。雇用エージェンシーは、今後もニーズに合わせて男性就労者を増加させていく予定だと述べている。なお、労働力省の対応に関して、男性家事労働者の場合は、特別の申請と理由説明が必要とされ、承認に時間を要することが報告されている。

2013年人口白書の基礎資料のひとつに、人口・人材局が2011年11月に作成した暫定資料「医療部門および建設労働者、外国人家事労働者の外国人労働力需要の推計」がある。これは、2030年までの医療部門及び、建設労働者、外国人家事労働者に関する労働力需要を推計した資料である。ここにおいて政府試算では、今後外国人家事労働者の規模は、建設労働者と同程度かそれ以上の規模まで拡大すると想定している。外国人建設労働者は、2030年、現在と同規模の25万人から30万人の範囲で必要であるとされるが、一方、外国人家事労働者の需要は、2011年の19万8千人から、2030年には30万人と、大幅に増加することが予想されている。その理由として、子もしくは高齢者を含む家族と共働き家族の増加を挙げているのは、政府が今後も子の養育および高齢者の介護について、家庭内でのケアを想定しているからに他ならない。

シンガポール政府の社会保障の原則にある“自助”努力の精神は変わらぬまま、近年では福祉政策の重視への政策転換が行われている。その一環ともみられるものに、家事労働者にかかる外国人雇用税(FWL)の動きがある。家事労働以外のすべての就労パス保有者については、これまで述べたようにFWLは増加の一途であるが、家事労働者についてのみ、税額が下がり続けている。2005年には、通常のFWLがS$345からS$295に減額され、また12歳未満の子か65歳以上の親族、または障害者をもつ場合に適用可能なFWLの減額制度(注15)を利用した際のFWLはS$200であった。ここ数年のFWLの通常額はS$265で据え置きされており、減額後のFWLについては2013年にS$170からS$120にさらに押し下げられた。また2012年から、外国人労働者交付金(Foreign Domestic Worker Grant)と呼ばれる家事労働者雇用のための補助金制度が開始しており、現在の条件は、65歳以上の親族と同居し、1世帯当たりの収入がS$2,600以下の雇用主を対象に、毎月S$120の交付金が受け取れるというものである。同制度の開始当初は、1世帯当たりの収入がS$2,200以下との条件であり、2012年の受益者は2000家族であった。このような政府支援もあり、家事労働者の雇用は、ますます多くの国民にとって手の届くものとなりつつある。

ただその一方で、外国人家事労働者の権利の整備は遅れたままである(注16)。家事労働者は、国内の雇用法および労働災害補償が適用されない。家事労働者は、雇用主と同じ空間で就労し、生活もするため、仕事とプライベートの区別はほとんどできない。そのため、労働時間が不明確である、閉ざされた空間の中で使用者の権利の濫用が起こりやすい、雇用主が外国人家事労働者の保証金(S$5000)を支払う必要があるため、過度の個人への監視が行われる、などが報告されている。法を犯した雇用主は厳しく罰せられるが、雇用がなければ自国に戻らなければならない外国人労働者にとって雇用主を訴えることはなかなかできないのが現状だ。近年の労働者保護の観点からの唯一の改善は、2013年1月より施行された家事労働者の週休一日原則である。また、労働者の賃金もその問題のひとつである。シンガポールでは最低賃金が存在しないため市場原理に任されていることも給与の低さにつながっているが、出身国とシンガポール現地での家事労働者仲介業者が多額の手数料(手配料など)を給与から天引きすることが慣行化しており、その手数料が、多いときには給与の一年分ほどになることもある。いくつかの労働者供給国は、労働条件・賃金などを定めているが、それらが遵守されていないのも現状である。

