非正規雇用をめぐる英・仏・独の動向
ドイツの非正規雇用

ドイツの非正規雇用は1990年代以降増加し、現在は全雇用の約37%を占めている。労働市場に対し政策はこれまで、規制緩和という方針で対応してきた。これは持続する大量失業の原因が労働市場の硬直性にあるという見解に基づくものであったわけだが、この見解は理論的な不透明さを解明されないまま、ハルツ法改革(2003~2005年)に至るまで継続的な規制緩和を推進する原動力となった。

しかしこれらの雇用形態に内在する問題は今日、不安定性リスクの上昇という形で表面化している。つまり柔軟性に対する限界が拡がった。規制緩和が果たして就業率や失業率にポジティブな影響をもたらす唯一最良の方策であったのかという疑念と共にドイツ社会に新たな問題を投げかけている。

非正規雇用の概念

ドイツにおける非正規雇用は、通常いわゆる正規雇用に対する逆の概念として定義される雇用形態の集合体を指す。それでは正規雇用は何かというと、(1)生計を維持する所得を伴うフルタイム労働、(2)期限のない雇用関係、(3)社会保障制度への包摂(失業・疾病・年金保険等)、(4)労働関係と使用関係の一致、(5)使用者の指示に対する労働者の遵守義務などで特徴づけられる雇用である。つまり、非正規雇用はこれらの特徴から少なくとも一つが逸脱した雇用形態ということができるが、両者における雇用形態の境界線は必ずしも明瞭ではない。例えばフルタイム労働とパートタイム労働の境界線については労働時間週35時間を境として、契約上の取り決めをベースにそれより短い労働時間の就業者はパートタイム労働者と見なされる。他方ドイツ統計局は、パートタイム労働を週20時間以下の労働と定義している(注1)。

非正規雇用をその特徴に着目して区分すると、(1)僅少雇用(2)パートタイム労働(3)有期雇用(4)派遣労働の4形態となる。

(1)僅少雇用(ミニジョブ)

社会法典第4編(SGB IV)第8条によると、僅少雇用とは月収400ユーロ以下の雇用、または短期雇用をいう。短期雇用とは、年間労働が2カ月以下、または50日以下の雇用である。僅少雇用の最近の大きな改革は2003年に「労働市場における近代的サービスに関する第2法」(ハルツ第II法)を通じて行われ、報酬の上限が月額325ユーロから400ユーロに引き上げられ、同時にそれまで適用されていた週労働時間の制限(最大15時間)が廃止された。

僅少雇用においては、就業者は税金も保険料も支払う必要がない半面、使用者には25%の一括納付金が導入され、2006年には30%に引き上げられている。一方この改革において就業者には、社会保険加入義務のない僅少副業(注2)が導入された。

(2)パートタイム労働

パートタイム労働は「パートタイム労働・有期雇用契約法」(TzBfG)で定められている雇用形態。規則的な週労働時間が、賃金協約が定める週労働時間をフルタイムで働く労働者の週労働時間より短いものをいう(第2条)。同法はその目的をパートタイム労働を促進することに置くと定めている(第6条)。従って労働者はパートタイム労働の請求権を持ち、雇用関係が6カ月以上ある場合、契約上の労働時間を縮減することを要求できる。使用者はパートタイム労働を同法の基準に則って認める義務があり、労働者からの請求を拒む正当な理由(注3)がない限り、労働者の希望に応じた労働時間の配分を確定しなければならない。

また同法第4条は差別禁止を定めている。パートタイム労働者は異なる扱いを正当化する客観的な理由がある場合を除いて、基本的に相当するフルタイム労働者と同等に扱われなければならない。使用者は同等のフルタイム労働者の労働時間の割合に相当する以上の労働報酬を保証しなければならないとしている。

(3)有期雇用

有期雇用はパートタイム労働と同様に「パートタイム労働・有期雇用法」(TzBfG)により規定されている。同法は目的に応じて雇用期間を限定することを認めているが、雇用契約の有効期間を限定することは、それが客観的な理由(注4)により正当化される場合においてのみ認められる(第14条)。

