公共職業教育訓練
ドイツの公共職業教育訓練
—デュアル・システムを中心に

ドイツの職業教育訓練は、職業学校で理論を学び企業で実践を学ぶ2元的制度「デュアル・システム」に特徴があげられる。その特質は労働組合、企業、政府の緊密な連携にあり、現在にいたるまで、改善・改革は労使政による社会的議論や共同決定に基づいて行われてきた。また、職業教育訓練の内容についても労働者および使用者の意見から受ける影響が大きい。「デュアル・システム」がドイツにおいて実施されてきた背景には、個々のセクターが機関の利害に関わらず、これを超えて全体的利益の享受という観点から相互の協力体制を構築し、職業教育訓練が展開されてきたというところにポイントがあるようだ。

基本的な制度の枠組み

ドイツの公共職業教育訓練の法的枠組みを規定する「職業教育訓練法(BBiG)」は職業教育訓練の種類を「養成教育訓練、向上教育訓練、再教育(職業転換)訓練」と定義している。養成教育訓練とは、若年者を対象に行われる企業での職場実習と職業学校における理論教育を平行して行う一定の職業資格の取得を目的とした初期訓練であり、デュアル・システムがこれに当たる。向上教育訓練は職業経験者の知識・技能・技術の向上を図るために行う訓練で、これはマイスター制度など専門技能資格制度ともリンクする。再教育訓練は現在の職種では就職が難しいため、他の職種に就職(転換)するために必要な職業能力を身につける訓練と位置づけられ、失業者および経済的弱者が主な対象となっている。また社会法典第Ⅲ編による労働市場改革により、向上教育訓練と再教育訓練は「継続教育訓練」として位置づけられ、労働市場政策と連携して展開されている。

職業教育訓練の実施主体についてみると、養成教育訓練の主管省庁は連邦政府(連邦教育研究省:BMBF)と州政府、継続教育訓練の主管は連邦政府(連邦労働社会省: BMAS)と州政府となっている。一方、管理運営主体は養成教育訓練が会議所と州政府であり、継続教育訓練は連邦雇用エージェンシー( BA:旧雇用連邦庁)(注1)である。主な訓練実施機関としては、養成教育訓練は企業と職業学校が、継続教育訓練は職業専門学校、専門学校、大学といった公的教育機関と会議所、企業、労働組合、民間訓練機関が混在して担っている。なお、学校教育はすべて州政府の所管である。

訓練企画の策定

国家における職業教育訓練全体の方針策定および基本的な制度設計を行うのは連邦政府(連邦教育研究省:BMBF)であるが、具体的な企画の立案、関連規程の整備、訓練実施プログラムの策定に関しては、連邦職業教育訓練研究機構(BIBB)が重要な役割を担っている。この組織は職業教育訓練促進法(1981)に基づいて設立された機関であり、職業教育訓練に関わるすべての事項について政府に助言を行える立場にある。同機構は組織体の形態としては独立の研究機関となっているが、その運営にあたっては労使が深く関与する。例えば国家レベルの職業教育訓練規程の企画に関しては、労使によって任命される教育訓練の専門家が規程の草案作成に携わる。また、連邦職業教育訓練研究機構によって組織される国家レベルの「中央職業教育訓練委員会」、州レベルの「州職業教育訓練委員会」にはそれぞれ連邦政府、州政府のほか労使および教育訓練実務専門家が対等な立場で参加し、重要な検討事項を協議する。なお、同機構は政府が実施する公共職業教育訓練施策に対する評価も行っている。

若年者の養成教育訓練

ドイツの若年者(義務教育修了者)を対象とした初期養成訓練は「デュアル・システム」と「全日制職業学校訓練」によって行われる。デュアル・システムには、(1)訓練の場が職業学校と企業であること、(2)職業学校では理論を学び企業では実践を学ぶこと、(3)職業学校は州の主管であり企業での職場実習は連邦政府(連邦教育研究省)の主管であること、という3つの2元性が含まれている。週のうち1~2日(全訓練時間の約3割)は職業学校で職業に係る理論教育が、残りの3~4日(全訓練時間の約7割)は企業で職場実習がそれぞれ行われる。デュアル・システムの訓練生は職業学校の生徒であると同時に、企業と職業訓練契約を結ぶので、訓練生手当が支給されるほか社会保障制度の対象にもなる。デュアル・システムは主に基幹学校修了者を対象として実施され、幅広い職業に関する基礎知識と、特定の職業に必要な専門能力を身につけ、即戦力となる熟練労働者を養成することを目的とする。職業訓練が行われる公認訓練職種は約350職種。訓練期間は職種によって2年(販売などの事務系職種)~3年半(電気・電子及び機械系職種)であり、訓練修了後に試験が実施され、試験に合格すると訓練職種に関する公的な職業資格が付与される。

また、全日制職業学校では、デュアル・システムに組み込むことが難しい保険衛生、医療福祉関連(介護、育児、看護、助産婦、医学療法など)の職種を対象として訓練が実施される。義務教育を終えた若年者がこれらの職業教育訓練コースに進む割合は、デュアル・システムが約55%、全日制職業学校が約10%、残りの35%が普通教育において大学を目指すコースを選択している。

継続教育訓練

継続教育訓練は「継続職業教育訓練」と「非継続職業教育訓練(成人教育訓練)」に大別され、在職者、失業者及び経済的弱者対象の職業教育訓練政策(向上教育訓練、再教育訓練)は前者の継続職業教育訓練に位置する。

