2025年適用最賃の大幅引き上げにEU指令が影響か
 ―最低賃金指令の概要とEurofoundレポート

カテゴリ−:労働法・働くルール

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欧州連合(EU)は「EUにおける適正な最低賃金に関する欧州議会及び理事会指令」(最低賃金指令)を2022年11月14日から施行し、加盟国が2024年11月15日までに同指令の規定を国内法化することを義務付けている。これに関連して、欧州生活・労働条件向上財団(Eurofound)が2025年1月27日に公表したレポートは、法定最低賃金を定めているEU加盟国において2025年適用の最低賃金が大幅に引き上げられたのは、EUの最低賃金指令の規定が影響している可能性があると指摘している。

EU最低賃金指令の概要

欧州連合(EU)は2022年10月19日に「EUにおける適正な最低賃金に関する欧州議会及び理事会指令」(最低賃金指令)を制定し、同年11月14日から施行した(注1)。同指令は加盟国に対し、2024年11月15日までに最低賃金指令の規定を国内法化し、実施するよう求めていた。

最低賃金指令は、EUにおける生活・労働条件の改善を目的として、①法定最低賃金の妥当性の改善、②賃金設定に係る団体交渉の促進、③労働者の実質的な最低賃金保障の権利の行使――に関する枠組みを確立することを目指している。同指令は、最低賃金の水準を設定する加盟国の権限と労使の労働協約自治権を全面的に尊重しており、加盟国に法定最低賃金の導入を義務付けたり、共通の最低賃金水準を設定するよう求めてはいない(第1条)。

法定最低賃金を定めている加盟国は、①生活費を考慮した法定最低賃金の購買力、②賃金の一般的な水準及びその分布、③賃金の上昇率、④長期的な国の生産性の水準及び動向――の要素を含む明確に定義された基準に基づき法定最低賃金を設定し、改定するために必要な手続きを確立しなければならない。加盟国は、適正な最低賃金の引き下げにつながらないことを条件に、法定最低賃金の自動物価スライド調整を使用することができる。加盟国は、法定最低賃金の妥当性を査定する指針として、賃金総額の中央値の60%及び賃金総額の平均値の50%など、国際及び国内レベルで指標となる参照値を使用しなければならない。加盟国は少なくとも2年ごとに、自動物価スライド調整を用いる加盟国は少なくとも4年ごとに、法定最低賃金の改定を行わなければならない(第5条)。

加盟国は、団体交渉の適用範囲を拡大し、賃金設定に係る団体交渉の権利行使を円滑にする目的で、①部門レベル及び産業横断的レベルでの賃金設定に係る団体交渉に関する労使の能力の構築・強化の促進、②労使が適切な情報を利用し対等な立場で行う、賃金設定に係る団体交渉の奨励――などを国内法及び国内慣行に従って行わなければならない。団体交渉の適用率が80%未満である加盟国は、労使と協議の上で制定された法律又は労使との合意により、団体交渉を容易にする条件の枠組みを定めなければならない。該当する加盟国は、労使と協議又は合意の上、又は労使の共同要請を受けて、当該行動計画を策定し、必要に応じて改定しなければならない。当該行動計画は、労使の自主性を十分尊重し、団体交渉の適用率を徐々に上昇させるために、明確な予定表及び具体的な措置を定めるものとされる(第4条)。

2025年適用最低賃金の大幅な引き上げ

欧州生活・労働条件向上財団(European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions、Eurofound)が2025年1月27日に公表したレポート(注2)によると、法定最低賃金を定めているEU加盟22カ国において、2024年1月1日~2025年1月1日の間に、キプロス、スペインを除くすべての加盟国で最低賃金が引き上げられた(スペインは間もなく改定額を発表する予定)(図表)。各国の引き上げの水準は以下のとおりである。