他方、客観的理由のない雇用契約の有効期間の限定は2年であり、最高3回まで更新が認められる。更新の回数または有期雇用の最高継続期間については、逸脱する内容を賃金協約により確定することも可能である(注5)。また、労働者が有期雇用開始時に53歳以上で、開始前に4カ月以上失業、操短手当を受給、または社会法典第2・第3編の公的助成措置である雇用対策に参加していた場合は5年まで認められている。なお、有期労働者も原則的に期限のない雇用契約を伴う同等の労働者と同様に扱われる。

(4)派遣労働

1972年の営業派遣規則に関する法律「労働者派遣法(AÜG)」は、労働者派遣業(gewerbsmäßige Arbeitnehmerüberlassung)を認めている。当初3カ月に限定されていた派遣期間は6カ月、12カ月、24カ月と順次拡張され最終的には完全に撤廃された。

同法において建設業の派遣労働は制限されているが(第1条b)、一般的拘束力宣言を受けた賃金協約がこれを定めている場合、または建設業事業会社間で派遣元会社が3年以上前から同一枠組み・社会保険賃金協約またはその一般的拘束力に拘束されることを証明できる場合には認められる。また第9条により、派遣先企業への派遣期間中、派遣労働者に対して同等の労働者に適用されるより低い労働条件(労働報酬を含む)が定められた取り決めは無効とされている(注6)。

非正規雇用の現状

1990年代初頭以降、非正規雇用は全形態で増加が見られるが、そのテンポや変化の幅は様々だ(図表1参照)。パートタイム労働は景気周期に関係なく継続的に増え続けており、2008年には雇用全体の26%以上を占めるに至っている。僅少雇用(ミニジョブ)は1990年代半ばのハルツ法改革による規制緩和の影響で重視されるようになった。就業者の14%強が僅少雇用に従事している。正業の他に僅少副業に従事している人を加えれば就業者全体に占める割合は20%弱となる(注7)。有期労働者の割合は1990年代半ば以降、法的枠組み条件の複数回にわたる緩和措置にも拘らず一定水準に留まり、約10%前後で推移している。派遣労働は、就業者全体に占める割合が依然2.3%と比較的低い水準にあるものの、次第に存在感を増している。連邦雇用エージェンシーによると2008年6月には80万人以上の派遣労働者を数えた。しかし経済危機の影響から2009年5月まで派遣労働者の数は30%以上減って52万人に激減した。その後2009年上半期の間低いレベルで推移した後、2009年9月にはまた約6万人増えている。このような推移からもこの就業形態が景気緩衝材としての機能が強いことが明らかである。つまり彼らはかなり高い雇用リスクを背負っているといえる。

非正規雇用は主に女性が従事する雇用形態である。就業女性全体の57%強は非正規雇用をベースに働いている。これに対して男性の割合は17%弱に過ぎない。非正規雇用形態のなかの例外は派遣労働であり、これは男性が中心だ。

非正規雇用の増加傾向は産業分野全体に見られる現象である。もっとも顕著な伸びを示しているのが商業・飲食業の分野で、その割合は1997年から2007年にかけて11%上昇した。特に飲食業の分野ではこの雇用形態の割合は33%という高率を示している。最も高いのは36%の公的・私的サービス業だ。また属性で見ると、非正規雇用の割合が高いのは15~24歳の若年層(39.2%)で、この割合は1997年から2007年にかけて19.7%上昇した。これに対して45~55歳の労働者は22.4%で最も低い。

