欧州における高齢者雇用の現状と政策:総論
「欧州の高齢者雇用対策と日本」

労働政策研究・研修機構客員研究員
(職業能力開発総合大学校客員教授)
岩田 克彦

急速な高齢化が進む日本

近年の人口高齢化は、税及び年金等社会保障負担の増大の見通しとあいまってEU諸国でも、政策転換を促している。まずわが国と欧米の状況とを比較してみよう。日本の場合、図1でみるように高齢化がとくに急激なため、欧米各国以上に、できるだけ多くの高齢者が社会に支えられる側から社会を支える側へ回ることが必要なことがわかる。例えば、2020年の日本では、勤労者世代を20歳から70歳までとしても、勤労者2.89人で一人の高齢者(70歳以上)を支えないとならないが、同年のEU平均では、勤労者世代を20歳から65歳までとした2.78人とほとんど変わらず、日本の方が5歳長く働いてちょうどEU諸国と同じになる。EU諸国が65歳までの就業促進を図るなら、日本は70歳程度までの就業促進を積極的に図る必要があることになる。アメリカの人口構成は、EU諸国よりさらに若い(図2参照)。

また、わが国の特徴として、特に1947~49年生まれの団塊世代の高齢化には目が離せない。団塊の世代は、現在総人口の約5.4%(2000年で約700万人)と高い割合を占めるが、今後2007年から2009年にかけ60歳に到達し、2012年から2014年にかけ65歳に到達する(図3参照)。

高齢者の就業率は高いが、就業内容面では課題が多い

2005年の男性55―64歳層の就業率を比較すると、EU計が53.1%、アメリカが67.0%であるのに対し、日本は78.9%となっている。日本の特徴は高齢者、とくに男性の就業希望者が多いこと、そして就業率が欧米諸国と比べて大変高いことだ。しかし、一般労働市場を通じた高齢者の再就職は厳しい。60~64歳層の有効求人倍率は2006年9月で0.60 倍(年齢計1.05倍)という状況である。再就職後の賃金変化を厚生労働省「2005年雇用動向調査」で見ると、転職入職者で賃金が前職と比べ1割以上低下した者の割合は、年齢計で21.5%であるのに対し、60~64歳層では51.8%と極めて高くなっている。また、雇用継続の場合でも、賃金、処遇、就業形態などが60歳前後で大きく変化する。厚生労働省「2003年雇用管理調査」によると、一律定年後の再雇用制度がある企業で、(1)雇用形態は、正社員17.4%に対し、嘱託社員61.7%、パート・アルバイト21.1%、契約社員14.9%、(2)処遇は、役職が変わるが59.6%で、変わらないが18.0%、(3)資格は、変わるが47.5%、変わらないが29.4%、(4)仕事の内容は、変わるが19.5%、変わらないが63.3%、(5)賃金は、下がるが78.2%、変わらないが9.2%となっている。各項目とも、大企業ほど変わるとする割合が高くなる。賃金の変化の度合を、内閣府「高齢社会対策の総合的な推進のための政策研究会」(2005.7)の企業調査(2005年1月実施)でみると、「20~30%未満」が最も多く賃金制度に変化のある企業(63.1%)の25.9%、それに拮抗して「10~20%未満」が同24.6%を占める。一方で50%以上の変化がある企業も同16.7%ある。こうした就業環境に加え、健康状況、年金等による経済的充足等により、60歳を超えると雇用者割合は大きく減少する。

しかし、欧米に比べると高齢者の就業意欲は高く、活かさないのは大変もったいない。本年4月施行の改正高年齢者等雇用安定法により、公的年金支給開始年齢の引上げスケジュールに合わせた継続雇用制度の段階的導入が義務化された。この改正高齢法を前提とし、労働者・企業の雇用・就業継続に対するニーズの多様性に配慮し、かつ、就業内容面の改善を伴った高齢者の本格就業の実現が、日本の大きな課題である。こうしたわが国の実態をふまえ、欧州の状況を見てみよう。

早期引退文化からの政策転換

EU諸国では、経済不況、若年労働者の過剰供給を背景に、特に1980年代以降、政労使が一体となって早期引退を促した。その結果、特にドイツ、フランス等の欧州大陸諸国では、早期引退が文化として定着してしまった。しかし、EU諸国でも、日本に比べれば穏やかとは言え、高齢化は急速に進んでいる(図1参照)。近年の人口高齢化は、税及び年金等社会保障負担の増大の見通しとあいまってEU各国において、政策転換を促している。1990年代初めから政策転換(注1)の試みが開始されている。

早期退職促進プログラムが、若年失業の改善策として効率的でないことが多くの研究で明確になった(早期退職により空いたポストが若年者で補充された職場は非常に少なかった)こともあり、欧州各国政府は、早期引退を容易にしている諸プログラムの廃止ないし参入制限を始めるとともに、労使及び高齢者個人に対する意識啓発キャンペ-ンを試みている。こうした政策努力もあり、55~64歳の男性就業率を見ると、各国とも90年代前半ないし半ばに最低水準に落ちこみ、その後90年代後半に微増に転じ、2000年以降増加幅が増している。国別にみると大きく異なり、スウェ-デン(もともと福祉給付より就労第一主義)やデンマーク等では高位を保ち、オランダ、フィンランドでは大きく回復している。フランスも上昇に転じたが、オーストリアのように低水準が続いている国もある(図4参照)。