  • 中・東欧加盟国の大半で大幅な引き上げとなり、ルーマニアで約23%(2025年1月の定期改定と2024年7月の臨時改定の結果)、クロアチアとブルガリアで15%、リトアニアで12%超、ポーランドで12%弱、チェコとエストニアで8%の引き上げ。
  • ギリシャ(通常通り2024年4月に改定)、アイルランド、ポルトガルで6%を超える引き上げ、オランダ(2024年7月と2025年1月の2回の定期改定)で6%、ラトビアで6%をわずかに下回る引き上げ。
  • マルタ、ベルギー(自動物価スライド調整により2024年4月から3.8%引き上げ)、ドイツ、ルクセンブルグ、フランス(自動物価スライド調整により2024年11月から2%引き上げ)、スロベニアでは4%を下回る緩やかな引き上げ。

図表:2025年におけるEUの最低賃金(各国の月額最低賃金をユーロ建ての12カ月分に換算)
画像:図表
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出所:Eurofound (2025) ”National minimum wages, 2025新しいウィンドウ

最賃引き上げへの物価上昇率の影響は緩和

2024年1月~2025年1月の平均最低賃金引き上げ率は7%を超えたが、2023年1月~2024年1月の引き上げ率の約10%を下回った。2023年12月~2024年12月の平均物価上昇率(速報値)は3%で、2022年12月~2023年12月の物価上昇率4%弱を下回った。

物価上昇率が低下した結果、最低賃金の名目引き上げ率はやや小幅になったが、ほとんどの加盟国で最低賃金労働者の購買力は向上した。過去12カ月間にキプロス、ハンガリー、ベルギー、スロベニアを除くすべての加盟国で、最低賃金が物価上昇率を上回って引き上げられた。実質ベースの最低賃金水準の上昇は、ほとんどの中・東欧加盟国(ルーマニア、ブルガリア、クロアチア、リトアニア、チェコ、ポーランド、スロバキア、ハンガリー)及びアイルランドで顕著であった。

最低賃金指令が構造的な最賃引き上げの引き金となった可能性

Eurofoundは、最低賃金設定における物価上昇率の役割が減少する中、今後は他の要因、特に最低賃金指令が最低賃金の大幅引き上げを促す可能性があると指摘している。最低賃金指令は上述のとおり、法定最低賃金を定めている加盟国は法定最低賃金の妥当性を保証する指標として、国際レベルで一般的に使用されている指標となる参照値(賃金総額の中央値の60%や平均値の50%など)や国内レベルで使用されている指標となる参照値を使用することができると規定している(第5条)。指標となる参照値の使用は義務付けられているわけではないが、同指令の国内法化の際、こうした基準値を法律に盛り込む国が増えており、実際の賃金に追いつくよう法定最低賃金が物価上昇率を上回る水準で引き上げられていると分析している。

  • エストニア:2027年までに最低賃金が平均賃金の50%に達する枠組みについて、政労使が合意。
  • ブルガリア:政府が平均賃金の50%の水準を規定する2023年の法律に基づき2025年1月1日からの最低賃金額を決定。
  • ルーマニア:政府は平均賃金の50%を目指している(2025年1月の新しい名目最低賃金額は平均賃金の47%)。
  • チェコ:2029年までに名目最低賃金が平均賃金の47%に達するよう目標を設定。
  • スロバキア:すでに2019年に最低賃金が平均賃金の60%に連動していたが、COVID-19の流行に伴い2020年に57%に引き下げられた。2024年10月に労使がより高い比率で合意しない限り、最低賃金を(過去2年間の)平均賃金の少なくとも60%の水準とする法律が国会で承認された。しかし、2025年1月1日から最低賃金を750ユーロから816ユーロに引き上げる政府の決定が60%の水準に届かず、2026年の次回更新で目標を達成する予定。
  • アイルランド:2026年までに賃金中央値の60%を達成する目標に沿って2025年1月の最低賃金を設定。
  • マルタ:政労使合意と低賃金委員会の勧告に基づき、2023年から全国最低賃金を引き上げる4カ年計画の2年目を実施。
  • ギリシャ:2027年以降の最低賃金に計算式に基づく調整メカニズムを導入する案を現在審議中。

参考資料

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