図表1

注:西部ドイツのみ。各形態は重複する可能性があるため率の合算はできない。

資料出所:SOEP, Seifertによる独自計算

(1)派遣労働の現状

最近存在感を増している派遣労働の現状を見てみよう。派遣労働者を利用している割合はそもそも全企業の3%とごくわずかに過ぎない。企業規模に応じてこの割合は上昇し、就業者数250人以上の企業では40%と利用の幅も大きく異なる。派遣労働の主要投入分野は製造業だ。派遣労働者全体の約70%がここに投入されている。派遣労働を取り入れている割合は鉱山、エネルギー、上水道分野が12.1%、製造業12.9%、建設部門2.2%、商業、修理、交通、マスコミ、金融業2.4%、企業向けサービスが1.3%、全産業平均で3.6%となっている(注8)。

依然として派遣労働者全体のおよそ4分の3を男性が占めている(2008年度平均で73%)。このことは派遣労働が依然として商工業分野に多いことと関係。男性派遣労働者全体の約半数が職人、機械工もしくは補助作業員として働いている。女性では組織・管理・事務職が目立つ。2008年に女性は派遣労働者全体の27%(前年26%、1998年20%)を占めていたが、その割合は上昇傾向にある。

雇用関係は短期間のものが多い。2008年度の下半期に期限を迎えた雇用関係のうち51%が3カ月以下のものだった(2007年は56%、1998年は67%)。派遣が短期間であることから、派遣元会社が派遣社員を受注状況に合わせて可能な限り柔軟に調整していることが窺える。派遣労働者の8%弱は僅少賃金(すなわち月給が400ユーロ以下)で就労している。

非正規雇用の問題点

非正規雇用は正規雇用より大きな不安定性リスクを抱えている。最近における多くの調査が賃金格差、雇用安定性、職業再訓練の機会などの点で問題点を指摘している。

(1)賃金格差

非正規雇用が賃金の面で正規雇用より劣っていることについては、複数のデータで広範囲の一致が見られている。特に目立っているのが僅少雇用における低賃金だ(注9)。派遣労働に関しての格差はそれほど大きくないが、有期雇用やパートタイム労働も賃金面で正規雇用の就業者と同等ではない結果が得られている(注10)。

非正規就業者のうち低賃金ラインを下回る賃金を受け取っている人の割合は、正規雇用の就業者に占める割合より明らかに高い(図表2参照)。2007年で比較すると、非正規労働者の33.8%が基準賃金(注11)の3分の2以下であったのに対し、正規労働者は9.5%に過ぎない。

低賃金基準値を下回る就業者の割合は非正規雇用の形態によりかなり異なっている。最も高い値は有期僅少就業者の64.5%で、無期の僅少労働者の54.4%がそれに続く。以下、派遣労働者44.1%、有期パートタイム就業者31.4%、有期フルタイム労働者29.2%、無期パートタイム就業者23.2%の順となっている。

図表2

注:西部ドイツのみ

資料出所:SOEP、独自計算

(2)職業訓練の機会

職業継続教育へのアクセスは労働時間の長さと関係する。パートタイム労働者と僅少労働者は、正規労働者よりも職業継続教育へ参加する機会が少ないことが指摘されている。僅少な週労働時間は企業の職業継続教育への参加を決定的に阻んでいる。逆に言えば、労働時間が長ければ、それだけ企業職業教育への参加は容易になる。職業継続教育を受けられないリスクは正規雇用と比して、僅少労働の女性の場合14.3倍高く、男性の場合には3.7倍高い。僅少労働は職業機会へのアクセスに関して明らかにネガティブな効果を生んでいる(注12)。

企業内における職業訓練の参加でも、非正規雇用が占める割合が比較的低いことが分かっている。2004年は正規労働者の34.4%が講座に参加したのに対して、非正規労働者の値は25.9%に過ぎなかった。この値は僅少労働者については有期で13.9%、無期で15.0%であり極端に低い。社内研修講座への参加率が正規労働者より大幅に低いのは派遣労働者も同様の結果となっている。