(3)不法外国人労働者

シンガポールにおける外国人労働者の管理政策は厳格であり、同国の不法労働者数は他の受入れ諸国と比較して少ない、というのが現在の一般的な見解である。80年代終わりから、シンガポール政府は増加する多くの不法労働者の存在について懸念を示しており、その表れのひとつとして、1989年には、主に建設業で不法に就労していた1万人のタイ人労働者の本国送還(注17)を行っている。1996年には5710人の不法外国人が、1997年には7600人が逮捕され、1998年3月の16-20日の間に約800人の不法外国人労働者が逮捕された。現在の不法労働者数に関するデータは少ないが、例えば、現地のメディアから、「労働力省は、2013年の最初の4カ月で、不法就労により381人の外国人を検挙した」や「不法外国人労働者を使用していたとして、2012年には74人、2013年には98人の雇用主が逮捕された」などの報道がみられる (注18)。従って、現在の不法就労者数は、入国管理や罰則の厳格化などにより、80年代末から比べると大きく減少していると考えられる。ただし、80年代、90年代の不法就労者の増加に関しては、合法外国人労働者の増加に比例という見方や、外国人雇用税の導入や上昇に比例という見方があり、それらに基づくと、現在のシンガポールの状況は、不法外国人労働者の減少を促すのとは反対の方向を指している。また、外国人労働者を不法な労働に導く要因のひとつとして、現在の労働許可制度の下では、労働許可申請時に契約した雇用主を変更することはできず、不当な対応にあった場合、それら労働者がインフォーマル・セクターへ移動し、働き続けるという状況が指摘されている(注19)

外国人労働者の不法就労には、労働許可を持たない(Social Visit、観光ビザ、学生ビザ等で入国も含む)、認可された労働許可に対応しない職場で働く、不正な情報 (学歴、給与等)での申請、労働許可の期限を越えて就労する―などのケースが挙げられる。また、不法外国人労働者の斡旋・雇用、賃金の不払いや労働許可に対応しない職場(産業)で働かせる、適正な居住を提供しない、ローカル労働者数詐欺(ローカルと外国人労働者の割合が制限されているため)など、違法な雇用主やシンジケートに対する取り締まりも行われている。不法就労および不法な雇用に関する労働者及び雇用主に対する罰則として、数カ月から2年までの禁固、最高2万シンガポールドルの罰金などが科されることになっている。また、労働者には本国送還と再入国の禁止などが課される場合もある。なお、雇用主側のみに非が認められる場合は、必ずしも労働者の本国送還とはならず、労働者を保護する観点から、労働力省が新たな雇用主を提供することも行われることもあるようである(注20)。外国人労働者にとどまらず、雇用主やシンジケートに対する罰則も近年強化され、2012年の改正には、労働者保護の観点がより盛り込まれ、罰則のレベルも引き上げられている。

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4.社会保障制度

シンガポールの社会保障制度は、市民と永住者を対象とした中央積立基金(Central Provident Fund、以下CPF)と呼ばれる強制貯蓄制度を軸に機能している。政府が定める一定の拠出率に基づいて労働者と雇用主それぞれが拠出し、これが被用者個人のCPF口座に積み立てられていくという完全積み立て方式で、老後の生活だけでなく住宅、医療、投資、教育などに利用することができる総合的な社会保障となっている。社会保障に対する政府支出は年々増加しているが、引き続き先進諸国の中において極めて低い率に収められており、政府支出は必要最小限にとどめられている。

したがって、外国人労働者に対する社会保障制度は皆無に等しいが、法律により、労災の場合は、雇用者に一定の範囲で補償することが義務付けられている。医療保険については、高度技能労働者(Eパス保有者)以外、つまりSパスおよび労働許可保有者については企業が加入することが義務付けられている。労働災害補償についての法律は、自営、家事労働者等が除外されるが、Eパス、Sパス、労働許可保有者がすべて補償の対象となっている。雇用法も、労働災害補償法の適用も受けない家事労働者については、医療保険と傷害保険の二つの加入が使用者には義務付けられている。なお、個別雇用パス(1.(3), a)のPEP参照)を除く外国人労働者は、失業と同時に就労パスを失い、出国が求められる。次表(図表9)に、市民、永住者、外国人労働者別の基本的な社会保障制度をまとめた。

