公共職業教育訓練
総論:欧米先進国の職業訓練政策の特徴と方向
—わが国の政策の方向を考える

学習院大学教授 今野浩一郎

欧米先進国が直面する職業訓練政策上の課題には、わが国と共通する点が多い。それらの諸課題に対する各国の工夫と経験を明らかにすることは、わが国の政策を考えるうえで参考になろう。今回の特集では、イギリス、ドイツ、フランスの職業訓練政策が紹介されている。ここでは全体のまとめとして、各国の政策が21世紀に入り転換点を迎えていることから、政策変化の特徴とその背景について説明し、わが国の政策の方向を考えてみたい。

(1)競争力強化策としての職業訓練への政策転換

第一の変化は、国際競争力のある産業・企業を作り上げるには労働者の職業能力の向上が不可欠であり、そのためには政府は企業や労働者を積極的に支援する必要があるという、職業訓練を競争力強化策として捉える考え方が強まったことである。これは、失業者等の経済的弱者を支援することを重視してきた従来型の政策を大きく転換するものであり、具体的には以下の政策がとられている。

労働者を支援する政策では、訓練対象者を失業者等の狭い範囲に限定せずに、在職者を含めた労働者全体に拡大する方向が重視されている。この代表的な政策が「労働者の生涯にわたり訓練機会を提供する」という生涯訓練政策であり、フランスでは「生涯にわたる職業教育に関する法律」等によって生涯訓練を受ける個人の権利の強化をはかっている。またイギリスは、リーチレポートの「低い水準にある労働者の職業能力を世界水準に引上げる必要がある」との勧告に基づいて改革を進めている。

事業主を支援する政策では、フランスは従来から、事業主から徴収した拠出金を社内教育の実施に合わせて還付する仕組みを通して事業主による訓練を促進する政策をとってきたが、他国でも同趣旨の政策が採用されるようになってきている。たとえばイギリスは、事業主を直接支援する「Train to Gain」政策を導入し、今後も強化するとしている。最後は事業主のニーズに合った訓練体制を整備するための政策であり、職業訓練計画の作成に事業主が関与する仕組みを強化する取り組みが進められている。

(2)失業対策から失業予防を重視する職業訓練への転換

すでにふれた生涯訓練政策は、失業者のための伝統的な失業対応型訓練を失業予防型訓練に拡充する政策でもあり、各国が共通して重視している政策転換である。その背景には、失業対応型は対症療法的な政策であり、深刻な失業問題を解決するには限界があるので、労働者が失業しないように能力を養成しておくことが重要であるとの考え方がある。

この失業予防型政策の第一の特徴は、失業対応型とともに生涯訓練政策のなかに統合されていることである。たとえばドイツでは、失業者を対象とする転換訓練と在職者を対象とする向上訓練を継続訓練として統合し、それに沿って作成された労働市場近代化法に基づいて、失業の恐れのある未熟練在職者に訓練を提供する事業主に対しては賃金助成を行い、当該の在職者に対しては職業訓練クーポン券によって訓練費用を補助する政策を導入している。もう一つの特徴は、訓練対象とする労働者の範囲が失業者から就職の難しい若者、さらには在職者へと拡大していることであり、そのため上記のドイツの職業訓練クーポン券は受給対象者を広く設定している。

(3)職業訓練を効果的に推進するための政策転換

これまでは「誰を対象にするのか」の観点からみてきたが、産業・企業、個人のニーズにあった職業訓練を効率的に提供するために「訓練をいかに実施するのか」の推進体制の面でも政策転換が起きている。

第一は権限を中央から地方に移管する分権化の政策であり、たとえばフランスは、1980年代から権限の州への移管を進めてきたが、20世紀に入ってもこの分権化政策を推進している。ただし、全ての権限を中央から地方へ移譲するということはなく、管理運営は地方政府・政府直轄機関等で行うが政策の基本的枠組みの企画・設定は国で行う、というのが各国共通に見られる一般的な体制である。

労働者の就職を促進するとともに、労働者ニーズに合った職業訓練を効率的に実施するために、個々の労働者に対して職業相談、職業訓練、職業紹介からなる一連のサービスを統合的かつ個別的に提供する体制を整備する。これが第2の政策転換であり、たとえばフランスは、失業手当の給付にあたって、職業相談・職業訓練の計画を個人別に作成し再就職を促進する雇用復帰支援計画を導入している。

