公的サービス提供の基準を『居住地』に転換
―農民工など都市流入者に支援対象を拡大へ
中国政府は5月22日、「居住地における基本となる(基礎的な)公的サービス提供を推進するための実施意見」(以下:「意見」(注1))を公表した。これまで戸籍を基準としてきた公的サービスの提供について、「居住地」を基準とする方向へと転換する。「常住人口」(注2)に対し、教育、住宅、社会保険、医療保障、就職支援、社会救助などを提供することで、居住地に戸籍がない農民工(農村からの出稼ぎ労働者)らも、その居住地に戸籍がある人と同等の公的サービスを享受できるよう促進する。
急速に進む都市への人口移動
中国では、都市部への人口集中や地域間の経済格差を背景に、大規模な人口移動が続いている。都市部では、「常住人口」の人数は年々増加している。「常住人口」は農村部から流入した農民工だけでなく、他の地域から流入した人や、その都市に従来から戸籍がある人たちも含まれる。
国家統計局によると、2025年末時点の全国の都市部常住人口は9億5380万人に達し、常住人口ベースの都市化率(総常住人口に占める都市部常住人口の割合)は67.89%となった(注3)。1978年時点の都市人口は1億7245万人、都市化率は17.92%にとどまっており、この半世紀近くで人口の都市部への集中が大きく進んだことがわかる。
また、国家統計局の「2025年農民工監測調査報告」(注4)によると、2025年末時点で都市部に居住する農民工は約1億3092万人となった。子どもや高齢者を含む家族を合わせると、その規模は約1億7000万人に上るとみられる。この巨大な流動人口層にとって、安定した就業機会の確保、子どもの教育機会の保障、住宅支援、社会保険への加入といった基礎的な公的サービスの充実が重要な課題となっている。
都市部の常住人口が増加するなか、従来の戸籍制度を基準にした教育や医療、公営賃貸住宅などの公的サービスでは、多くの流動人口が都市で長期間生活・就労していても、その利用が制限されていた。今回の「意見」では、こうした「戸籍による制限」を弱め、居住地を基準とする公的サービス供給への転換を目指して、以下の分野で改革方針が打ち出された。
【主な改革内容】
●移住者の子どもの教育保障を強化
移住者に同行する子どもについて、公立学校での受け入れを拡充するほか、就学前教育から高校段階の教育、さらには居住地での進学試験受験機会の保障まで、教育支援の対象を広げる。
学齢期の子どもの流入が多い都市では、教育資源の充実を推進する。移住者の子どもの受け入れ枠拡大など、公立学校への就学機会を広げる。
公立学校の定員が不足する地域では、地方政府が民間学校を活用して受け入れ先を確保し、保護者の教育費負担の軽減を図る。また、転居や保護者の転勤に伴う転校への対応を強化するとともに、小中九年制一貫校などにおける内部進学制度では、移住者の子ども(児童・生徒)とその地に戸籍がある子どもを同等に扱うことを求める。
さらに、条件を満たす移住者の子どもについては、居住地で高校・大学入学試験を受験できる環境整備を進める。
●公営賃貸住宅のサービス対象を拡大
戸籍の有無にかかわらず、居住地で安定して働く人々に対する住宅保障を強化する。当該地域の戸籍を持たないものの、安定した就業・居住実態を有する世帯を公営賃貸住宅(公租房)の保障対象に組み込む。就業年数や居住年数、住宅困窮度(一人あたりの居住面積の狭さなど)などを基準に支援対象を決定し、家賃補助など複数の支援方式を活用する。また、柔軟な就業形態で働くフレキシブルワーカー(灵活就业人员)の住宅積立金制度(住宅公積金)への加入促進を図る。
●就業地での社会保険加入を保障
社会保険についても、戸籍に左右されず就業地で加入できる体制を整備するとともに、地域を移動しても保障を継続して受けられる仕組みの構築を進める。
就業地における社会保険加入の戸籍制限を全面的に撤廃し、「全民参保」(社会保険の加入拡大)を推進する。農民工やフレキシブルワーカー、ギグワーカーなど、多様な労働者の社会保険加入を促進する。また、地域間を移動する労働者が転職や転居後も年金や医療保険などの保障を継続して受けられるよう、社会保険関係の移転・接続制度を改善する。あわせて、ギグワーカーなど新たな就業形態で働く労働者に対する労災保障の適用を拡大するとともに、フレキシブルワーカーの年金加入を促進する。
さらに、建設業に従事する農民工の労災保険加入を推進するとともに、企業従業員向けの基礎年金保険、すなわち養老保険の全国統合、医療保険、労災保険、失業保険の広域統合を進め、社会保険制度の一体的な運営を強化する。
●居住地での医療保障を充実
居住証を持つ住民が居住地で都市・農村住民基礎的医療保険に加入できる制度を徹底し、特に大都市では、居住地に戸籍がない児童・生徒についても医療保険加入を保障する。
さらに、居住証保有者への財政補助を、戸籍人口と同水準で実施するほか、医療サービス項目の価格体系の標準化や保険給付方式の調整を通じて、地域を越えた医療保険利用の利便性向上を図る。
●公的就業サービスを強化
就業困難者に対する就業支援政策を定着させる。居住地の戸籍を取得していない起業者への資金調達支援や開業指導、税負担軽減などを実施する。
また、農民工などの職業能力向上を図るため、企業と職業学校などの連携を促進し、職業教育と技能訓練を拡充する。技能評価制度の活用を推進し、企業に対して技能水準を賃金体系へ反映するよう促すほか、中央政府の予算による職業訓練施設の整備を支援する。
●社会救助・福祉サービスの対象を拡大
居住地の戸籍を取得していない者を、児童福祉、高齢者支援、障害者支援、社会救助などの基礎的な公的サービスの対象に段階的に組み入れ、戸籍による制限を緩和する。