図表9:市民・永住者・外国人労働者別社会保障制度
  市民 永住者 外国人労働者
Eパス Sパス 労動許可 家事労働
年金 CPF CPF なし
健康保険 なし 公的医療保険はないが、民間保険への加入が使用者には義務付けられている
医療補助 入院費・手術代(補助率は条件別)、診察代の定額化等 補助あるが、SCより減額、診察代の若干の高額設定等差あり なし
雇用保険 なし なし なし
労働災害補償制度 労働災害補償法(Work Injury Compensation Act, WICA)は、給与レベルに関係なく、自営業、独立請負人、家事労働者、公務員を除くすべての労働者に適用される。WICAは、就労中の疾病について、使用者に対して労働者の(1)病欠時の給与、(2)医療費、(3)終身傷害・死亡時の補償、を義務付けている 適用なし。使用者には個人傷害保険への加入が義務付けられている
雇用法の適用 雇用法の適用除外である管理職、船員、家事労働者を除く外国人労働者は、疾病手当てを受ける権利がある。外国人労働者については、民間の健康保険への加入は、使用者の義務である。ただし、Eパス保有者は、雇用法の適用を受けないため、企業は医療保険加入の義務がなく(Eパスの手作業労働者には適用)、また病欠時の給与も不要である; 適用なし。使用者には、民間の健康保険への加入が義務付けられている

資料出所:労働力省HP、保健省HP等より筆者作成

その他、シンガポールにおける公的扶助制度(注21)は、市民、永住者を対象としており、永住者以外の外国人は基本的に対象外となっている。

ただし、市民と永住者の間においても、医療に限らず、住宅、教育分野の政府補助において、ある程度の差が設けられ、近年、この差が拡大する方針がとられている(注22)

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5.労働市場に与える影響

多くの先進諸国が経験するように、シンガポールにおいてもサービス産業の拡大と製造業の縮小が起こっている。国内就業人口は、1992年から2013年の約20年間で、サービス業63%→70%、製造業27%→16%に変化した(注23)。このような産業構造の変化は、政府主導で積極的に進められてきたものだが、それにともなう外国人労働力の受入れも政府の管理のもと、行われてきた。

2001年の就業人口に占める外国人比はすでに31%だったが、2013年には38%まで増加している(注24)(図表10)。同期間(2001-2013)の産業別の外国人比の変化をみると、製造業は38.7%から52.2%へ、建設業は66.2%から75.3%へ、サービス業は21.7%から27.6%へ、全産業で上昇している。また同期間の絶対数の変化では、製造業のローカル就業者は約5000人減少、逆に外国人就業者が11万5千人も増加した。建設業では、ローカル就業者が約2万人増に対し、外国人就業者は約17万人大幅に増加した。サービス業では、ローカル就業者が65万人増加、外国人就業者が36万人増加であった。これらデータより、縮小産業である製造業ではローカルに代わり外国人が投入された、建設業ではその拡大したニーズの大部分が外国人によって埋められた、成長産業のサービス業ではローカル就業者の新規参入でも満たされない部分が外国人によって“補填”された――と言えるだろう。

図表10:産業別の就業人口および外国人人口
産業別 市民権等
の種別
2001年 2006年 2013年
就業人口
(千人)
割合
(%)
就業人口
(千人)
割合
(%)
就業人口
(千人)
割合
(%)
全体 2,170.0 100.0 2,495.9 100.0 3,493.8 100.0
ローカル 1,501.0 69.1 1,739.6 69.7 2,172.2 62.2
市民 1,344.0 61.9 1,498.5 60.0
永住者 156.9 7.2 241.1 9.7
外国人 670.0 30.9 756.3 30.3 1,321.6 37.8
製造 430.1 100.0 517.5 100.0 540.3 100.0
ローカル 263.8 61.3 286.7 55.4 258.5 47.8
市民 223.4 52.0 228.9 44.2
永住者 40.4 9.4 57.7 11.2
外国人 166.3 38.7 230.8 44.6 281.8 52.5
建設 287.2 100.0 255.5 100.0 477.1 100.0
ローカル 97.1 33.8 101.0 39.5 118.0 24.7
市民 80.8 28.1 80.1 31.3
永住者 16.4 5.7 20.9 8.2
外国人 190.1 66.2 154.5 60.5 359.0 75.3
サービス 1,438.8 100.0 1,706.5 100.0 2,450.0 100.0
ローカル 1,126.2 78.3 1,337.7 78.4 1,773.6 72.4
市民 1,026.6 71.4 1,176 68.9
永住者 99.6 6.9 161.6 9.5
外国人 312.6 21.7 368.9 21.6 676.4 27.6

