在宅労働の現状と課題:イギリス
イギリスにおける在宅ワーク
—実態と政策、そして日本への示唆

「エンプロイメント・ステイタスの明確化」。イギリスで在宅ワークに関する聞き取り調査をしている際、何度も耳にした言葉である。イギリスの在宅ワークの実態を考える上で根幹となる論点が、働く者の雇用上の地位が明確ではないという問題である。在宅ワーカーは、労働者なのか、事業者なのか、労働者性の境界はどこで引かれるべきなのかという問題がそこには横たわっている。在宅ワークに限らず、働き方が時間的に空間的に多様化し、非典型的な働き方が増えることによって、労働法の守備範囲も再考せざるを得なくなっている点は、イギリスも例外ではない。

イギリスにおいて在宅ワークは「ホームワーク」と呼ばれたり「アウトワーク」と呼ばれたりするが、日本における家内労働と在宅ワークを共に含んでしまう傾向がある。日本の家内労働法に相当する法律がないために、自宅で仕事をするのであれば、製造・加工作業も、事務・管理作業も、作業内容を問わず一緒に議論されていることがあるので注意を要する。だが、換言すれば、イギリスにおいて家内労働も在宅ワークも同じ様に扱って解決すべき問題であり、その根幹には「働く者の地位の明確化」という論点が共有されているのだと言える。

本論に入る前に、イギリスにおける在宅ワークの数値を大まかに示しておこう。貿易産業省が実施している労働力調査をもとにレスター大学のフェルスタッド教授らが2000年に発表した分析によると、1998年、「主に自宅で仕事をする」のは約68万人、これは1981年から2倍に増えているが、就業者人口の2.5%でありそれほど多いわけではない。68万人のうち製造・加工部門に携わるのが15万7000人、事務・管理部門が52万3000人、一方、被用者は21万7000人、自営業者が42万1000人である。

在宅ワーク(家内労働を含む)を対象とした調査は各種行われていて、定義や分類の仕方に統一見解があるわけではない。非政府組織(NGO)による調査も盛んに行われている。家内労働者の保護を目的として1984年に設立されたナショナル・グループ・オン・ホームワーキング(NGH)というNGOは、現在、情報通信機器を用いた在宅ワーカーの保護も活動対象としている。NGHによると製造・加工作業に従事する家内労働者だけでも約100万人いるとしている。ただ、この調査結果と先の労働力調査を単純に比較することはできない。労働力調査が68万人としている「主に自宅で仕事をする」者に加えて、「部分的に自宅で仕事する」や「時々自宅で仕事をする」者も含まれた意味合いで在宅就業者を扱っているからである。

イギリスにおける在宅ワークの政策的位置づけは、大雑把に言えば、二つの観点から見ることができる。一つは「福祉から労働へ」というニューディール政策における起業を促進する側面、そしてもう一つはワークライフバランスという意味合いからファミリーフレンドリー政策を定着させる側面である。

SOHOに代表されるように、在宅ワークがスモールビジネスとしての性格を強くしていけばいくほど、労働者としての性格が弱くなる。だが、一つの発注者に依存している交渉力を持たないスモールビジネス運営者に労働者性がないとはいいきれない。ある調査によれば、自営業的なテレワーカーのうち発注先が一社という者も無視はできなく、すべてを事業主として扱うには問題がありそうだ。

一方で、ファミリーフレンドリー施策の実施を考えた場合、具体的な実行計画としてまずフレックスタイムやパートタイムの方向性が考えられるが、在宅就業も選択肢として挙げられる傾向がある。ただ、被用者が在宅勤務に変更する場合に、契約形態自体が変更され、雇用上の地位がなくなる場合もある。イギリスにおいて家内労働を「アウトワーク」と表現するのは、事業所内で行われていた作業が外に出され自宅に持ち込まれる経緯からきている。雇用主側からすれば人件費等コスト削減によるメリット、労働者側にとっては自由に仕事場と時間を選べて高収入が期待できるというメリットが強調される。だが、契約変更に伴って、働く側にとって不利益になるケースも見られるという。雇用主側からすれば在宅就業の契約は被用者でなくなることを意味し、労働者としての性格が弱くなると解釈できる。NGHは報告書において、在宅就業のメリットを過大評価せず、軽軽しく起業を考えるべきではないと訴える。