最後に、職業訓練を効果的、効率的に行ううえで重要な職業能力評価についても政策転換が起こっている。まずは能力評価基準を「仕事で使える能力」に基づく基準に再編し、就職に結びつく職業能力評価制度を構築するという動きであり、イギリスのNVQがよく知られている。さらに、学校教育上の資格と職業資格との相互認定を推進する政策、公的な職業資格を持たない労働者の職業能力を公的に認定する政策も推進されており、ドイツとフランスの職業経験認定制度は後者の典型例である。

(4)日本にとって参考になること

(高度技能人材と指導者を養成する取り組み)
以上の各国の政策転換の経験は、わが国にとってどのよう点で参考になるのか。まず注目したい点は、職業訓練政策の対象が、失業者等の経済的弱者という伝統的な分野から在職者、事業主まで拡大していることであり、その背景には「競争力強化のための人材育成」「生涯訓練」「失業予防型訓練」の重要性がある。

この在職者と事業主を重視する変化のなかには、競争力強化のために高度人材をより高度な人材に育成する「高度人材育成型」と、雇用の場を獲得し維持するための基本能力を養成する「基礎能力養成型」という方向の異なる2つのベクトルがある。この点からみると、各国が導入している事業主、在職者を支援する政策は主に基礎能力養成型であり、高度人材養成型は、マイスター養成を主目的としたドイツの公的資格取得制度等にとどまる。高度人材の養成は高等教育機関に任せるというのが一つの選択であるが、それでも「もの作り」等の現場で高度な仕事に従事する技能人材の養成は難しい。若年者養成のデュアル・システムからマイスター養成制度まで整備しているドイツであっても、高度技能人材の不足に頭を悩ませている。

これはわが国も直面している課題であり、各国の経験をみるとつぎの対応が考えられる。企業が高度技能人材を社内で養成するには有能な指導者が必要であり、その養成のためには、「マイスター養成は指導者養成でもある」というドイツの経験が参考になり、現場における技術力、管理力とともに指導力を養成するための訓練コースを公的に整備する意義は大きい。しかし、ドイツがそうであるように、それだけでは十分ではない。これまでのように企業に多くを任せていては解決できない問題であるので、政府が高度技能人材養成システムを強力に推進する必要があり、そのための工夫が問われている。

(職業訓練の推進体制に関する取り組み)
推進体制については、各国とも実施機能を中心に政府の役割を縮小させ外部機関を活用する政策をとっている。わが国もその方向で進んでいるが、そこで問題になることは受け皿となる良質な外部機関をいかに育て確保するかである。各国の経験を踏まえると、政府の財政支援を受ける公的機関の役割が重要であり、具体的には、学校教育機関との協力関係を形成する、経営者団体等の公的機関を職業訓練機関として育成する等が解決の方向になろう。

第2に、各国とも労働者の個別的なキャリア形成との有機的な連携を重視しており、たとえば失業対応型訓練では、職業相談と職業訓練と職業紹介の一連のサービスを個別的に提供する体制の整備が進められている。わが国でも重視すべき点であり、そのためには職業紹介機関と職業訓練機関との協力体制の整備と両機関でのキャリア・コンサルティング能力の向上が重要な課題になる。さらに職業能力評価との関連では、各国の経験とわが国の現状を踏まえると、多くの企業と労働者をカバーする体系化された評価制度を構築するとともに、評価された能力(職業資格)と学校教育上の資格の相互認定、現場で積み重ねた能力を公的に認定する仕組みの可能性を検討してみる必要があろう。

最後に職業訓練の方法に関連して、各国のわが国と最も異なる点は、企業が参画するOJT方式つまり「雇用と訓練の結合」方式の訓練が重視されていることである。現場で役立つ職業訓練が基本であれば、わが国でも「雇用と訓練の結合」方式を重視すべきであり、そのためには、人材養成の社会的役割を引き受けるという考え方を企業に持ってもらう必要があり、また政府はそれを促進し支援する政策を強化する必要がある。

国際比較を通して得られる政策上の課題について検討してきた。わが国政府の政策作りに参考になればと思う。

2009年6月 フォーカス:公共職業教育訓練

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