欧州における高齢者雇用の現状と政策:フランス
早期退職が根強い文化

フランス委託調査員
藤本玲

現状

(1) 高齢化の状況

フランスで65歳以上の高齢者人口の割合が総人口の7%に達するいわゆる「高齢化社会」に到達したのは、1865年のことであった。その後高齢者人口比率が14%以上となる「高齢社会」となったのは114年後の1979年であった。しかしながら、1980年代以降高齢者比率が13%台に戻った。2006年現在、65歳以上の高齢者の比率は16.2%(注1)で高齢化は極めて緩やかなスピードで進んでいる(図1参照)。

(2)労働力率・失業率

フランスにおける中高年の労働力率は、1970年代まではEU 諸国(EU15 カ国の平均、以下同様)と比べて高かった。しかしながら1980年代以降、60歳以上の労働力率は極めて低い水準となっている(図2参照)。一方、失業率は2005年下半期以来、低下傾向にあり、2006年5月末には9.1%となったが、1970年代や1980年代初めよりは、依然として高い。(注2)年齢別では中高年の失業率が比較的低い水準を保っているのに対し、若年者の失業率が高い(図3参照)

(3)労働市場からの引退年齢

フランスにおける1911年以前生まれ世代の労働市場からの引退年齢は、平均で63歳であった。その後、早期引退が進み、1932~36年世代では、同57.5歳まで低下し現在も同様の水準である。(注3)

(4)中高年の就労意欲

世論調査会社IPSOS が、2004年11月に50歳以上の就業者を対象に行なった「労働市場から引退し、年金生活に入る理想の時機」に関する調査によると、「出来る限り遅く」と回答した者は、13%に過ぎなかった。(注4)このように、フランスにおける中高年の就労意欲は極めて低い(図4参照)。フランスでは、現在、65歳未満の定年設定は、現在のところ、原則として禁止されている。ただ、産業別の労使交渉で合意した場合は、その限りではない。

高年齢者雇用政策

フランスにおける中高年の低労働力率は、失業率、特に若年層のそれが高止まりする中、中高年労働者を労働市場から引退させ、若年求職(失業)者の雇用機会を増やす政策が採用されてきたことに起因している。つまり、フランスでは年金支給開始年齢を60歳に引き下げ、55歳から59歳を対象とした早期あるいは段階的退職を促す制度が整備されるなど、中高年労働者の労働市場からの引退を促進する政策が続けられてきたのである。従って、フランスにおける雇用政策は、若年者や長期失業者を対象としたものが多く、高年齢者の就業を促進させる施策は現状では少ない。そこで、本章では、数少ない高年齢者就業促進策のうち、特殊雇用契約、中高年齢層向け職業紹介の強化策、中・高年齢層の教育訓練支援を紹介する。

(1)特殊雇用契約

フランスにおける積極的失業対策(注5)の一つに「特殊雇用契約」がある。これはある一定の条件の下で締結できる雇用契約で、雇用主への賃金補助や再就職後の職業訓練費用の補助などを雇用契約に盛り込むことが多く、雇用(再就職)を促進させている。

例えば雇用主導契約(Contrat Initiative Emploi)は、無職の者を、パートタイム(最低週20時間)かフルタイムで雇用させる契約である。雇用期間は無期か24カ月以下の有期で、その間に企業内指導員による研修を受けたり、勤務時間外での職業訓練を任意で受けることも可能である。労働者には、最低賃金(SMIC)以上の報酬が支給され、その一部(最高SMICの47%)を国が負担し、社会保険料の雇用主負担の一部が免除される。2002年には、雇用主導契約により再就職を果たした労働者の26%が50歳以上であった。(注6)この特殊雇用契約は、中高年のみを対象としたものではないが、彼らの再就職に一定の貢献が認められる。

(2)中高年齢層向け職業紹介の強化

公共職業安定所ANPE は、一部の大企業と協定を結び、高年齢者を積極的に紹介している。例えば、ANPE と金融業大手のソシエテ・ジェネラル(Societe Generale)社は、2006年1月、高年齢の求職者の(再)就職を促進させるために協力する協定を締結した。同社は、転職してしまう若年従業員の補充などのために、高年齢者を積極的に受け入れることにしている。同様の協定は、自動車製造業のルノーとの間でも結ばれている。

(3)中・高年齢層の教育訓練支援

中高年の職業訓練参加率は若年者と比べて低い(図5参照)。そのため、2004年5月に公布された法律では、職業訓練により職を維持することを目的に「再熟練化制度(Periodes de professionnalisation:直訳すれば、専門化期間制度)」が創設された。これは期限を定めない雇用契約を締結して就労している従業員のうち、20年以上の就労経験のある者や45歳以上で(現在就労する企業における)勤続年数が1年以上の者などで、職務遂行上の困難に直面している者の職業訓練を受ける権利を明らかにしたものである。