資料出所:労働力省の労働白書等資料(Labour Market (2013), Employment of Singapore Citizens, Permanent Residents and Foreigners 1997 to 2006 (2008))から筆者作成

外国人労働者の流入による社会階層別の影響として、低賃金労働者に対してより大きなマイナス・インパクトがあると考えられるが、高度・中度技能労働者に対応する層についても何らかのマイナス・インパクトからは免れていないようである。労働許可で入国する多くの低賃金労働者は、建設、海運、清掃・メンテナンス、小売り・食品、飲食マーケット、家事労働などの3K職に集中しており、一般的にシンガポール人が入りたがらない職場の穴を埋めている。しかし、シンガポールの低賃金労働者層は、これら外国人労働者の参入による失職および賃金上昇の抑制の影響を被っていると指摘する研究もあり、2007年にWorkfare Income Supplementと呼ばれる高齢の低所得者層向けの所得補助制度が導入されたのは、その事実の深刻さを裏付けるものだといわれる。また、外国人の高度・中度技能労働者に対応する層として、シンガポールでPMET(Professionals, Managers, Executives and Technicians、管理・専門・技術職)と呼ばれる職に就く人々がおり、ローカル就業人口におけるPMETの比率は、2001年の28%から大きく増え、2013年には53%にのぼる。こうした人々からもまた、外国人労働力の流入による直接・間接的な解雇や、賃金の抑制が起こっているという声があり、メディア等で頻繁に取り上げられている。

それに対し、「政府が経済状況、労働市場を考慮したうえで、外国人労働者の流入を厳格にコントロールしているため、労働市場に対する影響は許容範囲内に収められている」というのがおおよその政府見解であろう。2014年2月に通商産業省から発表された『シンガポール経済統計2013』では、2012年末から2013年初めに施行された外国人労働者政策のさらなる強化が、昨今の賃金上昇を引き起こしたと説明している。また、外国人労働者の規制強化策と居住者(注25)の低い失業率が原因で、逼迫した労働市場は今後も継続するだろうと予測している。

2014年2月18日の国会において、「外国人ではなく、シンガポール人および永住者が、管理職・専門職ポスト(特にIT部門)に採用されているかを監視しているか、また過去3年間において企業によるローカル労働者を削減して外国人労働者を雇用するような事例を認知しているか、認知している場合当該企業に対してどういう対策を講じているか」という内容の質疑応答が行われた。これに対する労働力相の回答は、基本的に政府の現在の方針だとみることができる。その回答をまとめると次の通りである:
「現在も、ローカル(市民と永住権保有者)全体の失業率は低く(注26)、多くの雇用と求人が産み出されている。実際、シンガポール人の求職者数より多くの職が生み出されている。ローカルの管理・専門職の失業率は全体の失業率よりさらに低い。シンガポール経済が地域及びグローバルな役割を果たしているため、外国人労働力は、ローカル労働者を増大させ、またローカル労働者を補足し続けるだろう。結果として多くの企業がシンガポールに投資、進出し、雇用と求人を生み出す。政府の目標は、生み出される多くの機会にシンガポール人がアクセスできるよう支援することである。また、政府としては企業が管理・専門職の雇用に当たりシンガポール人を公正、客観的に考慮することを期待するが、企業が外国人を雇うかローカルを雇うかを決めるべきであり、その決断に政府が介入するのは現実的でも望ましいことでもない。これらの目的を達するため、政府が行っている政策の軸は、3つある。1つめは、安い外国人を雇い入れるというコスト・メリットをなくすために、ローカルの管理・専門職の給与上昇に伴い、SパスおよびEパスの給与基準も引き上げた。
2つめに、Fair Consideration Framework(注27)によって、機会の均等を確実にした。3つめに、教育システムと継続的教育と研修プログラムによって、競争力をもち仕事の準備ができたローカルの管理・専門職の形成を支援している。」

