連邦と州における労働者の熱中症対策
地球温暖化の影響は米国にも広く及び、職場での熱中症対策が課題になってきている。連邦政府は連邦労働安全衛生法(OSH法)により、使用者に対して「死亡または重大な身体的危害を引き起こす、または引き起こすおそれのある、認識された危険のない雇用及び職場」を被雇用者に提供しなければならないと規定しており、熱中症対策もこれに含まれると解釈される。だが、暑さ対策に特化していない同規定では、その執行力や効果に限界があるとの声が少なくない。連邦政府による熱中症対策の策定に向けた動きが停滞する中、いくつかの州では、独自の規定を設けている。
連邦労働安全衛生法の「一般義務条項」
国立環境情報センター(NCEI)によると、2025年における米国本土(アラスカとハワイを除く各州とワシントンD.C.を含む地域)の平均気温は華氏54.6度(摂氏12.5度)と過去131年間で4番目に高い水準を記録し、20世紀(1901~2000年)平均を華氏2.6度(摂氏1.4度)上回った(注1)。ユタ州とネバダ州では過去最高の気温となり、20世紀平均より、それぞれ華氏4.3度(摂氏2.4度)、華氏3.7度(摂氏2.1度)高くなっている。
連邦労働省労働安全衛生局(OSHA)の統計を基に試算した研究者らの論文「米国における暑さと職場での負傷に関する全国的な分析(A nationwide analysis of heat and workplace injuries in the United States)」によると、職場で高温にさらされたことによる負傷(労災補償申請に至らない負傷を含む)は約2万8,000件(全負傷の1.18%に相当)にのぼる(注2)。また、非営利団体の全米安全評議会(NSC)によると、2018年以降、職場で高温にさらされたことにより、毎年40~50人が死亡している(注3)。
連邦OSH法は「各使用者は被雇用者に対して、死亡または重大な身体的危害を引き起こす、もしくは引き起こすおそれのある、認識された危険のない雇用及び職場を提供しなければならない」(第5条(a)(1))と定めている。これを「一般義務条項(General Duty Clause)」という。職場の熱中症対策もこれに含まれると解釈され、適切な対策を講じていないと、罰金などで処罰される可能性がある。だが、暑さ対策に特化していない現状の規定では、その執行力や効果に限界があるとの声が少なくない。例えば、リベラル系シンクタンクのアメリカ進歩センター(CAP)は「米国の労働者を極端な暑さから保護する具体的な連邦法は存在しない。深刻な熱中症の危険性を判断するための統一した連邦基準がなければ、規制当局は高熱を負傷や死亡の原因として主張するために高い立証責任を負わなければならず、執行上の課題に直面する」と問題視している(注4)。
連邦政府による「予防規則」の提案と凍結
OSHAは2022年4月8日、「熱関連の危険に対する屋外および屋内労働者保護の国家重点プログラム(NEP)」を施行し、26年4月10日に改定した。熱中症による負傷や死亡事故の発生率が高い、あるいは熱曝露(Heat exposure)に関するOSHAの違反通告(Citation)や危険警告書(Hazard Alert Letter)が発行された業種(建設、製造、運輸、農業など55業種を指定)に対して、実地検査を強化することなどを定めている(注5)。
また、バイデン政権(当時)下の連邦労働省は2024年8月23日、「屋外および屋内作業環境における熱傷害および疾病予防(Heat Injury and Illness Prevention in Outdoor and Indoor Work Settings)に関する規則制定提案通知(NPRM)」を発表した(注6)。それによると、雇用主は、熱中症予防計画を策定したり、熱中症の危険性を特定し、監視したりする必要がある。また、華氏80度(摂氏26.7度)を超えた場合、労働者に「十分な飲料水の提供」「日陰または空調の効いた休憩場所の確保」「新入社員や職場復帰の労働者が、暑さに体を慣らすための『順応(アクリマティゼーション)期間』の提供」などを行わなければならない。さらに、気温が「華氏90度(摂氏32.2度)」を超えると、「2時間ごとに15分間の有給休憩」「労働者の体調を監視するバディシステム(二人一組で互いの体調を監視する仕組み)」「ハザード(危険)警告の掲示」などを導入する必要があるとした。だが、2025年1月の第二次トランプ政権発足に伴い、前政権時に提案された同規則案の施行手続きは凍結され、現在も進展する見通しはたっていない(注7)。
州独自の規定の整備が進行
OSHAは各州の労働安全衛生局に対して、連邦より厳しい水準の規定の制定を認めている(州が定める計画にこうした規定を盛り込み、OSHAの承認を得ることが条件)(注8)。連邦政府による労働者への熱中症対策強化の取り組みが停滞する中で、いくつかの州政府は独自の規定を設けている(図表1)。
| 州名 | 適用対象業種・職種 | 施行時期(年月) | 適用気温等(華氏) | 主な対策 |
| カリフォルニア | 農業、建設、造園、石油・ガス採掘業におけるすべての屋外・屋内労働者(矯正施設、生命や財産の保護に直接関連する緊急事態対応労働者、雇用主の管理外の自宅等で勤務するリモートワーカーを除く) | 2005.8(屋外労働者) | 80度(気温、摂氏26.7度) |
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| 95度(気温、摂氏35度、農業)で追加対策 |
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| 2024.6(屋内労働者) | 82度(気温、摂氏27.8度) |
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| 82度(気温、摂氏27.8度、熱の放出を妨げる衣服の着用時や、高放射熱地域での作業)または 87度(気温あるいは熱指数、摂氏30.1度)で追加対策 |