働く側にとって在宅ワークを選択する理由は何か。現地での関連団体への聞き取り調査の結果、日本の在宅ワーカーとほぼ同様であることがわかった。担当者は口をそろえて、第一に「育児」、第二に「家族の介護」が挙げた。レスターを拠点として活動するNGO「ホームワーキング・キャンペーン・フォー・チェンジ(HCC)」が2003年、在宅ワークの志望動機についての調査を行っている。54%が育児、13%が補完的な収入、6%が家族の介護、4%が病気、1%が働く時間の自由な設定を挙げている。ただ、イギリスにおいて育児を他人に任せて仕事を続けるには相当高額な費用がかかるとされており、仕事と育児を両立できるほどの収入がある人はそれほどいないと言われている。ワークライフバランス政策のために在宅就業を推進するには、相当なインセンティブの働く施策と連動する形で実施する必要がある。つまり、育児支援を強化することが必要であるということだ。たが、イギリス政府による育児に関する経済的な支援は、他の欧州諸国と比較して決して手厚いものではない。確かに、1997年の労働党政権発足直後に「家族に優しい政策」が発表され、制定法上の育児支援が促進された。だが、休業できたとしても原則として育児期間は無給であり、所得補償がほとんどないことに問題があるとの指摘もある。

対象を自営業としてのテレワーカーに限った調査研究も多少行われている。その志望動機について注目してみても、「育児」が挙げられていることは興味深い。ちなみに、第1の動機には、理想的なワークスタイルの追求、第2に理想のライフスタイルの追求、第3に育児のため、第4に経済的に余裕が出てきたことによる田舎暮らしの選択、第5として失業してしまう予兆があったから、第6に実際に失業してしまったから、という理由が挙げられている。

在宅ワークに対して労働法制はどこまで対応できているのか。イギリスには在宅ワークを対象として保護する特別法があるわけではない。家内労働者や在宅ワーカーが発注者に騙される詐欺が多発していることを取り締まるために、インチキアウトワーク規正法という法案が過去数度にわたって審議されてはいるが可決に至っていない。1998年全国最低賃金法の制定は、事業性の極めて弱い業務に従事している零細の下請け業者に対しても最低賃金を認めるようにしたが、十分に適用できているとは言いがたい。労働安全衛生法についても然り。先に挙げたNGHによる調査結果を見てみると、情報通信機器を用いた在宅ワーカーの抱える問題としては、報酬の額によるトラブルに関することよりも、腱鞘炎等仕事による慢性的な疾患への対応の不備の方が問題化していると言える。機器を発注者側が提供し、その機器によって疾患が生じた場合に、発注者側はどこまで責任を負うのか、明確な基準があるわけではない。また、在宅就業者の多くが法律上被用者としての権利をもっていたとしても、その内容を認識していないということが実態としてある。業者との口頭も含めた契約において自営業者の地位にあるとされている事例も多く見られる。

翻って考えてみると、在宅ワークの進展は、働く現場のボーダーレス化と見ることもできる。労働者と事業者の境界だけではない。情報通信機器を使う在宅ワーカーと一口に言っても実際に高収入を得て事業性の高い者から、一つの発注者に依存する経済従属性の高い在宅ワーカーもいる。家内労働者といっても一様ではない。兎角、家内労働者というと全てが単純加工作業をしていると思われがちだが、熟練度の高い者もいる。そのことに現地で調査をしていてはじめて気づかされた。確かに発注者に虐げられている家内労働者も多数いる。だが、在宅ワーカーと家内労働者の境目も案外はっきりしないものかもしれない。