政府によるこうしたマクロレベルでの事実認識と、『外国人から職を奪われている』と感じる市民の感覚が乖離しているのは明らかである。下表(図表11)は、シンガポール社会への外国人労働者流入のインパクトをまとめたものである。政府にとっては、このプラス効果を増幅させ、マイナス効果の是正を図ることが今後の課題であろう。

図表11:外国人労働者のシンガポール各ステークホルダーに対するインパクト
ステークホルダー プラス効果 マイナス効果
経済 技能労働者による経済再編の促進、高いGDP成長と開発・起業を可能に 技能なし労働者が経済再編を遅らせ、生産性の低下を生む
政府 よりよい経済実績、税金や雇用税からの収入増加 インフラ整備やサービスのための政府支出の増加
ビジネス 利用可能な技能あり・技能なし労働力の確保、低い労働コスト 生産性へのマイナスの影響から事業運営のアップグレードの遅延
労働力 必要な労働力の補填、(外国人労働者増加による)雇用機会の増加 外国人労働力への代替、就職時の競争、賃金の抑制
家庭・公共 よりよい福祉サービスや家事労働者による生活の質の改善、住居や医療・交通のコスト軽減 公共空間や公共サービスの混雑による生活の質の低下

資料出所:"Foreign Labor in Singapore: Trends, Policies, Impacts, and Challenges"(2011)  上の表は同資料に記載の表を転用したものだが、表外の説明をもとに若干手を加えている。

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6.社会統合政策

(1)市民権・永住権の付与状況

シンガポールでは、現在、毎年3万人ほどの外国人が永住権を取得し、永住者のうち2万人弱が市民権を取得している。シンガポールにおける永住者は、準市民的権利を与えられたもので、選挙権がないことや兵役義務がないこと、市民より低額の医療補助であるなどの違いはあるが、市民とほぼ同等の権利を有している。ただし、近年シンガポール政府は、市民と永住者との差別化を図っており、以前よりはその差が拡大している。

市民権や永住権の申請に対しては、給与、学歴、年齢、滞在年数、シンガポール社会に根付く意思などが総合的に判断される。永住権は、外国人が市民権を得るためのステップとして設定されている。永住権申請は、市民・永住者の配偶者を除き、シンガポール経済に高く貢献していることが必要とされ、Eパス、Sパス保有者(注28)および起業家/投資家の申請枠組みはあるが、労働許可保有者の申請は認められない。また、市民権の獲得や永住権の資格では、常に民族間比率を守るように考慮されている。

図表12、新規の市民権と永住権付与数を示したものである。永住権は、80年前後は1万人弱、90年前後は2万人弱、90年代後半から2.5万人~3万人と比較的緩やかに増加してきたが、00年代の中盤から急速に永住権の付与が進められた。その後2009年に移住者の受入れ枠組みを厳格化したことで、永住権付与数が大きく減少し、近年の新規永住権付与は3万人近くに抑えられている。これは、2008年の申請却下数2.2万、2009年5.9万、2010年6.8万からわかるように、申請者数の減少によるものではない。市民権については、00年代の数年で付与数がほぼ倍増した。政府は、2013年の人口白書において、永住権は現在のレベル(年間付与3万人)を維持、市民権についても年間1.5万人から2.5万人を承認していく意向を示している。

図表12:新規市民権・永住権付与件数(2007-2012)