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| コロラド | 農業の屋内・屋外労働者 | 2022.5 | 80度(気温、摂氏26.7度) |
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| 95度(気温、摂氏35度)または、大気汚染下、12時間以上のシフト、重い衣服や装備の着用での労働、あるいは新規採用者や現場への復職者に追加対策 |
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| メリーランド | すべての労働者(緊急事態対応労働者及びエッセンシャルワーカー、熱指数を華氏80度(摂氏26.7度)未満に維持する換気システム等を装備した建物内で働く者らを除く) | 2024.9 | 80度(熱指数に基づく体感温度、摂氏26.7度) |
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| 90度(同上、摂氏32.2度)で追加対策 |
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| 100度(同上、摂氏37.8度)で追加対策 |
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| ミネソタ | 屋内労働者(緊急事態対応労働者、華氏80度(摂氏26.7度)未満で座って働く者、食品による汚染のリスクが低い食品関連労働者を除く) | 2014.10(改定) | 77度(重労働、WBGT(暑さ指数)の2時間加重平均値、摂氏25度) |
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| 80度(中程度作業、WBGT(暑さ指数)の2時間加重平均値、摂氏26.7度) | ||||
| 86度(軽作業、WBGT(暑さ指数)の2時間加重平均値、摂氏30度) | ||||
| ネバダ | 従業員規模10人以上の職場で働く者(空調設備のある環境で働く者を除く。鉱業は規模にかかわらず適用) | 2025.4 | -(未設定) |
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| オレゴン | 天候による極端な高温のため熱中症のリスクにさらされる可能性のある職場で働くすべての者(60分間のうち15分間以上作業を行う必要がない者、または熱指数に基づく体感温度を華氏80度(摂氏26.7度)未満に保つための換気設備を備えた建物および構造物内で働く者らを除く) | 2022.6 | 80度(熱指数に基づく体感温度、摂氏26.7度) |
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| 90度(熱指数に基づく体感温度、摂氏32.2度)で追加対策 |
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| バージニア | すべての労働者(緊急事態対応者、及び熱にさらされる(暑い環境にいる)時間が15分未満の者を除く) | 2026.4(成立) | 未定 |
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| ワシントン | すべての屋外労働者 | 2008.7(2023.7改定) | 80度(気温、摂氏26.7度)(通気性のない衣服の着用時は華氏52度/摂氏11.1度) |
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| 90度(気温、摂氏32.2度)で追加対策 |
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| 100度(気温、摂氏37.8度)で追加対策 |
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注:「適用気温等」欄の「熱指数(Heat index)」とは、実際の温度に湿度を加味して算出する指標。国立気象局(National Weather Service)の計算ツールに基づき算出する。また、「WBGT(Wet Bulb Globe Temperature、暑さ指数、湿球黒球温度)」とは、人体と外気の熱のやりとり(熱収支)に与える影響の大きい ①湿度 ②日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境 ③気温、の3つを取り入れた指標。いずれも、気温と同様に華氏または摂氏で表せる。
出所:アメリカ進歩センター、連邦労働省(規則制定提案通知)、各州政府ウェブサイト等より作成
これらの州の規定は、適用対象者や適用気温等に違いはあるものの、猛暑下で働く労働者に対して、一定の気温(あるいは指数)を超えた場合、いずれも日陰スペースへのアクセス、飲料水の提供、休憩時間の付与、労働者の監視義務等を設ける点で共通している。また、監督者や労働者への研修(カリフォルニア州とオレゴン州では、労働者が理解できる言語での研修を義務化)、熱中症予防計画や緊急時対応計画の策定なども定めている。新規採用者など暑さに慣れていない労働者がその職場に順応できるよう、十分に監視する措置なども設けている。
極度の高温状態やさらに過酷な環境下で働く場合、追加対策を講じる規定も少なくない。例えば、カリフォルニア州やメリーランド州などでは、2時間ごとに10分間の休憩を付与する必要がある。
なお、カリフォルニア州では「適用気温」にかかわらず、すべての対象雇用主に水の提供、予防計画及び緊急対応計画の策定、研修の実施などを義務付けている。