問題の更なる複雑化も見られる。イギリスでも生産工程が1990年代終わり頃から中国へと移転する傾向がみられ、未熟練のホームワーカーが仕事を失っているとBBCニュースは伝えている(2003年5月13日)。イギリスでホームワークをめぐる問題は、産業の空洞化の問題へと波及しているのである。

イギリスにおける在宅ワークの諸問題を考えると、単に在宅ワークだけを考えていては根本的な解決にならないことがわかる。イギリスの在宅ワークの実態に迫るには、少なくとも前世紀の末まで歴史を遡る必要があると思う。というのは、20世紀初頭に家内労働が論議の的となった歴史的な背景と、今日問題とされている在宅ワークの論点は、同じ線上にあると言っていいからである。イギリスにおいて長らく真理と信じられてきた自由放任という考え方。この基本原則によって、政府の干渉を可能な限り避けたいとしても、20世紀初頭の家内労働の現実はあまりにも酷く政府による「保護」が必要とされた。イギリスの労働法制を長期的な視点から眺めると、保護と自由の間で揺れる「振り子」のように変移してきた。振り子がどちらにどの程度振れるのか、それは政権政党のあり方に大きく左右されることでもある。2001年、「インチキアウトワーキング規制法案」が審議されたが、結局、廃案になってしまったのは、振り子が「自由」の方にぶれたことが影響していると言える。また、中央政治の場では労働党が優位だが、地方レベルに目を向けてみると保守党優位の地域も多い。レスター市のHCCは、以前、市議会が労働党優位であったときに助成金を受けられたが保守党優位になってカットされてしまったという。

イギリスの在宅ワークをめぐる実態とその政策から、日本への示唆を幾つか見出すこともできる。その一つが労働者概念の再定義である。1990年代からイギリスの労働関連の制定法上の規定を「被用者」から「労働者」に変更する動きがある。保護の対象を拡大する方向性である。日本の労働法は、その対象を「労働者」と規定してきたが、実態として対象としているのは「被用者」であり「労働者」ではない。イギリスにおける被用者から労働者への移行は、日本の労働法の対象とすべきものを再定義する必要性を示唆していると思う。つまり、非典型的な働き方をする「第二の労働者」とも言える概念を作りだす必要性に迫られているように思われる。在宅ワーカーを含む非典型のワークスタイルを労働法がどのように保護し、そしてどのように保護しないのか。規制の緩和と強化のバランスである。労働保護法制の目的が経済的従属性の保護にあることに着目するならば、第二の労働者たる経済的に従属的な自営業者を労働者保護法制の対象とすべきではなかろうか。

参考資料

  1. Felstead, A., Jewson, N., Phizacklea, A. and Walters, S., (2000c) ”A Statistical Portrait of Working at Home in the UK: Evidence from Labour Force Survey”, Working Paper No. 4, 2000, University of Leicester
  2. Felstead, A., Jewson, N., Phizacklea, A. and Walters, S., (2000c) ”A Statistical Portrait of Working at Home in the UK: Evidence from Labour Force Survey”, Working Paper No. 4, 2000, University of Leicester
  3. HCC, “Annual Report 2003”, Homeworking Campaign for Change, Leicester
  4. ゲルダ・ネイヤー(2003)「西欧諸国における家族政策と低出生率」『海外社会保障研究』Summer 2003 No. 143
  5. 小宮文人(2003)、「イギリスにおける育児休業制度」、『労働法律労報』1558号、2003年8月下旬号、[特集]育児休業制度の国際比較
  6. Clark, Michael Antony, (2000) “Teleworking in the Countryside, Home-Based working in the information society”, Ashgate,
  7. 戒能通厚(2003)、『現代イギリス法事典』新世社
  8. 小林巧(1985)、「イギリスにおける家内労働問題――苦汗産業展示会とB・L・ハチンズ」、津田・山田編『社会政策の思想と歴史』千倉書房に所収

2004年9月 フォーカス:在宅労働の現状と課題

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