移住者の子どもに対する支援サービスを整備し、居住地に戸籍がある子どもと同等の公的サービスを受けられる体制を構築する。また、生活困窮者に対する最低生活保障や失業保険との連携を強化するほか、災害や急病など緊急事態に直面した場合には、戸籍地や居住地を問わず、事態の発生地で臨時救助を受けられる仕組みを整備する。
さらに、電子居住証の導入を進め、公的サービスの申請や利用の利便性向上を図る。居住証を常住人口管理の基礎として活用し、公的サービスの提供や人口統計に活用するほか、就業、社会保険、住宅などの情報との連携を強化し、居住証を基礎的な公的サービスの申請や利用の基礎となる証明書として活用する。
戸籍制度改革の重要な一歩に
今回の「意見」は、戸籍制度がもたらす制限を全面的に廃止するものではないが、教育、医療、住宅、社会保障などの分野で戸籍による制約を緩和し、常住人口を基準とした公的サービス提供を進める点で、中国の戸籍制度改革における重要な一歩といえる。
中国の戸籍制度は、1951年の「都市戸口管理暫行条例」により都市部の戸籍管理が統一され、1955年には全国統一の都市・農村戸籍登録制度が整備された。そして、1958年の「中華人民共和国戸口登記条例」によって法制化されたものである。同条例により、国民を「農業戸籍」と「非農業戸籍」に区分し、農村人口の都市への流入を厳しく制限した。計画経済体制下では、都市住民には食糧配給、住宅、医療、教育、就業など国家による保障が集中する一方、農村住民は農村に固定される構造が形成された。戸籍は単なる居住登録にとどまらず、居住地や受けられる行政サービスを左右する制度として機能していた。
1978年の改革開放政策の開始以降、中国では急速な工業化と都市化が進み、大量の農村労働者が沿海部都市へ流入した。いわゆる「農民工」の出現である。しかし、多くの農民工は農村戸籍のままであり、都市で働いていても都市住民と同等の公的サービスを受けることはできなかった。子どもの就学制限や医療保障不足、社会保険未加入などの問題が広がり、「都市で働くが都市市民ではない」という巨大な流動人口層が形成された。
1980〜90年代には、暫住証(臨時居住許可証)制度が導入され、農村人口の都市への滞在が限定的に認められるようになった。ただし、この時期の改革は主に労働力不足への対応が目的であり、公的サービスの平等化までは踏み込んでいなかった。
2000年代に入ると、市場経済化と都市化の進展に伴い、戸籍制度の改革が本格化した。2013年11月の中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議では、小都市・中都市を中心に戸籍取得制限を緩和する方針が示された。そして、2014年、中国政府は「戸籍制度の改革をさらに推進する意見」を公表。都市規模ごとに異なる戸籍取得基準を設ける段階的な改革を推進し、2020年までに新たな戸籍制度の大枠を整備し、約1億人の農村戸籍人口が都市戸籍を取得することを目標とした。
2016年には「居住証暫定条例」が施行された。戸籍所在地以外の都市に居住し、一定の条件を満たした非戸籍人口は、居住地で居住証を取得できるようになった。これにより、居住地に戸籍を持たない者も教育、医療、就業支援、社会保険などの公的サービスをその地で受けるための制度基盤が整えられた。
もっとも、北京市や上海市などの「超大都市」では、依然として厳しい「ポイント制」による戸籍取得制度取得の仕組みが維持されており、学歴、納税、社会保険加入年数などが都市戸籍取得の条件となっている。そのため、戸籍制度改革は全国一律ではなく、「中小都市では緩和、超大都市では管理維持」という二重構造が続いてきた。
大都市での実施が焦点
「意見」では、各地方政府に対し、地域の実情に応じて常住地での基礎的な公的サービスの提供を段階的に推進し、政策の着実な実施を図るよう求めた。また、実施が困難な分野については、一部地域で先行的に試行し、その成果を踏まえて全国展開を進める方針を示した。
今後の焦点は、北京市、上海市、広州市、深圳市、重慶市などの「超大都市」において、移住者を含む常住人口への公的サービスの開放がどこまで進むかにある。教育、医療、住宅、社会保障などの分野で常住人口ベースのサービスの提供が拡大すれば、戸籍人口と非戸籍人口の格差縮小につながる可能性がある。一方で、人口流入が集中する大都市では、財政負担の増大や公的サービス需要の急増への対応も課題となる。
注
- 国务院关于推行常住地提供基本公共服务的实施意见
(本文へ) - 国家統計局によると、「常住人口」とは、ある地域に、実際に半年以上継続して居住している人口を指す。主に以下の3種類の人口を含む。
1)当該郷鎮(農村部)・街道(都市部)に居住し、戸籍が同じ郷鎮・街道にある者、または戸籍の所在が未確定の者(新生児などまだ戸籍登録手続きを行っていない者を指す)。
2)当該郷鎮・街道に居住しており、戸籍登録地の郷鎮・街道を半年以上離れている者。
3)当該郷鎮・街道に戸籍を持ち、かつその戸籍登録地から離れて半年未満の者、または海外で就労・就学している者。 (本文へ) - 中华人民共和国2025年国民经济和社会发展统计公报
(本文へ) - 2025年农民工监测调查报告
(本文へ)
参考文献
- 中国政府網、国家発展と改革委員会、国家統計局
2026年6月 中国の記事一覧
- 高年齢労働者の権利保護に関する初の規定を公表 ―人的資源・社会保障部など
- 公的サービス提供の基準を『居住地』に転換 ―農民工など都市流入者に支援対象を拡大
関連情報
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