EU最低賃金指令の一部無効化判決とデンマーク政府の訴え

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2026年2月

2023年にデンマーク政府が提起したEUの「適正な最低賃金に関する指令(以下「最低賃金指令」)」(注1)の無効化を求める訴えを受けて、欧州司法裁判所は2025年11月11日、同指令の一部を無効とする判決を下した。以下でその主な内容を紹介する。

EU最低賃金指令の採択

2022年10月、欧州議会は最低賃金指令を採択した。この指令は、EUにおける生活及び労働条件の改善を目的として、①法定最低賃金の妥当性の改善、②賃金設定に係る団体交渉の促進、③労働者の実質的な最低賃金保障の権利の行使、に関する枠組みを定めるものである。加盟国は施行後2年以内に同指令の規定を実施するために国内法令を整備することとされている(注2)

労働協約で決定するデンマークの最低賃金

デンマークでは法定最低賃金は設定されておらず、最低賃金は労使自治による労働協約によって決定される。労働協約は通常2、3年ごとに更新され、これに基づく最低賃金は、当該協約を締結した労働組合に加入しているかを問わず、その事業所で働く全ての労働者に適用される。労働協約の適用範囲は広く、雇用労働者の約82%がその対象となっている。この割合は、公共部門では100%、民間部門では73%である。

デンマークの労働市場では、主要なソーシャル・パートナー(労使)であるデンマーク使用者連盟(DA)傘下の産業別使用者団体と、デンマーク労働組合連盟(FH)の加盟労組が産業ごとに労働協約を締結している。民間部門においては、こうした産業別労働協約に基づき最低賃金を決定する仕組みとして主に二つの制度が存在する。

一つは、DA傘下の使用者団体であるデンマーク産業連盟(DI)とデンマーク産業労働者中央組織(CO-Industri)との間で締結される「産業別協約」に基づく「最低賃金」であり、もう一つは、デンマーク産業(DI)とデンマーク労働者連合(3F)との間で締結される「運輸・物流協約」に基づく「標準賃金」である。前者の「最低賃金」は最低賃金率を定めているが、実際の賃金は企業別の労使交渉によって決定され、多くの労働者は産別協約の妥結額より高い賃金を受け取る。後者の「標準賃金」は運輸・物流協約で実際の賃金を定め、妥結額通りに支払われることが多い。両方とも連携して調整されるため、業界や職種間で賃金上昇率の差はほとんどない。民間労働者の約60%は「最低賃金」、約20%は「標準賃金」が適用され、残りの労働者は賃金率を定めない労働協約または個別契約のいずれかが適用され、職場レベルで実際の賃金が決定される。

公共部門の労働者には、地域賃金制度が適用される。地域賃金制度は年功序列に基づく基本給に、年功序列に基づかない職務給、資格手当、業績給などの諸手当が加算される制度である。このうち中央レベルで決定するのは基本給のみであり、諸手当は地域レベルの賃金交渉で決定される。

EU最低賃金指令に対する反発と懸念

デンマークがEU最低賃金指令に強く反発した最大の理由は、同国の最低賃金決定システムの根幹である「労使自治」に、EUが介入する先例をつくりかねないと受け止められた点にある。

既述の通り、デンマークでは法定最低賃金は存在せず、賃金水準は使用者団体と労働組合との団体交渉によって決定されている。この仕組みは、政府が賃金水準に関与しないことを原則とするデンマークを始めとする「北欧モデル」の中核をなすものであり、賃金決定は労使自治に委ねるべき事項と考えられてきた。

これに対し、EU最低賃金指令は、加盟国が法定最低賃金を定める場合に用いるべき基準を列挙するとともに、最低賃金の更新の在り方についても一定の枠組みを示している。形式的には、法定最低賃金を持たない国に直ちに制度導入を義務づけるものではないとされているものの、デンマークのステークホルダーは、こうした規定が将来的に賃金水準の決定方法そのものにEUが関与する道を開くのではないかと強い警戒感を抱いた。

とりわけ問題視されたのは、①法定最低賃金を定める際の「妥当性」の判断基準をEU法が定めている点、②最低賃金の改定メカニズムについて一定の方向付けを行っている点である。これらは、直接的にデンマークの制度を変更させるものではないとしても、賃金水準の決定をEUの規律の対象とするという考え方そのものが、賃金はEUの権限外事項とする「欧州連合の機能に関する条約(TFEU)」第153条5項の趣旨に反するというのがデンマーク政府の立場であった。そのため、デンマーク政府は、同指令が賃金決定および団体交渉の自治に対する不当な介入に当たるとして、その無効を求めてEU司法裁判所に提訴するに至ったのである。

政府による無効化の訴えとEU司法裁判所の判決

デンマーク政府は2023年、最低賃金指令の無効化を求めて欧州議会及び欧州連合理事会に対して訴訟を提起した。デンマークの主張は、同指令がEU内の賃金決定と結社の権利への直接的な介入にあたり、TFEUに違反するとするものである(注3)

なお、デンマークは、EU司法裁判所の判決が出る前の2024年11月に設置された三者構成による作業部会において、EU最低賃金指令を実施するために国内法上の措置を講じる必要はないとの結論に至った。ただし、デンマーク雇用省が、団体交渉の適用率、労働協約における最低賃金率、労働協約の対象外の労働者の賃金水準について、欧州委員会などに報告する義務は認めている。

これを受けてEU司法裁判所は2025年11月11日、EU最低賃金指令は実質的に賃金水準に影響を及ぼす措置をもたらすものではないと判断し、同指令の大部分の有効性を認めて、デンマークの訴えを却下した。ただし、指令のうち次の部分についてはEUの権限を逸脱しているとして無効とした。①加盟国が法定最低賃金を定める際に必要な基準を列挙した条項、②最低賃金が自動的にスライド制にされる場合に、最低賃金が引き下げられないことを条件とする部分、である(注4)

欧州委員会とデンマーク側の反応

今回の判決について、欧州委員会は、EU最低賃金指令の法的根拠が裏付けられたとしてこれを歓迎する一方、無効と判断された一部条項については、その影響を分析中であるとしている。

また、デンマーク雇用大臣は、判決によって同指令の一部が過度であったことが示されたとして、これを「半分の勝利」であると評価し、賃金設定は国内のソーシャル・パートナーに委ねるべきであると述べている。

デンマーク労働組合総連盟(FH)会長は、裁判所が最低賃金指令を批判的に検討したことは喜ばしいとしつつも、同指令が完全に廃止されることを期待していたと述べている。また、今後については、デンマークがEU司法裁判所に提訴したという事実によって、EUがデンマークの賃金条件への介入を控えることを期待するとした上で、今回の判決が直ちにデンマークに影響を及ぼすわけではないということを強調している。

参考資料

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