図表12:新規市民権・永住権付与件数(2007-2012を示したグラフ)

資料出所:人口・人材局 "Population in brief 2013"

(2)永住権付与の条件

シンガポールでは、従来、高度技能労働者に対して比較的スムーズに永住権の付与を行ってきた。しかし、新規永住権付与数の減少からもわかるように、近年その基準が引き上げられたことは明白である。永住権の申請・審査に関わる基本枠組みは、1)家族紐帯スキーム、2)技術・専門職スキーム、3)投資家/起業家スキーム、に分けられる。家族紐帯スキームでは、シンガポール市民の配偶者や親、子に対して被扶養者永住権を付与しており、2010~2012年平均で年間3800人の配偶者と340人の親・子に付与された。ただしシンガポール市民との婚姻によっても容易に永住権が得られることはなく、偽装結婚等への予防措置がとられている。技術・専門職スキームでは、2009年に2.7万人、2010年に1.1万人に永住権が与えられた。また投資家/起業家スキームの前身である投資家スキーム(2012年4月に終了)では、2004年から2012年の間に、1080人の投資家に対して永住権が付与された。つまり永住権は、その大半が技術・専門職スキームを通じて取得されている(注29)

技術・専門職スキームは、Eパス・Sパス保有者(注30)を対象としており、1)経済的貢献(収入)、2)学歴・資格、3)年齢、4)社会への統合力・ルーツを評価するための家族プロフィール――など、申請者毎に総合的評価を行い、決定が下される。1)~4)の他に、居住年数や人種についても判断材料とされる可能性はあるが、いずれの項目がどれだけ重要とされるかなどの基準の公開は、制度の乱用を防ぐために行われていない。2005~2010年の技術・専門職スキームで永住権が付与された申請者のプロフィールは次の通りである(2012年1月の国会質疑にて)。

  • 年齢 56%が、30歳未満
  • 居住年数 85%が、雇用パスを含む最初の長期滞在パスが発行されてから5年以内
  • 高い学歴 83%が、専門学校・大学卒以上
  • 収入 23%が、4,000S$/月以上(2012年1月以前のP2パスの基準)
    ※ただし、2009年の移民規制の厳格化により、4,000S$以上の収入を得る申請者の割合が、2010年には43%にまで上昇した。

なお、永住権付与者には、最長5年を期限(注31)とした再入国許可(REP: re-entry permit)が発行され、これを更新していく必要がある。REPの更新を怠った場合もしくは更新申請が却下された場合、永住権がはく奪される。毎年2%ほどのREP更新が拒否されており、理由としては、国外滞在による長期不在、十分な収入の欠如、家族ルーツの喪失などが挙げられている。

(3)国民統合評議会

移住者や外国人労働者の社会統合に対する努力は、国民統合評議会(The National Integration Council、以下NIC)を通して行われている。2009年4月に設立されたNICは、官民から選ばれた22名(注32)によって構成されており、彼らが統合のための戦略やプログラムを討議する。また、コミュニティ、メディア、学校、職場で分けられた4つのワーキング・グループが置かれているが、NICはこれらWGによって提案されたプログラムに戦略的方向性も与える。実務上は人口・人材局が事務局となり、その運営と調整にあたっている。

設立当初、社会統合の戦略的プログラムは、コミュニティ統合基金(Community Integration Fund、以下CIF)、英語レッスンの受講促進、帰化と統合の旅(Naturalisation and Integration Journey)の3つの軸からなっていたが、現在は、英語レッスンの受講促進が政府の社会統合政策のなかで言及されることはなく、CIFとシンガポール市民の旅(Singapore Citizenship Journey、以下SCJ)が中心となっている。