具体的には、当該従業員又は雇用主からの提案で職業訓練が実施される。この職業訓練は、就業時間内又は就業時間外に行なわれ、就業時間外に実施された場合、雇用主は(就業した場合に支払われる)賃金の半額相当額の手当を支給しなければならない。また、この職業訓練に掛かる費用は、雇用主が負担することになっている。この制度の導入が、中高年の職務遂行能力の向上に繋がると期待されている。

(4)EU の年齢差別禁止指針に沿った国内施策

フランスでは、差別対策法(注7)が2001年11月に公布され、年齢による差別解消も、盛り込まれた。この法律における例外規定のために(注8)、年齢による差別は解消に到らないかもしれないが、少なくとも減少すると思われる。

また、2005年6月、差別問題などを調査、審議するための機関HALDE(差別対策・平等促進高等機関Haute Autorite de Lutte contre les Discriminations et pour l'Egalite)が発足した。このHALDE には、企業に対する抜き打ち検査を行なうことや、また、年齢を理由に採用しなかったことが判明した場合、企業に最高15000ユーロ(約220万円)の罰金を科す権限を付与されている。これにより、時間のかかる司法手続きを経ずに制裁措置の実施が可能となり、雇用機会均等の促進および差別抑制効果が期待される。(注9)

労働市場からの引退と社会保障制度

(1)公的年金制度

フランスの公的年金制度は、保険原理に基づく社会保険方式を採用しており、職域連帯に基づいて成立している。民間企業従業員など「一般制度Regime general」への加入者や一般国家公務員など、大部分の勤労者の年金支給開始年齢は60歳である。しかし、自由業者が65歳、国鉄職員が50歳または55歳など、制度によっては給付開始年齢が異なる。平均給付月額(男性)は、1362ユーロである。(注10)就労しながらの年金受給はある一定の条件の下で可能である。

(2)失業保障制度

フランスにおける失業保障制度は、失業した元被用者が対象となる「失業保険制度(Regime d’assurance chomage:財源は労使が納める保険料)」と職業経験のない求職者や失業保険の対象を過ぎた長期失業者等が対象となる「連帯制度(Regime de solidarite:財源は租税)」から成る。

「失業保険制度」による失業手当給付額は、従前賃金の57.4~75%(上限額あり)である。給付期間は、就労月数により決定され、原則として7カ月間から23カ月間である。しかしながら、直近の36カ月間に27カ月以上の保険料拠出を証明できる50歳以上の失業者は、最高で6カ月間、失業手当を受給することができる。また、57.5歳以上の失業保険受給者は、申請により、毎月の求職活動報告を免除されることがある。

「連帯制度」には、「老齢年金相当給付(Allocation equivalent retraite)」がある。これは、公的年金の保険料を160 四半期(40年間)拠出した60歳未満の失業者を対象に、年金支給開始(60歳)までの所得を保障するものである(つまり、給付期間は、受給者が、60歳に達するまでである)。給付額は、世帯収入に応じて変わり、原則として月額936 ユーロが最高額である(注11)。このように、失業保障制度が高年齢者の引退を促す要因となっているため、政府では、これを見直す動きを見せている。(注12)

(3)プレ年金

フランスには早期または段階的に引退した場合に支給される様々な所得保障制度(以下「プレ年金」(注13))がある。これは主に公的年金支給開始前の55歳から59歳を対象に早期あるいは段階的退職を認める制度で、早期退職時または就業時間削減時から公的年金支給開始時までの所得保障を行うものである。このプレ年金を利用して従業員を解雇する企業は、ある一定割合の代替従業員(特に若年者)の雇用を義務付けられていることもある。2004年には、約3.5万人が新規にプレ年金を利用し、同年末の適用者総数は約14万人であった。(注14)

高年齢者の継続雇用に関する取り組み

2001年3月にストックホルムで開催されたEU首脳会議では、2010年に55歳から64歳の就業率(注15)を50%にするという目標が決定された。しかしながら、フランス政府は、上昇する失業率、とりわけ若年者のそれを低下させる対策に追われていた。