  1. 向上教育訓練

    向上教育訓練には、(1)能力、知識、技能の維持・向上、あるいは市場、技術の変化への対応を目的とする「適応向上教育訓練」と、(2)企業内外でのステップアップを目指す「昇進向上教育訓練」がある。「昇進向上教育訓練」は、熟練工を養成するわが国でもよく知られた「マイスター制度」が中心。訓練修了後にマイスター、テクニカー、各職業における専門士といった公的資格の取得や商学士などの学位取得を伴う修了試験が行われるのが特徴で、現在約200 の資格があり、その内約170 が「マイスター」資格である。一方、適応向上教育訓練は3日以内のコースを中心とする短期間のコースがほとんどである。

    中世以来の伝統持ち、ドイツの産業発展を支えてきたこのマイスター制度であるが、最近の経済をとりまく環境変化により転機を迎えていると言われる。厳格な資格取得を義務付ける現行の制度は、個人が起業する際の足枷になる恐れがあり、大量の失業者を抱えるドイツの労働市場においては時代の要請に沿った柔軟な制度にすべきとの声がある。これには一部の職種を資格から外す等の対応が考えられるが、徒に規制を緩和することは、逆に人材の質や技術の低下を招く恐れもあり、国際競争力の維持という観点からは慎重な対応が求められている。

  2. 失業者及び経済的弱者対象の職業訓練(再教育訓練)

    再教育訓練は「失業の恐れのある者、長期失業者、低資格労働者を労働市場に結びつける」ための職業教育訓練である。再教育訓練は社会法典第Ⅲ編に基づき連邦雇用エージェンシーによって管理運営される。連邦雇用エージェンシーが支援するプログラムには、継続職業教育訓練の支援と労働市場政策による特別プログラムがある。前者の通常の継続職業訓練支援プログラムは、主に全日制の継続職業教育訓練コースの受講料、宿泊費用及び参加者の手取り賃金の60~67%(少なくとも1人、あるいは扶養義務のある子供がいる場合は67%、それ以外は60%)に相当にする生計手当を支援するプログラムである。このプログラムの対象者は失業者および失業の恐れにある者で公共職業安定所での認定を受けなければならない。

また労働市場政策に伴う近年の特別プログラムとして、「Job-AQTIV法(労働市場改革のための法律)」に基づいたプログラムと「労働市場近代化のための法律(通称ハルツ法)」に基づくプログラムがある。「Job-AQTIV法」に基づいたプログラムには、厳しい雇用失業情勢に対応するため、「ジョブローテーション」と「未熟練従業員等の訓練のための賃金助成」が主なプログラムとして実施されている。ジョブローテーションは、従業員を職業教育訓練に参加させている間、その仕事に失業者を雇用した企業に賃金の50%から100%が最長1年間助成される制度で、もう一つの「未熟練従業員等の教育訓練のための賃金助成」は、企業が無資格者の従業員または未熟練従業員を 職業継続教育訓練へ参加させる場合に、賃金の全部または一部を助成するプログラムである。

一方「労働市場近代化のための法律」に基づくプログラムには「職業訓練クーポン券制度」がある。このプログラムは再教育訓練などの継続職業教育訓練が必要な者に対して、公共職業安定所から職業訓練クーポン券(クーポン券には訓練目的、訓練内容、訓練期間とクーポンの有効期間が記載)が支給され、参加者は有効期間内に認定された訓練機関の認定された講座の中から自分の訓練目的に合ったものを選んで受講できるという仕組みだ。

職業教育訓練制度改革の方向性

ドイツにおける中長期的主要な課題の一つに人口動態の変化が挙げられる。これは他の欧州諸国に比べドイツにとってはより深刻な問題である。こうした背景に対し、政府は職業教育訓練を将来の経済的・社会的発展の鍵として、高度な資格取得を最良の失業防止策と捉えている。

また過去10年来、EUの教育訓練政策をめぐる議論の中心的テーマに「生涯教育の枠組みおよび文化の創出」というテーマがある。これはEU全体で取り組んでいるものだが、ドイツにおいても厳しい経済環境の中、初期において労働者が取得した資格だけで経済社会における新たな課題に対応するのは困難になってきており、継続的な生涯教育の重要性が高まっている。人口動態の変化に起因するドイツの労働人口の減少と継続教育の減退が相互に増幅し合う傾向にあることも継続教育訓練関連のデータからわかってきている。特に、低水準の資格しか持たない人々は、継続教育を受ける機会の活用度も低い。

以上の点を踏まえ、職業教育訓練制度の改革を加速させるべく、連邦政府は2008年1月、「資格認定イニシアチブ」を立ち上げた。これは、早期の児童教育から継続教育及び職場での訓練に至る生涯教育の推進及び支援を目指す活動を包括するものである。この施策の創設に先駆けて、連邦政府は2006年春、2つのタスクフォース「職業教育訓練イノベーションサークル(IKBB)」と「継続教育訓練イノベーションサークル(IKWB)」をスタートさせた。2007年7月、IKBBは「職業教育改革に関する10項目のガイドライン」を定め、その大部分が資格認定イニシアチブに盛り込まれることとなった。同ガイドラインは、ドイツの職業訓練が国際的に高く評価されているのは、デユアル・システムに基づく職業教育訓練がドイツの競争力および革新力に重要な貢献を果たしてきたからと理由づけており、今後は職業教育訓練施策を通じて、職業訓練から雇用へのより高い移行を実現すると同時に、経済ニーズに見合った資格を持つ熟練労働者を確保していくことが重要としている。

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