2009年9月に1,000万シンガポールドルの基金をもって発足したCIFは、非政府組織や草の根組織、企業などに対して承認されたプロジェクトの80%以内かつ20万シンガポールドル以内の資金援助を行う。これまで、280の統合イニシアチブと160の組織が支援されてきた。対象となるプロジェクトの内容は、新規移住者(新しく市民となった人々)や外国人がシンガポールに統合できるための情報提供、新規移住者・外国人とシンガポール人の交流の促進、シンガポール人と新規移住者・外国人の間の多様性などの理解促進――などが主なものとされる。2011年に立ち上げられたSCJは、新しい市民に対してシンガポールの規範と価値の理解を深めることを目的とし、16歳以上60歳以下のすべての新規移住者が公式な手続き完了前に参加することが義務付けられている。その“旅”の内容は、(1)シンガポールの歴史や政策などに関するオンライン・プログラム、(2)歴史的ランドマークや公的機関を実際に巡るシンガポール・ツアー、(3)地元での交流を深めたり参加できる活動を知るためのコミュニティ共有講習会――。

(4)居住空間を通じた"統合"への取り組み

シンガポールでは、人口の8割超がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)という団地当局の下にある公共住宅団地に暮らしている。HDBは、独立前の1960年、衛生環境の悪いスラムなどに住んでいた多くの市民のために適正な居住空間を提供することを目的に設立された。80年代末、民族間対立の可能性が社会問題として浮上した際に、いくつかの地区において特定民族の集中がみられることが報告された。この問題への対策として、政府は1989年、民族統合政策(Ethnic Integration Policy、以下EIP)を導入した。これは、「ブロック」と「近隣」の二つのレベルでの民族比の上限を定めたものである。人口の実際の民族比に多少余裕を持たせた配分となっており、例えば2000年の人口比は、華人77%、マレー人14%、インド人8%であったが、同年のEIPの近隣上限率は、各々84%、22%、10%であった。また、ブロック内上限率は、各々87%、25%、13%と定められていた。

この民族比制限に加えて、現在では、永住者と外国人に対する上限率も定められている。まず永住者には新規のHDBフラットの購入が認められていないため中古のHDBフラット購入についての制限として、永住権保有者の近隣上限率は5%、ブロック内上限率は8%と定められている。なおマレーシア人の永住者はこの適用を逃れる。また、2014年1月以降、非マレーシア人の永住者および外国人の賃貸についても規制が作られた(外国人は賃貸のみ可)。今後は、非マレーシア人の永住権保有者および外国人は、近隣内比率8%以内、ブロック内比率11%以内が守られる場合のみ、HDBフラットを賃貸することができる。

EIPは人種的統合と調和を促進するために導入されたものであり、人種的飛び地の形成を防ぐことを目的としている。また、永住者・外国人に対する施策は、『公的住宅において外国人の飛び地の形成の予防と社会的結合を目的とし、非市民がローカル・コミュニティにより良く統合することができるのを確かにする』というのが公式見解である。

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注:

参考資料:

  • Chia Siow Yue (2011), “Foreign Labor in Singapore: Trends, Policies, Impacts, and Challenges,” discussion paper series No.2011-24, Pihippine Institute for Development Studies
  • Md Mizanur Rahman (2006), Foreign Manpower in Singapore: Classes, Policies and Management, Asia Research Institute Working Paper Series No.57, University of Singapore
  • Pan Eng Fong/Linda Lim (1982), “Foreign Labor and Economic Development in Singapore”, International Migration Review Vol.16, No.3
  • Sullivan, Gerard; Gunasekaran, Subbiah; Siengthai, Sununta (1992), “Labour Migration and Policy Formation in a Newly Industrialized Country. A Case Study of Illegal Thai Workers in Singapore”, ASEAN Economic Bulletin Vol.9, No.1 (Jul. 1992)
  • 田中恭子(2002)『国家と移民:東南アジア華人世界の変容』名古屋大学出版会
  • 小保内弘子(2000)「シンガポールの経済発展と外国人:専門家労働力の流入-移民政策を中心に―」明治大学短期大学紀要
  • 村田翼夫編著(2001)『東南アジア諸国の国民統合と教育』東信堂

主な参考URL:

参考:

2015年1月 フォーカス: 主要国の外国人労働者受入れ動向

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