設定された目標まで5年に迫った今年(2006年)6月になって、政府は、高年齢者の雇用を促進させる向こう5年間(2006年から2010年)の行動計画を正式に発表した。これは、昨年10月13日の労働組合と経営者団体の合意を基本としている。この合意はその後、政府により修正され、労働組合等との3回の協議を経て、今年3月9日、経営者団体と主な労働組合(CFDT、CFTC、CFE-CGC)により、正式に承認されていた。ド・ヴィルパン首相は、今回の計画を具体化するため、関連する法の整備を「早急に」行なう意向を明らかにし、3労働組合も同意しているため、あまり混乱も無く、段階的に実施に移されると思われる。この行動計画を実行に移すため、政府は2006年に1000万ユーロの追加拠出を予定している。

主な内容は以下の通りである。

(1)高年齢失業者向けの特殊雇用契約の新設

57歳以上でかつ公共職業安定所ANPEに3カ月間以上求職者登録をしている者などを対象に、契約期間が18カ月以内の有期雇用契約(1 度だけ更新が可能)を新設する。無期限の雇用義務のないことから、高年齢者の採用を促すことが期待されている。

(2)ドラランド課徴金の廃止

この計画では、ドラランド課徴金(Contribution Delalande)を、段階的に廃止することが盛り込まれた。この課徴金は、1987年に創設され、50歳以上の高年齢従業員を解雇した際に、企業が地域商工業雇用協会(ASSEDIC)(注16)に支払う負担金で、「失業保険制度」の財源の一部となる。そのため、企業が中高年の採用を躊躇する原因になると考えられてきた。そのため、既に、45歳以上で採用された従業員を(50歳以上で)解雇する場合に、この課徴金が課されないような制度改正が2003年に実施されていたが、今回、段階的に廃止することが決まった。

ドラランド課徴金の段階的な廃止手続きを定める法律の発効後に採用した従業員を解雇した場合、この課徴金は課されない。またドラランド課徴金自体が、2010年1月1日を以て完全廃止される予定である(つまり以前から雇用されていた従業員を50歳以上で解雇した場合も、この課徴金の支払いを免れる)。これは、課徴金の支払いを恐れた企業主が中高年の採用を控えるという傾向をなくすことを狙っている。

(3) 65歳未満の定年設定の禁止

現行法では65歳未満の定年を設定することが、例外ながらも認められている。しかしながら65歳未満の定年を設定している場合は、労使交渉を通じて2009年12月31日までに、解消しなければならなくなる。

(4)年金を受給しながらの就労を促進

年金を受給しながらの就労を促進させることも盛り込まれている。現在、年金を受給しながらの就労は、勤労収入(賃金)と年金の合計額が、年金受給開始直前の最終賃金額を超えない場合、可能である。しかしながらこのことが、年金受給開始以前に低賃金だった者の(年金受給後の)就労抑制に繋がっている。例えば、最低賃金水準SMIC の賃金を得ていた者が、年金受給開始後に就労しても、勤労収入(賃金)と年金の合計額が、SMIC を超えるまでに就労することは、許されない。

そこで、今後は、勤労収入(賃金)と年金の合計額がSMIC の1.6 倍になるまでは、就労することが可能になる。その結果、低所得者だった者の年金受給開始後の就労を促進させる効果が期待される。

(5)年金割増率の引き上げ

現在、完全年金(フルペンション)の受給資格を持つ者が、支給開始年齢(60歳)を超えて就労を継続し、年金受給を繰り下げた場合、その繰り下げた年数に応じて、年金支給額が増額される。その割増率は、1年繰り延べにつき3%である。それを、今後は1年繰り延べで3%、2年目以降は(1年につき)4%、65歳以上まで繰り延べた場合は5%(同)と、割増率が引き上げられる。

(6)高年齢者就労キャンペーンの実施

今年9月から、500万ユーロを費やし、全国規模で、高年齢者就業に対するイメージを変えるための大々的なキャンペーンを実施する。具体的には、企業や個人(世論)向けに、新聞広告、ラジオやテレビのCM などを流すことが考えられている。現在のところ、2007年までの2年間を予定している。

労働意欲をいかに高めるか

フランスでここ数十年続いてきた早期退職政策の結果、中高年の労働力率の低下が、はっきり表れている。従ってこの傾向を反転させる必要があるが、公的年金の支給開始年齢引き下げやプレ年金に対して、国民は肯定的に捉えている。

フランスでは労働者自身が進んで早期退職する場合も多く、会社側が早期退職を促すことの多い日本とは状況が異なっている。また、公的年金支給開始年齢が60歳と低い年齢に設定されているのにもかかわらず、同年齢の更なる引き下げを求めるデモも、時折実施されている。政府は、経営者団体および労働組合と協議の上で、高年齢者の就労促進策を打ち出した。これを成功させるためには、中高年の労働意欲をいかに高めるかが重要である。

参考

2006年11月 フォーカス: 欧州における高齢者雇用の現状と政策

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