「活力ある高齢化」の推進

欧州連合(EU)は、90年代後半以降、「活力ある高齢化(アクティブ・エイジング)」を大きな政策目標として掲げている。1997年以降、EUは、EU理事会による雇用ガイドラインの策定→各国での雇用行動計画の策定→各国のEU委員会への実施状況報告→EU委員会による各国に対する改善勧告、という一連の総合的雇用政策改善手続きを毎年繰り返してきた。2003年度以降、雇用ガイドライン、各国雇用行動計画の作成は3年ごととした(実施状況報告は毎年)。その後、これまで別個に行われてきた経済政策、雇用政策、社会保護政策に関する政策改善手続きが統合され、2005年7月策定の「2005~2008年の雇用ガイドライン」では、(1)完全雇用(Full Employment)(2)労働の質と生産性の向上(Improuving Quality and Productivity at Work)(3)社会的統合の強化(StrengtheningSocial Cohesion and Inclusion)という3つの包括的目標の下に、統合ガイドラインの17から24に至る8つの政策項目を並べた形になっている。その一つが、「仕事に関するライフサイクル・アプローチを推進する」(ガイドライン18)で、若年者の雇用への道筋をつくる、女性の労働市場参加率を高める等と並び、活力ある高齢化(アクティブ・エイジング)への支援を挙げ、適切な就業条件、労働衛生の改善、仕事への適切な動機付け、早期退職(引退)優遇制度の改革などを例示している。また、ガイドライン23では、生涯を通じた職業能力開発の重要性が強調されている。

高齢者雇用就業を一層推進するため、2001年のストックホルム欧州サミットで、高齢者(55~64歳)のEU平均就業率を2010年までに50%にまで引上げる目標が設定された。

2004年末時点で目標を達成していたのは、EU-15(旧EU15カ国)では、スウェーデン、デンマーク、英国、フィンランド、ポルトガルの5カ国のみであった(現EU25カ国では7カ国)。一方、就業率が3分の1を割っているのが、EU-15では、ベルギー、イタリア、ルクセンブルグ、オーストリアの4カ国であった(特に、オーストリアは2000年以来増加が見られない)。最近の増加が著しいのは、フィンランド、オランダ、デンマーク、アイルランド、スペイン、スウェーデンである。一方、2002年のバルセロナ欧州サミットでは、労働市場からの平均退職年齢を2010年までに5歳引上げるという野心的な目標設定がされた。2003年時点での平均退職年齢は、EU-15平均で61.4歳で、国別には、最低位グループのベルギーの58.7歳等から、最高位グループのアイルランドの64.4歳、スウェーデンの63.1歳、イギリスの63.0歳まで差が大きい(図5参照)。参考資料では、今回報告のドイツ、フランス、デンマークの3カ国と、高齢者雇用対策で引用されることが多いイギリス、オランダ、スウェーデンを取り上げて高齢者雇用就業政策を比較しているが、欧州各国の政策対応は国により相違が大きい。しかし、相対的に見て、従来の早期引退促進から近年高齢者就業促進に転じていること、雇用保護を維持しながら年齢による雇用差別の是正に乗り出したこと、などアメリカと比べ日本との類似点が多い。

EU「一般雇用機会均等指令」の制定

EU理事会は、2000年11月に、「一般雇用機会均等指令」(注2)を採択した。この指令は、宗教または信条、障害、年齢・性的志向による雇用差別を禁止する全体的枠組みを設定したもの(性差別や民族差別禁止指令は別途指令あり)で、2003年12月までに各国に法制定ないし全国レベルの労働協約の締結を求めた(ただし、年齢、障害については3年延長可能:デンマークは2004年3月に法制定し、2004年5月の新加盟国を除く旧EU15カ国ではイギリス、ドイツ等が期限最終年の2006年まで法施行を延期した)。長期雇用慣行を残したままでのエイジフリー化を多くのEU諸国では追求しているようだ。法制定を受け、各国執行機関(行政および司法当局)の具体的運用、最終判断機関たる欧州裁判所の判決等に十分注意していく必要があろう。

図1

参考資料:日本の統計は、1990年までは総務省『国勢調査』、2000年以降は国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(2002年1月推計)』(中位推計)。その他の国は、UN, World Population Prospects: The 1998 Revision (中位推計)より。高齢化率は、全人口のうち、65歳以上の人口が占める比率。

(日本)
図2-1

(EU)
図2-2

(アメリカ)
図2-3

参考資料:日本は国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(平成12年1月推計)』(中位推計)。EU、アメリカは、国際連合, World Population Prospects: 1998 版 (中位推計)より。

図3 団塊の世代の高齢化

参考資料:厚生労働省高齢・障害雇用対策部資料。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2002年1月推計)」に基づく。

*ドイツは1989年より統一

参考資料:EU ”Employment in Europe 2005” (1993-2004)、OECD “ Employment Outlook “等

参考資料:「2005年EU雇用白書」(2001年の平均引退年齢は、「2003年白書」)

(参考資料)EU各国の高齢者雇用就業政策

参考資料 1

参考資料 2

参考資料 3

参考資料

  • 労働政策研究・研修機構『欧州における高齢者雇用対策と日本-年齢障壁是正に向けた取り組みを中心として』(労働政策研究報告書No13)、2004.8
  • 岩田克彦・藤本真『「多様性に配慮した本格的な雇用延長」を実現するための課題-電機産業における取り組みを題材として』(JILPTディスカッションペーパー05-15)、2005.10
  • 日本労働研究機構『平成13年度厚生労働省受託ミレニアム・プロジェクト諸外国における高齢者の雇用・就業の実態に関する研究報告書』、2002年
  • OECD編著(清家篤監訳)『高齢社会日本の雇用政策』(Aging and Employment Policies Japan)、明石書店、2005.6
  • OECD編著”Ageing and Employment Policies”欧州各国版、英語または仏語、2005
  • S.Rix,“Rethinking the Role of Older Workers: Promoting Older Workers Employment
  • in Europe and Japan”, AARP Issue Brief 77, 2005.10

2006年11月 フォーカス: 欧州における高齢者雇用の現状と政策

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