(3)非正規雇用から正規雇用への移行

非正規雇用から正規雇用への移行は、その逆の移行、すなわち正規から非正規の移行よりはるかに困難である。有期労働者や派遣労働者は、再就職後も同様の不安定雇用形態に陥る場合が多い。移行に関する最近の分析(Gensicke2009他)から、非正規雇用が正規雇用への橋渡しになる確率は限定的であることが分かっている。従前僅少労働者だった人が再就職で正規雇用に就く確率は最も低い。正規雇用への移行では、従前派遣労働者だったグループが34%で最も高い確率を示している。これに対して僅少労働から正規雇用への移行は9%にとどまり、この移行が困難であることを示している。また、正規から正規への移行(65%)に見られるように、以前の雇用関係と同じ就労形態に移行する確率が高いことが観察される(図表3参照)。

資料出所:移動研究Infratest/経済社会学研究所(WSI)2008 

経済危機下における非正規雇用

非正規雇用が経済危機においてどのような役割を果たしたのかということは2010年になって初めて言えることであり、非正規雇用がどの程度景気の緩衝材となり得たのかを示す実証的データはまだない。労働市場は通常、2~3四半期のタイムラグを伴って経済情勢に反応する。 ただし全ての形態の非正規雇用が同様に景気に反応するわけではない。ドイツにおいて景気の影響を受けやすい雇用形態は派遣労働と有期雇用だと考えられている。この2つの雇用形態においては解雇コストも発生せず、大量解雇の際に対象者の選択で社会的対立が起こることもない。彼らの大半は企業の生産活動維持に不可欠な特有の技能を持ち合わせていないため、基幹労働力として認められていない。さらに派遣労働者や有期労働者は社内の再訓練に参加することもあまりないため、人材への投資コストを恐れる必要もないのだ。

一方、パートタイム労働と僅少労働に関しては危機から受ける打撃が比較的少なかったことは現時点ですでに確認されている(連邦雇用エージェンシー, 2009)。2009年、社会保険加入義務のあるパートタイム雇用は前年比で約21万人増え、社会保険加入義務のあるフルタイム雇用は逆に約35万人減少した。さらに230万人の社会保険加入義務のある就業者は追加的に僅少副業も行っていた。これは前年比7万1000人、3.2%の増加であった。

結論

非正規雇用が周期的な景気変動でどのような役割を演じているのかについて最終的な判断が不可能だとしても、これまでに分かっている事実から、特に派遣労働と有期雇用は危機が原因の需要の落ち込みを緩和するために重要な役割を果たしていることが明らかになった。ただしここで留意すべきは、最近の経済の落ち込みが過去の危機と比してより深刻だったことである。従って調整の幅もより大きくなる。ここで大きな意味をもつのは、雇用を安定させるために労働時間が果たす貢献である。企業は外部数量と内部数量における両方の柔軟性を併用している。彼らは基幹労働力を維持しつつ、雇用リスクを派遣労働者、有期労働者に転嫁しているのである。他方パートタイム労働者と僅少労働者は雇用リスクにそれほど晒されていない。

しかしながら、量的分析で測れないのが非正規雇用の質的側面だ。特に派遣労働者と僅少労働者は労働条件に関して正規労働者と比較し明らかに不利な立場にいる。彼らは柔軟性の予備軍として高い雇用リスクを背負っているばかりか、より劣悪な労働条件に耐えなければならない。この質的側面こそ、非正規雇用を論じる上で中心に据えて議論されるべき問題であろう。

*本稿は、非正規雇用に関する欧米主要先進国の専門家に実態調査を依頼した調査結果(2009年)に基づき、JILPT国際研究部が主要部分を編集したものです。なお調査結果の全文については、近日中にJILPTより報告書を発行する予定です。

参考

  1. 1ユーロ(EUR)=118.60円(※みずほ銀行ウェブサイト新しいウィンドウへ2010年5月10日現在のレート参考)

原著者略歴

Dr. Hartmut Seifert(ハルトムート・ザイフェルト)/前ハンスベックラー財団経済社会研究所所長

1975年よりハンスベックラー財団(WSI)主任研究員、1995年より2009年1月まで同研究所所長を務める。JILPT委託専門調査員。

2010年5月 フォーカス:非正規雇用をめぐる英・仏・独の動向

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