ワシントン州の規定は毎年5月1日~9月30日までを実施期間としていたが、この期間外にも適用対象となる環境がみられるとして、2023年の改定により、1年間を通して適用することとした。また、熱中症関連の労働災害補償保険のデータを踏まえ、適用気温をそれまでの華氏89度(摂氏31.7度)から華氏80度(摂氏26.7度)へと引き下げている。
バージニア州では2026年4月13日、アビゲイル・スピンバーガー知事が職場での熱中症から労働者を守るための州法に署名し、成立した。州の労働安全衛生規定委員会(Safety and Health Codes Board、従業員、農業及びビジネス業界、公立高等教育機関の利害関係者らで構成)が同法に基づき、2027年5月1日までに、雇用主に対する具体的な熱中症対策の基準・予防計画を策定することとしている(注9)。
なお、上述の研究者らの論文によると、日中の体感温度が華氏85度(摂氏約29度)に達すると負傷のリスクは上昇し、華氏90度(摂氏32度)を超えると、そのリスクは加速する(注10)。この現象は屋内・屋外を問わずみられた。連邦政府や州政府が定めた対策の適用気温の多くは、これらのリスクを防止する水準となっている。
市や郡の独自規定を禁じた州も
フロリダ州とテキサス州では、州内の市や郡が独自に定めた職場での熱中症対策を無効化した。その理由として、いずれも、州内の規定にバラツキが生じることで、企業活動に支障を来し、その結果として雇用機会が失われる、といったことをあげている。
フロリダ州のロン・デサンティス知事が2024年4月11日に署名して成立した「州法433」は、同州内の地方自治体(市や郡)が独自に熱中症対策を定めることや、連邦や州の基準を上回る水準を満たした企業に対して、入札などで優遇することなどを禁じた(注11)。
テキサス州では、グレッグ・アボット知事が2023年6月13日、州法と矛盾する農業、ビジネス・商業、金融、保険、労働、天然資源、職業、財産に関する地方自治体の条例や規則の制定を制限する州法(テキサス規制整合性法/Texas Regulatory Consistency Act、H.B.2127)に署名し、成立した。これにより、同州のダラス市やオースチン市が独自に定めていた熱中症対策も無効化の対象となった。両市では建設労働者に対して、4時間ごとに10分間の日陰での休憩と飲料水の提供義務などを定めていた。
2026年6月現在、フロリダ、テキサスの両州は共和党系の知事が就いている。これに対し、上述の熱中症対策を定めた8州の知事は、ネバダ州を除き民主党系である。使用者の意向を強く受け、行政による介入や規制の設定に批判的な共和党に対して、有効な労働者保護対策を法律等で講じるべきだと主張する民主党の政策や支持基盤の違いが、州の熱中症対策の傾向にも表れている(注12)。
注
- 米国立環境情報センター(NCEI)ウェブサイト(Assessing the U.S. Temperature and Precipitation Analysis in 2025
)参照。(本文へ) - Alahmad, B., Kessler, W., Alwadi, Y. et al. A nationwide analysis of heat and workplace injuries in the United States.
Environ Health 24, 65 (2025).(本文へ) - 全米安全評議会(NSC)ウェブサイト(Exposure to Environmental Heat
)参照。(本文へ) - アメリカ進歩センター(CAP)ウェブサイト(States Must Lead the Way To Protect Workers From Extreme Heat
)参照。(本文へ) - 連邦労働省労働安全衛生局(OSHA)ウェブサイト(US Department of Labor updates national emphasis program to protect workers from indoor, outdoor heat hazards
)参照。(本文へ) - 連邦官報(Heat Injury and Illness Prevention in Outdoor and Indoor Work Settings
)参照。(本文へ) - 大統領選挙の結果によって与野党が交代する際、新大統領が前政権の定めた施行前または提案中の行政規則等の内容を検証するため、施行プロセスを凍結することが、現在では慣例になっている。(本文へ)
- 連邦労働省労働安全衛生局ウェブサイト(Heat
)参照。(本文へ) - バージニア州立法情報システムウェブサイト(SENATE BILL NO.288
)参照。(本文へ) - 2023年にOSHAに報告された約84万5,000件の労働災害のデータと災害当時の気象データを照合して分析、推計した。(本文へ)
- 同法では、州内の市や郡が独自に最低賃金を定めることも禁じた。(本文へ)
- なお、コロラド州では上述のように農業労働者を対象とする熱中症対策を定めているが、2026年6月4日には、農業以外のすべての労働者を対象とする熱中症(及び寒冷による疾病)対策に関する州法が成立した。当初の法案は、雇用主に対して、労働者を極端な暑さや寒さから守るための現場ごとの計画(休憩場所や飲料水、有給休憩の提供の具体的基準を含む)策定などを義務付ける内容だった。しかし、企業などの反発を受け、州労働雇用省に対して、作業現場での怪我や病気等のデータを収集し、その結果をもとに気温関連の傷害・疾病予防計画を策定のうえ、ウェブサイトに公開することを定める内容にとどまった。コロラド州上院ウェブサイト(Bill to Collect Data on Working Conditions and Extreme Temperatures Signed Into Law
)参照。(本文へ)
参考資料
- アメリカ進歩センター(CAP)、環境省(日本)、経済政策研究所(EPI、米国)、中央労働災害防止協会(日本)、米国各州、連邦労働省、各ウェブサイト
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